境目の物語

(ry

アクアリングとバブルリング

 弓の修練をしていた女性。触手の下半身を持った女性。
 今まで会ってきた亜人間族は、例えば竜人族は、個人によって強調された身体と尻尾はあったものの、基本は人の形だった。しかし目の前の女性は、上半身はともかく、下半身は人とは全く異なる形をしていた。

 その触手でどっしりと立って、彼女は弓を打ち起こす。俺の知る短弓とは違い、上半身を大きく開いて、肘から引き絞る。

 そして右手を離す。

 最後の一矢が飛び、弓がくるりと回り、視界の外でパーンッと。鳴り響く音が的中を知らせた。
 彼女は凛とした瞳で的を見据えて、それから弓を下ろした。

「ねえラグ?」
「あっ、ごめんリティ。ちょっと見とれてた」
「……あの人のはだかに?」
「違う違う、弓の方だから」
「それ嘘じゃないよね」
「嘘じゃないって」

 言葉で圧をかけてくるリティは、あの時のトッキーみたいで、怖かった。ムスッとした表情はしていたが、これ以上の追及はやめてくれたらしい。

「それならいいわ。そんな事よりも、今がチャンスじゃない?」
「あっ、そうか。ちょうど4回が周期だから……よし」

 音の通りなら、ここで一息入る。タイミングをみて、俺たちは岩陰から身を乗り出す。
 そして、4本の矢を放ち終えた女性に「あの、すみません」と話しかけようとした……のだが、

「◇◇◇◇、◇◇◇◇!!!」

 聞くよりも先、女性が満面の笑みを浮かべて、弓を持ったまま両腕を上げて歓喜の声を上げた。おそらく霊獣の言語で、だ。
 しかも間が悪いことに、そのタイミングで目が合う。

「……あっ」

 その目が俺たちを捉えると同時に、彼女の全身が固まる。たちまち顔が青ざめて、なんとも言えない空気が流れた。

「……違うの」

 今度は魔物の言語で。

「私じゃなくて、あっいえ、あなたたちを呼ばせてもらったのも私なのだけど、今の航海の守護獣は私の娘で」

 取り乱したした様子で、彼女は矢継ぎ早に言葉を羅列していく。しかも彼女の娘さんが航海の守護獣で、そのうえ霊獣だという、まだ知るべきではなさそうなことまで言うものだから、俺は慌てて止めに入る。

「あの、一度落ち着いてくれ。俺たちまだ航海の守護獣についてはなにも知らないから」
「あ、あら、そうなの? なら……さっきのは聞かなかった事にしてもらっていいかしら」
「は、はぁ……」

 意図はわからないが、俺たちは頷いた。ようやく落ち着いたようで、女性は腕に振り回されていた弓を立て掛けた。



 それから間もなくして、海の方から水しぶきがあがる。

「母ちゃんおはよー、8時ぴったりに来たよー!」

 これまた魔物の言語で、活発な声をあげて水面に顔だけ出したのは、魚っぽいけど魚類とはまた違う生き物だった。少なくとも、下半身触手の亜人間体ではない、水生生物だ。

「あらあらイルちゃん、良いところに来たわね。このふたりが、乗組員さんに呼んでもらった子たちなの」
「へー。うわーこの子でっか。それにそっちのは母ちゃんが好きそうな男の子じゃん」
「きゃっ、そんな恥ずかしいこと言わないでイルちゃん!」

 現れて早々、俺たちを見てこの会話だ。母ちゃんと言う割にはまったく見た目の違うふたりだが、女性は俺たちに紹介する。

「この子がイルちゃん、今の航海の守護獣なのよ」
「どもども、あーしはイルカのイルル。アーゴ母ちゃんとは血は繋がってなくて、いわゆる養子ってやつ? ま、そんな事どうでもいいから気軽にイルちゃんって呼んでよね。今日はよろしく!」

 元気に挨拶されて、俺たちも「よろしくイルちゃん」と挨拶を返す。

「うふふ、早速本題に入るわね。この子は航海の守護獣なのだけれど、見ての通りまだ子供。私としては、安心して任せるにはまだ早いと思ってるの」
「あーしのことを見てる母ちゃんがこれだから、君たちふたりにあーしの力を見てもらいたいわけ」
「まずは得意なことを見てもらわないとね。イルちゃん、アクアリングいこっか」
「アイサー!」

