境目の物語

(ry

大敗からの再出発

 目覚めてから動けるようになるまでは、さらに2日を要した。あの日から5日後。

「染み込んだ毒もようやく癒えたようだ。お前たち、よく生き永らえた」
「ゲジくん、もうウチを解放しても良いんだよね?」
「ああ。連れの人たちに知らせて来てくれ」
「分かったわ」

 ゲジとの会話でネスラが出ると、しばらくしてから4名を引き連れて戻ってきた。毒に冒されていた彼ら一行の仲間たちだ。

「君たち、大丈夫かい!?」
〔隔離されていたので、心配しましたよ〕

 カルーグ領に残っていたザイルとグルは、顔を青くして駆け寄った。
 それからもう2人。ジャズと我道さんは、唐突に倒れ込んだ。いや違う、これは土下座だ。

『本当にすまない! 私の分析不足が故に君たちを死の淵に追いやってしまった。もはや弁明の余地はない。今はこうする事しかできないが、本っ当にすまなかった』
「俺も同じだ。たとえ契約内容がああだったとは言え、友達に対する接し方ではなかった。せめて『三竦みが攻略のキーワード』だとか色々と助言してあげるべきだったんだ。本当に悪かった!」

 沈黙が広がる。
 それがあまりに長いので、2人は少し顔を上げた。すると隔離されていた彼らの、どんよりした雰囲気が広がっていた。

「悪いのは俺だよ、我道さん」
『っ!?』

 ぼそっとラグの呟きに、真っ黒スレンダーがはねる。

『な、何を言っているラグ。お前ではないだろう、未開の土地を勧めたのも、それを目標に据えたのも』
「みんなを向かわせたのは俺だ」
『そそっ、そもそも、私の過去の分析では負ける要素なんてなかった。私の知る蛞蝓の毒はあれほど強力ではなかった。私の分析不そ……』
「俺がちゃんと見極められなかったから分からなかったんだッ!」

 ラグは目を赤く腫らせながら叫んだ。

「だいたいガレーさんが言ってただろ、『1万の兵でも駄目だった』って。それにデュランダルさんも『知恵がいる』って。俺たちはそんな事に直面する間も無かった。直面できる実力すらなかったのに、気づけなかった。自分ひとりの力に驕っていた。気づけてればこんな事にならずに済んだのに……」

 拳に登っていく自責の怒り。しかし登り切る前に、沈んでいく。

「……そうだよ。こんな事に、2ヶ月のうちにあの試練に勝たなきゃいけないなんて事に。あれに勝つなんて、できるわけがないんだ」

 肩を落とすラグを見て、我道さんは実感した。取り返しのつかない失敗をしてしまったのだと。
 他にしても同じだった。たった2ヶ月。ラグにとっては旅に出てからの期間より長いが、他のみんなにとっては鍛錬してきた日々よりもずっと短い。それなのに希望の光を見出せる者は、いなかった。

 誰も何も言えない、停滞した空気。それを破らんとばかりに、ドアがギシギシと音を立てる。
 入ってきたのはネスラとカリバーだった。2人はラグの元へ歩み寄り、語りかける。

「否定的になるのは君たちの勝手だけど、でもそれで歩みを止めるのはダメだよ」
「そもそもここはスラ姉の家ですし、どっちみち出なければいけないんです」
「ごめんね。悪気があるわけではないんだけど、私の家は病人を泊める場じゃないの」

 おもむろにネスラは手紙を取り出し、ラグに手渡した。

「もしね、もしだけど……あんなものを見てそれでも強くなりないって意志があるなら、これを持って竜人の山里に、闘鶏さまの所に行って。これは玄人さんの、不器用なりの願いだから」

 ラグは、受け取りはした。しかしその手に力は湧き上がらず、瞳も暗く沈んでいる。

 誰も彼らに強制しない。これ以上触れれば壊れてしまうような状態だとわかっていた。
 だから、次にランドが顔を上げた事がなによりも幸いだった。

「できる気はしないけど、二ヶ月の余生になるくらいなら俺行くっす。最後まで足掻きたいっす!」
「ランド少年……」

 小刻みに震えながらも、ランドは言って立ち上がった。ふらふらと、しかし決意を胸に秘めて。
 6人隊の隊長たるヘキサも、その姿は見逃せなかった。

「そうですね。私も、姫さまの平穏な日々を守るために……っ!」

 ヘキサもまた、5日間の寝込みゆえに鈍った身体を持ち上げる。2人の勇姿に感化されて、

「へへっ、おいらこんなちっぽけな奴らに負けてんのか? いいや負けてられねえよ!」
「魔物としての意地、であるか……」

 タイにハヤテマル、他も引っ張られるようにして立ち上がった。試練に挑む前とはほど遠いが、しかし希望の火種はたとえ小さくとも彼らの中に灯り始めていた。
 最後に境目トラベラーズの一行は、ラグとリティに呼びかける。

「行きましょう、ギルドマスター。今までのように我々を導いてください」
「そうだぜラグ。お前が引っ張ってくんねえと、こっちは調子が出ねえんだ」
「…………はぁ、わかった。行こう」
「リティ殿も、あなたの故郷への旅路を共に行きましょう」
「……ええ」

 煮え切らない返事ではあったが、ふたりも起き上がる。俯いたまま、外へ向かう。
 好転とは言えなかったが、それでも寝たままよりはマシだという風に。ほっと息をついて、それから一行は後を追った。

「おい、ジャズ」
「ん? ゲジさんか。この度は本当にありがとうございました」
「それはいい。ウチの死神の命令だからな、意味はわかるだろう。それよりも肝に銘じておけ。触れる傷には治療が施されたとは言え、触れない傷はそう簡単には癒えない。無理はさせるな」
「……ああ、わかってる。俺の役割は彼らを試練の場に導く事だからさ」
「そうか。ではお大事に」

 それからネスラ、カリバー、ゲジの3人に見送られて、一行は旅路につく。竜人の山里に希望を求めて、再び北東アルファ港へ向かうのだった。




(ryトピック〜ネスラの家〜

 拾い子であるネスラが冒険者になった後、稼いだ金で建てた一軒家。すでに何度か改築されており、今も子供たちの集合住宅にするための増築計画が進められている。
 土地は領主から借りている状態なので、取り立て担当の剣聖ことデュランダルに毎月払い込むのだが、風の噂では恐ろしい幽霊が応じているとか。真相を知る彼は何も語ってはくれない。

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