境目の物語

(ry

あたたかい悪夢

 霧。暗転。真っ暗。

 ザイルさんが竜になって、それから起きた事だった。
 船上の波に揺られる感覚も、全身を襲っていた傷の痛みも、抱きしめてくれていたリティの柔らかさも、どこかに消えてしまう。上下左右もわからなくて、寝ていたはずなのに、今は立っているような気すらしてしまう。

「死んだわけじゃないと思うけど……」

 なんというか、空っぽ。身体は動かないというより、そのものがなくなってしまったようで、しかし感覚としては心地よい。込める力がないから、意識してするよりもはるかにリラックスできる。
 
 この感覚は……初めてじゃない?

 知っている気がする。だけど思い出せない。身体と同じように頭も動かせないのか、何も思考できない。
 ただ心地よさだけが、どこか懐かしさを感じさせてくれる。自然と身を委ねてしまえる。

 そのまま俺は、ただ何もないまったくの無の中を漂っていく。すると遠くにぼんやりと、建物が見えてきた。
 これ、知ってる。忘れもしない、この世界での俺の故郷、マーサナル・モニターズのギルドだ。
 玄関先には2人がいた。レンさんとツネさん、大切な2人。俺はその場所へと降り立った。

「レンさん、ツネさん、本物なのか?」
「はい。本当に久しぶりですね、ラグ坊」
「いやー本当に見違えた。俺たちの意志を継いで新しくギルドを立ち上げようとしてくれているなんて、俺も嬉しいぞ」

 言葉を聞いて、俺は身体が動かせるようになっている事も気づかず、抱きついた。2人に抱きしめられて、思わず涙が溢れた。
 でも次第に心地よさ以外の感覚が戻ってきて、2人の身体が異様に軽いことに気づく。

「あれ、なんで2人とも、こんなに」

 言うと、2人は身を離して、真剣な表情になった。

「私たちはもう死んでいるんです」
「ラグ坊も知っているはずだろう。ギルドが破壊されて、俺たちも一緒に死んだんだ」
「まあ遺言書の通りですよ。他の方には避難させましたが、手負いで逃げられなかった私たちでは、その後のことはわかりません」

 少しがっかりした。その程度で済んだのは、完膚なきまでに破壊されたギルドをこの目に焼き付けていたからだろう。
 徐々に視界が歪み、目の前に見える美化されたギルドが、復興中だったあの光景に移り変わっていく。同時に、レンさんは胸に刺し傷が、ツネさんは腕と足に酷い傷痕が浮かび上がった。

「それは、ギルドが破壊される時に負った傷?」
「正確には、そこに至るまでに負った傷、ですね」
「俺たちがここに呼ばれた理由があるとすれば、きっとそれは、お前に伝えるためなんだろう。あの日、俺たちマーサナル・モニターズに何があったのか」

 思わず息を呑む。
 何があったのか。記憶の中からは、ミーティアの王さまから聞いた事が浮かび上がった。
 俺がひとりでギルドを滅ぼしたというデマ。勇者を支持していた国の敵としてギルドが滅ぼされたという事。

「そのように伝わっていたようですが、当事者である私たちからすると、どちらも誤っている」
「足して割ったものが真実って言えばいいんだろうか」
「その辺りもお話ししましょう。すべての始まりは、ラグ坊が旅に出たほんの数日後の事です」



 その日、私たちは引き継ぎ作業の一環として、書類整理をしていました。我道さんに整理するよう言われての事でした。
 しばらくして、厳封された書類を発見する。そこにはこんな事が書いてありました。

〔このギルドは、愚かな堕神の動向を監視し、魔王を倒しうる勇者の誕生を妨げる事で人と魔の間に和平を結ばせぬためのもの。鍵となる能力を持つグリッチの死をもって役割を終える。よってグリッチの死後、このギルドは抹消することとする。
 小王国ゼトとの契約により、ギルドは廃墟へと変わり果てる。この封が解かれれば、すぐにでも作戦は始まるだろう〕

