境目の物語

(ry

決戦機構フェイズ2 突破

 気合のこもった意気に合わせて、鰐尾竜は全身に力を溜める。
 だが翼はいまだ垂れ下がったまま。決戦機構は動じることなく、左手の平を鰐尾竜に向ける。

《無駄だ暴君、今の君が力溜めをしたところで、私に届くことはない》

 しかし鰐尾竜はその時、不敵に笑う。

『くくく、はたしてそうなのか』
《なに?》
『真・力溜め、フンッ!!』
《……!?》

 その力溜めは、気迫から違った。全身の血管が赤く浮き上がり、黒い渦を巻き起こし、膨大な力が溢れる。
 すぐに決戦機構の顔色が変わった。

《まだそれほどの余力が……しかし、レベル5轟雷撃ギガサンダー!》

 放たれる雷撃。しかし門番のアギトが飛び込み、薙刀を構えて展開する。

「第一の救護壁ッ!」

 白い光を放って輝く巨大な盾。救護壁はその圧倒的な防御で雷撃を通させない。

『練気ッ!!!』

 盾の背後では喝に合わせて、溢れた黒い渦がその身に収束し始める。膨大な力が、一点に集中していく。
 
《まずい……しかし、私はその盾を知っている。だからこそ、ハンズオブエッジ!》

 危機に焦る決戦機構は、左手を分離させて放った。
 50の刃物群は盾を迂回し、鰐尾竜だけを狙う。盾の展開はもう間に合わない。

「なら俺たちの出番だ、律動領域リズムリージョン!」

 それでもとジャズは能力を再発動して、タイとともに飛び出す。合わせてフゥもアンカー片手に踏み込み、アギトも盾を閉じて迎撃に回る。

「纏霊術-狂狼、最高初速で蹴散らす!」
『窮鼠のシザークロスだオラァッ!!!』
「私も、乱れ打ちでいくよ!」
「俺もだぜ、我流の薙刀乱舞ッ!」

 4人は猛烈な勢いで、勇敢に武器を振りまわした。
 それはがむしゃらに見えても、確実に刃物群を弾き飛ばす。鰐尾竜には一歩たりとも近づかせない。

 そして鰐尾竜の気も、ついに収束を終える。

『……フンヌッ!』
《……!!!》

 まさに圧縮を終えたと言わんばかりの一息に、決戦機構は意識を変えた。

《止められない、守らなければ、やられる! 戻れ、ハンズオブエッジ》

 もはや超巨斧も手放して、刃物群を全て呼び戻す。両手を前で広げて、水と土の魔法で防壁を張り、受け止める体勢を整える。
 一方の鰐尾竜は、さらに一つ。

『裏練気ッ!!!!』

 身体の中心に集めた気が、ぐっと握りしめた右拳へと伝わる。拳に、溜め込んだ全ての力が集中した。


 準備万端。

 そして今放たれる。

『真・正拳突きッ!!!』

 溜め込まれた力を込めた、正拳のひと突き。強者の目でのみ理解できる、超圧縮された暴力のかたまり。
 暴君たる鰐尾竜の誇りは魔法の防壁などたやすく貫き、決戦機構の胸部の宝石を……正確には宝石を守る両手に触れ合い、轟音を掻き鳴らす。

 ドカァッッ!!!!!

 機械の巨体がのけぞる。
 超巨斧に引けを取らない一撃。
 強大すぎる破壊の衝撃波は、直接触れずとも、決戦機構の超硬度の鎧に無数の亀裂を走らせる。直撃して無事でいられる者など、この世のどこにもいないだろう。

 だけれども。

《そう、だけれども。私はまだ、倒れるわけにはいかない》

 この場にいる決戦機構だけが例外だった。
 ハンズオブエッジの刃物群が使い物にならないほどぐちゃぐちゃになり、鎧の外傷も酷いありさまだったが、しかし、拳が胸部の宝石に届くことはなかった。

《暴君、私の勝ちだ》

 決戦機構は確信し、勝利を宣言した。

『……だけれども』
《!?》

 そう、だけれども。
 鰐尾竜は言う。

『くくく、貴様の口癖を使って言わせてもらう。貴様は一つ、大きな見落としをしている』
《なにっ!?》

 決戦機構が驚きの声を上げた直後、それは落とされた。

「跳翡翠ッ!!!」

 ラグの斧だった。
 身を撃ち出して放つその一撃は、無防備な胸部を叩き割る。胸部の赤い宝石を、一撃で叩き割った。

《なんという事だ。これが、最初からこれが本命……?》

 決戦機構の光が弱まっていく。
 回答する者もまた、黒い渦をまとって少女の姿に戻る。すっかり消耗しきったリティはそのまま垂直に落ちて、ラグもまたその横に着地した。

「ぜえ、ぜえ、やったねラグ」
「ああ、これが俺たちの全力だ、信念だ!」

 全員が疲れ果てていた。それでも彼らの力で、決戦機構のフェイズ2を突破した。





 だけれども。

「「「……ッ!?!?」」」

 そう、だけれども。

《第一コア、ルビーの破壊を確認、フェイズ3へ移行する》

 決戦機構は再び強い光を放つ。あわせて鎧の亀裂の隙間から蒸気を噴き出し、ラグたちを吹き飛ばす。
 そうだ、突破したのはあくまでもフェイズ2。その先をまだ、この決戦機構は隠し持っている。

