虚無

沓火豆路

始まり

あの綺麗な夕日を眺めていると、まだ生きてていいんだとそういう気持ちになれた。独り、星が出ても川のほとりから動けないでいる。

俺は満たされる時間が永遠にないような、そんな人生を続けてる。
変わらない、進歩のない、何を求めてるのかもわからない。そんな毎日。
人でいられる時間は限られてるのに、その貴重な時間を浪費している感覚。
やりたいこともあった。
夢もあった。
妄想もあった。
でも全部現実じゃない。
このまま死んで何も残らない人生になる。そう思ってた。
空虚な事象が全てを支配してるこの現世の中で、何もない俺が何をどうしたところで意味はない。
そう気づいたときに全部の枷が外れたんだ。

俺は世でいうところのギャンブラー、もっというならパチプロだ。そして元詐欺師でもある。男も女も騙してコントロールすることは簡単だ。
そんなことをしてたからこんなことをして生きてる。
人と正面から関わることができないから機械と向き合うだけの仕事をしている。
圧倒的にそれが楽で性に合っていたから。
毎日朝の早くから店に並び、開店と同時に釘を見て夜までパチンコを打ち続ける。そんな毎日だから人との関わりもさほど持たなくていい。楽なんだ。
こんな毎日を人を騙す世界から抜けて3年続けている。
それでも俺の中の何かを埋めることはできないまま。
どう生きたいのか、どう死にたいのか、何をすれば満足なのか、満たされるのか。そんな問答の繰り返しの中ずっと動けないでいる。

ふと後ろに1台の車が止まった。
こんな時間にこんなところに来るのは俺くらいなものだったのに。
不思議に思い振り返るが車の中に人の気配はしない。辺りを見回すが街頭もない背の高い雑草だらけの河川敷に人を見つけるのは至難だ。
少し警戒しながらまた川に向かいタバコに火をつけた。
(この時間を邪魔するなよな…)
そんなことを思いながらまた独りの時間に戻った。
タバコの半分が灰になったときだった。
俺は首を絞められた。どうやらロープのようなもので絞められているらしい。
このまま死ぬならそれでもいい、そう思いながらも身体は抵抗してしまう。それに裏の世界にいたせいかこういう状況にも慣れてしまっているのが悲しい。
俺は持っていたタバコを相手の顔があるであろう場所へ投げた。
「熱っ…!」
その一瞬手が緩んだ隙に反転してロープを握っていた相手の手をはたき落した。
対峙して見たその顔は暗さは帽子もあり全くわからなかった。
「誰だ?」
ふと思ったことがそのまま声に出てしまう。名乗るわけもないしこんな状況になれば仕損じた側は逃げるのが相場だか、そいつは逃げずに対峙したままだ。
(ナイフかなんかも持ってそうだ)
勘がそう訴える。
今俺の手元に武器になるものはライターと首に巻かれていたロープ。
瞬時に色々なパターンをシミュレートする。
その時相手が動いた。逃げたのだ。
行く先は車に決まってる。俺は追いかけた。そして車の3メートル手前で捕まえた。
うつ伏せにし、手元にあったロープで手を縛り帽子を剥ぎ取る。そしてライターに火をつけ顔をちゃんと見た。
「倉金…か?」
倉金は俺が詐欺師だったころにハメた人間の1人だ。
「そうだっ!お前のせいで俺はっ…!」
(そんなお決まりのセリフよく言えるな)
「で、今更なんで殺しにきた?というよりもよく俺を見つけられたな。」
「お前のせいで俺は何もかも…」
「あーわかったわかった。そんなお決まりのセリフに理由は聞かなくてもわかるから吐くな。つまらん。で、誰の差し金だ?お前みたいなど素人が俺を見つけられるわけないだろ。裏には誰がいる?」
「…」
「吐け」
「…」
「吐けよ!」
「…」
俺は持っていた水を倉金に掛けライターを近づけた。
「吐かないなら燃やすぞ。それくらいなんのことはない。誰が裏にいる!?」
「…誰もいねーよ!2日前にお前を見かけたからずっとつけてたんだ!お前に復讐してやりたかったから。」
俺は無言で倉金の服に火を付けた。
「ほっ、本当に誰も裏になんかいないんだっ!!」
火はどんどんと燃え移る。
(綺麗だな。火はやっぱり。)
「頼む!殺さないでくれ!!」
「本当に誰も関わってないんだ!!」
「熱いっ…!頼むから…」
そこでやっと俺は残っていた水を掛けた。
(んーここまでして吐かないなら本当か…?)
どうも倉金は気を失ったらしい。だが、間違いなく死んではいないし火傷もたいしたことはない。残ったロープで倉金の足も縛り意識が戻るまで一服することにした。

10分程して倉金は意識を取り戻した。
少し呂律は回っていなかったが
「すみません。もうしませんっ!殺さないでください…」
一応断っておくが、俺は殺しは一度もしたことがない。弾みで殺してしまったこともない。脅すことはするが大怪我をさせるようなこともしない。こういうモットーの元に詐欺師をやっていた。だが、それは後々面倒だからというだけで決して慈悲深いわけではない。
「で、結局のところ何しにきたの?」
「殺そうと思ってました。あの時の復讐のために…」
「2日前になんちゃらとか嘘だろ?俺はここ5日間1歩も外に出てないからな。」
「いや、それは…」
もう一度ライターに火をつける。
「すっ、すみません!火は…」
「じゃあ本当のこと言えよ。もうメンドくせーな。」
「はい…。でもその前に解いてくれませんか…?」
「あほか!これ以上引き延ばすならこのまま川に転がすぞ。」
「いや、本当に2日前に見かけてからずっと付けてたんです。本当にそれだけなんです!」
(ここまで来たら本当か…)
「わかったよ。せっかくの独りの時間邪魔しやがって。縄解いてやるから失せろ。お前が落ちてる間に免許で住所も押さえたし発信機仕込んだから俺の半径10キロ以内に現れやがったら今度は消すぞ。わかったか!」
「は、はいっ!」
当然発信機など都合よく持ってはないが、素人のこいつにはこれで十分だという確信があった。
そして手だけ縄を解いてやった。
「足は自分でやれよ。」
そう言って俺は先に立ち去った。
(それにしても火…綺麗だったな)
バイクで土手を登りながらそんなことを考えていると倉金の車にエンジンがかかったのが見えた。
(当分別の家に行くか)
そう思いながらバイクを走らせた。
これが全ての始まりだった。

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