境目の物語

(ry

山里にて、闘鶏さまの許可

7日目、早朝。

「水神の力、なめるなよ!」

 シルドラの竜レヴィアタンの速度をもって、一夜にして内海を縦断。
 さらに午後。

「エンプレス、砂海を進め!」

 ジャズの召霊術で呼び出された砂獣の力をもって、砂漠をこれまた縦断。

 その距離合わせておよそ4000km。これを1日とたたず渡り切った一行は、半ば放心した様子で正面の大火山を見上げていた。

「早ぇ……」
「まあこんなものさ。空を使えればもっと早く到着できただろうけど、今回は条件も満たせなかったし。ささ、登ろうか」

 ジャズに急かされるまま、一行は山里目指して山を登っていった。


〜竜人の山里〜

 そこは人と溶岩の熱気に満ち溢れた里である。あの日、魔人を倒した直後のような活気はすでに落ち着いているが、山ほど鉱物を乗せたトロッコの音は相変わらずだった。
 正門のアーチを見ると、門番の2人が構えていた。シルドラの言う通りなら、筋骨隆々で赤い尻尾の方がベヒモスで、細身で黄色の尻尾の方がジズだ。

「リティと少年、その連れか」
「要件はすでに長様からお聞きしている。霊堂に向かうといい」
「えっ、なんで知ってるんだ?」
「「早く向かえ」」
「あっはい」

 2人に告げられて、ラグはすぐさま霊堂を目指す。今回は誰に止められる事もなく、洞穴を進める。

「感じ悪ぃヤツだな。ムカつくぜ」
「タイ、頼むから大人しくしてくれ。面倒ごとになると本当に殺されかねないから」

 爪を鳴らすタイを宥めるラグは、不調とは別に怯えていた。その意味を一行のほとんどが理解できなかったが、ともかく霊堂の石像並ぶ広間にたどり着いた。
 キョロキョロと周りを見渡す。イルカや鳥、蛞蝓と蛙と蛇など、いくつか見覚えのある形の石像があった。
 最奥では闘鶏さまが立っている。一行がそのもとに着くと、闘鶏さまは首を伸ばして口を開いた。

《よく戻ったの。その様子じゃと、様々な霊獣とめぐり合いそして大敗を喫したのじゃろう》
「は、はい。あの、何で俺たちがここに来るのを知っていたん……ですか?」
《ぬ、言わんかったかの。お主が霊獣とめぐり合い、真の意味で衝突し、そして敗れた時こそが、本格的に霊術を学ぶ時。つまり今じゃ。待ちわびたぞ、この時を》

 闘鶏さまは言って、ちゃぶ台から降りた。ラグのもとに歩み寄って、その俯く視線を合わせた。

《して、どうじゃった。香りから察するに、三竦みの神霊と戦うたのじゃろう。まあ聞くまでもないかもしれんがの》
「それは……あのカエルには全力出し尽くしてなんとか勝てたけど、他には手も足も出なかった」
《そうかそうか。出始めの釜蛙に手も足も出ず惨敗して……ぬ? 今お主何と言うた?》
「えっ? カエルには勝てたけど他には惨敗って」
《釜蛙に勝てたじゃと!?!?!?》

 悲鳴のような叫び声を上げる闘鶏さまだ。鶏の鳴き声と混ざってなんとも形容しがたい叫びだった。
 目をカッと開いて、全身の動きから動揺が溢れる。

《ほ、本当か!? あれは能力を封じ身体能力で捻じ伏せる、そういう存在じゃぞ》
「そんな事言われても。俺だって正直なんで勝てたんだって思ったし」
《そ、そそそそうじゃ。目撃者は、他に目撃者はおらんのか》
「ああ闘鶏さま。実際に見たわけではないが、あの時あの土地あの領域は、ドス黒い紫に覆われた。神遣いなら神々しい金色に、釜蛙なら津波の如き洪水に覆われるはずだ。これで充分じゃないかな」
《なんと。よう見たらお主ジャズか。確かにそれでは疑いようもないの。しかしまさか本当にあれを真っ向勝負で倒してしまうとは。とんでもない逸材がこうも頻出するとは、幸の吉兆か、獄の凶兆か……》

