境目の物語

(ry

海を渡るために

6日目

 早朝から移動を再開した一行は、しかし魔物たちの妨害を何度も受けた。フェンリルの強襲や、オオカガシの妨害、果ては草食動物に地竜を目覚めさせられたりと、その数10回以上。
 一行の動きが劇的に良くなることはなかった。小さな怪我を何度も負って、それでも大怪我がなかったことは幸福か、それともジャズの支援のおかげか。
 ともかく、日が焼ける頃合いより少し前に、北東アルファ港の街並みに入ることができた。

 船着場に行く道中で、道ゆく人々に奇怪な目で見られた。怪我で服に血が滲んでいるのもそうだが、とても褒められた空気感ではなかったのも大きい。
 誰一人顔を上げることもできず、とぼとぼと歩く。そんなだから、再びあの大男船長ガレーはギョッとした。

「ああっと……うむ、詮索はしないでおこうか。さて、ここに来たという事は、船に乗りたいんだな」
「ああ。南の方までお願いします」
「そうか…………すまない!」

 ガレーは頭上で両手を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げた。どことなく息子の姿と重なって見える。

「また船が止まってるのか?」
「いやそうではなくてだな。知っての通り今はセイレーン号の修理中。多くの船は修理用の資材を積んで、今日の昼前に出発したところだ。それに今は競売祭も終わって交通量も落ち着いた時期、あまり多くは出してねえんだ」
「一応聞くがガレーさん、次の出航は?」
「往復とメンテナンスを考慮すれば、早くて5日後だ」
「「「5日後っ!?!?」」」

 昼前であれば資材の船に乗せてやれたんだがな、とガレーはたらればを語る。彼の表情もそうだが、一行はもっと深刻だった。

「そんなに遅れては、影響が計り知れません!」
「クソッ、野宿なんてせず突っ走ってりゃ、間に合ったのによ」
「馬鹿を言うなタイくん。夜の魔物……特にフェンリルや地竜は危険だ。そんなところを一晩中突っ走るなんて、今の俺たちじゃ命がいくつあっても足りない」
「うるせえ! ハイリスクハイリターンでも足んねえくらいだろうが、今の状況ならよ」

 すぐに言い争いが始まってしまう。歯止めが効かず、止めることもできない。ラグはどうしていいかわからず、ガレーの顔を覗き込んでゾッとした。
 失望、溢れんばかりの、失望。少し前に見たものとあまりにも変わりすぎて、どう見ていいのかも分からず、残ったのはその一つ。

 そんな空気感がたまらなく嫌で、リティは目を逸らすように外を見た。
 ふとその時、見覚えのある色があった。海賊の、下っ端が着ていた服装。
 リティはポケットにしまい込んでいた手紙をチラリと見て、気づけば足がもう動いていた。

「……リティ、どこに行くんだ?」
「あの、ええっと……お願い、付いてきて!」
「おい、どうしたんだリティ!?」

 リティが走り出し、ラグが追いかける。ふたりの声を聞いて仲間たちも、ひとまず後を追う。
 海賊を追うリティを追いかけるうちに、彼らは路地裏の奥の奥まで進んでいた。

 とうとう行き止まりの、そこそこの広間。一行は海賊装束を身にまとう青髪の少年を見つける。

「余計なのが多いが……ま、いいか。リティ姉ちゃんを呼んでくれてありがとう」

 海賊団のリーダーである少年シルドラは、一行が追っていた海賊に礼を言う。それから一行と相見えた。

「シルドラ……生きてるとは思ってたけどその格好、まだ海賊はやめてないのか」
「止めるわけないだろ、これは俺たちの夢のためなんだから。まあもう海域の占領はよしてるけど……んなことより、俺はリティ姉ちゃんを呼んだんだ。他の奴らはどうでもいい」
「ええっと……ごめんなさい。実は昨日、手紙をもらってたの。港の裏路地で待ってるって」
「ええ……なんでそんな大事な事言ってくれなかったんだ」
「その辺で黙れよ。お前たちに用はないって言ってるだろ」

 シルドラはラグと火花を散らした。以前ならラグの方が格として上だったが、今はどちらとも言えない状態である。
 他の仲間たちだって、以前より弱体化している。一行は歯を食いしばるところで踏みとどまり、大人しく話をさせる事にした。

