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赤眼の彼が異世界支配してみた

ノベルバユーザー223949

第3話 『初めての遭遇』




 歩き続けて既に一時間が経過していた。
 時計がない今、それもタツキの体感時間に過ぎないのだが。

 視界はどこまでも四方に澄み渡り、果てなんて存在しないんじゃないかと思うほど広い。目的ゴールがない分、溜まっていく疲労も大きい。


「あー、腹減ったぁ……」


 誕生日の夜に食べた豪勢な料理は、既に胃に吸収され尽くされてしまったらしい。目覚めてから何も口にせず、ただただ歩き続ける苦行に早くも心が折れそうになる。風景を見たり、音楽を聞いたりしながら歩くのはいいが、今はそんなものない。
 ーーーいや、ちょっと待て。


「頼む、神様仏様!!」


 普段は信じない神を都合よく崇めながら、ポケットの中身を探る。目覚めたとき、タツキは制服のままだった。つまり今の格好は、眠る前の状態そのままだということ。なら制服のポケットにはーーー


「あった!」


 草の上に座り込み、制服の穴という穴の隅々を夢中で漁った。



 そして願い通り出てきたのは、財布と携帯電話、いざというときの護身用ナイフ、知らずのうちに入っていた小さな鏡、そしてコロコロ転がる飴玉2つだった。タツキは首を絞めるネクタイを緩め、心躍らせながらそれらを並べる。運良くお小遣い後だったこともあり、財布の中身は諭吉様が一枚と小銭が少し。

 現代の権化、スマートフォンを持っていたことも大きかった。これで野垂れ死ぬことはないだろう。空腹を紛らわすために、飴玉を一つ口に放り込む。


「げ、圏外かよ」


 小さな球を口内で転がしながら、一人愚痴る。
 マップやSNSといった機能は全滅、検索機能も使用不可。使い道がないことを確認し、充電を極力減らさないために電源を切る。ーーーだめじゃん。お金はあっても使える店はなく、残る食糧は飴玉一つ。この危機的状況を打破できるアイテムはない。

 途方に暮れたその時だった。


「……ん」


 いつの間にか、周りを霧きりが覆っていた。持ち物検査をしていたタツキはそれに気づかずにいたらしい。突然の環境の変化に驚きながらも、霧を抜け出すために歩くことにする。背筋を這う、ぞわぞわとした気配を振り払うためでもあった。

 幸い太陽はその姿を輝かせたままだ。


「……?」


 霧の向こうに誰かいる。

 人の形がぼんやりとあるのは分かるが、遠目ではそれ以上詳しい情報は得られなかった。



 ――――幽霊? 

 いやいや、そんなわけないだろ。最悪な想像を瞬時に打ち消す。気のせいか、さっきより気温が下がり、雰囲気が重い。歯の噛み合わせがズレていく。

 成瀬他月は、幽霊なんて非科学的なものは信じないと強がるビビリだった。


「!」


 ぼんやりとした人影の方向で、何かが光った。

 発光源は分からなかったが、フードを被り、ローブを着込んだ人の姿シルエットが、光に照らされて一瞬だけ見えた。昔から驚異的な視力を保持し続けているタツキは、数秒の光明でフード人間の外見を知ることができた。


 まるで雷光のような、眩く力強い光だった。タツキは導かれるままに、フードの人の元へ歩き始める。


 ーーーーザリッ。ザリ。ザッ、ザッ……。


「っ……!?」


 耳が捉えた音に、体中が震える。

 明らかに足音が多い。それを認めた瞬間、心臓が縮み上がった。タツキの一歩よりワンテンポ遅れて土を蹴る音。それが重なって背後から聞こえた。


 後ろに、《何か》がいる。

 こんな霧の濃い場所に来るなんて、相当物好きなヤツか、そうじゃなければーーー


「誰だ」


 短く問う。しばらく間が空いても返答はない。

 これで通りすがりの《善人A》の可能性は消えた。それはタツキが最も願う希望が潰れたことを意味する。


 ザッ、ザッ………。ザッ。


 ―――逃げろ。本能がそういっている。

 タツキの脳内では、危険信号が壊れたように点滅し続けている。足音が増えた上、四方から聞こえてくる………取り囲まれた?

