境目の物語

(ry

大釜櫓〜可能性の境目へ〜

 全身にみなぎる力に身を任せて、釜の縁から飛び出す。水面に移り、水走りで駆け抜ける。
 前方からくるカエルの視線は、いつになく鋭かった。剛舌の精度も、それ相応に上がっていた。
 でも今のこの身体なら、十二分に躱せる。次々と突き出される舌を躱し切って、頭の正面に出ることができる。

 カエルの腕が伸びてきた。
 両手に力を込める。

「借りるぞタイ、シザークロスッ!!!」

 タイの模倣。交差する両爪が、カエルの腕を斬り飛ばす。
 手ごたえがまるで違う。さっきまでの攻撃が、いかに通っていなかったのかがわかる。

 行ける。

 困惑した様子のカエルの腕を蹴って登る。狙いを眼球に定めて飛び込む。

「跳翡翠ッ!」

 閉じてくる瞼ごと、爪で貫いた。
 その直後、傷口から血やら水やら粘液やらが、噴き出した。とてつもない高圧力だ。

《◇◇◇◇◇◇◇!》
「くっ!?」

 カエルの声で何かの技だと気づいた時は、既に宙を舞っていた。
 鎧皮のおかげで、目立ったダメージはない。体勢もすぐに立て直せる。しかしこの反撃、迂闊に手を出せない。なぜなら、

《◇◇◇・◇◇◇◇◇!》

 声を聞いた瞬間、まるで槍のような水流が、湯水から無数に飛び出した。
 さっきとはパターンが違う。驚きながらも、乗り継ぐようにして躱す。

 あまりに数が多すぎて、いくつかは許してしまう。突かれた身体の所々に激痛が残る。
 だがそれでも、マシだと思えるほど思えてしまう。だって、

「……ッ!」

 剛舌だけは当っちゃいけない。
 水流の槍を足場にして、伸びる舌を回避する。
 水走りができるからこその芸当。できなければとっくに死んでいる。だが生き永らえるだけでは勝てない。

 纏霊術の維持で、頭痛がひどい。出血に対して回復が追いつかず、血の気が引いていく。
 クロコダイルに噛みつかせて、この手で目を抉ったのに、少しも倒れる素振りを見せないこのカエルの底が知れない。どうすれば倒せる、どこを狙えば倒せる。

 急所はどこだ。

 意識が朦朧とする中、俺はカエルの全身を引っ掻き回した。水流の槍の弾幕を掻い潜りながら、吹き出す血の反撃を受けないよう、息継ぎの間もなく足と手を動かした。
 腹を斬って、背中を斬って、顎を斬って、頭の咬み傷をさらに斬り裂いて。そうして巡り巡って、結論に至る。

「急所は……舌か!」

 理解して、再びカエルの頭めがけて飛び出して、ふと思った。

 舌じゃなければどうする?
 舌だったとして、一度の攻撃でどうにかなるのか?
 急所に当たったとして、あの巨体をこのちっぽけな斬り裂きで仕留められるのか?

 余計な思考だったかもしれない。変に思い巡らせていたせいで、柔肉の感触に気づくのが遅れた。
 能力の発動は、間一髪で間に合った。だが間一髪すぎて、すり抜けた直後の反応が間に合わなかった。

 グサリ、グサリと、無防備な胴体を水流の槍が突き抜ける。
 さらに真横から剛の舌が直撃して、釜の縁に強く叩きつけられる。

「ぐっ、ごほっ」

 全身から血が溢れた。何本骨が砕けたのかわからない。もはや痛みはなく、自分が生きているのかすら分からなくなってきた。

 柔肉に沈み込む。
 真っ直ぐに伸びていた舌が柔らかさを取り戻す。ただ伸ばしただけの舌。認識眼を通して見えるカエルの勝ち誇った表情が、そう言っている。

《◇◇◇◇◇、◇◇◇◇◇◇》

 カエルの声が聞こえた。次いで、心の内からクロコダイルの舌打ちが聞こえた。
 そんな音に混ざって、

「負けないでください! 勝利を掴むのではなかったのですか! あなたがみんなを助けると言ったでしょう!!!」

 ヘキサの声も聞こえてきた。
 まだ生きている。終わってはいない。次が最後のチャンスだ。



 能力を発動した。まとわりつく感覚から解放されて、ふわりと落下する。
 全身に力が巡る。死にかけのこの身体に、ありったけの力を巡らせる。

 血管の容量を超えて巡る血に、全身が悲鳴を上げた。首が締めつけられて、ほとんど息ができない。
 なぜかこの感覚を知っている。無理すればまだ、あと一度だけなら動ける。

