境目の物語

(ry

どん底からのリスタート

 どん底池


「こんにちは、ラグ君。無事そうで何より、だね」

 ニコッと笑みを浮かべて、フゥさんは言った。

 暗闇に目が慣れてくると、みんなの姿も見えるようになる。ハヤテマルさんとジャズは俺より早かったらしく、その他も今まさに目を覚ましたといった所だった。
 誰もこの落下で、大きな怪我を負ったりしていない。どれくらいの高さから落ちたのかはわからないけど、全員無事でいられた。

 フゥさんが助けてくれた。霧深い森を抜けて砂漠に飛び出した、あの時のように。
 納得いくと同時に、俺の胸は感謝の心でいっぱいになった。気持ちはすぐに、口に出る。

「ありがとうございます、フゥさん!」
「いえいえ、それを言うべきは私じゃないよ」
「えっ、フゥさんじゃない?」
「だってあなたたちを抱きとめて、助けたのは私じゃなくて、リンちゃんなんだから」
「そうなのか…………えっ、リンちゃん!?」

 首を横に振られて、わけを話してもらって、少しして、ようやく気づいた。
 立ち上がろうと踏み込んで、少し沈む足。安定感のない、弾力のある足場。遺跡の作りとは全くの別物。

 そう、俺たちがいるのは、リンちゃんの上だった。
 水柱から注ぐ水で満たされた池に、仰向けで浮かぶリンちゃんの、柔らかく潤いのあるお腹の上に、俺たちは乗っていたのだ。

「リンちゃんが教えてくれたの。ここに誰かが落ちてくるって。それがあなたたちだったことには驚いちゃったけど、ちゃんと助けられてほっとした」
「そうだったのか……やっぱり2人は砂漠の救世主だな」
「えへへ……それほどでも」

 照れるフゥさんである。

「あ、でも私とリンちゃんだけの力じゃないよ。最後にまとめて落ちてきてくれたからどうにかなったけど、そうでなければきっと、鼠さんたちと仲良く池の底よ」

 人差し指をピンと伸ばして、彼女は補足する。恐ろしい事だが、同時に嬉しくもある。

 だってあの努力は、無駄じゃなかった。

 俺にできたことなんて、精々リティにあの新魔法のことを言うくらいだったけど。けれども3人の魔法で、俺たちは九死に一生を得る事ができた。
 魔法。俺にはできない事だし、敵にまわして恐怖することの方が多いけど……味方にすれば、こんなにも心強い。
 そしてその力で支えてくれる仲間がいるんだ、と。ありがたみを強く感じながら、俺は足元に転がっている斧を腰に掛けた。

「ラグ、ラグのレイピア拾ておいたよ」
「ああ、ありがとうリティ」

 斧を振ることに集中しすぎて、弾き飛ばされてたことすら忘れてたなんて、口には出せないけど。リティから受け取ったレイピアも、ちゃんと鞘に戻す。
 それからフゥさんの呼びかけが入る。

「さあみなさん、リンちゃんをひっくり返すから、背中に移る準備をして。最深部に行くんでしょ。私たち、近道を知ってるから」

 リンちゃんの向きをうつ伏せに変えてから、俺たちはすぐに目的地へ、最深部への進行を再開した。





 暗闇のどん底池を泳ぐリンちゃんの背中。フゥさんの言う「近道」に辿り着くまでは、腰を落ち着ける事ができる。
 だが地下に臨んでからずっと走って戦ってと動いていた分、何もする事がない今は、かえって不自然に感じる。

「あっ、そうだ」

 思い出したように左目のそれ……我道さんが言ってた認識眼を使ってみる。
 すると、暗闇に阻まれて見えなかった、先の先まで、はっきりと見通せるようになる。なるほど、今まで培ってきた観察眼とはかなり相性がいいようだ。
 と、カッコつけてはみたものの、映るのはどこまでも続く水柱と池の光景だけ。何か魔物が潜んでいるわけでもなく、なんというか、むなしかった。

