境目の物語

(ry

大釜櫓〜柔と剛〜

 実を言うと、蜜壺以外にも遠くに手を届かせる事のできる霊獣はおるんじゃがの。あやつのあぶらはよく引火し爆発しおる。火の力と隣り合わせのこの里には向かんの。

 闘鶏さまの言葉を思い出して、私は迷わず炎魔法を放った。
 結果は成功……でいいのかな? 思った通り、炎は爆発した。泡に守られてるおかげで誰も燃えなかった。でもこの霊獣にも、効いてはいないみたいだった。
 けど、きっとラグなら来てくれる。だってラグはいつも、どんなに小さな光でも、希望があるなら立ち上がるから。


 そんな考えを巡らせた時、南の方に彗星が煌めいた。釜と同じ高さを飛ぶ、オレンジ色の彗星だった。
 私にはあれが何だかわかる。だから、ほとんど力の入らない身体を持ち上げて、私は声を上げた。

「あの霊獣を倒して、ラグ!!!」





 釜の上空に出て、まず初めに聞いたのは、リティの声だった。そしてすぐに、リティの言う霊獣の姿を捉える。
 褐色の身体、釜に掛けられた豪脚と細い両腕。仰向けで釜の湯に浸かり、乳白色のお腹を見せるその巨大生物を、あの一瞬で理解することは出来なかった。しかし、上空から全体像を掴めた今ならわかる。

「カエルの霊獣か!」

 横に瞳孔の広がる瞳が、俺たちを捉えた。大口を開けて、舌を構えた。

「くるぞヘキサ」
「私はどうすれば」
「俺が前に出る。そっちはみんなの方を任せた」

 ヘキサの肩を蹴って、俺は身体を撃ち出す。両手で十文字槍を握って、翡翠斬りの構えを取る。

 タイミングは簡単だった。
 死に匹敵する強敵を前にしてゆっくりと流れる景色に、異次元の速さで曲線描いて迫る霊獣の舌。柔肉に、身体が沈み込む。

「……っ、能力発動! コンマ1秒で切り抜ける!」

 叫ぶと同時に世界が白黒に切り替わる。まとわりつく感触から解放される。妨げられ滞っていた力が、全身を駆け回る。

 視界には今まさに呑み込まれる俺の身体。真下には泡に閉じ込められたリティやみんな。ぐったりしているが、外傷はない。
 俺の能力ですり抜ければ、助け出せる? いや成功する確証はない。今助け出しても、危険に晒すだけでしかない。
 それにリティは言った、霊獣を倒してって。俺がすべき最優先事項はそれだ。

「行くぞ、翡翠斬りッ!」

 技を叫ぶと共に、世界に色が戻る。全身にべっとりと粘液がのしかかるが、それを吹き飛ばすほどの加速力で突っ込む。

 正面に見える、口を閉じたカエルの鼻先に、十文字槍を叩きつけた。

 血、粘液、体液、いろいろな液体が飛沫を上げる。
 なのにまるで手応えがない。あまりにも相手が巨大すぎる。

「くっ、まだまだっ!」

 背後から迫る腕の攻撃を走って躱しながら、背中に連撃を叩き込む。さらに一度釜の側面に足を掛けて、

「跳翡翠ッ!」

 身を撃ち出しての一撃で、大きな切り傷を刻み込む。
 それでもカエルは動じない。致命傷には程遠い。レベル差がありすぎる。

「……っ」

 振り向くと、迫っていた手にはたき落とされる。釜の硬い面に激突して、いくつか骨が折れた。
 まだ体力が全然あるからリペアによる応急処置が追いつく。だがはやく策を打たなければ、勝ち目がなくなる。
 そんな時。

《◇◇◇◇。◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇!》
「あっ、クロコダイル!」

 クロコダイルの声が響いた。言語はわからないけど、言いたいことは伝わってくる。
 別に出さなかったわけじゃないけど。カエルの攻撃から間髪なかったわけで、忘れてたつもりはなかったけど。

