境目の物語

(ry

決戦機構フェイズ3 八華乱舞

『システムコードGDⅧ起動、我道捌式八華乱舞流!』

 言葉とともに、握り込んだ機械に力を込めて、直後、8つの青い雷が落ちる。
 本物の雷ではない。我道さんを取り囲むようにして降り注いだその地点で、何かが青い光を放っていた。

 拳、人形、金槌、短剣、直剣、槍、靴、大弓。
 武器だ。光を放っていたのは、彼を取り囲んで衛星のように回る8つの武器だったのだ。

『出力オーケー、評価開始。1、1、1、2、1、おっとこれは……3?、1、そして5。ははは、相変わらずのひどい引きだ。でもこれで十分』

 軽口たたきながら、我道さんは拳の武器に触れる。すると光が剥がれ落ちるようにして、猫の手の形として実体を現す。

『1番手は双拳ネコパンチ。では行こう……にゃっ!』

 腕を入れて装備すると、我道さんは猫らしい掛け声を上げて踏み込んだ。



 森でラグのもとに駆けつけたあの時とは違い、彼の動きは霞まない。今のラグの観察眼なら捕捉し続けられるくらい、結界の虚脱が表れている。
 だがそれでも十分に速い。

《ならばこうするのみだ。レベル5広範囲激流砲ギガウォーター!》

 決戦機構の対応は、壊れた手のひらから放つ魔法の激流だ。
 津波のような大水が流れ込む中、我道さんは止まらない。それどころか鉄甲を構えて、身を翻しながら飛び上がり、

『サマーソルトスクラッチ!』

 斬撃波で両断する。真っ二つに切り裂かれた波は左右の吹き抜けへと流れ落ち、自身どころか後ろの観衆までもを守る。

《だけれども、断鎧の超巨斧……!》

 決戦機構は予測していた。宙で一回転決める我道さん目掛けて正確に超巨斧を振り下ろす。

 躱せない。直撃は免れない。

 超巨斧は真っ黒スレンダーなその身ごと、床を叩き割る。強大な衝撃波が広がり、割れた床の破片が飛び散る。
 なのに直後、響き渡る高笑い。

『ははは! 糸繰り人形我道さんの身代わりは完璧だ』

 叩き割られたのはなんと、2番手の武器である我道さんそっくりの人形だった。
 そして当の本人は、天井の闇から急降下中だ。

《波を割った時にはすでに飛んで……!》
『大正解。そして3番手、パイレーツアンカー!』

 取り巻くを金槌を手に取り、見せた姿は錆びついたいかりである。
 お返しにと言わんばかりに振り下ろす。これこそ躱せない。

『フェイタルスタンプ、はあッ!!!』

 狙いすました一撃は、超巨斧を支える右腕を捉えていた。大砲のようなその腕を、鈍重な音と共に大きくへこませる。
 破壊には至らない。だがそれでも、腕と肩とを繋ぎ止める繊維が切り離された。

《これでは超巨斧が振るえない》
『おっとよそ見は厳禁だ。4番手、行こうか』
《……っ、これ以上は!》

 本体から分断された腕を駆けながら、周る短剣を手に取る。我道さんは機械相手にも息をつかせない。

 決戦機構は咄嗟の判断で、コアの前に岩石の盾を展開した。さらに盾の周りに、迎撃用の水魔法も構える。
 それでも我道さんは止まらない。

『私を捕捉できるかな!』
集中型激流砲バラージギガウォーター……!》

 決戦機構の指示で、8つの水玉が高圧力のレーザーへと変わる。どれもが正確無比に狙う。

 だがその時、突如、我道さんが急加速した。

《なっ!?》

 落ちた右腕から飛び出す直前に、錆びた錨を手放したのだ。
 単なるスピードで言えば、開幕の踏み込みと変わらない。しかし重量武器から解放された今、倍以上の緩急がついている。正確無比な直線レーザーでは、とても対応できるものではない。
 スレンダーなその身は、レーザー弾幕の中心をするりと抜けていく。