 ふーっとひと息ついて、認識眼を鎮める。そのときふと、呻き声を聞いて、後ろを見た。

「駄目だ駄目だ、お終いだ。もう駄目だ……ヒムロのいない僕なんて、もう何の取り柄もないんだよ。いっそのこと消えてしまいたい……」

 びしょ濡れテントの片隅に三角座りで縮こまっている、アルさんの絶望の嘆きだった。
 本当はなぐさめてあげるべきなんだろうけど、俺にはどう接すればいいのかわからない。彼女はこの作戦に参加したがために、愛車ヒムロを失った。

 もし彼女を参加させなければ、ヒムロは失われずに済んだし、ああも落ち込む必要もなかった。でもそうなると、俺たちは全滅していたかもしれない。ギルドマスターとしては、何が正解だったんだろう。
 その堂々巡りに、思わずため息がでる。憂鬱な気分。

「まあラグ君、きみが悩むところではないさ」

 声をかけてくれたのはジャズだった。

「で、でも……」
「結果として、彼女は俺たちを救ってくれた。それにアル・シャルナークとは、元よりああいう人なのさ。落ち込む時はどん底まで落ちむ。そうだろ、カイ」
「はい。確かに……そうですね。普段は失敗すら知らないほどの天才ですし、いざ落ち込んでも、その裏には必ず、救われた何かがあるんです」
「だろ」

 カイからの賛同も得て、ジャズは気軽に言う。
 だからといって納得したとは、正直言いがたい。それを見越してか、今度はゴルドまでもが俺に語りかけてくる。

「何がどうあれ、今さら結果を変える事はできません。今は、そっとしておくのが一番でしょう。あの方はあのように沈んでいる方が、よっぽど立ち直りが早いので」
「……そっか」

 無理に引きずる必要はないのかもしれない。決して蔑ろにしていいわけではないけど、そういうものと、受け入れるべきだと。
 俺は割り切って、もう一度ため息をついた。


 ちょうどその時、

「……ねえ」

 呟くように、リティが言う。

「ねえジャズさん、私、さっきの話の続きを聞きたいな」
「さっきの……ああ、ウィーゼルの話だな。もちろん喜んで」

 リティの提案を受けて、親指を立てて快諾するジャズ。
 彼を見て、俺も思い出す。ウィーゼルたちについての話はまだ終わっていなかった。
 さっき見た限りでも、池には魔物の姿も見当たらず、もし隠れてたとしても今のリンちゃんの遊泳速度なら追いつかれる心配もない。つまり今度は邪魔されずに聞ける。

「じゃ、さっそく始めようか」

 ジャズは中心で胡座をかいて、俺たちも彼を取り囲んで座る。そして、

「シルクお嬢様が何者か、から再開しよう。実は彼女は、ウィーゼルのお姉さんなのさ」

 話の続きが始まった。



(ryトピック〜アルのギルドカード〜


【名前】アル・シャルナーク

種族:【ヒト族-純人種】Lv.27

能力:特能系【重力方向操作】Lv.2
種族能力:【スタンダード】Lv.1
流派:【整備流】Lv.9


フィジカルランク:Lv.10

耐久力:【F+】
精神力:【D+】
筋力 :【E+】
機動力:【E】
持久力:【D】
思考力:【A+】


 6人隊の一員にして、彼らが誇る天才技師。出身国のミーティアでも天才の名で通っており、派遣される形で小王国ゼトにも力を見せつけていた。
 能力は高所作業を可能にし、流派は整備作業で猛威を振るい、魔法は(需要も興味もない)回復系を除き全属性を扱える。魔導技術を扱う身として、これほど独りで完成された人物は彼女のみとまで言われている。

 そんな彼女だがある意味当然ながら、個人としての戦闘能力は皆無。力に関しては語るまでもなく、魔法においても修了済みの最終派生流派【大魔導士】を除け者にしているくらい、直接使う気がない。
 彼女の力はすべて、魔導回路の発火に使われ、機械技術により発揮されるのである。

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