境目の物語

(ry

竜人に学ぶ武術

「みんな、お疲れさま!」

 落ちる日もそろそろ焼ける頃合いだった。ほどよい林道に入った一行は、魔物に襲われても対処に困らなそうな辺りにテントを張ることにした。

「にしてもここの魔物は強いですね。お昼の事といい、以前の我々ではどうなっていた事か」
「でもおかげでだいぶ行けるようになったよな。あの眠れる地竜だって、戦えるレベルだろ」
「とか言いながらラグ、1発でかいの貰ってたじゃねえか。横腹に歯形つけられてよ」
「あ、あれは、俺の能力使ってから発動するまでの間は無防備になるからで。まだ全然慣れてないってのも大きいけど、遮蔽物がない平原だとさらに難しいんだよ」
『おっといい気づきだ。そのタイプの能力は、あまりにもリスクが大きいからな。だが使いこなす事ができれば、これ以上ない武器になる』
「あれ、もしかして我道さん、俺と同じ能力の人を知ってたりするのか?」
『その挙動についてのみ似ているという程度だが、私の知り合いにひとりな。RRのギルドマスターをやっている事だし、いつか会う日が来るだろう』
「RRってなんだ? ギルドの名前か?」
死神の役を担う者たちロール・リーパーズ、通称RR。最高峰の殺し屋ギルドだ』

 テントを張り終えると、一行はそれぞれ食材の調達をする。
 幸いにも手元には魔物の肉が、周りにはキノコと山菜があふれていた。毒の有無には注意して、集まった食材から今日の夕飯は山菜鍋に決まった。

 グツグツと煮えたぎる鍋に、食材を浮かべていく。時間が経つごとにダシが出て、香ばしい匂いがあたりに広がる。
 ハヤテマルは見回りに行ってくると言って、口元を隠しながら席を立った。ラグがぼんやり鍋を見ていると、タイに小突かれた。

「なあラグ、鍋ができるまでしばらく時間あるからよ」
「ん、またひと勝負か?」
「い、いやおいらじゃなくてな。もちろんしたくはあるが……ともかく、鍋はおいらたちが見といてやる。だから、ほら、あれだ」

 タイはさりげなく人差し指を持ち上げる。ラグが視線で追うと、指はリティを指していた。

「そういう事か。確かに今ならまだ夜じゃないし、気兼ねなくできる。よし」

 ラグは立ち上がり、リティのもとへ。「ふたりきりになれるところで、少しいいか」と誘い、ふたりは林の奥へと行った。


 奥とは言っても、それはあくまでもテントから少し離れた場所である。入り込んだ場所は、半径5メートルくらいのちょうどいい空間だった。
 ラグはリティの方へ振り向くと、頭を下げて言う。

「一つ頼みがある。リティ、付き合ってくれ」
「……えっ、ふぇっ!?」

 途端に、リティはすっとんきょうな声を漏らす。声とともに振れた尻尾が、軽く地面を抉り取った。

「付き合うって、わ、私と!?」
「ああ。リティしかいないんだ。むしろリティじゃなきゃ意味がない。俺はリティから武術を倣いたいんだ」
「そんな、まだ心の準備が……って、ん? 私の武術を……あっそういう事。なんだぁ、びっくりしちゃった」

 リティは自分の赤くなった頬をたたいて、一度深く息を吸い込んだ。

「でも私のでいいの? 尾闘流は尻尾がある事前提なんだけど」
「使えるとこだけ倣うつもりだから充分。それに、俺はリティにもっと、気兼ねなく使って欲しい。俺と肩並べてる時、あまり使わないようにしてるんだろ。タイに言われて気づいたよ」
「うん、それは……だってラグ、リリムちゃんにあんな負け方しちゃったんだもん。もし私の尻尾で巻き込んじゃったら、きっと嫌な思いをすることになるって思ったから」
「そんなことか。リティの気遣いはすごく嬉しいけど、ずっとそれじゃだめだ。俺は肩を並べてる時も何にも縛られず戦うリティを見たい。それでもって、一緒に武術で蹴ったり殴ったりできるようになりたい。今の連携のさらに上を」
「ラグ……」

 リティは手を胸に当てて、目を閉じる。次に、グッと手を握り締めて、目を開いた。

「わかったわ。ラグの横でもできるように、私も頑張る。でもねラグ、私手加減できないよ」

 持っていた棍をそばの木に立て掛けながら。

「リリムちゃんには勝ったことないけど、尻尾の強さなら鰐尾竜の方が上だよ。それでもいいの?」
「望むところだ。これは俺とリティ、お互いのためなんだから」

 ラグも腰のレイピアを鞘ごと、リティの棍の隣に置いて。そしてふたりは向かい合い、拳を構えた。





 先にラグが踏み出す。いつものフットワークの軽さで俊敏に間合いを詰めて、勢いのままに拳を打ち込む。さらに蹴りも試みる。
 しかしリティは顔色ひとつ変えることなく、手で捌く。足は正面から受け止めて、押し返す。

