境目の物語

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秘宝の元に座すモノ

 第五層、最深層………そして、最深部

 俺たち毛皮組はついに、踏み入れた。
 最深部と言うに相応ふさわしい、ひたすらに広い部屋。両脇が吹き抜けになり、不自然な水流の音が響く空間。

「ようやく辿り着いたぜ。ディルさんに言い渡された地、そして俺たちが目指してきた終着点によ!」

 俺は羊から降りるなり、胸を張って叫んでやった。
 その脇で、ムートンが天を指す。

「見てみてみんな、天井のあの球体!」

 天井で浮遊した、サファイアのような青い輝きを放つ球体が見える。それは奈落の底から水を汲み上げ、浄化し、循環させる秘宝、水恵みえの宝珠である。

「水恵の宝珠……なるほど、鼠連の野郎どもが守っていたのはこれだったってか」
「きっとそうですよ!……あれ、でもディルさんは地震を引き起こす機構を止めるためって。本当にこの秘宝が、原因の機構……なのでしょうか?」

 カシミアはその疑問に首を傾げて、踏み出す。

 だがその一歩。たったの一歩。

「ひぃっ!」

 次の瞬間小さな悲鳴を上げて、カシミアが飛び退く。その華奢な身体は俺の足に寄りかかるなり、膝から崩れ落ちた。

「どうしたカシミア!?」

 膝を曲げてカシミアを抱き寄せて、気づいた。彼女は顔を真っ青にして、震えていた。今の一度も見たこともない、檻の中で震えていたあの時よりも、怯えた様子だった。
 そんな中、ラクーンのみが前に出る。ナイフの切先を部屋最奥の闇に突き出して、叫ぶ。

「出て来やがれ、怪物ッ!!!」

 直後、闇の中から、赤青緑3つの光。
 奥から、音も立てずに、迫る。

《緊急事態発生。2名を除く守護者のダウンを確認。警戒レベル7に到達。ただちに本機を起動する》

 機械的なノイズに紛れた男の声。闇から姿を見せる。

 黄土色の甲冑。無数の傷を受けてなお輝く鎧。
 浮遊する巨躯。肉体を持たない金属質の身体。
 三色に輝く玉。腹の玉から伸びる複数の糸が腰と胴体とを繋ぎ、両肩の玉は糸一本のみで力足らずに腕を引きずる。

 他にも宝石を備えた胸板や、顔全体を覆う兜など、挙げればキリがない。それは率直に言ってしまえば、鎧の機械人形だった。

 見上げるほどの巨体に、さしもの俺も驚かずにはいられなかった。ムートンはひっくり返って狼狽していた。

「な、なんてデカさだ。ゆうに40メートルは超えてやがる」
「こ、ここここれって、機兵の大ボス!?」

 ただ異様だった。
 双鼠・怪猫・守護竜、そのどれとも違う。同じタイプの機兵と比べてもその差は一目瞭然、まさに規格外の存在。
 対峙しているだけでも、腰が引けてしまう。
 それでもラクーンだけは勇敢に、精神を保っていた。唇は震わせて、でも胸を張って俺たちに声をかける。

「カシミア、ムートン、大将! 立って、よく見ろ、あのオンボロの身体を」

 どうにか立ち上がりながら、機械人形を観察する。いくつもの外傷でデコボコになり、あちこちから火花が散る、その身体。

《……スキャン完了。本機の損傷率、95%オーバー。対特殊外套、破損により起動不可。フォトンフラップ、エネルギー不足により使用不可。魔導繊維、残量僅か。主電源、応答なし。予備電源での継戦可能時間、5分と推定》

