ハキリアリのアンリ

泉 玲

涙?

「うっ、うぅ…」

大きいコドモに葉っぱごと投げられてから、どれくらい時間が経ったのだろう。ようやく意識がしっかりしてきたアンリは、まず自分の体を見た。

「生きてる…」

かすり傷はいくつかあるものの、ひどい怪我などはしていないようだ。しがみ付いていた葉っぱがクッション代わりになってくれたのだろう。
あんな上空から投げられたのによく助かったものだなぁ、と自分でも感心しながら、周りを見回してみた。

「どこだ、ここ…。」

大分飛ばされたのか、どこを向いても見覚えのあるものは全く見当たらない。代わりに、自分が2度も襲われたあのコドモによく似た生き物たちが大勢いて、凄まじいスピードで走り回っている。

アンリは公園の真ん中付近まで飛ばされていたのだ。休日の昼という事で、遊ぶ子供たちの数もいつもより多く、皆元気に走り回っている。

「とにかく、巣に戻らないと…。巣はどの方角にあるんだろう?」

いつも刈り場と巣を行き来するために目印にしている花や長い草は当然見えるはずもなく、アンリは途方に暮れてしまった。
とその時、目の前の地面に何か巨大な物が落ち、砂埃を上げながら滑っていった。少し離れた所にあるブランコに乗った男の子が靴を飛ばしたのだが、アンリにとってはジャンボ機が着陸したくらいの迫力だ。砂煙が舞いアンリも飛ばされそうになる。

「うわっ、何だ?!  げほっげほっ」

土煙がやっと収まり、涙目ながら顔を上げたアンリの目に飛び込んできたのは、最悪、と言ってもいいような景色だった。

コドモが2人、砂煙を上げながらこっちに向かってすごい速さで近づいてくる。さっきブランコから靴を飛ばした子供達が靴を取りに走ってきたのだ。

「うわわわ、どうしよう、潰される…!」

アンリはパニックになりながらも、必死に逃げ出した。

ドドドド…!

とてつもない地響きを立てる足音はどんどん近づき、とうとうすぐ近くまでやってきた。裸足で走るコドモの足は、アンリのお尻の少し先を踏み、土煙を上げる。その風にアンリはあっけなく飛ばされ、宙に浮いた。

ドスンッ! 

鈍い音を立ててアンリは地面に尻餅をついた。

「あいたた……」

お尻をさすりながら立ち上がりため息をつくと、遠くから聞き覚えのある声が微かに聞こえた。

「…りー、…んりー」

「ん?エレナの声?何で?」
 
確かにエレナの声だが、何故エレナがこんな所にいるのか見当もつかない。僕を探しに来たのか?いやいや、あり得ない。コドモが襲来した時、エレナは随分先の巣の近くにいたはずだ。いや、理由を考えるのはやめて、とにかく声の方へ向かおう。

「エレナー!」

アンリはエレナの名を叫びながら、走っていった。

しばらく走っていくと、アンリは遠くに黒い点のような姿を見つけた。

「エレナ!」

「っ! アンリー!」

エレナもアンリの姿を見つけ、まっしぐらに走ってくる。
2つの黒い点の距離は徐々に縮まり、遂に1つになった。喜びのあまりエレナがアンリに抱きついたのだ。
アンリはこの急な出来事に面食らってしまった。

「え、エレナ?どうしたの、そんなに…」

「心配したのよ! もうホントに、心配して心配してどうにかなりそうだったわ…」

だんだん小さくなって震える声に、アンリが驚いてエレナを見ようとすると、エレナはそっぽを向いてしまった。

「エレナ?」

「な、なんでもないわ!もう、次からはちゃんと気を付けてよね!」

少しキツめにそういうと、エレナはパッと体を離した。2匹の間に通った涼しげな風に、少し寂しさを感じたアンリに背を向けて、エレナはずんずん進んでいく。

「あっ、エレナ待ってよ〜。」

「遅いわよ!ほら、早く!」

すっかりいつも通りの様子のエレナに安心しながら、アンリは急いでエレナの後を追った。

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