境目の物語

(ry

その名を掲げて

『ははは、それはよかった。番亂さんを止めた辺りから耐えられなくてぶつ切りしたから、意図が伝わったか心配だったが、引き継いでくれたようで助かった』
『まあラグレス君が理解してくれたおかげですけどねえ。ええ。意外にも彼、とても危険なすり抜け経験を何度か経ていたようですから』
『あとは実践で使えるか、だな。私の読み的には、観察眼が観測眼へと成長すれば見込みはあると思うが、はたしてどうなることやら』

 やれやれと我道さんは肩を竦める。

『ところで我道、ひとつ質問をば。命を代償に発動する最後の鍵Lastは無いにしても、なぜあの場で情欲の鍵を選んだのでしょうか?』
『おっと、それはもちろん挿入、もとい貫通効果を期待して』
『錆の鍵rustで脆くすれば十分でしたよねえ。むしろ反動を考えれば、ちょっと体が錆びる程度の第1の鍵以外ありえないと思うのですが』
『それは、だな……』
『何か個人的な理由があったのですよねえ?』
『……ははは、敵わないなあ。とは言っても、とてもこんなところでは言る話ではない。私が偉大なるベルベット令嬢の……だなんて、誰も知りたくはないだろう』

 そんな事よりも、と我道さんは話を変える。

『少し気になっていたのだが、あなたはあのとき助っ人がもう2人いる、と言っていただろう。だが実際にはヤン師範に続いて救世主フゥと期待の門番アギト、おまけに鼠連のタイで計4人が来ていた。これは予想が外れた、という事だろうか』
『ええ。1人外れてしまいましたね』
『ん、2人ではなく?』
『いえいえ、もとよりあの3方の事は知りません。私どもの世界から、ヤン氏ともう1人いたのです。我道は会いましたか?』
『会ったって、誰に?』
『蟹人さんですよ。ええ、あなたの剣術を恨んで止まないあの方です。実はあの時すぐ近くで息を潜めていたのですが、途中動かなくなったのを見る限り、地形変動で壁の中に閉じ込められてしまったのでしょう』
『ははは……あの人らしい災難だ。しかしなぜ蟹人さんがここに? 私へのリベンジが目的なら真っ先に挑んでいるだろうに』
『それがどうやら、非常に珍しい刀が競りに出ていたそうです。ま、某のわざをもってしても抜けぬのか、と絶望しておられましたけど』

 そこで「我道さーん!」と、ラグからの呼びかけに遮られる。2人は手を振って返事して、持たれていた壁から離れる。

『どうやらもう時間のようです。私は先に出立したヤンさんと番亂さんのお二方を追わせていただきますが、未開の土地の攻略を頑張ってくださいね、我道』

 風見は言うと、手を振って冒険者の人混みの中に歩いて行った。我道さんは鼻で笑ってから、ラグたちの輪に混ざるのだった。





 あれからまる1日の休息を経た今日の朝。

 地震に加えて構内の地形変動も受けていた地下街も、決戦機構の再起動に合わせて元通り。さらには地表を灼炎に包む陽光、あの霊獣の火の鳥も過ぎ去った。
 ラグたちの疲れが癒えたころには、ようやく避難指示も解除されたのである。

 一匹の霊獣による威光を前に地下生活を余儀なくされていた街の民にも、ようやく地上での生活が戻る。
 門番たちは一足先に外へ出て、最後の安全確認を始めた。住民は地下街と交易街とをつなぐ階段のゲート前で、地上に出る時を待ち望んでいる。
 そして一方のラグたちは、2番非常用ゲートに集まっていた。周りには商人や他の冒険者パーティも大勢集まっている。北東の港方面の街道に直通であるこのゲートから、最速で出立するためである。

「ホグドたちも港方面に行くんだな」
「俺たちは一度、魔術学会に帰るからね。それに商人の半数は大都会の双翼大国に行くのさ。人も賑わってるし、食材も料理も最高に美味いんだ」
「食材と言えば、あの時我道さんが作ってくれたロールキャベツの食材もアグリネイト産だったっけ。あれがまた食えるのか……!!!」
「今から楽しみだね、ラグ!」

 ホグドから教えてもらい、ラグはよだれを垂らして、リティは目を輝かせる。6人隊のみんなも期待の表情を浮かべていて、ハヤテマルやタイは世界地図を眺めていた。

「でもごめんね。あなたたちをリンちゃんに乗せてあげられなくって」

 申し訳なさそうに言うのはフゥさんだった。ラグたちはいやいやと首を横に振って答える。

「商人さんたちが先に予約してたんだから、仕方ないって。それに俺たちは徒歩グループを護衛しながら港を目指すっていう大切な依頼受けてるんだから、大丈夫大丈夫!」
「うふっ、そう言ってくれると嬉しいかな。でもくれぐれも無理はしないでね。私が言うのもなんだけど、火竜が飛び去ったあとの砂漠は活気づいてるから」

