境目の物語

(ry

大釜櫓〜霊術〜

 胸の内側から引きずり出された黒い巨大ワニ。クロコダイルは巨大カエルの頭部にかぶりついた。

 鋭利な牙と鰐の咬合力が、カエルの柔らかい皮膚に深く食い込む。肉を割く音と骨が割れる音が響き渡る。
 噛みついたままカエルの頭を釜の底に叩きつけて、下のカエルたちもまとめて叩き潰す。持ち上がった湯水が雨のように降り注ぐ。水棲の霊獣双方は巨体を活かした肉弾戦を繰り広げる。

「なんて戦いだ……!」

 クロコダイルの背中に着地した俺は、とても手出しできなかった。修復中の手の代わりに足で背中の凹凸を挟んで、振り落とされないようにするのが限界だった。

 カエルは噛みつかれながら、両手で巨大ワニの胴を抑える。だがその細い腕で振り払えるはずもない。むしろ鋭利な爪で片腕を斬り飛ばされた。
 クロコダイルも身体を捻って、大技デスロールを決めようとかかる。だがカエルも決めさせまいと、頭をブンブン振って抵抗する。何度も釜に叩きつけて、互いに削り合う。

 そしてついに、カエルの抵抗力が弱まった。再び釜の底に頭を叩きつけられると、ぐったりして動かなくなった。
 クロコダイルの息も絶え絶えの様子。重い身体を引きずって、最後の力で身体を捻る。
 しかし次の瞬間だ。

 ドンッッ!!!!

 鈍重な打撃音が響き渡る。
 カエルの巨大な舌が、ほんの真横を突き抜けていた。クロコダイルの右頬から横腹までが突き破られていた。

 クロコダイルが一撃で……!?

 理解が追いつく間もなく、追撃の脚蹴りがクロコダイルを突き飛ばす。釜の縁に激突して、血肉の代わりの黒い粒子が大量に飛び散った。
 クロコダイルはピクリとも動かなくなった。目の前でカエルの霊獣は、上体を起こして俺たちを見下ろしていた。





 俺はまだ癒えきらない両腕に意識を集中させながら、カエルの口にも細心の注意を払う。ところが次に口が動いた時、出てきたのはため息だった。

《◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇?》

 初めて、カエルの霊獣が言葉を喋った。俺にはわからない霊獣の言語だ。何かを語りかけているように感じる。おそらくクロコダイルに対してだ。
 話しかけられている側はピクリとも動かない状態だが、しかし霊獣の言語というのは口が使えずとも話せるらしい。俺の心の内側、クロコダイルの魂から聞こえて来る……のだが。

《……黙れ。◇◇◇◇◇ごときに言われる筋合いはない》
「……っ!?」

 予想に反して、聞き取れた。若干ノイズ混じりだが、聞き取れた。クロコダイルの言葉だけ、聞き取れた。
 まるで意味だけが伝わってくるように頭に響き渡って、俺は思わず呼び止める。

「クロコダイル!」
《なんだガキ、うるさいぞ》
「待って、わかるんだ。クロコダイルの言葉が」
《俺の言葉がわかる? ふん、あり得ない》
「あり得てるんだって。ほら」
《ほらではな……ん、対話になっている? まさか共鳴レベルが十二分に高まったか……?》

 少しクロコダイルが黙る。
 ちらっとカエルの方を見ると、咬傷を再生させながらこちらを眺めていた。手出しできないというよりは、情けをかけている様子だ。

《まあ理屈はいい。俺はあのカエルが気に入らん。お前がやれ》
「それは……でも俺の攻撃は通らなかった」
《知っている。お前は知らなすぎる。だから1つ教えてやろう。1度しか言わない、よく聞いていろ》
「ああ、わかった」

 改まって、クロコダイルは話す。

《あれは神霊と呼ばれる存在。物理的な干渉などほとんど受け付けない。有効なのは純粋な魂や魄による術、つまりは霊術だ》
「霊術しか効かない? だからさっきのクロコダイルのは……でもそれならもう一度クロコダイルに出てもらえば良いんじゃないのか?」
《愚か者が! 同一霊獣の連続召喚など魂が保つものか!》
「ひえっ、ごめんなさい」

 恐ろしい。その気になれば内側から食い破って出てくるんじゃないかと、想像してしまうような恐ろしさだ。

《まったく、◇◇◇も面倒事を押し付けやがって……とにかく、召霊は不可能。ならお前が使えるのは何だ》
「えっと……纏霊術!」
《そうだ。今からお前は俺の鎧皮の得物をもって、目前の獲物に引導を渡せ。いいな》
「はいっ!」

 若干脅されるようにして、俺は全力の返事を返した。すぐに霊術の発動に取り掛かる。

《◇◇◇◇◇!》

 ここでカエルが動いた。ガマ口を開けて、舌が俺を捉えた。

《好きにできると思うな》

 クロコダイルも声を張り上げる。動かなくなっていた召霊体の巨大ワニが突如として尻尾を打ち鳴らし、水しぶきで視界を遮りながら俺を水平に投げ飛ばす。
 なんという早業。後から響いてくる剛の轟音に、風圧の追従すら許さない。
 その直後、身体に柔らかい感触が触れる。十中八九、柔の舌だ。俺なら対処できる。

「1秒でやる。その間に発動させる!」

 すかさず能力ですり抜ける。同時に全身に力が巡り、胸の奥からあの感覚が満ち満ちる。そういえば発動直後はより強力な技が出せてた気がするけど……

 まさかこの状態の方が、上手に力を引き出せる?

 真偽はわからないけど、ためらう理由はない。
 俺は背後にクロコダイルの存在を感じながら、全身にまとわりつく感触を感じながら、叫ぶ。


「纏霊術、歴戦の鎧皮クロコダイルッ!」


 同時に視界に彩りが戻った。釜の縁に両足で着地した。
 真正面に巨大カエルのギョッとした視線を受けて、自分の姿に注目する。

 胴体に薄くまとわれた鎧皮。両手両足を中心に分厚く同化したワニの肉体、凶悪な爪。尻尾はない。
 首輪は相変わらずついているが、それ以外はガラリと変わっていた。

 何よりも身体が軽い。重たいはずの手足のそれは、むしろ力を貸してくれる。自分の手足のように動かせる。

「これは……!」
《ふん、これがお前のイマージか。恐ろしいヤツめ》
「イマージ、俺の霊術……まあいいや」

 残念ながらこの手の形状では、十文字槍を震えそうにない。あるのは武術、リティから倣った武術!
 背に槍を掛けて、構える。

《それでいい。行くぞ!》
「ああ!!!」

 鬨の声を上げて、俺は身を撃ち出した。
 雌雄を決するのは、ここからだ。




(ryトピック〜未開の土地その3〜

 有識者曰く、あの方々に普通の攻撃は通じない。存在のほとんどが魂だから。

 物理で1割、特殊で2割、特効つけば5割ってとこだろうけど、どちらにせよこっちがそんなハンデ背負って勝てる相手じゃない。ただでさえ結界の効果受けて、レベルでも勝ち目ないのに、こんなの理不尽だ。
 ならどうすればいいって? そりゃもちろんあの方々と同格の性質、霊術でしょ。あとは自然エネルギーもかな。
 ま、結局のところ凡人は近づかないのが一番だよ。あれは立派な土地神さまだからね。

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