境目の物語

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鰐尾の竜と夜の砂丘にて

「みんなお疲れさま。さあ、焼きたての魚だよ」
「「「いただきます!!!」」」

 夜になると、着替えた俺たちは焚き火を囲って晩ごはんを食べた。今日のメニューは、ザイルさんが作った魚のホイル焼きだった。

 それからは各自、自由行動に入る。
 ヘキサたちは塩風呂に入ると言って、建物の方へ行った。ハヤテマルは腕の疼きを晴らしにいくと言って、タイと夜の狩りに駆り出ていった。
 そんな中俺は、適当な砂丘で寝転がっていた。磯の香りが漂い、まだ日光の暖かさを保ったこの砂に背中を預けて、フーっと息をついた。

 見上げると、夜空に星々が輝いていた。

「見てるだけで心が安らぐなぁ〜」

 胸いっぱいに息を吸い込みながら、星空の広さを感じてみる。感じれば感じるほど、なんで海とはこんなにも違うのか気になってくる。
 だって同じ広いものなのに、空と違って海は、入り込むほど狭苦しく感じる。これほどまで、見るだけで満腹と感じた場所はない。
 ただそのおかげで、星空の輝きはより好きになってしまったみたいだ。なんだか見上げてるだけで嬉しくなってくる。

「でも、それだけじゃないかな」

 脳裏に浮かぶのは、焦土で見上げたあの夜空だ。あれも綺麗なのは間違いないのだが、今海で見ているこの景色はまた違う美しさを持っていた。
 この星空はあの日のよりも青く、海面にも反射して輝いていた。耳に入る音もさざなみで、炎を失って静まりかえっていた焦土とは別物だった。

 ただ、見上げている空は同じはずなのに、場所が海ってだけでこんなにも違うなんて。また一つ景色の楽しさを知る俺だった。



 少し眺め続けて、心地よくなっていると、砂浜を歩く足音が聴こえてくる。一緒に這う音も聴こえてきて、それがリティだと察した。

「あっラグ、こんなところにいたのね」
「やっぱりリティか。今日は空が綺麗だったから、ここで眺めてたんだ。ところでリティはどこに行ってたんだ?」
「ちょっと船長さんのところにね」

 こんな会話をしながら駆け寄ってくるリティは、どうやら件の海賊団について聞きに行っていたようだ。
 とは言っても、船長たちは主に嵐のせいで、海賊団の名すら聞き取れなかったらしい。手に入った情報は、海賊団の船も嵐を進んでいたと、そのくらいだった。

「……ところでなんだけど、今ちょっといい?」
「ん、どうした?」
「ついさっき鰐尾竜が、ラグとお話したいって言ってたの」
「えっ、鰐尾竜が!?」

 俺は驚いて飛び上がった。ゼロではないにしても、鰐尾竜が俺に用があるなんて状況はやはり稀なのだ。

「それじゃあ、代わるね」

 リティは立ち上がって少し距離を取ると、ほっとひと息ついて喉元の逆鱗に指を這わせる。途端に黒い風が彼女を覆い隠し、少し砂塵を撒き散らした後、風を払い除けるようにして竜が姿を現した。

『フッ、まさかこんなにも早く次が来るとはな。さすがの我輩も驚きを隠せん。だがこれは早急に、できることならあの戦いが終わった直後にでも話したかったことだ』
「そんなに大事なことなのか!?」
『我輩にとってはな』

 深刻な表情を浮かべて、鰐尾竜は腰を下ろした。
 尻尾がちょうど俺の後ろにまわってきて、意図を理解した俺はそこに腰掛ける。見かけ以上にしなやかな筋肉でできた尻尾の腰掛けは、思いのほか座り心地がよかった。

『早速だが、貴様はあの決戦機構が我輩に抜かした言葉を覚えているか?』
「えっと……あっ、誇りがどうとかってやつか。もしかして鰐尾竜、俺たちのために大事なものでも投げ出したりとか」
『あるわけないだろう。誇りとはあくまでも我輩の気の持ちようだ。時々の臨み方で変わる』

 自慢げに言うが、鰐尾竜は鼻でため息もついていた。その誇りが要件の核心にあるとみて間違いなさそうだ。

『我輩の誇りは加護であり、その名を【真剣勝負の誇り】という。この誇りを掲げて闘う時において、我輩および対峙する相手のあらゆる攻撃には、ある種の概念的な距離減衰が働く』