 姿が見えない分、不安は際限なく増長する。今にも見えない敵に襲われそうだ。

 十中八九、あちらさんは友好的な態度ではないだろう。


「グルル……」


「ひっ!」


 喉が変な音を上げる。
 後ろから何か唸り声みたいな音が聞こえたのだ。極度の緊張で些細なことに反応してしまう。

 ツバを飲み込み、意を決して振り返る。あるのは濃い霧だけだ。想像していた影も見えない。


 ホッと息をついた瞬間………すぐ目の前で何かが光った。しかも、たくさん。左から右へ、前から後ろへ、光は数を増していく。さっき一度目にした光とは比にならないぐらいの恐怖が、一気にタツキの中を駆け巡った。

 あれはもしかして―――。


「目?」


 タツキの問いかけに答えるように、ゆっくりと『それ』は姿を表した。

 ……いや、『それら』か。


 爛々と光る黄色の瞳。屈強な体。青い体皮。尖った耳。口からはみ出た牙。滝のように流れ落ちる涎。硬そうな毛並み。揺れる尾。一撃で致命傷を与えられそうな太く長い爪。獲物の匂いを嗅ぐ大きな鼻。

 ーーー簡単に言ってしまえば、狼だ。タツキの見たことのない姿の。いや、どこかで見た気もするような……。


「これはやばい。リアル獣とかマジ無理ゲーだって」


 やばいどころではなかった。

 普通に考えてみてほしい。丸腰の男一人と、凶暴な獣の大群。完全に勝敗は決まっている。腰が引け、思わず尻もちをついてしまう。


「……ぁ」


 現実を受け入れられないまま視線を彷徨わせていると、さっきより近くに人影が見えた。目の前には狼の群れ、後ろには正体不明の人間。それでも、その人に助けを乞えば何とかなるかもしれない。一人でここに来る猛者なら、狼を撃退する術すべぐらいあるだろう。……タツキと同じ境遇でなければ。



 一か八か、そちらに駆け出そうとする。

 だが、よく見れば人影も同じ状況に陥っているようだった。タツキを追い回す奴等より数倍も多い数の敵が、影の背後に連なっている。様子は見えないが、気配を感じた。黒い影の集合体が一つの怪物となり、弱者へ襲い掛かるような。

 タツキは、いつの間にか自分の窮地を忘れていた。

 それより、名も姿も声も―――何も知らないその人を、


「助けねぇとっ……!」


 救いを求めにいくはずが、救いを与えるために駆け出していた。そうすることによって発生する危険リスクを浮かべる間もなく。

 タツキが地を蹴ったのを合図に、機会を伺っていた集団が一斉に動き出した。


「グルルルゥ!」「ガギャアアア!」「ガウッ! ガウッ!」


 後ろを一切振り返ることなく、タツキは人影に向かって走る。生まれて初めての全力疾走だった。普段あまり外出しない脚が、すぐさま悲鳴を上げる。強い目的を抱くタツキには、それを気遣う余裕は無い。


 後ろに連なるモンスターを直視したが最後、恐怖で足がすくみ、動けなくなるだろう。だから前を向いて走り続けるしか選択肢がない。無我夢中の走りは、人生の最速記録を更新していた。

 しかし、所詮は人の脚。
 獣の天性の脚力にかなうわけもなく。


「……ッぁああ!!?」


 無防備な背中に焼けるような痛みが広がる。何かが肩にくい込んでいるような……食いつかれた?
 理解し、拒み、反射的に振り払う。皮が剥がれる激痛とともに、感じていた重みが消えた。肉を噛み千切られても、タツキの猛進は止まらない。



 傷口を確認するのが怖い。ばい菌や狂犬病は大丈夫だろうか。気の遠くなるような、今までで味わったことない痛みに悶絶しそうになる。それでも、思考を人影一点に絞って足を動かし続けた。タツキを突き動かす使命感が、途切れそうにな意識を繋ぎとめ、正常なら我慢できない痛みと恐怖を鈍らせている。