 ゾッとした、なんて言葉では言い表せない。ギルドマスターが持っていていい物でないのは間違いなかった。

 すぐにでも我道さんと相談したかったですが、しかし彼はラグ坊の旅立ちと同じタイミングで立ち去っていたようで。
 けどもあの人もあの人で言っていたのです。『ある書類を探しておいてほしい。開ければ不幸を招いてしまうだろうが、しかし、あれを開けておかなければ、結末はもっと酷くなるだろう』と。

 意味もわからず、私たちは目を見合わせる。そんな時、現れたのです。

「……俺のそっくりが?」
「はい。と言うよりも、ラグ坊そのものだったと言ってもいいでしょう」

 突如現れたラグ坊はすぐに手を振って呼んだので、私たちは部屋から出て駆け寄りました。
 そのとき気づければ、どれだけよかったことか。それはたしかにラグ坊だった。

「けれど、彼は鉄の直剣と青銅の円盾を身につけていたのです」
「それって……あっ。クロコダイルとの戦いで壊れた武具だ!」
「そうです。それを持っているのは、明らかに不自然だったと思います」

 しかし気づくには遅く、気を抜いていたその間に……レンさんが刺されてしまった。

「えっ!?」
「情けない話だが、本当の事だ」

 胸の傷。正確無比に心臓を貫かれた、明確な殺意を込められた傷。ラグ坊ではない、と思いました。

 そこからは激戦でした。私は療養中の足の痛みも忘れて、彼と戦いました。
 そして最後、私と彼が差し違えることで決着がつきました。私は腕に、彼は肩に傷を負って、お互いに倒れました。

 しかしラグ坊の姿をしたその者は、すぐに立ち上がった。そういう能力だったのでしょう。正体を表して見下す彼は、返り血のみの余裕の表情を浮かべていました。
 それから彼は言っていました。

『そのお身体とお粗末な能力でよくこの少年に勝てましたね。さすがは蟷螂大剣そのトライに気に入られたお方。ま、それもここまでのようですが、私は褒めてあげましょう』

 そこからまるで演説のように、彼は続けます。

『さて、私がここに来た理由はご存知でしょうが、実を言うとそんなことはどうだっていいんです。こうなればあとはゼトが勝手に始末してくれますからね。私はね、予言書が示す人物を探しているのですよ』

「予言書だって!?」
「知っているのですか?」
「ああ。いや、詳細はそこまでだけど、ウィリアムさんが言ってたやつだ」
「そうですか。ともかく続けましょう」

『その人物はとても珍しい能力を持っているようです。そこに転がっているお方のも珍しいですが、手応え的に違いますね。あまりにも殺し甲斐がなかった』

 殺し甲斐がなかった。彼はレンさんのことをそう言っていた。

『馬の骨になるのがオチでしょうし、あなたには教えてあげましょう。私はね、筋書きを乱すのが大好きなんですよ。そう、つまりは【トリックスター】』

 最後に彼はこう言って、姿を消しました。

『今回はワールド・グリッチには負けません。私が、このトリックスターこそが、この壮大な物語を破局へと導くのです。大いなる神よ、どうか私の活躍をご覧下さい。イッヒッヒ!!!』

