境目の物語

(ry

海賊と襲いかかる女傑

 海賊船から放たれる、数多の鉤縄。
 セイレーン号に鉤縄対策の措置はされていない。航海の守護も物理的な干渉においては効果がない。
 縄は2つの船を繋ぎ止め、逃れる術を奪った。

 すぐに海賊船から海賊たちが飛び出して、縄を伝って乗り込んできた。
 人数にして30を超える。ドクロマークがプリントされたバンダナは様になっていたが、どれも子供の域を出ないような者どもだった。

『おいお前ら、動くんじゃねえぞ。俺たち【海賊団レヴィアタン】に殺されたくなけりゃな』

 ひとりが船長にサーベルを向けて言う頃には、船上にいた一行と乗組員それぞれに海賊が当たっていた。
 ラグはさりげなくすり足で、ザイルの前に出た。リティもとなりに位置取る。

『なんだお前ら、俺たちに歯向かうってのか……って、そいつまさかザイルか!?』
『『『ザイルだと!?』』』

 ひとりがザイルと言うと、周りの海賊たちみんなが反応した。ふふっと、ザイルは菅笠すげがさの陰で笑った。

「そうだとも。私がザイル・ドラン。すでに知っているだろうけど、そこそこ名の知れたベテラン商人だよ」
『くっ、セイレーン号が出てると思ったらまさかこんな大物がいやがるとは。ははっ、その鞄にはさぞかしいいものが入ってるんだろうな』

 ニヤつきながら、海賊が一歩前に出る。

「おっと、それ以上近づいたらどうなるか、わかるだろうね」
『ったりめえだ。雇ったその2人は強いって、俺たち下っ端が束になっても勝てない奴だって、そういう事だろ』

 言われて、少し得意げになるザイルだった。だが、

『けど甘いのはあんたの方だ。こっちにだって強者つわものがいんだよ』

 海賊が指を咥える。息を吸い込んで

『出番だぜ、アマゾンさんよぉ!』

 ピュイーーーッ!!! と、指笛を鳴らす。

 海賊船から1人が飛び上がった。それは他の海賊たちとは違い、鉤縄を伝う事なく、跳躍力のみで船から船へと飛び移った。

「「「っ!?」」」

 セイレーン号に乗る人々は息を呑む。着地し、ポニーテールを靡かせながら立ち上がるその姿を見て、ラグだけがレイピアを引き抜き、臨戦態勢を取った。
 彼女が布面積の少ない服から覗かせる、褐色で筋肉質の肌。船を飛び移る身体能力といい、観察眼に映るその力強さといい、構えなく対峙できるような相手ではなかったのだ。

『へ〜、あたしはてっきりあの商王が来ると思ってたんだけどねぇ。ま、こっちの方がむしろ好都合だけど』

 アマゾンは言いながら、獣牙の穂先を持つ槍を構えた。

「どうして貴女がここにいるんだい? 女傑アマゾン、貴女はアグリカルチャーを代表する将軍のひとりだったはずだ」
『そう呼んでくれるのは嬉しいけど、もう過去の話さ。白蘭の野郎に国を追放されて、ただの旅行者に逆戻り。ってかあたしは雑談しに来たんじゃないんだけど!』

