境目の物語

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第4章【三竦みの神霊】

 木々の生い茂る森の奥地。ふたりの人物が言葉を交わす。

「ローチ様からのお告げだ。近日中、ここに挑戦者が現れる」
《それがどうしたのです? また西の方から頭の弱い兵士が来るだけでしょう》
「いいや、国の軍ではなく、冒険者の一行だ。個々にそれぞれ光るところがある、まるで原石のような集団らしい」
《……霊術師の数は?》
「4……ではなく2人。ひとりは教養こそあるが、まだ闘鶏さまのみ。もうひとりは覇者形態の歴戦と契約しているが、教養がまったくない。まだ駆け出しといった所だが、あなた方に本気で立ち向かう霊術師は2人だ」
《そうですか……忠告ありがとうございます。森林浴に戻って構いませんよ、老体を癒すために帰ってきたのでしょう》
「お言葉通りにさせてもらう。だが今こんななりでも、オレ玄人オレだ。そこんとこ忘れないでいただきたい」

 一方は嫌みを言いつつお辞儀をすると、色のくすんだマントをなびかせながら立ち去った。
 もう一方は苦笑いしながら見送ると、鎌首をもたげて天を仰いだ。

《あの4人の子たち以来、実に4年ぶりの挑戦者……ですか。この土地を受け継ぐにふさわしい者であればいいのですが、はたしてどうなるやら》

 ぽつりと、言語を紡いだこの霊獣は、身体を丸めて眠りにつくのだった。





 灼炎と零下の砂漠

 雲ひとつない空の下で、さんさんと照りつける日の光。その輝きは地表の生物たちに、生命の活力を与える。
 そう、活力が与えられる。それが例え話なのか事実なのかは定かでないが、道行く商人と冒険者の集団は活発に走る。そして砂漠の魔物たちも、活力を爆発させたように躍り出る。
 彼らのもとに迫っていたのは、ハイエナや獅子の群れ、巨大なデザートワームに、毒液滴らせるコンバットスコーピオンだ。それはまさに、砂漠の魔物の集大成だった。

「せい! せいッ! 跳翡翠ッ! さらに……閃裂斬ッ!!!」

 迫る獅子を軽やかなステップであしらい、少年ラグは頭上から急襲するデザートワームを斬撃波で撃ち落とす。

「えい! やっ! せやッ! えーい、ヘヴィスマッシュ!!!」

 群がるハイエナを華麗な棍術と尾闘術で打ち払い、少女リティは堅牢さが特徴的なコンバットスコーピオンを外殻ごと叩いて砕く。

 周囲を取り囲むこの数、以前ならそれなりに苦戦しただろう。しかし今のラグとリティなら、息を合わせて止まることなく圧倒していける。
 もちろん2人だけではない。6人隊のみんなも律動領域のリズムにノって、次々と魔物を倒していた。
 中には、

「とんでもねえぜこれは、眩しすぎて前が見えねえ!?」

 と、初めての外の光に目をやられて、まともに動けていないタイの姿もあったが、まあそれはそれ。
 この地下街生活で彼らは、見てわかるほどの成長を遂げたのである。その戦いぶりは他の冒険者たちを差し置くほどであり、対峙する魔物ですら驚きを隠せなかった。

「でもちょっと休憩ほしいかも」
「ていうかさすがに魔物多すぎじゃないか!?」
「いや、これがこの砂漠さ。火竜が現れて地上で狩りができなかった分、腹を空かせた魔物はみんな死に物狂いってわけだ」

 涼しい顔でアドバイスをするジャズだが、すでにラグたちは汗ダラダラだ。
 というのも、進行と迎撃をすでに1時間近く繰り返しているのである。息こそ上がっていないものの、髪を濡らしてまだ足りない汗が頬を伝ってポツポツと垂れていた。


 そんな時、突如地面が揺れる。

 砂原の一点が盛り上がり、砂塵を巻き上げて飛び上がった。
 豪快に現れたのは、野生の砂獣だった。

「やばいのが来たっすよ!」
「ああ、推定レベル120! この前やったやつよりも大物だ。気をつけろ!」

 声をかけ合って、すぐに警戒態勢を整える一行。ところが砂獣は目もくれず、さきほどラグが撃ち落としたワームをくわえ込む。
 そして咥えたそれをすぐには呑まず、あろうことか武器のように振るってきた。

「なんて器用な!?」

 しかし驚いている暇はない。ワームの丸太のような巨体が、進む集団に迫る。

「させませんよ、氷人フリーズゴレムッ!」
「私も手を貸そう、風帯-盾!」

 受け止めたのは、カイが呼び出した魔法のゴーレムと、ハヤテマルの風帯だった。

 それでも砂獣の勢いは止まらない。必要ないと判断したかのようにワームを喉奥に流し込み、巨体を生かした肉弾戦で大地を震動させる。
 剛腕で薙ぎ払い、体当たりで弾き飛ばし、叩きつけと共に爆ぜる尻尾の水で吹っ飛ばす。

 呑気な表情とは裏腹に、戦い方を完全に理解したかのような体技だ。攻撃の対処に手一杯で、とても反撃する余裕はなかった。
 
「くっ、こいつマジで強い!」

 ラグたちは戦闘態勢を維持しながらも、肩で息をする。このままでは先に持久力が尽きてしまうかもしれない。

「そんな時は、ライブスタート!!!」

 ふと、マイクを通して響く、アイドルの美声。
 最後尾から届くシャイナの歌がラグたちに向けられる。まるで意思でも持ったように日光のスポットライトが彼女を照らし、響く歌声が潜在能力を呼びさます。

