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赤眼の彼が異世界支配してみた

ノベルバユーザー223949

赤眼の彼が異世界支配してみた





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 _____早く。早く死なないと。




 突然俺の思考はその一点に統一された。自分の意思というより、何か見えない力で収束されたような感覚。そこに理屈や理由など存在しない。それなのに、体は焦燥感で疼き始めていた。



 今日は六月六日。

 俺……成瀬樹他月なるせたつきが生まれた日。





 成績は中の上、運動神経は人並み程度。
 裁縫は並縫いレベルで、料理は目玉焼きレベル。

 そんな平凡な俺の誕生日なんて特別でも何でもない。周囲にとっては日常の一部でしかないのだ。



 朝はいつも通りに登校し、そこまで親しくもないクラスメイトから祝いの言葉をもらい、退屈な授業を受けて帰宅した。家では温和な両親が待っており、用意された料理と母お手製のケーキを平らげた。

 充足感に満ちた、いつもとちょっとだけ違う一日。俺はそんな些細な幸せを噛み締めながら眠りについた――はずだったのだが。




 目が覚めたとき、俺がいたのは見慣れた自分の部屋ではなかった。

 足元はコンクリートで、上を見上げれば星がある。多分どこかのマンションの屋上だろう。
 更に言えば、高い高いフェンスの外側ーーー足を一歩でも前に出せば最期、潰れたイチゴの様になってしまう場所にいた。だが、俺にはここに来た記憶も、柵を越えた覚えもない。いつの間にかとしか言いようがないほど、来るまでの記憶がすっぽり抜け落ちていた。


 今日起きた出来事を忘れたわけじゃない。朝目が覚めてからベッドに寝転ぶまでの記憶はちゃんとある。課題も予習もやらずに、制服のまま眠ってしまったのだ。ただ、眠った後にもう一度起き上がった覚えはない。ましてや自分の足でここまで来た記憶も。これが夢だというなら辻褄があうが、それには全てがリアルすぎた。



 強風に制服を煽られ、寒さと恐怖に体を縮ませる。

 眼前に広がる闇には、ポツポツと光る街の明かりがある。その光に誘われて落ちてしまわないよう、背中をフェンスにもたれかけた。


 そこでふと、違和感に気づいた。

 俺はどうやってこのフェンスを登ったのだろう。柵の網目は、テレビでよく見るひし形が連なったようなものではなかった。例えるならば鉄格子。まるで大きな牢屋のように、それは屋上全体を取り囲んでいた。牢屋というものは、扉がなければ出れないし入れない。乗り越えるにも手足を引っ掛かけるところが無かった。つまりは……中に戻れないのだ。


「そうだ、俺」


 ふっと、力が抜けて震えが止まる。同時に、抱いていたはずの命の危機への怯えが消えた。代わりに俺は、俺のすべきことを思い出す。それを口に出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。


「………死ななきゃならないんだった」


 頭痛が一気に酷くなり、前後左右が分からなくなる。胸の中には、《死ななければいけない》という使命感だけがあった。言葉にしたことで、それは一層重みを帯びる。

 震えの止まった足が、主の思いを叶えるために動き出そうとしていた。こんな時に止めに入ってくれる人が、俺にはいない。俺が死んで困る人などいないのだ。


「あぇ」


 感慨、遺言、恐怖、躊躇、葛藤――――正常の人間が《死》と相対する時に持つ一切が俺には無く、片足は既に一歩を踏み出していた。当然その先に地面はない。そう認識した瞬間、俺の体は人形のように闇に投げ出されていた。

 格好悪く言えば、落ちた。


「…………」


 何も遺すことは無かった。眼前に広がるのは、俺を呑み込もうとする闇だけだ。


 これでもう、どう足掻いたって数秒後には地面に直撃する未来しかない。なら醜く滑稽な姿を晒すより、このまま全てを放棄していた方がいいだろう。

 それに何か叫ぼうにも、口腔に空気の塊が入ってきて息ができなかった。この世に対する怒りとか、遺してきた人への謝罪とか、やりのこした事への後悔とか。それらがあって当たり前なのに、不思議と頭には何も浮かばなかった。




 まるで漫画の脇役みたいな、呆気ない最期。

 しかし自分の人生を悲哀には感じない。まるで、元々そうなると決まっていたような………むしろ今まで生きてきた時間がオマケでしかなかったような。成瀬他月が今日死ぬ事実を、俺自身が運命だと納得していた。