 即座に踏み込む。床が軋む。
 しなやかな身のこなしで強襲するアマゾン。その鋭い槍が捉えていたのは、ラグだった。

「……ッ!」

 観察眼を活かした、見切り。刺突はなんとか受け流す。
 しかし、続く振り下ろしを躱せない。レイピアを盾にして鍔迫り合う。

「くっ、うぅ……ッ!」

 凄まじい重さ。
 押しつけられるそれを、押し負けないようにするのが精一杯のラグだった。

『子供のくせにやるじゃないか。ボウヤ、名前は?』
「坊やじゃねえ……」
『ん?』
「俺は、ラグレス・モニターズだっ!」

 とっさに屈む。後ろで踏み込む音。
 リティが棍で薙ぎ払い、アマゾンは宙返りして身躱した。

「私も戦うよ!」
「助かるリティ!」

 ラグの手を引いて立ち上がらせながら、リティもアマゾンと向き合った。しかし、

『悪いけどそっちはいらないんだよ!』

 言いながら、刺突と見紛みまがう鋭い蹴りがリティを突き飛ばした。

「うぐっ……」
「リティ!」
『よそ見すんな。これであたしとタイマン張れるんだからさ』
「くっ……!」

 リティを助け起こそうにも、槍を向けるアマゾンがそうはさせない。
 気づけば海賊たちも、ラグとアマゾンの2人から距離を取っていた。蹴られた腹を押さえてうずくまっているリティには、ザイルがついていた。

 甲板の真ん中で一対一。周りに介入できる者はいない。
 タイマンするには十分過ぎる環境だった。





 ラグは状況を呑んで、構え直す。しかしながら、アマゾンの槍術が先手を取る。

 突き、斬り、払い、卓越した槍捌き。培ってきた速さをもってなお、ラグは防戦一方を強いられる。
 それでもこれができるのは、ラグだけだっただろう。他の誰も、これを捌くことはできなかっただろう。ラグにしか、アマゾンを止められなかっただろう。
 しかし守るだけでは勝てない。

『そらそらどうした、反撃できないあんたじゃないでしょ。ゼロみたいにさぁ、あたしをワクワクさせてみなよ』
「くっ……(隙がないっ)、ていうかゼロって誰だよ」
『双翼大陸の右翼国家、ハズバンドリー最強の畜生剣士さ。あいつと違って無傷じゃないけど、人の身であたしの攻撃を捌けるのはあんたらぐらいだよ』
「それはどうも……ッ!」

 会話も交えつつ激戦繰り広げて、その荒々しさに周りは近づけない、見守ることしかできない。

 アマゾンの回し蹴りが、ラグを転がす。追撃の槍は、逃げるようにして躱す。
 いつしか彼女に影響されて蹴りも交えるラグだが、反撃には程遠い。その浅さでは、たとえ間隙を縫ったとしても筋肉の鎧に止められてしまう。

「ここは、閃風……」
『甘いねっ!』
「ごふっ!?」

 斬撃波を構えていたラグを、不意打ちの柄頭が突く。続く膝蹴り、さらには首根っこを掴まれて、船の外へ投げ飛ばされた。
 切り傷に鈍痛が重なって、ラグの意識が遠のく。絶体絶命の危機。

 だがその時だ。船上のリティと、空中のラグの目が合う。そしてふたりは閃いた。

「「っ!!!」」

 ふたりともが目を見開く。
 何も言わず、リティが浮遊板数個を放った。
 何も言わず、ラグは気付けして浮遊板を蹴った。

 一切迷うことなく、考えることもなく、次々と浮遊板を蹴って、身を撃ち出して加速する。

「あれはまさか、風の力か!?」

 鼻とヒゲを振るわせてハヤテマルは言う。
 今のラグに身体の痛みなんて関係ない。浮遊板を飛び交う少年のスピードは、船上で繰り広げていたそれと比べ物にならない。
 目で追い切れなくなるアマゾンの、その背後、船の手すりを最後の足場に、ラグは全力で身を撃ち出して、叫ぶ。

跳翡翠とびひすいッ!」

 叫び声など相手には関係ないほどの速さ。その全力の一撃を、彼女に叩き込む。

 ガキーンッッ!!!!!

