境目の物語

(ry

海とのつきあい

「隊の一番乗りは俺っすよ!」
「ランドに負けず、私も行きます!」
「のろまながら続かせていただきます!」
「私たちも行きましょ、兄さま!」
「あぁ姫さま、そんなに急いではつまずいてしまいます!」

 ランド、カイ、ゴルド、ノナにヘキサ。6人隊の彼らは隠すことなく喜びを叫んで、はじめての海に飛び込んだ。
 輝く海でみんながそれぞれの泳ぎを披露する。ぎこちなさはあれど、森を抜けて砂漠を進んだ彼らは、身につけた体力で泳いでみせた。

 向かうその先では、立ち泳ぎでぷかぷか浮かぶジャズが声をあげる。

「その調子だみんな。まずは波に揉まれるところから始めよう!」
「「「はい!!!」」」

 指示を出しながら、ジャズの視線は浜の一角へ。隊でただひとり泳いでいないアルだが、その代わりに魔法で海を凍らせて削り出す。

「ははは、すごいぞこれは! いくらでも素材が採れるよ。実物の氷ならキャンセルで壊れることもないし、こいつでヒムロを作り直してやる!」

 彼女は彼女で、新たなメカ製作に取り掛かっていたのである。
 周りには、物珍しい表情で眺める海水浴客が取り囲んでいた。しかし注目の目などアルの眼中にない。今の作製作業全てが、アルが海の上で戦う道なのだ。
 ジャズはその解釈で、視線をヘキサたちに戻した。それから少し大きめの声で、呟いた。

「にしてもみんな水着が似合ってるねえ。海パンもビキニも良いけど、カイやヘキサみたいにスリムな人が着るウェットスーツはよく映える。そう思わないか、アビス君」
「そう……なのでしょうか、私スライムなのでわかりません。深淵ガイドを担うなら、やはり人のファッションにも教養が……?」

 返答するアビスは、浮き輪の上に液状の丸い身体と赤い核を乗せてジャズの隣にいた。完全にスライムだ。
 いつも纏っている人体の上半身と紺色レインコートは、向こう側でハヤテマルとタイの指導を行なっている。

「ハヤテマルさんは体を水平に保って。刀のことは忘れて泳ぐことに集中してください」
「むっ……御意」
「タイさんはその調子。犬掻きを洗練していきましょう」
「おうよ。ラグに買ってもらったこのグラサンといい、海に洗われたおいらの毛皮といい、なんか調子いいぜ」

 泳ぎながら、ついつい右手が刀の柄に行ってしまうハヤテマルと、日光対策に買ってもらったサングラスをかけて、なぜか金属光沢がでている毛皮に心躍るタイのふたりだ。
 どちらもアビスの指導を受けながら、着実に泳ぎを上達させていた。

 そして一方、沖のあたり。
 荒波の中で突如、水しぶきが上がる。海面に尾をもつ人影が跳ね上がった。

「あっ、人魚!」
「「「人魚だって!?!?」」」

 海水浴客の女の子が指差しして、他の客も一斉にそれを見た。
 しかし人魚ではない。向きを浜に向けて、圧倒的なスピードで泳ぐその人影。

「えーいっ!」

 飛び上がった。日光に照らされる赤い長髪、水面を打つ緑鱗の尻尾。
 砂浜に着地する。見間違えようもなく存在する、むっちりとした両足。ケープの下で弾むふくよかな胸。

「お魚取ったよー!」

 と、両手に掴んだ魚を掲げる彼女は、人魚ではなく竜人族のリティである。彼女は溶岩遊泳にも使っていた普段着をそのままに、海原を猛スピードで泳ぎ回っていた。
 リティが次に駆けていったのは、展開したテントの側にいるザイルとグルの方だった。他の魚の鱗取りに挑戦している彼に、リティは魚を手渡す。

「はい、ザイルさん。これだけあれば、晩ごはんには十分だよね」
「そうだね。ありがとうリティ」

 ザイルが受け取りながら返事している間に、リティはまた海へと戻っていった。

〔まるで本当の人魚のような泳ぎですね。竜人族というのは皆ああなのですか?〕
「いや、普通あれができるのは、泳ぎに特化した水竜を宿した者だけだよ。でもあの子の宿す暴君は、その脚で大地を蹂躙し、その翼で天空を襲撃し、そしてその尻尾で深海すら強襲したそうだ」
〔以前話された、地帝・雷鳴・水神の三界竜を一夜にして屠った伝承ですね。当時の脅かされていた竜人は、暴君からは逃れることすらできなかったのでしょうか。考えるほど恐ろしいです〕
「ははは……でもあの子はやっぱり昔から、溶岩より水で泳いでいる時の方が活き活きしているなあ」
〔あの、ザイルさん。目が泳いでいること失礼しますが、鱗と一緒に身まで斬り落としちゃってますよ〕
「ん? うわっ、やっちゃった。やっぱりこういうのはハヤテマル君に頼んだ方が良かったかなあ」