「その子に………触るなぁああ!!」


「えっ………!?」


 喉の奥から叫び、フードの人物の死角から飛びかかった狼の脇腹に突進。護身用ナイフを思い切り刺した。肉を裂く不快な感触が手に伝わる。


「ギャオオオオ!!!」


 人間風情に遅れを取った自分を叱咤するような唸り声を聞き、嫌な予感がしてナイフを抜いて飛び退いた。瞬間、さっきまでタツキがいたスペースを大きなあぎとが食いつく。


「あっぶねぇな!」


 惜しかったとばかりに、狼は生え揃った牙をがちんがちんと鳴らす。黄色く光る瞳は闘志に燃えており、屈服する様子は全く無い。

 その生命力に悲嘆しそうになったが、そういえば刺したのは小型ナイフだったなと思い出す。それも武器用ではなく、果物を切る時に使うものだ。こんなガラクタじゃ、致命傷を負わせることはできないだろう。


「………」


 冷汗を拭う余裕はなく、顎を限界まで開いた狼の脇腹に、体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。さすがの狼も不意打ちには弱いようで、結構離れたところまで吹っ飛んだ。自分でもこんなに体が動くとは思わなかった。きっと背中に守らなきゃいけない人がいるからだろう。体の底から力が湧いてくる。


「ちょっと、キミ!」


 女の子のように高く澄んだ声だった。その意外な声に、体の痛みがふっと和らぐような錯覚をする。

 タツキは安心させようと、笑顔で振り返ーーー


「グギャアアア!!」


「うぁっ!?」


 潜んでいた一匹に真横から飛びつかれ、体勢が大きく崩れる。

 受け身を取る間もなく地面に倒れ込み、ごろごろと草の上を転がっていく。ようやく止まった頃には、タツキはもうぼろぼろだった。体中傷だらけで、左腕の感覚がない。直撃を食らった腹は特に酷かった。

 苦しみながら咳き込むと、吐き出された何かが草花を赤く染め上げた。嘔吐が引き出したのは胃液ではなく血塊……。


「グオオオオ!!!」


 重傷だというのに立ち上がろうとしたタツキを、容赦のない二撃目が襲う。


「ぐぅ……ぉぉおお……」


 耐えられない激痛が脳の働きを鈍らせたのか、活性化させたのかーーー突進で飛ばされるタツキの目には、全てがスローモーションに見えた。衝撃に吹っ飛ばされる中、縋るように彼女に伸ばした手は届かない。フードの奥のまん丸い瞳が、驚愕と悲壮を宿しているのが分かった。白い頬についた真っ赤な汚れまでもがはっきりと見える。……あれは、俺の?



 肉を破り骨をも断ちそうな勢いの猛攻は、見事にタツキの傷口を抉り、周囲に多量の鮮血を飛び散らせていた。



 時が正常に流れ出した瞬間、体が引き裂かれるような痛みとともに真横にふっ飛ばされた。しばしの滞空から解放されると、すぐに重力に負けて地面に吸い寄せられ、勢いよく叩きつけられる。


 そのままゴムボールのように何度も地面にバウンドし、顔を打ちつけ、腕が折れ、何メートルか先まで跳ねた。視界が忙しなく動く。

 アスファルトだったら一発でアウトだった。しかし、草だってクッションほど柔らかいわけではない。数回に渡る地面への叩きつけで一気に意識が遠のいた。

 でも、立たないと。
 立って、はやく彼女のもとへ―――。


 あれ、なんで俺、女だって確信してるんだろう。
 フードで何も見えないはずなのに。


「ぅ……」


 違和感からお腹を抑えると、どろっとした嫌な感触がした。二度の突進で肋骨をやられたらしい。内臓までダメージが貫通している可能性もある。

 肩も同じだ。焼けるような痛みで声が出ない。

 二回のタックルで軽々とはね飛び、呆気なく死ぬとはーーー自分の脆さに嫌気が差す。


 地面にうつ伏せになったタツキは、体を丸めて血反吐を吐くのが精一杯だった。自分の周りが真っ赤に染め上げられていくのがわかる。痛みと無縁の生活をしていたタツキは、そらが自分の血液だと理解するのにかなりの時間がかかった。