『……っ!?』

 大きく後方へ退けぞった。アマゾンは目を丸くした。
 気配で方向だけ察知したアマゾンは、柄での防御を間に合わせていた。だが全体重を乗せた超高速の一撃は、受け止めるにはあまりに重すぎた。
 
 はじめて本格的な一撃が入ったのだ。アマゾンの両手は僅かに痙攣して、槍がすべり落ちた。
 だがしかし、すぐにアマゾンの表情が、悦びに染まる。

『……それだよそれ。白蘭にはできない、ゼロは難癖つけてやろうとしない、獣みたいなわざ。それをこんなボウヤが身につけているなんて、ああ、最高だよラグレス』
「っ!?」

 その顔は恐怖心すら抱かせる。ラグが思わず飛び退いたその隙に、アマゾンは槍を拾い上げた。

『こんなに混沌とした思いをしたのは初めてだ。ようやく出会えた理想像の人がこんなボウヤ。求婚するには若すぎるけど、そのぶんまだまだ先の姿がある、なんて。どうすればいいかわかんない』

 あつい吐息を漏らしながら、アマゾンは腰の短剣を引き抜く。

『双翼大国は過去一番の険悪ムード。ボウヤの成長なんて待ってられない。これ以上ここでする事もないし、この仕事が終われば故郷に帰るつもりだけどさ……』

 短剣で人差し指を切る。傷口から溢れる血で、顔に模様を描く。そして、

『せめて、帰る前にあたしをもっと昂らせてよ』

 そのひと言と同時に、アマゾンから膨大な力が溢れる。近くにあった帆が、力に当てられて張り裂ける。
 何かのまじないなのだろう。赤黒いオーラを放つ彼女の力は、先ほどから何倍にも膨れ上がっていた。

「冗談……だろっ」

 リティの側へと位置取りを変えるラグは、茫然としてしまう。一筋の勝機すら見出せない、圧倒的な力の差がそこにはあった。



 ところが、その力の主が踏み込もうとした時、海域に恐ろしい声が響き渡る。まるで怪獣のうめきだった。
 だからといって目の前の脅威を蔑ろにはできないラグだったが、しかし、先に手を止めたのはアマゾンだった。ひとつため息と共に、溢れていたオーラが霧散した。

『タイムアップ……って言いたいのかい?』
『あ、ああ。リーダーが言ってんだ、違えねぇ』
『あたし的には守るやつさえ絞めれば、あとはとんとんだとおもうんだけどねぇ』
『うるさい、あんたはリーダーに雇われただけの存在だ。海に沈められたくなければ、さっさと船に戻りやがれ』
『あーはいはい、アマゾネスの知識はいらないってか。それはどうも』

 アマゾンは最初にザイルを狙った海賊と少し口論すると、一度チッと舌打ちしたのち、再び跳躍して海賊船へと戻っていった。
 目の前の脅威が去って、特にラグは肩の力を抜いた。しかし何も解決していない。

「船長! 水竜です、あの水竜が現れています!!!」
「やはり竜と海賊には関係があったのか……」

 外を見れば、両船を大きく取り囲む波。縦にうねる異様な波。音を立てず、あるいは戦いに音を掻き消されて? ともかく、それはすでにいた。信じられないほど長大な蛇体が、その海域に陣取っていた。

『船から宝を奪って、追い返して終わり。その手はずだったのに、勝手に私的な戦いを始めやがって……だがもういい、あとは俺が終わらせる』

 海の中から声。蛇体を急速に動かして、海の底から突き上げるようにして、顔を出す。

 海と同じ色の青い鱗、喉元の黒い逆鱗、銀色の甲殻を持つ頭部、そして赤く光る隻眼の瞳。美しく整った身体を持つ恐ろしき水竜は、鎌首をもたげ、鋭い嘴を大きく開いて、言った。

『死にたくないならばこの俺、レヴィアタンに宝を捧げていけッ!!!』




(ryトピック〜セイレーン号について〜

 トールシップ船長が所持する大型帆船。彼がセイレーンと婚約し、新たな航海術を示した際に記念として建造された船である。

 海運会社の大型帆船と比較すると船体の大きさ自体は平均以下であり、代わりに帆の面積は最大。これはもちろんのことセイレーンの追い風を最大限に利用するためだ。
 そのほかにも耐久力は高水準、積載量も良好、なにより速くて安全と優秀なため、セイレーン号を利用するために数週間港で待機する商人も少なくない。ただしそれは、海賊からもマークされやすいという事でもある。(最速の大型帆船を襲える海賊は滅多に現れないが……)

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