 淡々と告げる機械的なその言葉すら、詳細までは分からなくても、壊れかけであることは伝わってきた。それがラクーンの言わんとすることだとも、理解できた。

「大将、信じられないと思うが、俺の目に映るあいつの今のレベルは75だ。俺たちなら対処もできる」
「……そうか、ありがとよ」

 斧を構える。納得できた気はしないが、カシミアを起こして、ムートンの身体を引っ張り上げて、俺たち毛皮組は臨戦態勢をとる。

 だけれども、

《そう、だけれども。断鎧だんがいの超巨斧は健在。来たれよ、我が斧!》

 鬨の声を上げるよりも先、無機質なヤツとは思えない声で、奴は叫ぶ。

 そして直後、天井の闇から降り立った。
 文字通りの、超巨大な斧。俺の大斧ですら豆粒に見えてしまうほど巨大な、それこそ砂獣のエンプレスすら両断できてしまいそうな超巨斧。

 そんな得物を、あろうことか奴は、持ち上げた。
 あの腕で信じられない。……いや、そうか。よく見ると持ち上げる時だけ、糸の数が増えている。本数は自由自在ってわけか。ははっ。

「ムートン!」
「わかってるよ、ウーループレート!」

 ムートンの能力で分厚い羊毛の鉄壁が呼び出されて、その一方で奴は、

《私は……決戦機構は負けられない。たとえ予言の通り、かつて友達ともが敵となろうとも、生きとし生けるものたちのために、私は戦う》

 だなんて、意味のわからない事を言いながら、ついにその超巨斧を、振り下ろした。





 どん底池

 轟音が響き渡る。
 いや、轟音という単語では言い表しきれない。至近距離で音爆弾が爆ぜたのよりもきっと大きい、ひどく重たい破壊音だった。
 しかも今のは発生源が遠く離れている感じだったのに、まるで目の前で掻き鳴らされているかのような錯覚すら覚えた。とても現実だと信じられない。

 当然みんなは驚き、混乱していた。

「な、何事っすか!?」
「地震!?!?」
「いえ姫、力です、間違いありません!」
「し、信じがたい。スロウスのそれとは比べ物にもならない、剛力か」

 みんなの声を聞いていると、俺の頭まで混乱しそうになる。だが今回に限ってはそうなる前に、惹かれるものがあった。
 視界の片隅でリティが、目を瞑って胸に手を当てていた。

「あっ、鰐尾竜! うん……えっ、代われ? ラグと話がしたいの? うん、わかったわ」

 一人であいづちを打って頷いたり、時に喋ったりと、見覚えのある動作。
 リティは目を開けると、次に俺と目を合わせた。

「ラグ、鰐尾竜がお話したいって」
「えっ、俺と?」
「うん。いいよね?」
「もちろん!」

 了解するとリティは再び目を瞑って、今度は両手を広げて伸びをした。
 次にまぶたが持ち上がった時、彼女の納戸色なんどいろの瞳は、金色に変わっていた。いつもよりもくっきりと、縦長の瞳になっている。

『小僧、我輩わがはいだ』
「え、リティ…………えっ!?」

 姿はそのまま声だけ低めに、リティが我輩口調で話し始めるものだから、一瞬思考が停止してしまう。だが心当たりある……と言うよりも、その一人称を使う人物は、今のところ1人しか知らない。

「も、もしかして鰐尾竜……さん!?」
『無理にさん付けするな、気味が悪い。暴君でも鰐尾竜でも、あるいは貴様がしっくりくる呼称で呼ぶがいい』
「あ、ああ。ていうか鰐尾竜、そんな事もできたんだな。あれ、もしかして実は時々リティと入れ替わってたり?」
『ふんっ、あるわけないだろう、たわけが。これほど威厳のない惨めな姿など、普通はどの竜も使いたがらん。それは我輩とて同じ。だが今は急を要する、それくらいは貴様にもわかるな』
「そりゃもちろん!」

 鰐尾竜は一度ゴホンと咳込んで、腕組みする。
 睨まれているわけでもないのに、肝が冷えるような鋭い視線。悪戯とかではなく、本当に入れ替わっているようだ。ちょっと既視感がある。