 人を守って死ぬなんて考えもしなかったが、案外最高の終わり方なのかもしれない。

 初めて自分の存在価値に浸かれた。初めて守りたい人を見つけられた。初めて本当の意味で人の役にたてたーーーー。

 生命を賭してまで守りたい人を見つけられる人はそういないだろう。




 幸せだ。

 ただ生き、死ぬだけの無意味で無価値な人生より断然いい。やっと誇れることができた。自分の死に価値を与えてくれたことが、何より嬉しい。



 瞼を閉じかけ、ぱっちりと開ける。狼の群れの存在を思い出したからだ。

 まだ敵はたくさんいるんだ。守りきれてない。

 俺が倒したのはごく一部分でしかないのだ。このままじゃ、彼女が……。起きろ、成瀬他月。立ち上がれ。立って、戦って、守るんだ。



 霞む視界を何とか持ち上げると、タツキに飛びかかった張本人……張本獣?が、悠然と佇んでいた。普通の個体より一回り大きい。

 驚くほど艶々とした毛並みが僅かな光に照らされ、その下にある細々とした傷跡が見えた。幾多の修羅場を潜り抜けてきた証だろう。左眼にはバッテン印の目立った傷があり、それがいかにもボスらしかった。

 人間の胴体ほどの大きさである尾をゆらゆらと揺らし、タツキの挙動を舐め回すようにじっと見ている。


「よかっ………た」


 視線を彷徨わせるが、人の姿はない。タツキはほっとして力を抜いた。

 逃げたのなら、それでいい。俺の行動に意味が生まれる。

 既に瀕死であるタツキを前に、荒い呼吸を繰り返すボス狼は、地べたを這う獲物を赤い眼で見下していた。強い獣臭と鉄臭い匂いが鼻にくる。まるで死の香りだ。


 ーーーーーこんなところで死ぬのかよ、俺は。


「冗談じゃっ………ねぇ!」


 強がっても、指先一本動かせないのが現実だ。体から血が漏れ出す度、生命力もまた消えてゆく。痛みはとっくの前に消えていた。今はただ、寒い。寒い寒い寒い。熱い……。

 ボス狼が猛々しく地を蹴り、振動で体が揺れた。


「ウガァアアアアアッ!」


『オアネス・スピレイン!』


 勝利を確信した獣の咆哮に被さるように、少女の声が響いた。耳によく馴染む、心地よい声音。それも、ついさっき聞いたような………。


「グギャアアアアア!!?」


 しかし、すぐにおぞましい断末魔により思考が切断される。一つの叫び声を皮切りに、あちこちから獣の叫び声が響いた。何かが潰れるような音、吹き出す音、地面に倒れる音、風の音、肉がひしゃげる音…聞いていて心地よいものではない。それでも、状況がどうなっているのか知りたかった。

 地面に這いつくばった状態のまま、閉じた瞼を意志の力だけで持ち上げる。


「まさか………連れて帰……じゃ……ね」


「そ、………わよ。……に怒ら………もの」


 フードの子が、《何か》と喋っている…?

 けれど、耳を澄ましても全てを聞き取ることはできなかった。断片的な情報には、望んでいた彼女の名前も含まれていない。

 段々と体の冷えがなくなり、脳に温かいものが満ちてゆく。現実から逃げたくて、タツキは落ちる瞼を必死で食い止めた。


「……本当かい?」


「本当よ! あ、………はウォーグ………上位種が……のよね」


「…僕たちは一介の……………なんだよ」


「………。でも………ね」


「…はぁ。僕の………強情…かなぁ」


「ーー」


 砂嵐のような映像が、ついにプツリと音を立てて切れた。








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