 早く死なないと。死にたいわけでも死のうと思ったわけでもない。ただ、言葉で表せない焦りが俺の中にはあった。それは俺を動かす全てになっており、現に今、体は馬鹿正直に重力に従って落ちている。落ちてゆく自分をそうやって達観視できるほど、俺は平静を保っていた。

 ほら、落ちていく滑稽な俺の姿が―――


「え………俺?」


 目の前に見えるのは、確かに成瀬他月おれだった。黒髪を逆立てて手足を投げ出し、運命を受け入れたままの格好で空中に留まっている。

 落下中の自分カラダとは違う自分カラダが存在するという矛盾。幽体離脱という単語が頭をよぎり、俺は素早く自分の現状を確認した。

 腕、脚、顔、体ーーー特に身体に異常は無く、透き通ったり魂だけだったりするわけでもない。試しに手を何度も開閉したり、軽く動いてみたりするが、いつも通りだ。一つ違うのは、俺の体が空に浮かんでいることぐらいか……。


「いやいやいや! ありえないから!」


 納得しかけている自分に言い聞かせるように、俺は叫んだ。よく見ると、自分の周囲だけ妙に明るい。ぼんやりとした光が俺を取り巻いている。もう一人の自分の暗さとは対象的で、どこか可笑しい。


『そうかい? 君を殺す不可視の力より、余程現実的だと思うけどなぁ』


「ーーーっ」


『何故黙るんだい?』


「いや、おま、だれっ……!?」


 突如鼓膜を震わせた【声】は、特徴を掴ませない中性的なものだった。なんとなく懐かしさを覚える声音に、記憶の糸が反応する。俺は以前、コイツと話したことがあるーーー。そう確信できるのに、肝心な話の内容は一欠片も覚えていなかった。もどかしい。温かい。嬉しい。寂しい。悲しい。様々な感慨を同時に受ける。俺は自然と声の主を求めていた。

 どこかで聞いた声。懐かしい声。忘れるはずない声。大切だった声。過去に深く関わったことがある声。混濁する記憶の中で、誰かが思い出せと叫んでいる。


『ボクが何者かなんて、そんなのどうだっていいじゃないか。それに君、もうすぐ死んじゃうみたいだしさ』


 茶化したようなその言葉に、今にも地面に激突しそうな俺の姿を見やる。死との距離を拳一つ分ぐらいあけ、地に手を伸ばしたポーズで固まっていた。見ている方がヒヤヒヤするぐらい絶望的な位置だった。


「てかお前、なんで。どうやって」


『理由を求められても困るし、現象を理屈で説明しても理解できないと思うよ。それとも君には、ボクに退屈を強いる権利があるのかい? もしそうなら、早く凍結させた時を戻さないとね』


 時を戻す。それはつまり、俺の死が執行されるということだ。

 別にそのことについてさほど抵抗はない。元々死ぬために飛び降りたわけであって、超常的な現象によって勝手に延命させられただけだ。脅しにもならない。


『あぁそうか。……まだ縛られているんだね』


 心当たりのない言葉に首を傾げるが、声は一人で納得し、説明してくれない。相変わらず感情のこもっていない声音で、聞いているこちらの生気が吸われるようだ。


『成瀬他月。【ペル】という名において、君を縛る鎖を解放しよう』


 意味深な言葉が呟かれるが、俺に変化はない。何か変わっただろうか、と今一度自分を見返した。


『思い出せ。君はまだ死んでいない。ボクの気まぐれで生かされているんだ』


「っーー!」


 一瞬で空気が変わった。声に重みと抑揚が加わり、死を受け入れたはずの俺をたじろがせる。


『問おう。君が本当に君自身の幕引きを望むのかを。 死にたいとーー君は確かにそう願うのか』


 年齢を判別させない声が、思考を縛り付け、閉じ込めていた鎖の力を弱める。


「俺は……死なないと……」


『それは本当に君の意思なのかい?』


 声が響くたび、わんわんと鳴り響いていた頭痛が和らぎ、殻を破らんと亀裂が広がっていく。そこから漏れ出してくるのは、今更とも思える死への恐れだった。


「………」


『死を救いとする人もいるだろう。それは認めるよ。否定するつもりもない。ボクだって………。だけど、君は? 死ねば全てが終わると思ってる?』


 そう問われて蘇ってきたのは、ずっと昔の記憶だった。


 まだ幼い頃の自分。

 優しく微笑む母親。

 頭を撫でてくれる父親。

 全ては過ぎた日の情景だった。

 今まで思い出さなかった……思い出せなかった、幸福の日々。両親は在命中だというのに、浮かんで来るのはそんな古い記憶ばかりだった。



 いや、違う。今日見たはずの二人の顔を、思い出せなくなっているのだ。何度も何度も見てきたはずなのに、記憶に靄がかかったように隠れている。それなのに、相変わらず昔の記憶は俺の全身を巡り続けていた。雪崩込んでくる膨大なデータを処理しきれず、俺は堪らず頭を掻き毟った。


