境目の物語

(ry

航海の守護

 出航してよりしばらく。

「水中のあれは……魚群ですか。まさに数えきれない数というものですね」
「けっこう鳥も飛んでるっすね。魚を獲ってるっぽいっすけど、どこの鳥も魚が好物なんすかねぇ」
「あっ、向こうにイルちゃんがたくさん! あっ、でもあれイルカっていうのよね。イルちゃん本人はいなさそう」
「ん? な、なんだあれ!? 背びれだけ水面に出して、強者の予感……」
「あれはサメさ、ラグレス君。ああもちろん嵐鮫なんて恐ろしいものとは違うから大丈夫。大型帆船セイレーン号を襲えるほどの個体ではないさ」

 と、彼らは船の上から海の生態を楽しむ。
 実際に触れ合うわけではない、見るだけの時間。そんな中で、船の手すりに背中を預けて空を見上げながらラグは1つ、リティに訊く。

「そういえばリティ、今回はやけに気合いが入ってるよな。初日なんて率先して船長に海賊のこと聞きに行ってたし」
「それはもちろん、私はラグの力になりたいからだよ。それに……シルドラ君のこと、覚えてるかな?」
「シルドラ……あっ、この前言ってたな。『俺は水神と自由に生きる術を見つけてやる』って、頑張ってた竜人族の子なんだっけ」
「そうそう」

 リティも同じように手すりに背中を預ける。

「あの時は遮られて最後まで言えなかったけど、半年くらい前だったかな。シルドラ君は里を抜け出したの」
「里を? もしかして、こっちの砂漠方面に!?」
「正門から出て行ったし、外海より内海の方が安全だって知ってたから、きっとそうだわ」
「マジか……」

 ラグは知っている。
 里から交易街までの道のりですら、ラグの駆け足でなお日が上がって沈むくらいの時間がかかる。内海までとなるとさらに。
 そんな距離を、たとえ竜人族とはいえ彼らより2歳下の少年が、越えられるはずがない。

「里のみんなも言ってたわ。準備もなしのあの子が越えられるわけがないって。でももし、シルドラ君が内海ここまでたどり着けたとしたら? シルドラ君はどうなってると思う?」
「水神、水竜……そう言うことか。今回の件に関わってるのが……ってことか」

 言うと、リティはこくりと頷いた。ちょうどその時、ザイルが割り込んでくる。

「それが君の考えか。あの子の事情までは知らなかったけども、私も同じことを考えていたんだ。というのも水竜という魔物は、内海には生息していないんだよ」
「内海にはいない?」
「そう。双翼大陸のベータ湖での目撃例があるとは言え、基本、人嫌いの彼らは人から離れた場所、例えば外海などで暮らしている。本来、人と接触しにいくなんてありえないんだ。だけども例外が存在する」
「竜人に宿った水竜……ってことか」
「そうだとも。魔物の水竜がわざわざ内海に来て海を荒らしているなんて状況より、水竜を宿した者が自らの意志で関わっていると考える方がよっぽど現実味があるんだよ」

 それでもディルさんがそこまで心配していなかったから、これ以上の大事には至らないと思うけどね、とザイル。さすがにそこは腑に落ちないラグとリティのふたりだったが、話はここで切り上げられる。
 筒状の望遠鏡を持った乗組員から、報告の声が上がったのだ。

「船長、前方に嵐を確認しました。海域です、あの時のとそっくりな嵐です」

 その乗組員は前方に見える、黒い雲と激しい風の海域を指しながら言う。

「ああ、こちらからも見えている。やはりただの自然現象ではなさそうだ。奈落の方はどうかな?」
「はい。距離は十分、航海への影響はないと断言できます」
「よし、正しく航海できている証拠だ。報告ありがとう。では……」

 一通りの報告を終えて、船長が上体を起こす。正確には舵から手を離してまっすぐ立っただけなのだが、ともかく、彼はラグに呼びかけた。

「ラグレス君、そろそろ頼む。航海の守護獣さまを呼んでくれ」
「拝承!」

 責任感を込めた返事をして、ラグは船の先へと向かう。ちょうど障害物もなく、構えるのに最適な場所に立って、畳んだ弓を展開した。

 腰に下げた矢筒から、魚矢を取り出して、首を傾げながらもつがえる。それから弓をまっすぐ前に向けて、引き絞る。
 なんとまあ、ひどい引き方。腕の力だけに頼った、ダメ出し不可避の弱い引き方。
 しかし魚矢だけは応えてくれる。霊獣ならではの淡く青白い光を発し、告げる。

 放て。

「……はあっ!」

 余計な気迫も込めて、ブレブレな矢が飛ぶ。しかしそれは本来の軌道に逆らって天に昇り、海面から他のトビウオたちも上り、群れは光となって爆ぜた。

 すると、遠くの海から一つの気配。超高速で迫る魚影……いや、魚ではなくイルカだ。航海の守護獣イルルだ。

「アイサー! 君の矢、ちゃーんとあーしに見えたよ!」

 言いながら、イルルは一瞬でセイレーン号を追い抜く。そして巨大な輪っかを吐き出して、包み込む。
 淡い光を船がまとう。その瞬間より、徐々に勢いづく荒波の上でも安定し、しかし嵐の風から進むための向きのみを受け取った。
 船を脅かす力を防ぎ、船を御する力をたとえ荒波嵐からも引き出す。これこそが航海の守護だ。

「こんなもんだよね、センチョーさん!」
「先代にも引けを取らない素晴らしい出来です。ありがとうございました、航海の守護獣さま!」
「どいたしまして〜。じゃあね、セイレーンさんによろしく言っといて〜!」

 イルルは言うと、颯爽と消えていく。最後の言葉にこれといった反応も示さない船長は、まあそう言うことだ。
 どうあれ、セイレーン号は耐久性と航海の守護を得て、万全の状態で海域に突入していった。

 そして嵐を進むこと1時間弱。ついに姿を現す。朽ち果てた巨大な船が、風に音をかき消されたまま、無音で、ゆっくりと。
 さながら幽霊船のそれとセイレーン号。両者が間合いに入った時、海賊船から数多の鉤縄が放たれた。




(ryトピック〜航海の守護について〜

 航海の守護獣が代々受け継いできた術。彼ら彼女らだけが扱うことのできる特殊な術。代ごとの個性にとらわれず、航海の守護を受けた船は、淡い光を船体にまとう。
 守護を受けた船に与えられる力は二つ。一つは、波や風などの自然現象から船を守り、魔を遠ざける力。もう一つは、自然環境から公開に必要な風や波を汲み取り、航海を円滑に進める力。
 どちらも安全な航海のために、のどから手が出るほど欲しい力である。

 なお、航海および航行に関わる守護であるため、効果中は止まることができない。海域を抜けるまで効果は続くため、漁には使えないと心得ておいた方がいい。

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