 助言を受けても怯む事はない。むしろやる気が膨れ上がるのがラグだ。しかし、

「本当にお前らしいな、ラグレス」
「あ、ウィーゼルさん……」

 ウィーゼルに声をかけられて、手のひらを返すように縮こまる。罪悪感が拭えないラグだったが、大男はよせよせと首を横に振る。

「あれはお前のせいじゃない、全部俺の責任だ。これからムートンの親御さんのとこに行くのだって、全部俺の罪滅ぼし過ぎない。だからお前は気にすんな」
「そっか。頑張ってください」
「チッ、調子狂うな。お前らこそ頑張れよ」
「……ああ!」

 去り際に親指を立てて行くウィーゼルの姿に勇気をもらうのも、またラグである。

 そんな彼らの後ろには、IBCの3人の姿があった。輪の中でアイドル衣装の少女が、大きくあくびしていた。

「ふあ〜、眠い……あれから何日経ったの?」
「ざっと1週間ですかね。まさかこの長さをずっと棺の中で寝て過ごされているとは思いませんでしたよ」
「シャイナさん、すっごくやつれていますけど、お体の方は大丈夫ですか?」
「うーん、外に出れば治るんじゃないかな。だって私常夏ヴァンパイアだし、ちゃんと日光浴びないと生きてらんないよ」

 倦怠感けんたいかんにじみ出たような猫背の姿勢で、シャイナはため息をつく。
 しかし次に、横からマイクが投げ渡された時、彼女は平時となんら変わりない反応速度で掴み取った。瞬時に愛嬌のある表情を整えて、視線を返す。

「やあシャイナさん」
「あ、ジャズ君だぁ。もしかして私、ベッドに忘れてきてた?」
「そうとも言うかな。せっかく1週間ぶりの外だし、港まで旅ライブしていこうって、ボスからの提案だ」
「おっけー了解〜!」

 マイク片手にウィンクするシャイナである。



 そしてようやく、集団の前に門番が現れる。合図とともにゲートを開いて、外から眩しい光が差し込む。

 商人たちが一斉に外へ向かった。私も仕事しなきゃと、フゥは駆けていった。
 冒険者たちも続々と進んでいく。ラグたちも続こうとしたが、その時後ろから2人に呼び止められる。

「君たち待っておくれ」
「私たちを忘れていないかい!?」

 ディルとザイルだった。ザイルの大きな鞄からはオオトカゲのグルも顔を出していた。

「ザイルさん、それにグルも。ずいぶん遅かったな」
「ごめんごめん。知り合いの商人たちを見送ってたらこんな時間になってしまったよ、ははは」

 笑うザイルを仲間たちの輪に入れて、ラグはディルと顔を合わせる。

「いよいよ出発だね。そこでだが、そろそろ聞かせてもらってもいいよね」
「ああ。これでみんな揃ったよな」

 ラグは後ろを向いて仲間たちを確認する。
 リティと6人隊のみんな、タイにハヤテマルにザイルとグル、それから戻ってきたジャズ。

「あ、我道さんがまだだ。我道さーん!」
『おっとすまない、今行く』

 まだ壁にもたれて風見と雑談していた我道さんも、呼びかけるとすぐに歩み寄って輪に入る。あの時はごたつきで揃わなかったメンバーも、今は全員が万全の状態で揃っている。

 ラグはゲートの方に立ち位置を変えた。隣にはリティがついて、ほかのみんなも頷く。
 そうして心を通わせてから、みんなで拳を突き上げて、ラグたちは元気いっぱいの鬨を上げた。

「それじゃみんなで行こう! 俺たちは!」
「「「境目トラベラーズだ!!!!!」」」

 ようやく名前を得たこの新しいギルドは、土地という形を得るための旅に駆けていくのだった。


 第三章【霊なる獣の威光】完




(ryトピック〜ウィーゼルについて〜

 ギルド【シルクロード】に所属している両手斧使いの大男。ギルドマスターのシルク・ブロードとは姉弟の関係にある。
 彼は高原の蛮勇の異名を持っており、新興国ハイランドの建国を邪魔する強力な魔物を立て続けに打ち倒し建国を成し遂げさせたなどの一生誇れる功績を残している。

 そんな彼の能力は【一気呵成】。自身の精神状態に応じて一時的に周囲の味方を強化する能力であり、シルクロードの冒険者たちは彼の勇気に幾度となく鼓舞されてきた。

 なお、ウィーゼルはあくまでもコードネームであり、ハンク・ブロードという実名を持つ。姉以外にその名で呼ばれる事はない。

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く