 釜の縁に着地して、舌の上に跳び上がる。クロコダイルが話しかけて来る。

《おいガキ》
「なんだクロコダイル?」
《次の一撃、何を使う気だ?》
「何って、跳翡翠?」
《本当にそれで仕留められると思うか?》
「それは……」

 仕留められるとは思えない。さっきも考えたことだ。
 けど俺の技といえば、翡翠と閃風の2種類。一撃の強さで言えば翡翠の方が上、裂風斬なら範囲面で少し上回るかもしれないけど、それでも十分かと言われれば……。

《本当にその2択だけか?》
「え?」
《他に可能性はないのか、と聞いている》
「他の可能性?」

 そんな事言われても、思いつく技は2つだけだ。
 武器だって今の腕しかない。爪技なんてほとんど知らない。タイのコークスクリュー、シザークロス、いや俺の腕前だと翡翠の方が強い。
 一撃の翡翠と、範囲の裂風。どっちも違うって言うのなら、そんなの両方を合わせ持った技でもないと…………あっ。

「翡翠と裂風……複合できる?」

 考えた事もなかった。2つの技は、それぞれ独立して発展していた。
 翡翠と裂風の複合、もし存在するなら、今の全身ボロボロな俺に実現できるのか? いや今は能力発動中の、強化された状態。賭けてみる価値は十分にある。



 視界が晴れた。舌をすり抜けたと同時に、彩りが戻った。
 
 カエルの表情が変わる。引っ張られるようにして、舌が引いていく。
 俺はその上に着地した。足が柔肉に沈み込みそうになった。でも、

「水走りッ!」

 水の上を駆ける風の力と、クロコダイルの凶悪な足で、踏み込む。沈み込ませはしない。

《◇◇◇!? ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇》
「うぉおおおっっっッ!!!」

 声を張り上げながら、早く走る。ただ速く走る。引き戻る舌の上を疾く駆け抜ける。

 迎撃の水流の槍なんて無視した。舌は戻る以外のことをしなかった。
 風と血の軌跡を残しながら、ほんの一瞬のうちに、大きく開いたガマ口の中だった。

 能力による強化状態、クロコダイルの纏霊術。手には裂風を、足には翡翠を。
 もはや考える事もやめて、ただ力の限りを、この舌の根本に刻み込む。

「ぅおらああアッッッ!!!」

 ふと、視界が真っ暗になる。
 次に、粘液まみれの視界が開く。
 釜の縁に激突したところで、カエルの体内を突き破って出たのだと気づいた。
 そして、背後で。


 ズァアアアンッッッ!!!!!


 風刃の嵐の音、裂風斬のそれを何倍にも重ねたような、激しい音が響き渡った。
 カエルの口から、大量の血や肉やらが、滝のように勢い激しく流れ出た。

《◇◇◇……◇◇◇◇◇》

 カエルは何かを言いながら、倒れ伏す。なんて言ってるのかは聞き取れないけど、一つだけわかった事がある。

「俺の……勝ちだ」

 拳を掲げて言った後、俺の体からすべての力が抜けていった。




(ryトピック〜◇◇◇・◇◇◇◇◇〜

 創生術・激流槍乱撃。
 神レベルの高位存在が土地を創るために扱う創生術、その応用悪用のひとつ。多数の激流の槍を生成し、一斉に発射する。
 個々の激流槍が水魔法流水砲メガウォーターに匹敵する威力を持ち、魔法ではないため魔法同士の衝突による防御も望めない。誘導性がないのは幸いか。

 なおこの術は扱う神によって規模が大きく変わる。海の神ともなればあらゆる海域から放つ事も可能だろうが、土地神の場合はそれ相応の規模にとどまる事だろう。

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