境目の物語

(ry

いざ、北の双翼大陸へ

 日が沈み、暗い空に星々が煌めく。南東アルファの砂浜にはひとり、ラグが伸びていた。
 海パン一丁で、背中は砂まみれ。そんな彼のもとに、窮鼠タイがやってきた。

「へへっ、遊び尽くしたって感じだな」
「そうかもな。やっぱ海でリティについてくのは、キツい。でもおかげでようやく海にも慣れたよ」

 顔だけ向けて言うラグは、次にひょいっと立ち上がる。背中をはたいて、頭を左右に振って、ポニーテールを振り回しながら、砂を払った。

「ところでタイ、わざわざここに来たってことは、俺に何か用か。もしかして探しに行ってたハヤテマルのこと?」
「どっちもだぜ。あいつ屍の山の上にいたもんだから、さすがのおいらもたまげたが、気は済んだみたいだから問題ねえな。んな事よりも」

 タイは爪をラグに向けた。

「ひと勝負頼まれてくれねえか。忙しかったとは言っても1週間も経てば、いい加減窮鼠の意地が疼いて仕方ない。おいらの目的はお前に勝つことだからな」
「そういうことか、了解。服着てくるから、ちょっと待ってて」

 一度テントで着替えて、それから2人のひと勝負が始まる。



 スッ、と風を切る音。ガキンッ、と弾きあう剣と爪。
 夜の暗がりの中、音だけは鮮明に鳴り響く。見る目を持つ双方に技の淀みはない。
 むしろ、交易街の地下で繰り広げたあのタイマンの時よりも、より速く、より鋭く、踏み込んだ足で砂を撒き散らしながらの接近戦。しかしながら互いの得物が血肉を裂く事はなかった。

「凄えよな。あの時はおいらが一方的に攻めてたのに、今じゃ攻めも守りもするようになって。なかなか追いつける気がしねえ」
「いやいや、タイも絶対強くなってるって。ただでさえ毛皮のせいで斬り返しの効き目が薄いのに……まあ、アマゾンさんのあれと比べると、どうしても見劣りするところはあるけど」
「いやひっでえ上げ下げ。けどお前はあれを捌いたんだから、おいらもあれを超なえなきゃならないか」

 攻防の中に、会話も混ざる。

「ところでよ、あの嬢ちゃん、夢については何も言わなかったよな」
「ああそれ、遊んでる最中に聞いたんだけど、リティ、夢見なかったらしいんだ」
「見なかった? あのジャズだって悪夢でげーげー吐いてたくらいだぜ」

 ジャズの話で気を逸させながら繰り出す、バネのように伸びるしなやかな蹴り。
 しかしラグは身のこなしで、身体を一捻り。回転動作でいなしつつ、力の乗った踵を横腹に叩き込む。

「覚えてないだけかもしれないけどな。少なくともからげんきだとか、何かを隠すような素振りはなかったと思う」
「(あの状況で蹴りだと!?)ああいや、そうか。ほんと不思議だよな。お前も、嬢ちゃんも」

 サングラスの裏でギョッとしつつも、ワイドクローで突き放す。仕切り直しだ。
 タイが捉える少年の左目は、認識眼に変化していた。瞳の色が水色から白黒になった分、白面積が増えてやや目立つ。

「リティも?」
「たりめえよ。お前の成長速度には驚かされるが、嬢ちゃんだって負けちゃいねえ。あんの時もプルってやつには驚かされたが、今はそれ以上に浮遊板がやべえ。けどな」

 再び互いに距離を詰めながら。

「嬢ちゃんの持ってるあの武器、魔石を入れるスロットが2つもあるのにカラだしよ。そもそも本当の刃は魔法じゃないんだろ」
「そういえばリティって、尾闘流の武術の方が得意だったな。でも一緒にいる時は、あんまり使ってない……?」
「そう、それよ。お前らが肩を並べてる時、嬢ちゃんは決まってサポート一辺倒。全力出してるのは違えねえけど、それは本領発揮しきれてるわけじゃない。だろ?」