「頼りにさせてもらう。行くぞ、召霊術……」

 霊術を使おうとした。その時、不意に強烈な寒気が背筋を駆け巡った。
 カエルが口を開いていた。またあの舌かと思いもしたが、しかし今感じた寒気が、俺の足を動かす。

 横に飛び退いた直後、カエルの舌が一直線に伸びた。
 さっきのより遅かった。代わりに、それは着弾点の湯水を叩き割った。

「なっ、うあぁっ!?」

 躱したはずなのに、風圧だけで吹き飛ばされてしまった。直撃すれば間違いなく即死だった。

 柔と剛。特殊能力と身体能力。
 このカエルは2つの舌技を持っている。柔の方は能力でどうにかできるが、剛には逆効果でしかない。

「……っ!」

 また強烈な寒気。全力で飛び退いた俺の背後で、釜と衝突した舌がゴーンッと重低音の大音量を響かせる。
 動かなければ殺される。けど動きながらだと、霊術の発動に集中できない。レッカみたいにポンポン出せたらいいのに、俺にはまだそんなこと出来ない。

 カエルの舌技を躱しながら考える。足場にできる釜の縁を離れて、湯水を水走りで渡りながら。

 そんな時、踏み場にした釜の湯から何かが飛び出した。いや、噴き出した。
 湯水!? 間欠泉!? いや釜でそんなことありえない。魔法か何かに違いない。

 何を思おうが、俺は空高く打ち上げられてしまった。
 下を見る。観察眼が霊獣以外のカエル達を捉えた。間欠泉を起こしたのはあっちか。
 そしてカエルの霊獣。口を開けて見上げている。

 柔と剛、どちらが来るか。間違いなく剛だ。俺が能力で柔の舌から抜け出せることに、霊獣ともなるあのカエルが感づいていないはずがない。
 ならどう躱す? 攻撃が来る前に霊術で……いや絶対間に合わない。翡翠で急降下すれば……いや後出しされたらどうしようもなくなるし、見てから間に合う保証もない。

 なら……やるしかない。あれに賭けるしかない。

 俺は十文字槍を構える。時が止まって見えるくらいに集中力を高める。寒気が全身を何周も駆け巡る。
 舌が、飛び出した。巨大ガエルの極太の舌が、落下の偏差まで正確に俺を捉えて一直線に伸びる。

「……翡翠斬りッ!」

 俺は叫びながら急降下する。真下ではなく、まっすぐ舌の方向に。
 この程度の軌道修正では、舌のデカさからは逃れられない。だが俺はかつての光景を思い浮かべた。あの魔人の戟を受け流した、あの時の光景を。

「うおりゃぁあっ!」

 槍の柄を盾にし、体を上にする。
 舌の上へと流れて、流れ落ちるように舌を滑り落ちる。

 できた!?

 剛の舌に体が沈み込むことがなかったおかげか、それともリティから武術を倣ったおかげか。視界に再びカエルの姿が映って、思わず気が抜けた。
 だがむしろここからだと、槍を握り直そうとした時に、手が動かないことに気づく。あれほどの剛の一撃と間近で触れ合った事で、ぼろぼろになって痺れていた。

「この隙に舌を斬れればと思ったけど、これじゃ無理だな。ならもう迷わなくてもいい」

 槍を掴んだまま固まっている手のことは忘れて、両足で踏ん張る。心の中で精神統一して、クロコダイルのイメージをつくる。
 ふと向かい風が強まり、舌が口内に戻っていくのも感じたが、それでも十分に間に合う。

「……行くぞ。召霊術【歴戦の覇者クロコダイル】ッ!!!」

 胸の奥から、霊獣が引き摺り出される。あの巨大な鰐が姿を現す。

《ゴォォォォォッ!!!》

 戻る舌の加速も乗せて飛び出したクロコダイルは咆哮を上げながら、まっすぐにカエルの霊獣にかぶり付いた。




(ryトピック〜剛舌について〜

 瞬舌と違い、主本人の身体能力で繰り出される舌技。一直線に伸びる舌は非常に剛強であり、強力な土(打)属性で対象を粉砕する。
 この技を放つ時のみ一切の粘性を捨て去る。獲物を捕らえることはできないが、能力ではないため連発可能である。

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