《だ、だけれども、生身でこの盾は破れまい》
『ははは、ごもっともだ。左手の特注セスタスでは、殴ってヒビが入ればいいところだろう』

 我道さんは常日頃から左手に装備している小型のセスタスをパタパタ振る。

 だがな。
 我道さんは続けて言う。

『あなたは私のことを《盾を正面から破壊しにかかる脳筋野郎》とでも思っているのかな?』

 正面切った我道さんは、岩石の盾に触れた。
 しかしそれは盾を突破するためではない。
 盾に足をかけて、その身を撃ち出す。踏み台にすることが目的だった。

 進む方向は決戦機構の左腕を繋ぎ止める魔導繊維。コアの防御に徹していたために、そこはガラ空きだった。

『4番手は短剣カテゴリだと示しているというのに、これだから機械は弱い。演算が得意なくせして、まるで目先のことしか見えていない』

 侮辱しながら、空いた右手で短剣を掴む。実体は刃の小さなメスだった。とてもコアを破壊できるような代物ではない。

『だがそれでいい。4番手はマジックキラー。魔導繊維は切除するのみだ』

 それはあっという間で、掠め取るようにメスを振るった直後、左腕を繋いでいた繊維がたちまち切り離された。

 右腕と同じように、左腕も床に落ちる。ラグたちを苦しめていたはずの両腕が、ほんの一瞬で落とされる。
 観衆のラグたちはその身のこなしに魅入られて、開いた口が塞がらない。色原 我道は止まらない。

『さあテンポ上げて次行こう。5番手、鉄剣ファルシオン』

 踏み込みながら、次に取り出したのは鉄製の無骨な片手剣。
 決戦機構には、魔法を放てる腕がない。

《しかしこの身体は、まだ力を失ったわけではない。そしてサファイアコアからであればまだ扱える。レベル5風鎌刃ギガウィンド

 その身から高熱の蒸気を噴出し、コアからは風刃の嵐を吹き荒れさせる。
 それでもこの男が止まらないということは、決戦機構も理解している。だが、

『衝盾!』

 蒸気は完全無視、斬撃の盾で危険な風刃だけを相殺して、突っ切る。
 たかが一つの対処策だけで突破してしまうこの男の動きを予測できない。

『ブレイブエッジ!』

 気力を込めた袈裟斬りが、コアの手前で透明な膜を砕く。
 密かに張り巡らせていた多重の障壁も、次々と打ち壊していく。

 我道さんは今もなお風刃の嵐の中にいる。
 にも関わらず、まるで当たることも想定せず、生身で嵐をかいくぐる。その上で安定を維持して剣を振り続けている。

『これで最後だ!』

 言葉に続く斬撃が結界を破ると、我道さんは少しコアから離れた。
 嵐の中で平然と身を翻しながら、しかし次には武器を掴んですかさず迫る。6番手のそれは槍というよりは、3本の大きな鍵だった。

『6番手、ラストトリニティ。そして選ぶは偉大なるベルベット令嬢からの賜り物、第2の鍵 Lustラスト

 中でも頭部がハート型になっている鍵を構えて、即座に突き出す。

『ハートをぶち抜け、情欲のラストインサート!』

 その一差しはさも当然のように、硬いサファイアのコアを貫く。技術と言うよりは、武器の能力のようだ。
 しかし、ただ挿入させただけである。破壊するには遠く及ばない。

『だからこその7番手、アイアンブーツ』

 翻り、瞬間的に靴を装備し、追撃の蹴りで鍵を押し込む。
 わずかに亀裂が入る。満足気に男は笑う。

 そして嵐の中から抜け出した。



 ラグたちの目の前にスタッと着地する。
 あれだけの危険を冒して、なお傷一つないその身体。それどころか息一つ切らさない。
 身のこなし、安定感、そして底知れぬこの技量。
 決戦機構は完全に翻弄されていた。

 《なぜだ、なぜ君の動きが予測できない》
『予測できない? あれだけ正確に超巨斧を振り下ろしておいて、よく言えたものだ』
《違う! 今だって一度でも風刃に触れてしまえば一撃だろうに、なぜこうも攻め続けられたのか。私には君の考えが読めない。なぜ君にはこんな芸当ができる?》