 しれっとアーゴと呼ばれていた彼女の指示に合わせて、イルルは一度水中に潜る。そのすぐ後に宙返りしながら飛び上がり、

「ほっ、ほっ、ほいっと!」

 再び水面に戻るまでの間に、水のリングを3つ吐き出す。
 不思議なことにそれは、形を保ったまま空中に浮いていた。アーゴさんは片手で輪に触れながら言う。

「これはアクアリング。この輪をくぐったひとに力を与えてくれるのよ。例えばこんな風に……イルちゃん」
「はいはーい!」

 すかさず飛び出すイルルは、上手に輪をくぐり、直後加速する。
 続けざまに3つ、輪くぐり。最後の輪をくぐり終えたイルルのスピードは、さながら滑空しているようで、入り江から飛び出して着水するまで秒数を数えることができたほどだ。

「ハヤテマルのスピードアップより速そうだな」
「私もそんな気がする」
「そんなのあったりまえじゃん」

 リティとヒソヒソ言っているうちに、イルルはもう戻ってきていた。

「空のアクアリングと海のバブルリング、あーしのリングはそんじょそこらの魔法なんかよりよっぽど強いんだから」

 言われて水中に目を向けると、通り道に泡の輪っかが残っていた。水中では泡、しかも設置しながらくぐって加速することもできるようだ。
 これを見せられただけでも、俺たちからすればもう十分って感じだった。しかしアーゴさんは首を振る。

「はっきり言って、昔の私よりもよっぽど優秀な力なの。でもイルちゃんが力を制御できるかが心配。セイレーン号に限って転覆なんてないとは思うけれど、念のため人の手を通して確認しておきたいから」

 アーゴさんは俺たちを指差した。

「今のを見てもらったあなたたちには、これから余興に参加してほしいの」
「「余興?」」
「ええ。ラグレスくんの足と、リティさんの泳ぎで、イルちゃんを追いかける余興。リングをくぐりながら、この入り江まで戻ってきてくれたなら、安心してイルちゃんを協力に出してあげるわ」

 説明を受けると、イルルも続く。

「もし途中であーしに追いつけたら、◇◇◇◇◇霊獣として、きみらと契約したげる」
「本当か!?」
「追いつけたら、だからね。そう簡単に追いつけるだなんて思わない方がいいよー。だってあーし、航海の守護獣だから」

 言うと、イルルは潜って入り江から出る。その時同時に、唯一海につながる道に巨大なアクアリングを置いていった。
 まずはこれをくぐってから。そういう事なのだろう。

「覚悟と準備ができたら、イルちゃんを追いかけてくださいね」
「ああ、わかった」

 アーゴさんに返事して、俺は海と向かい合った。リティは海に飛び込んだ。
 俺自身の風を感じて、準備完了。リティもいつでも飛び出せる状態だ。

「いくぞリティ!」
「絶対追いつこうねラグ!」

 俺たちふたりで声を掛け合って、踏み出す。
 海を走り、海を泳ぎ、俺たちは自分の速さで輪をくぐる。

 そして、まるで撃ち出された矢のように、一気に加速して、入り江の外へと飛び出した。




(ryトピック〜海岸(α南東)の魔物その2〜

【小島ガメ(幼体)】平均Lv.30

 成長すれば甲羅に一軒家が建てられるほどの大きさに成長するという、小島ガメの幼体。左中に埋められた直径50cm弱の大きな卵から孵ったこの子供は、すでにそこそこの力を有しており、初級の土魔法も習得している。
 しかしこの幼体らは、なぜか水を毛嫌いする。生後海へと帰るための興奮期とこの毛嫌いが衝突し、幼体はあたりに暴力を撒き散らす。一度海に入ればすぐに水に馴染んで興奮も収まるのだが、海に入らなかった多くの個体は止まらない興奮により衰弱しきって餌に成り下がってしまう。
 なんとも不完全な生態であるが、この世界ではたまにそういった魔物がいる。なんでもどこか遠くの海の外からやってきたんだとか……


【アマメレギオン】平均Lv.10

 手のひらサイズのフナムシが、12匹集まってできた集団。海岸の掃除屋とも呼ばれており、夜な夜な現れては海岸のゴミと死骸を掃除していく。
 昼間は岩陰に隠れておとなしくしており、基本は人に危害を与えることはないが、実は落ちているもの全てをゴミだと思っている。浜で死んだように寝ていると、ゴミだと間違われて噛まれた挙句、口元についた雑菌を傷口に塗られる羽目になるため注意。
 幸いにも砂とザラザラした岩肌に安心感を抱く傾向から、人の生活圏に近づくことは滅多にない。浜でいびきもかかず無呼吸で寝る、なんてことだけはやめよう。

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