境目の物語

(ry

カルーグ領の雨降る宿

 カルーグ領。
 そこは駐屯地だった時の名残りなのか石の柵で覆われた、村程度の小さな領地だった。
 北には豪華なお屋敷が1つ、しかし南には対照的に貧相な出来の住宅が並ぶ。そのさらに南には田畑が広がっているものの、雨天の今は誰も外を出歩かず、石材にぶつかる雨音が響くばかり。これまで通りがかった村と比べても、活気がなく冷たい場所である。

 境目トラベラーズの一行がアーチをくぐると、蛙皮製の傘をさした少年がひとり、出迎えに来た。

「こんにちは。ばらばらな格好を見るに、兵士ではなく冒険者さんですよね」
「判断基準そこなのか……まあそうだけど」
「やっぱり、スラ姉と同じだ。さあさあ、これ以上雨に濡れるのもいけないので。まずは宿ですよね、僕が案内します」

 少年はにこやかに言うと、すぐに一行を案内した。



 到着した宿も、雰囲気は領地のほかと変わらない。木製家屋のカウンターで頬杖をついた店主が、特にタイを冷たい目で睨む。

「……ウチはペットお断りなんだけど」
「ペットじゃないですよ女将さん。この方も冒険者さんです」
「ああそうかい。まあ、泊まるなら金払いな。12名、6部屋でいいね」

 まるであしらわれるようにして、部屋の鍵を渡される。2階構成の宿の部屋は、店主の対応とは裏腹にしっかりしていた。
 羽毛のベッドに丸い机、本棚には本や雑誌がいくつか並んでいた。宿としては、並より上かといったところだ。
 班分けは適当に。ラグとリティはやはり同室である。

「なんだか、よくわかんないところね」
「冷たいんだか何なのか。ていうか我道さん、掃けてたみたいだけど、泊まらなくてよかったのか?」
『ははは、寝泊まりなど本来私には必要ないものだ。それに雨だって効かない。ほら、私の服は撥水性抜群だ』
「うわっ、ほんとだ水弾いてる」

 窓の外からアピールする我道さんである。冷たい雨音はたとえ弾いても、室内に響き渡っていた。
 少しして、部屋のドアがノックされる。

「クッキーをお持ちしました。入ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

 そう言って入ってくるのは、先ほど案内を買って出た少年だ。彼はテーブルにクッキーの皿を置く。
 ラグとリティは1つ摘んで口に放り込むと、次には頬をとろかした。

「あ〜美味しい。えっと何て言ったっけ」
「クッキーです。収穫されたお米とかぼちゃで作った、カルーグ領の特産品なんです」
「へえ〜、双翼大陸にはこんなものもあるんだな。パンとかはギルドでも交易街でもよく見たけど、こんなに美味いのは初めてだ」
「クッキー自体は左翼のアグリカルチャー発祥なんですけどね」

 少年は余った椅子に腰掛けた。ラグは次々とクッキーを頬張りながら、少年に聞く。

「ここは不思議な場所だな。もぐもぐ。人の応対はやたら冷たいのに、こういう所はきっちりしてるの」
「そりゃ商売ですから、手は抜きませんよ。でもみんなが冷たいのは多分、ここに来る客が少ないからでしょうね。慣れてないんです、外の人に」

 それに……。
 少年は少し俯いて話す。

「それにここの田畑は、右翼側ではけっこう大きい方なんです。なんでも右翼の土地は、左翼でつくる作物に劣るんだそうで」
「そういえばこれまで見てきた村、畑より牧場多めだったな。左翼は農産、右翼は畜産って感じだったり?」
「そうですね。足りない作物はアグリカルチャーから輸入しているんです。けど右翼でもここだけは美味しい作物が獲れるみたいで、領主さまはそればかり力を入れてるんです。だからここの人たちは指示された通りに働くばかりで」
「代わり映えがない毎日を過ごすしかないのね。私は闘鶏さまや鰐尾竜に色々教えてもらう日々だったけど、もし同じ日が続いてたら飽きて冷たくなっちゃうかも。でも自由じゃないってのは……」
「それはいいんです。ここの人たちは元々難民だったりなんで。僕も物心つく前に両親が亡くなって、領主さまに拾ってもらったので。生きていられるだけマシかなって。あはは……」