 距離減衰? と、俺は首を傾げる。

『貴様で言えば空刃……もとい、閃風斬の斬撃波よ。飛び道具とは言え、あまり距離が遠くては力が弱まって本領が発揮出来んだろう』
「ああ、それのことか。……えっ、それがすべての攻撃に?」
『その通り。全ての攻撃は、命中までに要した距離が長いほど威力を削がれる。そしておよそ100メートルを超えたとき、その攻撃は完全に無力化されてしまう』
「完全にって……あっ!」

━━ 誇りある暴君は神の雷すら無傷でやり過ごすと言うのに。

 ウィリアムさんが言っていた事を思い出した。神の雷とかいう、名前からして明らかにあの勇者の獄雷撃テラサンダーを上回る雷撃だが、それすらも鰐尾竜のこの能力なら無効化してしまえるのか。

『その表情、よっぽど驚いたようだ。これが我輩の誇りよ。性質上は武器やこの拳にも適応されるが、数メートル分の減衰など誤差でしかない。この誇りの存在意義は、真剣勝負に相応しくない遠距離攻撃を排除することなのだ』

 ガハハと高笑いする鰐尾竜は、本当に心地良さそうだった。俺からすれば、スケールのでかさに絶句することしかできない。
 だが思い出せ、状況からみてこの誇りが核心にあるのは間違いないはずだ。

「ならなんでそんな力があるのに、深刻な表情してたんだ?」

 尋ねると、鰐尾竜は高笑いを止めた。下がってきた鰐尾竜の顔が、そして目が、突き刺すような視線を送ってきた。思わず肝が冷えた。

「が、鰐尾竜?」
『……チッ、忘れろ。正論を言われるのは気に食わんが、小僧、貴様の言う通りだ。すべての問題はこの誇りにある』

 苛立ちを抑えるように、鰐尾竜は深呼吸する。しかし本当に、冷静さを取り戻す。暴君と呼ばれている人物とは思えないほどおそろしい気分転換の早さだった。

『これまでは誇りの、表面のみを話してきた。だが誇りには裏面がある。そう、誇りを捨てた時の代償だ』
「誇りを捨てた時ってことは……」

 あの時、決戦機構と戦っていた時の鰐尾竜の状態、というわけか。

『そうだ。誇りを捨てた我輩はどうなると思う?』
「えっと……効果が反転する?」
『概ね正解だと言っておこう。そう、我輩が誇りを捨てたとき、我輩に向けられたすべての攻撃は、距離に応じて爆発的に強化される』
「爆発……的に?」
『そうだ。普段誇りを捨てることはない故に正確なところはわからんが、ちょっと離れるだけでも数倍に強化される。あの戦いの魔法を例にとれば、我輩が受けていたのは何十倍にも強化されたものだった』
「何十倍にも!?」

 スケールについていけない。そもそもあの魔法、掠っただけでも相当痛手だったはずだけど、鰐尾竜は強化されたそれを何十発と受けていたのか?
 とてもそうは思えない。だってほとんど翼で受けて、翼が使いものにならなくなった程度だったはずである。

『フッ、たわけが。本来ならギガ級魔法ごとき、ゼロ距離で受けようと傷にはならん』
「えっ、それ本当なのか」
『たやすく壊れる暴君がいるものか。たとえテラ級魔法が相手であろうと、何十発でも耐え抜いてくれるわ』

 と、豪語する鰐尾竜だが、すぐにしゅんとなる。

『だが、それでも危険なことに変わりない。仮に遥か遠くから狙撃されでもすれば、無事で済む保証などできん』

 そして……
 鰐尾竜は喉元の、黒い逆鱗に手を当てる。リティが竜体するときの動作にそっくりだった。

『我輩の傷は宿主の、則ちリティの傷』
「リティの……っ!」
『そう。我輩がなんとも思わずとも、リティは同じ傷を人並みの感覚で負っている。宿っている身として、それは看過出来んのだ』

 暴君たる鰐尾竜の、優しさに触れたような気がした。だからこそ、この疑問は拭えない。

「じゃあその誇りを捨てなければいいんじゃないのか?」

 質問してみたけど、鰐尾竜は首を横に振った。

『それは不可能だ』
「なんで」
『我輩には、誇りがある。我輩にとって闘いとは、己が欲のために、己の力のみで臨むものでなくてはならない』

 誇りの条件。鰐尾竜の言うそれは、とても真っ当で、憧れずにはいられないものだった。
 だからこそ、誇りを捨てざるを得ない理由も見えてくる。

「つまり俺っていう余計な仲間がいるから、誇りを捨てざるを得ないってことなのか」
『そうなるな。この誇りは抱いて以来、一度も変わったことはない。これからも、変わることはない。小僧、貴様のせいとまでは言わんが、貴様とともに旅をしている時点ですでに誇りは捨てているようなものなのだ』
「そっか、俺が原因だったのか……」