「ぐっ、まだこんな力が……」
「ラグレスさん!」

 満身創痍で拳を叩きつけられるラグのもとに、戦線離脱していたヘキサたちが集う。

「これ以上は本当に死んでしまいます!」
「くっ、やっぱりここが限界なのか」
「はい、だから逃げましょう、ランド!」
「はいっす!」

 ヘキサの呼びかけで、すぐにランドは能力発動へと動く。全員で手を繋ぎ合わせて、ランドエスケープに入れるようにする。

 だがしかし次の瞬間、響き渡る金属音。
 決戦機構の胸部装甲が一枚剥がれ落ち、今度は青色の宝石が姿を現した。ルビーよりもよっぽど大きい。

《外殻装甲のパージ完了、第二コア、サファイアを露出。虚弱の結界、展開!》

 その宝石が妖しい光を放つ。この広い部屋全体が、薄暗い青の光に照らされる。
 効果はすぐに表れた。突如、ラグたちがへたり込む。

「なんだ、体に力が……入らない?」
「まずいっす、ランドエスケープが……使えないっす」
「何ですって!?」

 テレポートができない。そして逃げられるほど体が動かない。
 抵抗力を失った標的に対して、決戦機構は超巨斧を掴む。幾重にも折れ曲がり、魔導繊維の露出した刃物群の手で、強引に超巨斧を持ち上げた。

《私は敵となった君たちを逃すわけにはいかない。たとえそれに動けるだけの力がなくとも》

 だからこそ。

《そう、だからこそ、終わりにしよう。断鎧の超巨斧……!》

 振り下ろす。
 超重量を振り下ろす。
 逃げることも隠れることも、防ぐこともできない。

「ちくしょう、あれだけ頑張ったのに、これじゃ意味がないじゃないか……俺たちの信念なんて」

 ラグの目に涙が浮かぶ。
 いまさら運命は変わらない。どうしようもない。死を悟るしかない。そう思うしかなかった。


 だが超巨斧に叩き潰される、その刹那。

『いや、お前たちの頑張りは充分だ。その信念、受け取った』

 男の声。
 反射的に顔を上げたラグの前に、全身を外套で包み込んだ男が立っていた。
 それ以上は語らず、振り返らず、ただ右袖を天に掲げて、言う。

『ハンズオブ……スクエア!』

 それは異形だった。男の袖口から飛び出したのは、人の手ではなく、無数の正方形だった。
 止めどなく溢れる正方形の集合体が、巨大な腕を成して、まっこうから超巨斧の刃を掴む。

《……!?!?》

 信じられないことに、その異形の手は超巨斧を受け止めてしまった。

《馬鹿な、これを受け止められる者など、あの方以外……まさか!?》

 動揺する決戦機構。しかし超巨斧は依然押さえつけたままで、均衡を保つ男の腕もぶるぶると震える。

『チッ、虚弱喰らって受け止めるとか、どうかしてやがる、今日の俺は』

 狐面の裏でぶつぶつ言いながら、男はどうにか堪える。あくまでも受け止めるまでが限界。だが男はその体勢のまま叫ぶ。

『おい、せっかく俺が来てやったんだから早くしやがれ、我道ッ!!!!!』

 特に言い切りを強く。

 そして呼びかけに応えるように、遥か上部から破壊音が鳴り響く。
 遺跡造りの床壁天井を突き抜けて、音の中心は急速に接近する。

『遅刻は許してほしい私だ。さあ勇気を持って飛び込もう!』

 そして次の瞬間、最後の天井をぶち抜いて突入する。

『我道番外式脳死流、第弐奥義、タキオンダイブッ!!!』

 そのネーミングは何だと、ツッコミ入れる隙も与えない。通常では想像もつかないほどのスピードで、我道さんは決戦機構に激突した。

 その巨体を拳で数十メートル弾き飛ばし、激突した本人もはね返ってラグたちのもとに転がり落ちる。
 しかし受け身はバッチリ。我道さんは頭を押さえながら立ち上がり、ラグのもとに駆け寄った。

『よく持ち堪えたラグ。お嬢さんも、君たちも、本当によくやってくれた。ありがとう』
「あぁっ、我道さん!」

 ラグは泣きながら、我道さんに抱きついた。彼もまた、ラグを受け入れて頭を撫でた。

『おっと、よしよし。辛かっただろう』
「あ、当たり前だ。何でもっと早く来てくれなかったんだよ」
『ははは、そう憤らないでくれ。こちらにも少し事情があってな。具体的には道がなかったから壁をぶち抜くためにロシアンルーレットを……いや、この話はまた今度だ。さあ、ここから先は、私たちに任せてほしい』

 勢いよく話す口を止めて、そっとラグから離れると、我道さんは大きく前に出た。
 遅れて天井の闇から、血塗れのコックと白コートの演劇者も降りてくる。番亂、風見、我道さん、外套を被った鍛冶師ヤンは、肩を並べて決戦機構と向き合った。

 そしてそのメンバーの締めとも言わんばかりに、最後の1人が降り立つ。
 深緑のシノビ装束に身を包んだ老人。ディルは彼らの先頭に立ち、決戦機構と対峙し、そして大声で言った。

「ウィリアムッ!!!」




(ryトピック〜【フォトンフラップ】〜

 決戦機構の腰部に取り付けられた計18の装飾にして、ハンズオブエッジ同様に分離飛行可能な兵器。分離時は非常に珍しい、光属性の攻撃を扱う。

 この世界において光属性は少々特殊な立ち位置にあり、使用者は天使や神など光に近い者に限られる。その性質は浄化の要素も強く、対象が自らの正義と対極にあるほど破壊力を増す。
 それはこの兵器も同様であり、フラップ一枚で竜を相手することも可能と言われている。ただしその分燃費が非常に悪く、主電源が50%以上機能していなければ発動できないようリミットが設けられているほどである。

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