 聞いてて気まずい空気になる。クッキーを掴む手は止まり、ラグは顎に手を当てて考える。
 そんな時、リティが言う。

「でも君は明るいのね」
「あっ、はい。僕、スラ姉みたに明るく振る舞おうとしてるんです」

 ぱあっと、少年の顔に明るさが戻る。

「スラ姉は凄いんです。いっつも明るくて、強くって、外の魔物だって退治できて、だからギルドの人にスカウトされて冒険者になったんです」
「えっ、畑仕事ばかりのこの領地から!?」
「はい! そんなのスラ姉だけだったので、僕らの希望の星でした。今はたまにしか帰って来れないみたいですけど、他にも凄いところは色々あって。剣聖さまをギャフンと言わせたり」

 そんな時。

「おいボコ、その話はやめろ」

 窓の外から男の声がした。
 3人ともが振り返ると、そこには白馬にまたがる騎士がいた。見てわかる特注の銀鎧と、輝いてすら見える金髪と美貌からは、只者でないことがわかる。

「えっ、なんで剣聖さまがこんなところに!?」
「なんでじゃないだろ。人の黒歴史を言いふらしやがって。そもそも俺が負けたのは、あの女含む4人パーティだし。ともかく、俺がここに来たのは彼らに用があってだ」

 騎士はラグとリティを指さした。その後すぐに頭を下げる。

「ラグレス少年、君のことはじいさんから聞いている。領主カルーグ卿の出仕中ゆえにこの程度のもてなししかできないが、すまないな」
「爺さんから? あんたは何者だ?」
「俺は剣聖デュランダル。ここカルーグ領を守護する騎士にして、ディル爺さんの孫だ」
「「ええっ!? ディルさんってあの!?」」

 言われて、ラグもリティも声を大きくした。あのディル……交易街で世話になった老人の彼と目の前の騎士とでは、似ても似つかなかったのである。

「で、爺さんからひとつ頼まれごとがあってな。力を見てやってほしいと」
「ディルさんがそんな事を?」
「IBCと契約を交わそうとしているお前らだ、爺さんが世話焼くのも不思議ではない。特に、未開の土地に行くのだからな」
「み、未開の土地に行くのですか!?」

 今度は少年ボコが声を荒げた。どうしたのかとふたりが首を傾げると、少年は早口で言う。

「未開の土地と言えば、スラ姉も行ったことがあるんです。一度目は大怪我して帰ってきて、二度目は勝って戻ってきたみたいでしたけど。あの森の先には何かあるのですか!?」
「ボコ、詮索はよせ。少なくともお前にとって今は単なる禁足地に過ぎない。50年前の、と言えばわかるだろう」
「は、はい……」

 デュランダルに制されて、ボコはしゅんとなった。騎士の眼中にはふたりの事しかないのか、続ける彼は少年のことなど気にも留めなかった。

「でだがお前ら、港からここに来るまで大事はあったか?」
「いや全く。眠れる地竜に接触してたらどうだったかわかんないけど」
「なら手合わせするまでもなく、充分だろう。あぁ、充分とは言ってもそれは、勝てるかどうかではないがな」
「え?」
「どうせ1万の兵が完敗するほどの相手が潜む場所だ、きっと攻略法が必要になるのだろう。要は知恵だ。お前らほどの実力があれば、あとは知恵の問題だろう」

 その後「健闘を祈る」とだけ言うと、デュランダルは馬を走らせてその場を後にした。いつの間にか我道さんも居なくなり、窓の外は再び雨音の空間となった。
 ボコは席を立ち、急ぎ足でドアに向かった。「失礼しました」と出ていこうとしたところ、最後にラグが引き止める。

「なあボコ、一つ気になってたんだけど、スラ姉の本当の名前はなんだ?」
「えっ……ネスラ、です」
「そうか、ありがとう」

 ボソッと言うと、ボコは部屋から出ていった。
 残ったふたりは、顔を見合わせる。そしてひと言。

「「ここってネスラさんの故郷だったのか」」

 この日は明日に備えて休息に充てるのだった。




(ryトピック〜双翼大陸の農産と畜産〜

 双翼大陸最大の謎と呼ばれる二極化。左翼側では作物が美味しく育ち、右翼側では動物が美味しく育つ。
 未だ原因は解明されていないが、素人でもわかるほど味の差が出るこの2つの翼では、定められたように協力関係を築いてそれぞれの長所を生かし合っている。

 右翼では唯一カルーグ平原のみ、作物が左翼並みに美味しく育つ。しかしながら2国間の貿易に使えるわけでもなく、量的に右翼全土を賄えるわけでもなく、その扱いは領主カルーグ卿の采配に任されているのが現状である。

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