「あれ、俺。 ―――いや僕は」


『自分を強く持て、成瀬他月。今の君はボクと干渉したことで、正しき記憶に還っているにすぎない。………嗚呼。残念だけど、もう追憶に割く時間はなさそうだ』


 その言葉に反応するように、俺を纏ってい光がその輝きを鈍らせた。光の鎧が段々剥がれていくのを感じる。タイムリミットがすぐそこに来ていることを突きつけられた気がした。


「………神様もどき。もし俺が死にたくないと言ったらどうなるんだ?」


 自分でも驚くほど震えた声で尋ねる。

 時を止めるといったチート能力が使える存在など、神を除けば誰がいる。俺の中で声の主イコール神様という等式が出来上がっていた。


『あははっ、ボクが神だって!? 面白いことを言うなぁ。君達からすれば、なるほど確かにそうかもしれない。同等の力はあるだろう。けど、ボクはそれほど高貴な魂モノじゃないんだ』


「あぁそうですか。んで、どうなんだよ?」


 別に神でも悪魔でも何だっていい。似たような力があるなら、それは定義が違うだけでほとんど同じ存在だろう。俺が知りたいのはその先の答えだ。


『君は一体、どんな甘い言葉を求めているんだ』


 酷く冷めた声だった。呆れたような、失望したような……聞いてゾッとするような声でもあった。この時ばかりは相手の表情を見なくて済む状況に感謝する。


『勘違いしないでくれ。ボクは君の意思に興味があるだけなんだ。君の身体も生命いのちも未来も、全部どうだっていい』


 きっぱりと、《俺》といった存在への執着のなさを告げた。ならばなぜ、期待をもたせるようなことを言ったのか。お約束の流れだったじゃないかーーー。


『その様子だと、答えは出ているみたいだね』


「ちょっ、ま、まってくれ!!」


『なんだい? 話をするなら、なるべく簡潔に頼むよ』


「時を………戻すのか?」


『当然さ。それとも君は、ずっとこのままでいるつもり?』


 情のないヤツだ。神様ではなく悪魔だと確信する。

 今なら言える。俺は死にたくない。死ぬのが怖い。何故あの時、一歩踏み出すことに躊躇いを感じなかったのだろう。今になっては狂気の沙汰としか言いようがない。あれは何かの間違いだ。一時の気の迷いだ。そう弁明したいが、する相手もいなければ、言って変わることもない。


『君は死ぬべき存在なんだ。死んでやらなきゃならないことがある。全ては君の死から始まるんだ』


「お前は俺に……死んでほしいのかよ」


『それを聞いてどうするんだい? ああ、君の望むセリフを言って欲しかった?』


「………!」


 淡々と俺の嫌なところを突いてくる。

 唇を一層噛み締め、もう一度自分の姿を見た。

 死へと向かっていく俺の姿。屋上にいた時は、早く死なないといけないという考えしかなかった。だが、死を間近にした俺の顔は悲痛に歪んでいる。それが答えだった。


「………ない」


『ん?』


「死にたくないに決まってんだろッ!」


 俺は半ばヤケクソになって吠えた。

 死ぬ意思がないことぐらい、自分が一番わかっている。


『ならば、君は生を望むのか』


 まるで俺の答えなんて始めから分かっていたみたいだ。会話のテンポに乱れがない。

 体を形成する光が溶けてゆく。もうすぐ終わりが来るらしい。俺は俺に戻って、人生の終結を迎えるのだろう。


 知らず知らずのうちに泣いていた。それは垂れ下がった目から離れ、鼻の少し窪んだところにたまり、頬を伝うように流れていった。一滴、涙が溢れる。それが暗闇に溶け落ちたのを眺め、静かに目を閉じた。


「俺はーーー生きたいんだッ!!」


 心から、魂から、血液から、脳から。俺の全身から絞り出した咆哮が、広がる夜空を震わせた。

 その強固たる意思に呼応するかのように、閉じた瞼の裏でも分かるぐらい膨大な光粒子が俺の全身を包んでいった―――







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