「っ、まだまだ!」

 さらにラッシュへ。高速で繰り出されるそれは、しかしすべて軽くいなされる。ほとんど上半身だけの動きで、1つ1つ丁寧に。
 次の瞬間、リティの右拳が大きく振りかぶる。

「……っ、来る!」

 ラグは拳が伸びるより先に飛び退いた。それがまずかった。リティは拳を出さず、尻尾を軽く打つ付けて、飛び込んできたのだ。

「速っ!?」
「えいっ!」

 一瞬で間合いが詰まり、すかさず蹴り。防御の上からラグを殴り飛ばし、背後の樹木と衝突させた。
 よろよろと、起き上がるラグは、最高潮の笑顔だった。リティは自分の手とラグを交互に見ながら、目を丸くしていた。

「すごいリティ、まるで別人だな。かっこいい!」
「えへ、私も成長してたのかも。あっ、でもそもそもラグの拳は軽すぎるから、簡単に捌けちゃうよ。ラッシュにしても、もっとこんな風に1発1発力を込めないとっ!」

 今度はリティがラッシュを仕掛ける。
 その一撃一撃が、素早い上に重い。拳の風圧が、見切って躱すラグの髪を掻き分けて、シュッと音を立てる。

「(なんでこのパワーでこんなに速く打てるんだ……あっ、そうか。リティ、パワーはもとからとして、振りかぶってない。腕だけの力で、それに腕を引くのも速い。こんな感じか)」

 ラグの反撃の一打。鞭のように瞬間的に打ち付け引き下がる拳が、リティの手を弾いた。

「あっ、ちょっと重かったかも」
「よし、もっと染み込ませるぞ」

 互いのラッシュが始まる。速さに力を乗せる青と、力に速さが宿る赤。見切りで躱すラグと、手で捌くリティの打ち合いは、傍から見ればいい接戦だ。
 しかしラグは知っている。リティの武術は、尾闘流の武術は、まだ少しも本領を見せていない。

「すっ!」
「屈んだっ!」

 姿勢を低くして拳を躱すリティに、ラグの警戒心が一気に高まる。視線は右拳から足、尻尾へ流れていく。

「……なっ、尻尾が後ろに!」
「遅いわ、搦竜からめりゅう!」

 回り込む尻尾の存在に、気づくことはできたが、飛び退くより先にラグの足を掬った。

「うあっ!?」
「そして、降竜くだりりゅう!」
「ちょっ!?」

 流れるような宙返りで、昼にも見せた踵落とし。転倒中で飛び退く事ができないラグに、尻尾と脚の重圧が振り下ろされる。
……が、寸でのところで。

「あっ、いけない!」

 気づいたリティに、いまさら止まる事などできない。なので反射的に召霊術で鶏を召喚し、クッション代わりにする。
 結果、クレーターを作り周りの木々が葉を散らすような一撃を、ラグが直接受けるような事態は、辛うじて避けられた。

「だ、大丈夫!?」
「あ、ああなんとか……ごふっ」

 言葉を返しながらラグは、喉奥からせり上がってきた血を吐く。血にまみれた胸部の奥では、骨がいくつも折れているのが容易に想像できる。

「ほんとに大丈夫なの!?」
「大丈夫だって。あの勇者の雷撃よりはマシだし、極論死ななきゃリペアで治せる。まあ、今日これ以上続けるのは無理そうだけど」
「ごめんね、ラグ。私が自分のことしか見てなかったせいで。私のせいで、こんな思いをさせて」

 リティは泣きながら謝った。だがラグは、首を横に振って、笑顔で返す。

「いいや、これくらいでいいんだよリティは。だって自分を縛らなければ、こんなにも強いんだから。俺、明日もその次も、こうしてリティと打ち合いたい!」
「で、でも次はもっと酷いことになっちゃうかも……」
「そんなことない。リティなら知ってるだろ、同じ手は2度通用する俺じゃない。次はあんなの喰らうつもりないから。だから頼む、俺に武術と、本当のリティを教えてくれ」
「……うん、うん!」

 リティはラグの胸に顔を埋めて、ラグはそんなリティをあたたかく抱きしめる。それからしばらくして、ふたりはみんなのいるテントへと戻った。

 戻って早々満身創痍の姿に驚かれたり、鍋を囲って夕食を楽しんだり。双翼大陸での最初の1日は、とても充実したトラベラーズの旅となった。




(ryトピック〜尾闘流武術・降竜〜

 尾闘流武術では基本の技とされている、尻尾と足をあわせた致命技。宙返りして遠心力を乗せた尻尾と踵の振り下ろしで、相手を叩き潰す。その様は、さながら天から降る竜のようである。
 宙返りを挟む大振りな技であるため、破壊力に特化している反面、回避されやすい。しかしこの流派、単発で降竜を使うほど脳筋ではない。
 恐ろしいことにこの技は、搦竜など足払いのあとに追撃として繰り出すのが主流である。足を掬われた者は、転んで背中を打つと同時に、竜と大地の双方に叩き潰されてしまうのだ。

 なお、対となる技として昇竜のぼりりゅうがある。バク宙と共に尾を振り上げるこちらの技は、対空性能に優れ、素早く、また尻尾を盾として使いやすいという特徴を持つ。

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