『今の破壊音、貴様はどう感じた?』
「そりゃ、半端ない力って感じだ。正直あの勇者の雷魔法で限界を見た気がしてたのに、今のは多分それ以上だった」
おおむね正解だと言っておこう。あれほどの純粋な力を発揮できる者など、この世界には数える程しかいない。火山の怒鉱竜、外海の母鯨、深淵の姫君、天界の天使長…………特にこの地下での該当者は、一人だけだ』
「知ってるのか?」
『当然だ。あれほど生きとし生けるものの為に尽くす者など、他にいないと言ってもいいだろう』

 だが……と、そこで鰐尾竜はため息をつく。

『解せん』
「解せんって、何が?」
『全てが、だ。あの男ディルはなぜ冒険者を頼った? なぜ奴が起きた? そしてなぜ、奴が斧を振るった? 今この地下で起きている全てが、どうにも繋がらん』

 ひとつ間を置いて。

『我輩の予感が正しければ、奴が斧を振るったのは、毛皮組とかいった4人だろう』
「ウィーゼルたち……っ!」

 その言葉を聞いて、胸が痛くなった。あの破壊力を間近で受けたのが、ウィーゼルたちだって?
 彼らがその、奴の怒りを買った? いや、そんなはずはない。だって彼らは、ジャズから聞かせてもらった彼らは……!

「助けなきゃ!」

 言葉は自然と出た。
 みんなの視線が集まる。鰐尾竜だけは、鼻で笑っていた。

『ふんっ、小僧それは本気か? 貴様ら程度でどうにかなると、本気で考えているのか?』
「そ、それは……」
『貴様らごときが行ったのでは、無駄に犠牲が増えるだけではないのか!』
「…………」

 現実を叩きつけられて、何も言い返せない。
 ルーたちとの戦いですらあの有り様だったのに、この戦いに挑むなんて、どれほど無謀か。そんなの誰だってわかる。
 ギルドマスターとして、本当に臨むべきなのか?

 考えあぐねたその時、ポンと肩をたたかれた。ヘキサだ。

「何を悩む必要があるんですか? ここまで来て引き返すだなんて、あなたらしくありませんよ」
「ヘキサ……」
「それに私たち6人隊は、とは言えど、第六部隊の勇士ですから。覚悟は充分できています」

 振り向けば、ほかのみんなも勇気に満ち溢れた眼差しでこちらを見ていた。

「守りは私にお任せください。可能な範囲であれば、剛体で受け止めましょう」
「私も氷魔法とフリーズゴレムで援護しますよ」
「やばそうなら、俺のランドエスケープで離脱すればいいっすよ! あっでもここだと設置する場所がないっすね。戦場に設置するわけにもいかないし」
「それならリンちゃんの背中を使っていいよ。私は戦場に残って、できる限りのことを手伝ってあげるから」
「なら私は……ハンドバリスタで攻撃役ね」
「囮が必要なら、私が手を貸そう。主と私の風であれば、撹乱するには充分なはずだ」