 決戦機構は問いかける。
 我道さんは鼻で笑う。

『はは、私はこれでも技量の化け物と呼ばれた男だ。それとも今のスタンスがブレイバーだからと言うべきか。どちらにしろ、あなたが持ち合わせていないものだ』

 親指で自信満々に自分を指しながら、どこまでも挑発する。それから我道さんは最後の武器を手に取る。
 大弓。鮮やかな色彩と、それに全く釣り合わない豪快なルックスを持ち合わせた剛弓。後ろで鍛冶師がフッと笑う。

『8番手、最後を締めくくるのは錦 破壊弓にしきはかいきゅうだ』

 追加で矢も取り出して、弓につがえる。
 今までのスピード感とは対照的に、どっしりと構えて打ち起こす。狙いをコアに合わせて、ギチギチと音を立てながら引き絞る。

《させるわけには……うぐっ》

 決戦機構はどうにか意識を戻して詠唱に向かうが、しかしコアの亀裂から力がこぼれ落ちる。身体の輝きも明らかに弱まり、結界の効力も弱まっていった。
 それでもと、捻り出すように炎の魔法を放つ。

《まだ、まだ私は……終われない。生きとし生ける者たちを、あの呪縛から解き放つまで、私の戦いは……》

 我道さんは躱さない。真正面から炎を受けて、しかし平然と引き絞っていく。

『私たちプライ……おっと失礼。私たちに熱やら雷は効かないと、あの時あの戦いの中で言ったと思うのだが。それは慈悲と捉えてよろしいのかな』

 言い終えると同時に、引き絞る右腕の肘も十分に下りた。

 合わせて、一気に気力が流れ込む。
 矢は気力の風をまとい、剛弓は色彩の中に赤い輝きを見出す。鰐尾竜が裏練気でそうしたように、我道さんの気力全てが、この一矢に注がれる。

 そして手を離し、放たれる大技。

『我道捌式、八華一閃はっかいっせんッ!!!』

 叫んだ直後、耳をつんざく轟音が響き渡る。
 剛弓が力に耐えきれず砕け散る。一本の矢が、大気すらも擦りきる勢いで高音を響かせながら飛ぶ。

 とても目では追えない。轟音の耳鳴りで音も役に立たない。コアと衝突するときには、矢も形を保たない。
 ただの破壊力が襲いかかる。鰐尾竜の正拳突きにも等しい破壊力が、コアだけを破壊し尽くす。

 衝撃波が収まり、再び視界を確保できた時、そのコアは跡形も残っていなかった。装甲にあるのは、嵌め込むための溝だけだった。

《……サファイアコアの破壊を確認。戦闘継続、不可能。主殻装甲をパージ、本機を待機状態に移行する》

 決戦機構は、ほとんど感情も籠らずそれだけ言うと、直立したまま崩れ落ちる。全身の光が完全に消え、胸部の装甲がまた一つ剥がれ落ちる。
 戦うために必要なものを全て失った機体の前で、我道さんは一息つく。そして最後に、拳を突き上げて宣言をする。

『私たちの勝ちだ。あなたはそこで一度、頭を冷やすといいだろう』

 そこにはこの男の勝利という、ただ一つの結果が残ったのであった。




(ryトピック〜【ハイパーキャノンアーム】〜

 決戦機構の両腕にして、それ自体がそれぞれ一つの巨大な大砲である兵器。普段は二の腕を担う魔導繊維と合わせて腕の役割を果たしており、肩から両手のハンズオブエッジまでを連結している。
 この連結がなければ、ハンズオブエッジは手としての役割を十分に果たせない。特に超巨斧を振るう際には、なくてはならない存在である。

 そして本題である大砲形態(実際には変形するわけではないが)。この状態では炎属性と土属性を複合した魔法の砲弾を放つことができ、超長距離の対象にも壊滅的なダメージを与えることができる。
 また両腕を連結させた連結大砲形態もある。こちらでは山脈を貫いて、地平の果てにいる対象すらも消し飛ばす破壊力を持っている。
 フォトンフラップと比較すると、こちらは物理面と対遠距離に特化しており、代わりに準備に時間がかかる上にハンズオブエッジに制限が掛かるという弱みがある。なお言うまでもなく、燃費の悪さは共通事項である。

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