境目の物語

(ry

エリートな小鬼たち

 先陣を切る4人、ラグとハヤテマルは疾く駆け抜け、リティとタイがその背を追う。ゴブリンも短剣持ちと槍持ちで同じような立ち回りだ。
 最前列がぶつかり合うと、後ろの槍持ちが隙を狙う。それを防ぐようにリティとタイが割り込み、先陣を切る4人は激しく舞う。

「せいっ!」

 いち早く、ラグの斬撃が短剣持ちの腕を斬り込む。個々の実力で言えば、ラグたちの方が上だ。
 しかし洗練された連携を取るゴブリンたちは、攻めも守りも手堅い。
 絶妙なステップによる入れ替わり立ち替わりは致命打を許さず、外野からは射手2人と杖持ち1人が馬上から水の矢と魔法を放つ。さらには回復魔法で傷を癒す回復役までいた。

「くそっ、なんて堅実な」
「せめてあの回復役を倒せればいいんだけど」
「盾持ちが厄介、であるな」

 背中を合わせて言いながら、なだれ込む水流を避けるためにまた散る。射手と杖持ちの牽制は、ラグたちの連携を封じ込めていた。
 カイやアルの魔法で直接狙おうにも、それぞれの杖持ちについた盾持ちが、水魔法で補強された大盾で防いでしまう。ノナのハンドバリスタは、そもそも動く的には当たらない。
 ゴブリンたちの連携を崩すには、何か1手足りない。

「跳翡翠……いや、斧を持っているならともかく、レイピアと弓の今じゃあの盾は抜けない」
「なら俺の大剣で行くっす!」
「あっ、待てランド!」

 ラグの小言を聞いた、ランドが駆け出した。すぐにゴブリンたちの対応が変わる。射手が一斉に矢を放つ。

「うわっ!?」
「風帯-盾!」

 ランドに向けられた攻撃は、すべてハヤテマルの風帯が遮った。帯に触れた2本の矢は、水のしぶきを上げた。

「ご、ごめんなさいっすハヤテマルさん」
「油断は禁物。しかしあの盾は、守りのみにあらず。馬の足が盾にも良く働くとは」

 ランドに注意を促しながら、ハヤテマルは盾持ちを睨んだ。
 外野は馬で立ち回っているのだ。常にとは言わずとも、馬を走らせて。重い大剣を担ぐランドにとっては、追いつくだけでも大変だ。

「状況を変えるなら馬でもあり……だけど!」

 言いながら閃風斬を繰り出すラグだが、多少の距離では衝撃吸収盾でカバーする盾持ちだ。守り以外何もしない代わりに、そこは非常に巧いのである。
 そもそも目の前の剣戟と、外野の牽制。持ち前の観察眼で仲間の死角を補っていたラグは、すでに手一杯の状態だった。

「ならどうすればいい。どうすれば、この状況は変わる?」

 汗が滴り落ちた。そんな時、

『戦況をよく見ろラグ』

 我道さんの声だった。彼は、いつものように端によけている我道さんは、木に背中を預けて声を出した。

『敵は何だ、敵の戦法はどうだ、勝利のピースはどこにある。よく考えて、取るべき行動を導き出せ。できるだろう、観測者!』
「っ……!」

 息を呑んだ。ラグはすぐに、観察し、考える。

「(敵は青ゴブリン10人。俺たちを取り囲んで、主力は弓矢と魔法、攻撃はあまり強くない? そして勝利のピースは、回復の阻止……そのために守る盾を突破する。なら背後を取って…………はっ!)」

 パッと目を見開いた。

「リティ、勝ち筋が見えた!」
「本当!?」
「ああ、俺の能力で切り開いてみせる。だから今から、5秒、俺の身体を頼む!」
「えっ、うん。わかったわ」

 ラグは言うだけ言って、リティに飛びついた。リティは抱きとめて、仲間たちに目配せする。

「5!」

 言葉と同時に、ラグの肉体から力が抜けた。
 ゴブリンたちは、少し笑っていた。人の言葉を解さない彼らにこの光景は、滑稽に映ったのだろう。

「4!」

 しかし、リティのカウントとほぼ同時に、杖持ちが反応した。

『なんだあいつは、気配が消えた』
『何を言っている、そこにいるぞ』
『違う、まるで別物だ。生きていないようで、とにかく嫌な予感がする、やれ!!!』

「3!」

 カウントはすでに半分進んでいた。
 遅すぎる命令を受けて、槍と短剣持ちが踏む込んだ。しかしタイとハヤテマル、さらにはランドとジャズが立ちはだかる。

「2!」

 遅れて弓矢と魔法も襲いかかる。しかしその間合いの遠距離攻撃は、リティには効かない。
 前衛の4人にしてもそうだ。タイたちを突破することはできていない。彼らの戦法は、持久戦だった。大きな魔物のような、一撃で屠るようなものは持っていなかった。

「1!」

 最後を目前にしたカウント。

『だめだ間に合わない、守りを固めろ!』

 彼らの頭にはそれしかなかった。槍と短剣持ちは飛び退き、盾持ちは背後の射手と杖持ちを庇うようにラグの方に盾を向けた。しかし、

「まったくバカなやつらだ。僕たちからマーク外して、大丈夫だと思ってんの?」
「同感です、アルさん。氷結砕メガフリーズ!」
「サンダーキャノン、発射!」

 放置されていた2人からの強力な魔法攻撃が、盾持ち2人を惑わす。何が正解かもわからず、盾持ちは衝撃吸収盾を展開していた。

 そして、それらが着弾するよりも前に。

「0!」

 カウント・ゼロ。

 まずはじめに、リティに抱かれていたラグが姿を消した。
 つぎに、盾持ちと回復役が斬り飛ばされた。

「跳翡翠!」

 2人を同時に、一撃で葬った声は、盾の裏から遅れて響き渡った。
 最後に、その主ラグがポニーテールを靡かせながら突き抜けると、術者を失って衝撃吸収盾は消え去る。残された射手はカイの氷塊に突き刺された。