 みんなは口を揃えて、意気込みを語る。

 なんだろうな、自分が馬鹿らしくなってきた。こんなにもみんな、やる気に満ち溢れているのだから。
 それに、昨晩の言葉を思い出す。

━━怖じることなく、無謀でもなく、ただ信念のままに戦え。さすれば……

 鍛冶師ヤンさんは何を見越して言ったのだろうかと、疑問に思っていた。けどそれはきっと、今だ。この戦いには、必ず意味がある。

「鰐尾竜、俺……いや、俺たちはやるよ!」

 みんなと同じように、勇気に満ち溢れた表情で、俺は言った。

『ふっ』

 鰐尾竜は鼻で笑い、そして

『ガッハッハッハ!!!』

 高らかに笑った。

『小僧、最高だ。よくぞ言ってくれた。もし諦めようものならば、蹴り飛ばして天国を見せてやるところだったわ!』
「えっ……?」

 背筋が凍るような発言だったが、そんな隙すら与えず鰐尾竜は続ける。

『これで心置きなく言える。命知らずの小僧、そしてリティよ、これより我輩も貴様らのために、ほんの少し力を貸してやろう』
「えっ、つまり……この戦いにも手を貸してくれるって事か!?」
『くくく、その通りよ。あの強大な力に抗う術として、この竜の身体を頼るといい!』
「ありがとう! 鰐び」
『ただし!』
「っ!?」
『力を貸すと言っても、些細な問題にまで助けを請うようなら、この自慢の鰐尾で叩き潰す。命が惜しければ、その辺りは理解しておくことだ。いいな』
「あっ、ああ……わかった」

 最後に暴君らしく極太の釘を刺すと、鰐尾竜は全身の力を抜いてダランとした。目を瞑って息を吐き、次に開いた時はリティに元通りだ。

「え、ええっと……ごめんなさい! 貴様らごとき、なんて言っちゃって」

 戻ってキョロキョロしながらの第一声はこれである。気持ちはわかる。

「大丈夫、リティが気にすることなんてないって。だよな、みんな」
「はい。正直リティさんが二重人格だったなんて知りませんでしたけど」
「ちょっ、ちょっと待ってヘキサさん! これは二重人格じゃなくって、ええっと、その……ねえラグ、どこから話せばいいの!?」
「ああっと、まあその辺は追々ってことで……」

 そういえばリティについていっちばん大事なこと、話し忘れてたな。だってあの日以降、鰐尾竜が出てこなかったし。
 と、罪のなすりつけは心の中だけにして、俺たちはみんなで笑った。


 その後間も無く、リンちゃんが吠える。

『オウッ、オウッ!』
「あっ、見えたよ!」
「ん、あれは水柱……ん?」

 フゥさんが指差したそれは、ここではよく見る水柱だったが、しかし、何か違和感を感じる。でかいだけでなく音も違うし、根本が広がって……

「はっ! あれ上ってる!?」

 落ちる水柱とは正反対の、のぼる水柱!?
 その特異性に気づくと同時に、フゥさんリンちゃんの2人が何を考えているのか察せてしまう。

「というわけでみなさん、捕まっててね。リンちゃん、上るよ!」
「「「ええぇーーっ!?!?」」」

 それはもう、見たこともない移動方法に覚悟の準備をさせることもなく。リンちゃんは思い切り柱に突っ込み、本当に上り始めた。
 こういうの、滝登りって言うんだっけ。いや滝とは違って水自体も上ってるし、どうなんだろう。

 名前はどうあれ、俺たちは上へ上へと上るのだった。




(ryトピック〜砂漠の魔物その8〜

双鼠そうそ】Lv.120

 最深層の守護者にして、鉄鋼拳士タイLv.110と半霊闘士ルーLv.150の二人組。殺傷能力に優れた矛と、不死身の耐久力を誇る盾のペアである。
 一見強そうではあるものの、その実ルーの悪運に振り回されて、見た目ほどの強さを感じない。その上お互いに隊長として見回りに出て、持ち場を離れていることも多い。

 本来の力を発揮できれば、どれほどの強さになるのか。たられば論は大抵の場合、双鼠ごとどん底池に放り込まれて終了する。
 ここまで到達できるほどの腕前があれば、勝てない相手ではないだろう。


怪猫ミステリーキャット】Lv.140

 最深層の守護者にして、地下を横暴する猫たちの長。ルーとは幻術の腕で争うライバルであり、デブ猫……あるいは怪猫かいびょうとも呼ばれることも。
 そんなこの猫の代名詞は、なんと言っても怪奇な幻術。錯覚を現実のものとする能力を持ち、まってしまえば単なる幻に殺される危険すらある、なんとも厄介な怪異である。

 なお錯覚を起こさない限り、害はない。本体も雷猫よりよっぽど弱いので、惑わされないように対処しよう。

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