 鰐尾竜の口からは、なるべく気に病まぬような配慮があったけど、それでも落ち込んでしまう。だって俺のせいで鰐尾竜に、そしてリティにまで迷惑かけていたんだ。

『先日我輩は言ったな。我輩も貴様らのために、ほんの少し力を貸してやろう、と。だがその言葉は撤回させてもらう。我輩が軽く力を貸せるほど、人と竜の共存は容易ではなかったようだ』
「そうなのか……ごめん」

 せっかく鰐尾竜が身を乗り出してくれたのに、俺のせいで意思を踏みにじってしまって。考えるほど罪悪感が強まって、思わず涙が溢れてしまう。
 そんな時、鰐尾竜の指が俺の顎をクイッと持ち上げた。簡単に喉を掻き切れそうな鋭利な爪でも、少しも傷つけられることなく優しく持ち上げた。

『なぜ貴様が泣く。悪いのはどんな経緯であれ、こんな誇りを抱いた我輩だと言っているだろう』
「で、でも……」
『そもそも、今日はそんな話をするために来たのではない。もっと喜ばしい話だ』
「えっ?」

 目を見開いて鰐尾竜をみた。心なしかその竜の口元が笑っていた。

『我輩実はすでに、この誇りをどうにかする方法を編み出している』
「どうにかできるのか!?」
『くくく、ちょっぴり方針を変えるだけの、案外単純なものよ。誇りを捨てることなく、我輩が力を貸せる方法……それ則ち!』

 鰐尾竜が立ち上がる。座っていた尻尾が引いたので、俺も立ち上がった。
 見上げると、鰐尾竜は堂々と胸を張って、言い放った。

『この身をリティに預けることだ!!!』

 な、なるほど。たしかにリティなら、鰐尾竜の誇りとは別物だろうから…………って、

「「ええぇぇーーーーッ!?!?」」

 思わず俺は大声上げてしまった。同時に鰐尾竜の身体でリティも叫んでいた。
 リティがその身体を動かせるものなのか、なんて疑問はもはや聞く前に解消されてたし、まったく頭が追いつかない。そしてその困惑っぷりはリティも同じだった。

「えっ、鰐尾竜、これどういうことなの!? こんなの聞いてないよ!?」
『ガハハ、サプライズというやつだ。それに以前から計画していたであろう。お前にはこの身体を動かす初の竜人になってもらいたいと』
「言われてみればそんな気が……する?」
『8年も前の、竜体の儀式の後にした話だ。忘れるのも無理はない。うっかり山里で試そうものならあのおぞましき闘鶏に究極の最期を見せられるところだが、今は自由の身、そして特訓期間中。これほど適した機会はそうないだろう』
「うん、たしかにそうかも」

 どうやら話は進んでるみたいだけど、それにしてもこの光景。鰐尾竜の身体一つでふたりが会話してるこの異様な光景。
 俺は竜人族の不思議さを再確認した。

『というわけだ小僧。練習は無断では始められんから、こうして貴様に確認取ったわけだが、異論はないな』
「ああ、鰐尾竜が助けてくれるのならこれほど力強いものはないよ。でもいつ練習するんだ?」
『フッ、特訓を竜体の練習に差し替えれば問題なかろう。リティはすでに遊泳能力も十分、気分転換に泳がせておけばばなんの違和感もないだろう』

 そこまで話すと、鰐尾竜は竜体を解いた。変身を隠す程度に黒い渦をまとって、いつもの人の姿に戻った。
 着地すると、リティは大きくあくびした。

「ふわぁ……今日はもう寝る時間ね。練習はまた明日にして、今日はもう寝よラグ」
「あ、ああ」

 てっきり今から夜練が始まるのかと思ったが、そういえばリティ……というより竜人の夜は早いんだった。

 ウトウトするリティを連れて、俺たちはテントに戻るのだった。




(ryトピック〜真剣勝負の誇りについて〜

 暴君がもつスキルの中でも、特にぶっ壊れと噂されている加護。誇りを抱く限り、自身と相手のあらゆる攻撃に距離減衰を働かせる。
 強者に多い「超強力な遠距離攻撃」をほとんど無効する事ができ、接近戦においても強靭な肉体の鎧がとことん受け止める。いずれ記述する他のスキルにより、真剣勝負下であれば達人の剣が通る程度に軟化するが、それでも強さは衰えるところを知らない。

 なお、この加護はスキルであって、暴君の能力ではない。過去のとある出来事の際に獲得したものらしいが、何があったのか。そもそも、誰から与えられた加護なのか……

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