『し、瞬間移動……だと!?』

 杖持ちは腰を抜かした。ラグはリティのそばに降り立つ。

「みんな、一気に畳みかけるぞ!」
「「「はい!」」」

 ラグたちは今の一撃で流れを掴んだ。
 回復される心配もなくなり、閃裂斬で足を掬いながら前衛の4人にけりをつける。
 最後の3人に矛先が向くと、盾持ちは最後の守備に臨んだ。衝撃吸収盾を展開したのだ。

「ランド、今度こそ行けるか」
「はいっす! パワーブレードッ!!!」

 今度こそ、とランドは大きく踏み込み、全身全霊の大剣を振り下ろす。
 バキンッ!! と凄まじい轟音。エネルギー体でできた巨大な盾が砕け散る。だが本体はまだだ。

「ここは私に任せて!」
「リティ! ああ、あれを見せてくれ!」
「ええ!」

 ラグの期待に応えるように、リティは笑顔で飛び上がる。
 その時向けられた射手と杖持ちの魔の手は、ラグとハヤテマルの閃風斬に打ち払われて。邪魔の入らないままにリティは宙返りして、踵を落とす。

降竜くだりりゅう!!!」

 尻尾と重ねるように、2つの重撃。
 それはまるで竜が巨体で叩きつけるよう。盾持ちは丈夫そうな木製の大盾とともに、粉々に砕け散る。
 地面にはクレーターができていた。誰もが口をあんぐりと開けた。その中で、ラグだけが目を輝かせたのだった。





 戦いが終わると、みんなでハイタッチしていた。戦いに参加した中ではジャズのみ、その輪を外れて木陰に移動した。
 我道さんに手招きで呼ばれたのだ。ジャズはいつも通り軽い足取りだった。

『悪いなジャズ君。君の腕前ならあの程度、なんてことないだろうに。危険を承知の上で皆に合わせてくていること、感謝する』
「それなら安い御用さ。俺はこれまで6つを駐在員として渡ってきたんだからな。あれくらい慣れてる」
『駐在員……か』

 我道さんは木から背中を離した。ジャズと向かい合う。

『君は、いつまでこうして居てくれるのかな。時が来れば、また別のどこかへ行ってしまうのだろう』
「そうだな。契約では、情報取引の土台が完成するまで。けどすべてにこうして手を貸してあげられるわけではない」
『つまり、そういう事か』
「ああ、そういう事だ。聞かれてないことは言う義務ないなんて、ほんと悪意のかたまりだよ。ま、IBCは基本このスタンスだけどな」

 ジャズは肩をすくめて、鼻で笑った。

「で、あんたはどうなんだ」
『私は……行くべきではないのかもしれない。あの方との約束を破るのは避けるべきだろうし、それに……』
「トリックスターのことかな」
『ああ。風見さんは心配ないと言ってくれたようだが、正直私にはそう思えないんだ。人の縁とは、思わぬところで繋がるものだからな。あれはそういうところからつけ込んで来る存在だ』

 笑いはするが、我道さんの口角は緩んでいなかった。空の雲が陰を落とす。
 そんな事を話していると、明るい日向から声が聞こえてきた。

「我道さん、ジャズさん、お昼にしますよ」
「せっかく馬の肉が手に入ったんだ。みんなで焼いて食うぞ!」

 呼びに来たリティと、ハヤテマルに教えてもらいながらゴブリンが乗っていた馬を解体するラグの声だ。
 心地よい風が草木を撫でた。日の光を遮った雲はすぐに流れて、またすぐに草原が光を受けて輝く。

「行こうぜ。心配のしすぎて顔色悪くするくらいならな」
『杞憂に終わるのなら、それでもいいんだがな。ははは』

 2人は言いながら、明るく照らされた一行のもとへと、歩いて行ったのだった。

 なおこの後、焼肉の匂いにつられて大勢の魔物が集まって来てしまうのだが、それはまた別の話である。




(ryトピック〜右翼側の魔物その2〜

【青ゴブリン】平均Lv.120

 群れを成し、武器を持ち、動物を手懐け、さらには魔法も扱う、ゴブリン界のエリート。ゴブリンには緑やら黒やら赤やら様々な種類があるが、魔法を当然のように扱うのは青だけである。
 双翼大陸全土に生息している彼らは人を憎み、繁殖用の孕み袋にするため、特に国から離れた各地の村では危険視されている。また群れの規模によっては国にも被害を及ぼしかねないので、発見されるとすぐにギルドへ依頼が届けられる。
 初心者冒険者よ、いつ掲示板を見ても依頼が貼ってあると言って、甘く見てはいけない。そいつらは上級冒険者すら軽く屠れる軍団なのかもしれないのだから。


【オオカガシ】平均Lv.80

 右翼側の草原や森林部に生息する、とぐろを巻いてなお人と変わらぬ大きさを持つ毒蛇。その毒牙が主な武器となるのだが、この蛇において重要なのはその早業。
 普段とぐろを巻いているこの毒蛇は、近づいたもののみに、目にも留まらぬ速さで噛み付く。そのあまりの速さには、噛まれたことにすら気づけぬ者もいるんだとか。
 なお機動力が発揮されるのは、噛み付く時のみ。普段の移動速度は大したことないため、近づかなければ無害、かつ魔法などで遠くから攻めれば簡単に倒せる。

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