 最後の方はブツブツ言いながら、闘鶏さまは翼を組んだま跳ねて、ちゃぶ台の縁に頭突き。思い出したように翼をばたつかせて飛び乗ると、ひとつ咳込んで言う。

《ゴホンッ。ともかく、今日からしばらく儂がお主に霊術の真髄を教育してやるとしよう》

 次に翼を広げると、闘鶏さまの背後にあったニワトリ(というか闘鶏さま自身)の石像が動き出した。
 時計回りにちょうど半回転すると、今度は下の溶岩から岩石の道がせり上がってきた。最後に溶岩の滝が2つに分かれると、そこには隠し部屋とその通路が出来上がっていた。

《さあ、ついて来い。まずは魂の授業じゃ》

 闘鶏さまは翼でラグを誘いながら言う。しかしラグにも言いたいことがあった。

「ちょっと待ってくれ。闘鶏さまに教えてもらわなきゃいけないのは俺だけじゃない」
《ぬ、そうじゃな。リティも来て良いぞ。霊術師の先輩として教えられることもあるじゃろう》
「そうじゃなくて! 俺たちみんなで霊術を学びたいんだ。みんなで強くなるために」
《みんなじゃと?》

 聞くと、闘鶏さまはピタリと足を止めた。振り返って、鳥の鋭い眼差しを向けてきた。

《お主らふたりはともかくとして、他の者には何がある。儂ら霊獣に関わる必要があると言うのか?》
「そ、それはまさに今この状況じゃ」
《それは違う。魂が背負う使命と、儂ら霊獣が関わりあるのかじゃ。必然でない者に教えられるほど、霊術は簡単な術ではない。まあ何かきっかけでもあるなら、考え直してもいいがの》

 そう言いながらすぐに身を翻す闘鶏さまは、そんなきっかけなどあるはずもないと語っているようであった。しかし、

「きっかけなら、ある」

 ラグは言う。ポーチから1通の手紙を取り出した。

《なんじゃそれは?》
「強くなりたいなら、闘鶏さまに渡せって言われた」
《儂に鍛えさせるつもりか。誰じゃそんなこと言うたのは》
「玄人って人だ」

 玄人。その言葉を聞いた時、闘鶏さまは一瞬静止した。呆気に取られた顔をして、数秒石像のようになった。
 次の瞬間、動き出した闘鶏さまは無言で手紙を奪い取る。ラグたちに背を向けて、手紙の内容を確認する。

 一気に大気が熱を帯びた。火口から溶岩が噴き上がった。
 まるでわけがわからない、と他のみんなだが、ラグなどごく一部はその反応の意味を知っている。闘鶏さまは先ほどまでの様子とはまるで真逆で、跳ねながら再度ラグたちの方に向き直った。

《うむ、全員ついて来い。この2ヶ月間、儂の超圧縮プログラムでお主らを霊術師として鍛え上げてやろう》

 かろうじて態度は変わらなかったが、心境が全部身体に出ていた。今にも歌い出しそうで、感謝の声も届かず、なんなら歩きながら浮いていくんじゃないかと思わせるような足取り。
 奥に向かうウキウキの鶏の後ろで、一行にできるのは彼を追いかける事だけだ。

 突き当たりまで進むと、闘鶏さまは大扉を開く。その奥はただ1つの空間だった。
 さあ入れ、と言う闘鶏さまだったが、その時ふとヘキサが呟く。

「あの、前々から気になっていたのですが……あなた方や霊術とは何なのですか?」

 その時になって、闘鶏さまは気づいた。同時に唖然として、しばらく声を出せなくなっていた。




(ryトピック〜山里の現状〜

 魔人の件以降、外部から冒険者など一時的に労働者を集めて本業の採掘業に取り掛かっていた竜人の山里。
 現在では採掘業は完全復活。商人との取引も円滑になったが、いかんせん安定した労働者を確保できていない。長時間極暑環境で作業できる者など、そう多くはいないのだ。
 完璧に近い耐性を持つ竜人の手があればいいのだが、里の外から集まることはない。たとえ同族の危機であっても連携を取ろうとしないのは、竜人の悪いところである。

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