「思いのほか物分かりがいい奴らだ。まあそんなことよりも、リティ姉ちゃん。それ、ひどい傷だ」
「えっとこれは昨日今日の戦いで、うまく戦えなくって」
「そうじゃない。胸の奥がすごく傷ついてる。あの未開の土地でやられたんだろ」
「えっ、どういう事? それになんでその事知ってるの?」
「マギスとかいう怪しいメイド女が教えてくれた。それに俺、あそこの神遣いさまには一度ご享受いただいたことがあるんだよ。外海を目指すためにな」
「そうだったんだ。私の知らないところでも、シルドラ君はいつも真面目なのね」

 シルドラは、見た目こそ子供だが、北の双翼大陸では一行よりもずっと先輩のようである。諸々の事情を既に理解していた。

「で、リティ姉ちゃんは今後どうするんだ? あの人の言うことが正しいなら、残り2ヶ月弱。それまでにその傷を、そんな奴らと同じとこにいて癒せるのか?」
「それは……わかんない」
「俺は断言する、癒せない。そいつらはあまりにも不釣り合いだ」
「でも、ラグといればきっと治る。あの時も、これまでも、ずっとそうだったんだから」
「違うな。これまでは、だろ。見てみろよ、その腑抜けた男を。そんな状態のやつといて癒せるとか、本気で思ってんのかリティ姉ちゃん!」
「……っ! ラグは、でもラグは…………」

 リティの言葉は続かなかった。

「俺のところに来いよ」
「え?」
「そいつらといても、山里に戻っても、居心地悪いだろ。けど俺たちレヴィアタンなら、みんなあたたかく迎え入れてくれる。リティ姉ちゃんには、きっとそっちの方がいいだろ」
「それは、そうかも……」

 頷きかける。が、リティはすんでのところで、ブンブンと首を左右に振った。

「いや、やっぱりダメ! シルドラ君の海賊団で得られる幸せはきっと、他人の幸せを奪って成り立つものだもん。私そんなのにはなりたくない」
「ならその男といるつもりか?」
「…………うん。今はそれしかないし、それにきっと、ラグは元に戻ってくれるから。それくらいは信じさせてよ、シルドラ君」
「リティ姉ちゃん……」

 リティは風に煽られた蝋燭の火のように、今にも消えてしまいそうな意思をどうにか奮い立たせて言い切った。
 シルドラはそれまでずっと鋭い視線を向けていた。でもそこまで聞いて、すっと肩の力が抜けて緩んだ。

 何も言わずに歩み寄ると、シルドラはリティに抱きついた。

「ありがとう、リティ姉ちゃん。やっぱりリティ姉ちゃんは強いよ」
「そ、そんな事ないよ。私本当にどうすべきかはわかんないし、それに…………でもありがとね、シルドラ君」

 リティも戸惑いながらではあったが、シルドラを抱き返した。その光景はまるで、以前のラグとリティだった。

 しばらくして、シルドラはリティから離れた。それから路地の入り口の方へ歩み、振り返らずに言う。

「来いよ、腑抜けども」
「は? 何を言って」
「水神の俺が南まで送ってやるって言ってんだよ。ああ念の為言っとくが、全部リティ姉ちゃんのためだからな。勘違いすんなよ」
「ありがとう! えっと、みんなもそれでいいよね。時間ないんだから」

 そうして一行は、船を得られなかった代わりに、水竜の王様の助けを得る事になった。先日激しく争った水竜の力を借りて、南へと海を割って進むのであった。




(ryトピック〜東ルートの現状〜

 現在、内海の東ルートでは、セイレーン号の修理に集中している。大きな破損により取り替えが必要になった部品や、船の本格的な修理を行える技術師は北の本社にしかないからだ。
 そのため運行する船も、ほとんどがそれらの輸送を目的としている。余裕があれば客も乗せるが、便の数は大幅に減っている。

 これもすべては東に奈落があるため。奈落に流されぬよう航海できる熟練の船乗りは少なく、輸送に多く割かれているのである。
 丈夫で、速く、安全な航海を実現できるトールシップ船長の航海技術を遺憾なく発揮できるセイレーン号に修理完了の目処が立つまでは、しばらくこの状況が続くだろう。

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