「うおーなんだこれ!? 力がどんどん湧いてくる!!!」
「身体が軽ーい! これなに!? 魔法なの!?」

 はしゃぐ2人の元へ、ジャズがひょいっと近寄った。もちろん補足説明をするためだ。

「初見で見切るか、お嬢さんやるねえ。そう、あれは歌術かじゅつと言って、歌に魔法の力を乗せて届ける風変わりな魔術さ」
「あんな使い方もできるのか。はじめて見たぞ」
「それが普通さ。あれは近年、吸血鬼の一族で広まり始めたものだからね。相当なレアものだ」

 関心して首をぶんぶん振るラグたちだが、次に砂獣の咆哮を聞くと、自然とそちらへ意識が向く。歌と補足説明を聞きながらも、集中力はいつも以上に高まっている。

『なら私からも1つ。こちらの引き離しは十分だ。今この時だけは護衛のことなんて忘れて、そいつを倒すことのみ考えていけ!』
「ああ、わかった!」

 本集団の方から我道さんのアドバイスも入り、ラグの姿勢に力がこもった。決して力みすぎるとこなく、全ての意識が戦いに注がれた。

 そして踏み出す。

「行くぞッ!」

 疾風のごときスピードで、砂獣が振り下ろす腕を、切り裂いて突き抜ける。
 レイピアを振るいながら肩を駆け上がり、砂獣の背中で飛び上がり、武器を斧に持ち変えた。

「翡翠斬り!」

 続く急襲。叩きつける斧の一撃。
 まるで潰れたカエルのような姿勢で、砂獣が逆エビに反り返った。しかし倒し切るにはもう一押し足りない。

 砂獣の胴体がぎゅっと縮む。直後、背中の噴砂孔ふんさこうから勢いよく砂塵を噴き出した。

「うぉっ!?」

 回避も間に合わず、ラグの身体が巻き上げられた。

 すぐさま能力を発動して、左目を認識眼に切り替える。
 袖で砂塵から目を守りつつ、認識眼の透視で真下を見た時、砂獣と目が合った。大口開けようとする姿も映った。

「まずいか!?」

 危機感を覚えたその時。

「……あっ! これを使って、ラグ!!!」

 咄嗟に声を上げたリティが、飛び上がりながら、砂塵に向けて魔法を放った。
 淡い光を放って宙に浮かぶ、あの浮遊板だ。しかもラグの観察眼には、はっきりと見えていた。一見乱雑に展開された数々……だが、

「この道筋なら、いける!」

 勝利のルート。確信と共に、足を掛けて身を撃ち出す。
 浮遊板を次々と乗り継いで、ラグは砂塵の中でも空の機動力を発揮する。上手に回り込みながら、飛び上がる砂獣の口から逃れた。

 最後の浮遊板に足をかけた時、反対側から飛び上がっていたリティが合流してきた。
 そしてふたりの正面に映り込む、さきほど翡翠で斬り込んだ背中の傷口。一撃で決めるにはもってこいの急所。
 まさかここまで見越して……!? と、目を丸くして彼女を見るラグだったが、

「行くよ、ラグ!」

 ドヤることも胸を張ることもなく、ただ笑顔で呼びかけるリティに察する。いつも通りのノリだな、と。

「ああ! トドメを決めるぞ、リティ!」

 ふたりは頷きあってから、同じ浮遊板を蹴って飛び出した。そして肩を並べて、一緒に繰り出す。

「ヘヴィスマッシュ!」
「跳翡翠!」

 ふたりの重撃は狂いなく傷口を打ち抜き、次いで鳴り響く鈍い轟音。噴き上がる大量の鮮血。

 墜落した砂獣は、白目を剥いて倒れ伏した。
 見間違えようもない、再起不能の致命傷である。巨体ゆえに即死とはならないが、さして変わるのもではないだろう。

 その正面にふたりは着地した。

「決まったぜ!」
「やったわ!」

 互いに拳を突き上げてガッツポーズを取り、ふたりはハイタッチも決めた。
 そこで呼びかけが入る。

『よくやったふたりとも。華麗で見事な連携だった。だがまだまだ護衛は終わってない。だから早く戻ってこーい!』
「「はーい!!!」」

 そろって返事をすると、ふたりは本集団の方へ。先に戻って他の魔物たちと防衛戦を繰り広げていた、ヘキサたちのもとへと向かう。そしてすぐに戦いが再開される。

 この護衛の行進は、港にたどり着くお昼ごろまで続くのであった。




(ryトピック〜歌術について〜

 さまざまな魔法を歌声に乗せて届けるという、アブノーマルな魔術。言霊に力を乗せる呪言の応用であり、吸血鬼の女王が生みの親である。
 しかし一般に知れ渡ったのは、ここ数百年のこと。というのも女王の某書記いわく、あまりに洗練された歌声に釘付けにされて、だれもそれが魔術だと見抜けていなかったらしい。

 一度に多様な効果を付与できる歌術は一見優秀なのだが、歌っている最中は他の魔法を詠唱できない、歌と運動を両立できないなど問題も多い。
 中でも、多数の聞き手に本気の歌声を届けなければ効力が著しく低下するという点は、だいたいが陰の者である魔術師たちにとって最大の壁。そもそも歌う勇気が持てなかったり、歌えても辛辣なブーイングでメンタルブレイクされたりで、引退者が続出している分野である。

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