境目の物語

(ry

帰郷の始まり

「……ねえ君、大丈夫? どうしてこの森にいるの? 言葉は話せる?」
『…………』
「ダメ、なのかな。この子、右腕は神経が焼き切れてるのか剣を握ったままの状態でだらんとしてるし、声も枯れてるみたい。でもお肌はとっても綺麗で」
『…………』
「宝石みたいな水色の目で私のこと見つめてる……はっ、ダメダメ! かわいいからって手を出したら、また妹ちゃんに怒られちゃう」
『…………』
「……少しくらいは手当てしてあげてもいいよね。お母様もきっと許してくれる……よし。ねえ君、私お薬用意してくるから、このツタに隠れててね。外に出ちゃだめだよ」





 9日目

 その日の午後、彼らは森を出ていた。
 目の前にはぬかるんだ草地、マングローブの木々、湿った空気。森の外側の砂漠やサバンナでは見られない、森の内側だけの景色だ。

「本当にあれだけで抜けれたのか……? 俺たちほとんど移動してなかったぞ」
「でもこの湿地帯、間違いありません。あの時我々が戦車で、あなたを追いかけていた場所です」
「森と国々とを隔てていた湿地帯、であるか」

 一行は懐かしい景色を見ながら、思い出を語る。タイやリティは真新しくも湿気の強いこの場所に、少し難色を示していた。
 その後ろで、ジャズは我道さんに尋ねる。

「これは一体どう言う仕組みなんだ? 俺も内側に来たこと自体は何度もあったが、移動を必要としない突破法なんて聞いたこともない」
『ははは、そうだろうな。迷いの根源となる変動が起きる30分以内に、直進突破する力があればそもそも迷うこともないのだから。間に合わなかったとしても、突破の半分まで進む力があるなら、あとは自分の力を信じるだけだ』
「俺程度じゃ霊術無しだと半日は迷ったけどな、はは。で、理屈は?」
『簡単に言えば、運任せさ。迷いの森の変動は、実は区画のシャッフルにより成り立っている。計144だったか、若干ズレている気もするが、その区画の位置をランダムに入れ替えているわけだ』
「つまりこの1日ちょっとの休憩は、入ったあの1区画が内側に接するまでただ待つためだったわけか」
『その通り。余所よそには言わないでくれよ。なんたってこの突破法は、ディルさんが部下の君たちにすら教えないほどの裏技だからな』
「まあそれもそうか。迷いの森ここの本質は、内と外を隔てる壁だしな。おまけに通りすがりのバケモノに対処できなければ、確実性も損なわれてしまうと」
『虫を寄せ付けないカイの氷魔法と、暖になるお嬢さんの炎魔法があったからこそだ。強行突破して誰かを失うよりは、こちらの方がよっぽどいい。説明終了!』

 我道さんは一度伸びをして、それから彼らの前に躍り出た。手をパンと鳴らして、注目を集める。

『さて、闘鶏さまの命を受けて今、こうして森の内側に到着したわけだが。これからどうする?』
「どうするって、闘鶏さまが言いたいのは里帰りしろって事だろ」

 我道さんの質問には、ラグが即答だった。それに続くようにヘキサたちが言う。

「我々6人隊は小王国ゼトに向かいます。ハヤテマルさんなどはどうされます?」
「私は魔王様の元へ向かわせてもらう。早く報告せねばならぬのである」
「ならおいらはハヤテマルんとこ行くぜ。同じ魔物として、魔物の都市は見ておきたいからな」

 具体的な目的地を真っ先に言う彼らとは違い、ラグは即答できるほどではなかった。いくつかある中から行き先を考えたが、口にするよりも先にジャズが遮った。

「思い出に浸っているところ悪いけど、君たちバラバラに行動して、集合場所はどうするのかな。忘れちゃいないと思うけど、森の内側だって充分広いんだから。事前に決めておくべきだろ」
「「「たしかに」」」

 当然ながら、外と比べて狭いだけであって、内側だって広い。ましてや彼らは、すれ違うことだってなかったのである。
 言われてラグとヘキサとハヤテマルの三者は、三角形になって話し合う。

「集合場所か……なあハヤテマル」
「魔王都市は魔物の居城。すべての魔物が理性的ではないゆえ、毒に冒された今の私たちでは安全を保証できぬ。ヘキサ殿は」
「我々の国も、正直まだ状況がわかっていないので。だってかの三連星に戦争を仕掛けていたのですよ。それにお2人とも訪れたことはないでしょう」
「なら、俺の元ギルドはどうかな。ヘキサたちは当然知ってるだろ」
「ええまあ……そうですね。攻め入りましたし」
「私も聞き及んでいる。なんともトカゲを愛していたようで、竜達からの評判が良かった事を記憶している」
「魔物にも知れ渡ってたのか、知らなかった。でもみんなわかってるみたいだし、集合場所はそこにするか」

 選ばれたのはギルドだった。廃墟と化してるギルドだった。

『なら私は先にギルドで待機しておこう。付きっきりというわけではないが、早めに終わった人がいてもひとり待ちぼうけとならないようにな』
「俺は当然ランド少年のとこに行かせてもらうぜ。集合は1週間後を予定して行こうか」
「「「はい!」」」

 行く先を決めると、ハヤテマルの土地勘で今の位置を確認する。南東あたりにいることを確認できると、それぞれの行き先へ歩み始めた。
 6人隊は北西の小王国ゼトへ、ハヤテマルとタイは南西の魔王都市へ、我道さんは北のギルドの廃墟へと。
 残るラグは、そのどれとも違う西の方へ足を踏み出した。

「ねえラグ、どこに行くの?」
「俺はミーティアに行く。ブレイブにも会いたいけど、先に針縫さんにお礼言いにいって、それから、トッキーと話したい」
「……っ、そう。私もついて行ってもいい?」
「そりゃ良いけど、なんで聞いたんだ? いつも一緒なんだし、聞くまでもないだろ」
「えっ、うん。そうだよね。あはは、私ったらなんでこんな事聞いちゃったんだろ」
「? ま、行くぞリティ」

 そうしてこの帰郷は始まったのだった。




(ryトピック〜迷いの森の変動〜

 迷いの森はたえず変動している。方角を惑わせているのではなく、土地そのものをシャッフルしているのだ。
 この仕組みに気付ける者は少なく、原理まで言われると聞かずして理解できる者はもはやいない。少なくとも何者かが、この森にそのような特性を与えているのだ。

 迷いの森は迷わない事こそが突破の秘訣だが、もとより進まないことも迷わないと言えるのだろうか。

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