 しれっと、シザークロスと翡翠斬りの正面衝突も交えて。

「せっかくいい武器持ってんだから、宝の持ち腐れはだめだろと、おいらは思うぜ」

 そういう頃には、タイはぶっ倒れていた。跳翡翠にアレンジして繰り出された拳が、顎に直撃して、ノックアウトしたのである。
 やや間があって着地したラグは、よしっと小さくガッツポーズをとる。それからタイの手を取って、身を起こさせた。

「あー負けちった。ったく今日のお前、やけに格闘多かったじゃねえか」
「ああ。アマゾンさんの動き見てたら、試してみたくなってさ。付き合ってくれてありがとう、タイ」
「いやおいらが頼んだんだからな!?」
「そうだっけ? あはは」

 笑って、それから並んで座って海を見る。
 さざなみの音。吹き抜ける風が、タイマンで熱を帯びた2人の身体を涼ませる。

「でもタイ、ありがとう。いいこと教えてくれて。観察眼で見えないものって、こんな身近にあるもんなんだな」
「へへっ、そりゃ目で見るもんじゃねえからな」
「目で見るものじゃない?」
「そうよ。あんなこと思いついたのは、ちょうどおいらがその事で悩んでいたから。頭ん中でたまたま2つが重なって見えただけだぜ」

 サングラスを外して、タイはひと息つく。吐かれた息は、黒かった。
 濃煙幕。感知スキルを打ち消す特殊な煙幕で視界を奪う、タイの能力である。

「以前はこいつで暴れたもんだが、まあ……あいつらといる時は使えねえんだよな」
「俺以外はもろに影響受けるもんな。それで今での本領発揮ができなくなって悩んでたのか?」
「ま、そういうこった。けどよ、そんくらいで諦めるなんてばかばかしい。だって今のおいらは窮鼠だ。ボス……いや、炎鼠さまは何も言わなかったけど、呼び名が変わりゃ何か1つくらいあってもいいと思うんだ」

 ま、今んとこはサッパリだけどな、と笑うタイである。
 ラグは何かアドバイスしてあげたいと思ったが、何も浮かばなかった。相手のことは観察できても、仲間のことを観察できていなかったことを、痛感するのだった。

「いいんだよ。そういうのは強要するもんじゃねえ。ふと思ったときに言うくらいがちょうどいいんだ」
「でも、今せっかく打ち合ったんだから、何か1つくらいは見つけたい」
「んな事よりも明日だろ」

 考えるために下がった頭をタイが持ち上げた。2人の焦点が、海の向こう側に定まった。

「明日、おいらたちは船であの先に行くんだ。ここよりはるか北にある、双翼大陸ってとこにな」
「ああ。ここからだとさすがに見えないけど、向こう側で俺たちは……境目トラベラーズは、未開の土地を目指すんだ」
「おうよ。その心持ちができりゃ、あとは明日を待つだけだ。今日はもう休もうぜ」
「そうだな」

 決意を新たに立ち上がる。2人は拳を合わせると、それぞれの寝床へと向かって行った。



 そして翌日。

 トールシップ船長のもと出航の準備が整った帆船、スノーブリッグ号。次々と商人たちが乗り込む中、ラグたち一行は運行再開の立役者として最優先で乗船させてもらっていた。

「他にも乗りたい商人はたくさんいたのに、船長さん、ありがとうございます」
「いやいや、感謝するのは私たちの方だ。けどそれでもというのなら、今回も海の魔物に襲われた時に頼りにさせてもらうよ」
「ああ!」

 渡り板が引き上げられて、錨を上げて、出航。多くの商人と境目トラベラーズの一行を乗せた帆船は、北の大陸を目指して進むのであった。




(ryトピック〜ジャズが見た悪夢〜

 夢の話し合いに参加しなかったジャズは、実は一番ひどい悪夢を見ていた。とはいえ感性の問題でだ。
 内容を簡単に言えば、すでに亡き父に絶望的な音楽センスを披露させられる夢。

 ヘッドホンを首に下げているジャズは、その名のとおりジャズ音楽が大好き。彼の兄や祖父、その前の先祖も音楽好きなエトランゼなのだが、なぜか父ノイズ・エトランゼだけは好みが歪。
 名の通りの雑音や不快な音が好みであり、ハウリングや砂嵐は大好物。しかもそんなものを自分で歌い演奏するため、それはもう大の迷惑だったという。

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