境目の物語

(ry

カルーグ領の平原

 翌日も、一行は旅を続ける。日中は街道を進みながら、時に現れる魔物を討ち倒して、たまには通りがかった村で肉料理でも頬張りながら、東へ進む。
 夕方になると、ラグとリティは素手で打ち合った。スパーリング、模擬戦の中でラグは武術を倣う。リティもまた、尾闘流の練度を上げる。
 成果は魔物との戦いにも現れた。それは林の中でも戦いだった。

「リティ、後ろだ!」
「うん、わかってる!」

 声の掛け合い、樹木の間から飛び出すフェンリル。リティは尻尾を用いたステップで躱し、棍ので殴るとともに尻尾の追撃。またラグは、力任せに剛腕を振り下ろす鬼熊オニクマを、回避に続く拳と剣撃の合わせ技でねじ伏せる。

「ほんとに拳で戦えるようになってるじゃねえか」
「今のリティ殿の動き、まるで地を這う蛇。あれが竜の尾の力、尾闘流の足運びだというのか」

 目に見えて変化しているふたりの動きに、仲間たちは茫然とする。アルなどはもはや目で追えなくなって、肩を竦めるばかりだった。

 その日の夕方。キャンプ地は山道の脇となり、目的の場所までもう少しといった具合。ラグとリティのふたりは今日も、拳を打ち合わせる。

「せいせい、せいっ!」
「すっ、えいっ!」

 腕と足に身体の捻りも取り入れて、手足を交差し、跳ね回る。掴まれて叩きつけられても、受け身を取って、息継ぎの間もなく動き出す。
 ふたりの攻防は全身どころか地形も余さず使うようになった。地面には亀裂とクレーター、樹木には踏み込む靴の跡。意図せずともあたりには戦いの跡が刻まれていた。

「やっぱりラグって凄いね。まだ始めて日が浅いのに、ここまでできるようになるなんて」
「元々足は使う方だったし、腕とかにも戦い方が馴染んできただけだよ。武術の形になってるかは自分じゃわからないし、それよりもリティの方が凄いって」
「えっ、私?」
「だってこれだけやっても、まだ掴めない。魔物とかは底さえ見切れば楽に勝てるようになるけど、リティにはそれがないんだ」

 バックステップしながら背後の木で蹴り出し、全速力のタックルでリティをよろめかせる。ここぞとばかりに蹴りを放つラグだが、しかしリティは上体を後ろに倒しながら、振り上げた尻尾で受け止める。
 すぐに来る反撃は、上手に見切って。ふたりの接近戦は、より激しさを増していく。

「くっ、今のも結構自信あったのに。掴んだって思っても、その時にはもっと先にいるんだよな」
「私だってこれくらいはするよ。ラグのことだけは、しっかり見えてるから。それに、里ではリリムちゃんとしかした事なかったからかな。私自身も尻尾を使うのが上手くなってきてる気がするの」
「お互いに成長してるってことか。タイやみんなよりも目に見えて……それが理由なのかもな」

 ついにその日は、勝敗がつくよりも先にお互い疲れ果てて倒れてしまっていた。大の字になって、仰向けに寝そべった。

「ねえラグ、私の尻尾には慣れてきた?」
「ああ、今のままならあらかたな。でも俺もリティも、明日はもっと強い方に変わっていく。その先の流れを、俺は掴まなきゃいけないんだろうな」
「そっか。ごめんね。私に合わせるの、こんなに難しくて」
「謝る事じゃないだろそこ。見方を変えればリティはそれだけ凄いって事なんだから。リティは胸張ってればいいんだ。追いつくのは俺の仕事だからさ」
「……うん」




 そして次の日。雨の降る悪天候。
 山道を抜けた一行は、これまでより薄い緑の平原に出た。ここは右翼側でも最東端。森の数が極端に減り、代わりに特徴的な景観の多くが、彼らの目に入る。

「あの山の上、煙ですよね。ほのかに明るいですし、火山というやつでしょうか」
「向こうに見えるのは遺跡、であるか。石造りにしては、実に立派なものだ」
「えっと地図によると……あっちの山は輝骨竜山、輝骨竜が眠る墓場。向こうのはバジリスク遺跡、宝物鱗に挑む者以外の立ち入りを禁ず。だって」

 ガレーから貰った地図を見ながら、ラグは書いてある通りに答えていく。役目を奪われて不満げなジャズがいるが、ともかく、その光景は右翼国家周辺とも道中とも違う。
 眠れる地竜やハイドフェンリルは見なくなり、代わりにカエルの魔物。丸く太った体躯ながら川沿いで草に隠れてケロケロ鳴き、雨音とともに響かせる。それ以外のほとんどの魔物や動物は、木や岩の陰で雨宿りしていた。

「濡れながら行くしかないかな。あのカエルはおとなしそうだし、今なら逆に安全……ん、リティ。そんな方向見てどうした?」
「あっラグ。あんなところに馬がいたから」
「あんなところ? あっ、ほんとだ」

 リティが指差すのは平原のど真ん中で、ただ1匹のみの黒い馬がいた。他の馬はみんな木陰で雨宿りというのに、天気を気にせずぽつんと一匹。

「変なやつだな。見た目にも違和感あるし……あれ、なんか足多くね?」
「そうなの? 遠すぎてよくわからないけど」
「1、2、3、4、5……計6本だ。片足3本ずつ、普通での馬じゃないな」
「うーん、だからなのかな。あの子から霊獣の雰囲気を感じるの」
「あれ霊獣なのか!?」
「うん。魂の大きさからして昇華霊だと思うけど、闘鶏さまの言ってた通りこんな所にもいるのね。挑戦してみる?」
「いやいい。雨で滑りやすくなってるし、今じゃなくてもいいだろ。また晴れた日で」
「そうよね」

 雨宿りがてらの観察もそろそろお終い。ハヤテマルが風帯を雨除けに使う事で、一行は進行を再開する。
 一度も戦闘することはなく、地図に示されたカルーグ領に着くのは、昼を少し過ぎた頃合いだった。




(ryトピック〜右翼側の魔物その3〜

【鬼熊】平均Lv.130

 主に森林部に生息する熊の魔物。人の新鮮な血肉を舐めたもののみが鬼熊となり、積極的に人を襲うようになる。
 四肢の筋肉が発達しており、後ろ足は二足歩行を可能にし、前足は叩きつけるだけで付近に地震を発生させる。大盾をもってしても、直接この腕撃を大事なく受け切ることはできないだろう。

 鬼熊になる要因が要因なため、対峙せず逃げるなどすれば発生は抑えられる。だがたまに青ゴブリンが用済みの人間を与えるなどして意図的に変化させてしまうため、油断してはならない。

意趣蛙いしゅがえる】平均Lv.80

 大型犬ほどの体躯をもつ草色のカエル。未開の土地から来たと言われており、大陸では右翼側の最東端にのみ生息している。

 身体能力的には目立つほどでなく、しいて言うなら脚力を活かした頭突きが強い程度。この魔物の恐ろしさは、名前の由来にもなっている意趣返しである。
 これはこの種独特の能力であり、特筆するような状態異常(毒や麻痺など)を受けた際に、同じ効果を加害者にも付与するというもの。さらに複数体が集まって特殊な鳴き声をあげると、周りにも伝播させてくる。
 誤って状態異常を付与してしまうと、効果を返された挙句、凶暴化した彼らに死ぬまで意趣返しされる事になるので注意。

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