賢愚な餓狼の沈没
1
その日は空が曇り、今にも降り出しそうな様子だった。
昨日まで爽やかな五月晴れであったのに、突如として空が顔を変えた。
重たい日だった。
湿った空気が重く身体に纏わり付くような、重たい日だった。
白いカッターシャツに学生ズボンの青年は、校門を潜り抜けた後で腕時計を見やる。
高校が始まるまで、まだ1時間ある。
青年は校庭を歩いていて、ふと足を止めた。
その直前まで、そんな気は無かったのだ。ただまあ今日1日のことや、いろいろなことについて思いを巡らせていただけだった。
校庭の南側には煉瓦の花壇があって、よく知った顔の用務員がこちらに背を向け、花を植えていた。
その1メートル程後方にシャベルが置いてあった。茶色く錆びていて、まだ湿った土が付いていた。
あまりにも容易に思い描くことができたのだ。ほとんど無意識下と言っても過言ではないほどだった。
用務員は後頭部から血を流し、花壇にもたれかかって倒れた。
しばらく見つめていたが起きる様子が無かったため、足を掴んで近くの繁みまで引き摺り、寝転がして隠した。
花壇に付いた血をどうするか悩み、土をかけて隠そうかとも思ったが、花壇の上に水の入ったジョウロが置いてあるのを見つけた。植えた後の花に水をやるつもりだったらしく、水は充分に溜まっていて、その水で血を洗い流した。
用具倉庫が半開きになっていたため、血のついたシャベルをしまうついでに他の道具を探した。持ち手の長い斧を見つけた。
青年の中で、もう後戻りができないという絶望感と、もう隠す必要もないという喜び、自分の思うように行動できる自由の感覚が駆け巡った。薄暗く、カビとホコリの匂いがする用具倉庫の中でひとつ深呼吸して、うっすらと笑みを浮かべた。
背負っていたリュックサックも用具倉庫に置いたまま、斧だけを持って用具倉庫の扉を開け放ち、曇天の空を仰いだ。
まだまだ生徒はいない。青年ら殺伐とした校庭を、校舎へ向かって歩き出した。
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