 それが最後。小王国ゼトが私たちのギルドを滅ぼしたのは、わずか数時間後の事でした。



 聞いて、俺はなんとも言えなくなってしまった。

「えっと……そのあとは?」
「このあとは、最初に話した通りですよ。ゼトの軍がやってきて、私たちは未知の兵器に滅ぼされた。それが結末です」
「そうか……」

 聞いていて、胸が痛くなった。でも同時に、少し嬉しくもあった。理由も知らないところで死んでしまった、2人の最期を知れたから。

 そんなことを思っていると、不意に身体が浮かぶ。

「どうやらここまでのようですね」
「やはり俺たちの役割はこれを伝えることだったようだ」

 2人は見上げて微笑んでいた。後ろのギルドは今、廃墟の姿へと成り果てていた。

「ちょっと待った。今そのトリックスターってのはどうなってるんだ? 天国から見れたりとかしないのか?」
「それは……申し訳ない。実を言うと、死後明確に意識があったのは、ラグが近くにいた時だけだったんだ」
「ですがきっと、今も探しているのでしょう。その予言書が示す人物を。ラグ坊には何か心当たりでも?」
「いや、誰某だれそれってわけではないんだけど、実は一度レッカっていう殺し屋に襲われてさ。山里で出会った時はギルド出禁になったとか言ってし俺を殺そうとはしなかったから、もしかしたらレッカ、そいつに巻き込まれてたのかなって」

 あの時は俺が一方的に恐れてたわけだし、もしかしたら。次いつ遭うことになるのかは、わからないけど。

「色々教えてくれてありがとな、レンさんツネさん!」
「ああ、頑張れよ。新しい時代のギルドマスター!」
「トッキーにもよろしく伝えておいてください。私たち亡き今、常連トリオ希望の星は彼女だけですから」

 2人は手を振って送り出す。俺は背中で受け取るしかできなかったけど、心が満たされていくのを感じながら、再び訪れるまったくの無を漂って、浮上していった。





 すーっと、目が開く。吊るされたランプの光が視界を包み込んで、思わず目をつぶった。
 なんでこんな不意打ちを……と思っていると、少し間を空けて寝ているリティに気づく。安静にするためだろうか。いつもは抱き枕になっている俺なので、目覚め一番の光なんて稀だったのだ。

 目を光に慣らしてから今一度見開くと、いつものテントの内装が見えた。出入り口の方に目を向けると、朝日が反射してキラキラと輝く浜辺の海が見えた。

「ここは……」

 グーっと伸びをしながら、胸いっぱいに空気を吸い込む。全身に心地よさが染み渡って、身体の疲れがすっかりなくなっていることに気づいた。
 受けた傷も快復している。全部夢だったんじゃないかと思って、思い起こしてみる。

 船で嵐を突き進んで、シルドラが率いる海賊団と色々あって、それからあの怪物。船が壊されそうになったところでザイルさんが竜になって……今の夢。

「やっぱり全部が夢なわけがない。夢と現実の分かれ目を自覚できてるし、それに……」

 港の方に目を向ける。あの怪物に半壊させられたセイレーン号と、明らかに以前はなかった船……あれ船なのか? があった。
 という事はやっぱり、今さっきのだけが夢。鮮明に覚えている、レンさんとツネさんに逢った夢。

「だとするとこんな夢を見れたのって、やっぱり……!」

 そう思うといても立ってもいられなくなり、俺はこの、テントの盾でできたテントから飛び出した。




(ryトピック〜ツネさんの遺言書(再掲)〜

親愛なるラグ坊へ

 君がこれを読んでいると言うことは、すでに私たちはこの世にいないでしょう。でも気にすることはありません。なぜならこのギルドは、破滅への道を定められていたのですから。

 ラグ坊は知らないかもしれませんが、あの後ギルドマスターを失ったこのギルドは、レンさんが引き継ぎました。そして私は戦えない自分の居場所を作るため、レンさんの補佐としてギルドを支えていこうと決めました。
 ですが先日、私はこのギルドの在り方を知ってしまった。そして我道さんの悪い予言の通り、今日というその日が来てしまった。

 私はこの後すぐに、レンさんと二人でこのギルドを守ろうと思います。たとえこの駆動音の主がどんなに強かろうと、私はみんなのために戦います。たとえ片足が無かろうと、みんなの理想郷を守り抜くために……

 もしこのメモを読んでいるのが君なのであれば、私の最初で最後の宝物…このトライを授けます。
 引き抜く際は、普段生じることのないほどの強い精神力を込めてください。君がこのギルドを想っているのであれば、きっと引き抜けるはずです。

 私はこの剣が、君を救う希望の光となることを強く願っています。
 さようなら、ラグ坊。ありがとうございます、我道さん。そしてごめんなさい、常盤さん……


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