 見送るふたりは、リティの後ろ姿を見ながら語った。

 グループごとで別々の特訓に身を馳せる彼らは、1日目にしてめざましい上達を見せる。特訓はどれも上々だった。
 ただし、ひとりを除いて……





 もしひとりだけ成長してないなんて言ってるやつがいたら、それは俺を指しての事だろう。だって今、俺は…………砂浜で寒さに震えていた。

『どうしたラグ、まだ水に2分も浸かっていないだろう』

 呼びかける我道さんは、いつものコート姿で水面に立っていた。
 なんで水面に立てるんだとか、なんでそのコートが水を弾いてるんだとか。聞きたいことは色々あったが、寒さを前にして質問する余裕すらない俺だ。

「だ、だって寒いんだよ」
『寒い? ここは砂漠に面したおそらく一番暖かい海だ。およそ水風呂より暖かいはずだが』
「け、けど……」

 正直自分でもよくわからない。
 この潮水が暖かいのは確かだ。けどなぜか、とてつもなく寒く感じる。
 海パン一丁でいつもの比じゃないくらい肌が露出してるからか? それとも水中だと思い通りに動けないからか?
 原因がわからないが、この暖かい海で寒さを感じている以上、俺の方に何か問題があるのかもしれない。

 考え更けていると、ふと後ろから駆け足と這いずりの音が聞こえてきた。顔を上げて振り向くと、それはリティだった。

「ねえラグ、どうしたの? みんなと一緒に泳ごうよ」
『おっとお嬢さん、すまないな。どうやらラグは寒くて泳げないらしい』
「うそっ!? 普通泳いでたら身体温まると思うけどなぁ」

 言いながら不思議そうに首を傾げるリティだが、俺には理解できない。あんな急激に寒くなるのに、身体を動かす程度でつり合うとは到底思えない。
 だなんてぶつぶつ考えていると、突如リティに後ろから抱きすくめられた。

「なら私がこうしててあげる。これなら寒くないでしょ」
「えっ、いや、そういう問題じゃ」
「行くよラグ!」
「ちょっと!?」

 有無も言わさず、俺を抱いたまたリティが踏み込んだ。もちろん海の方向に向かってだ。抜け出すことなんてできない。

「うぁあああっっっ!?!?」

 俺の悲鳴もむなしく、轟音を立てて着水した。
 一気に身体の表面が冷える。なのにリティと肌が触れ合った部分が、そして身体の内側が、どんどんあつくなっていく。自分の身体に何が起こっているのか、理解が追いつかない。

「どうラグ、気持ちいいでしょ! それにほら、海の中って綺麗よね!」

 リティの言う通り、澄んだ水と海底の珊瑚さんごが綺麗……なんて言うとでも思ったか!
 泳ぐスピードが速すぎて、とても目なんて開けられない。ほんの一瞬映っただけの景色を評価出来るはずがない。能力を使ったって、色がなければできないのは同じだ。

 それに、叫びながら潜ったせいで、もう息が苦しい。気が遠退く。

「リティ、呼吸させてくれ……」
「え、もうなの? うん、一度上がるね」

 伝えるなり、上の方へと加速していく。時間にして2秒もかけることなく、水面に跳ね上がった。
 しかし晴れた視界に映る景色に肝が冷える。真下に移る真っ暗な海は、海のど真ん中で、文字通り跳ね上がっただけだということを示していた。

「はい、息継ぎ。吸って」
「え???」

 俺にはその一瞬で意味を理解することができなかった。
 再び潜るまでの僅かな時間。水泳における息継ぎの作法も知らない俺は、ただリティの言葉に従って、肺いっぱいに息を吸い込もうとしたところで、着水。
 空気の代わりに大量の海水を飲み込んだのだった。



 幸いにもその後はすぐにリティが浜に戻ったことで、俺が溺れ死ぬことはなかった。それになぜか目覚めた後の俺は、海の寒さも少しはマシになっていた。
 おかげで夕暮れ時、他のみんなが沖で泳いでいる中、ようやく泳ぐ段階にありつけていた。もっとも、溺れることへの恐怖に怯えて、その日はほとんど息継ぎの練習しかしなかったのではあるが……




(ryトピック〜内海アルファ南東の海岸〜

 世界一安全な海域であるここ南東部の海岸は、特に捕食者が少ない。砂漠の魔物にとっては塩水が苦手で立ち寄りたくない、海域の魔物にとっては餌が少なければ海の男にも迎撃されてしまう、とこのように近づく利点を持っていない。
 それでも迷い込む魔物はゼロではないが、港付近ではやはり海の男に迎撃される。結果交易の重要な中継地点であるこの場所は、本来想定されていないが海水浴場としても機能できるほどになっている。

 逆にいうと他の海岸では、よほどの整備がされていない限り海水浴場なんて開けない。特に双翼大陸では、海岸地形の構造上、簡単には海水浴場を作れないらしい。

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