境目の物語

(ry

降下と落下

第五層、最深層

 深層回廊とはとって代わり、異様なほどに整備された大理石の構内。迷宮らしさも失われていき、ほとんどが一本道で続く。
 空間の広さで言えば、今までの比ではない。まるで巨人が通るために用意されたような、幅広で高さもある大通りだ。

 その中で一つ、響く戦の音。魔物がその巨体を打ちつける鈍重な音色。
 強靭な手脚を持ち全長20メートルにも至る、巨大な地竜がいた。その前方で、毛皮組のラクーンが舞う。

『グルァアアッ!!!』
「ふん、バカなやつだ」

 腕で薙ぎ払い、尻尾で叩きつけ、胴体で押し潰す。竜のその猛攻を、ラクーンは巧みに掻い潜り、毒塗りのナイフで斬り返す。
 カシミアは回復魔法でバックアップを担った。ムートンは機をうかがっていた。ウィーゼルの姿は、今この場には見当たらない。

「はあっ!」

 ラクーンの投刃が、竜の後脚を崩す。

 戦況は安定していた。巨躯の魔物から見れば微量な毒も、ジリジリとその身を蝕んでいく。
 それは竜にとって、納得いくものではなかった。勇気あふれる大力に討たれるのではなく、矮小わいしょうでこざかしい力に堕ちるなど、竜の誇りが許さなかった。

『グルルッッッ!!!』

 喉を鳴らし、長い鎌首をもたげる。
 大きく息を吸い込み、膨らむ胸部を赤熱させる。

 サファイアのような水色の瞳は、懐で舞う青年を捉えていた。ラクーンはニヤリと笑みを浮かべて、声を張り上げる。

「カシミア、火炎放射がくるぞ」
「はい、任せてください。スケープゴート!」

 合図を受けた彼女は声を張り上げて、能力を叫ぶ。今まさに吐き出さんとする竜の首が、引き寄せられるようにカシミアの方へと曲げられる。

「ムートンさん、今です!」
「ほい、僕ちゃんに任せて。ウールーウォール!」

 繋ぐのはムートンだ。機を見極めた彼の声で、分厚い羊毛の壁が立ち上がる。

 竜は止まれない。

 大きく口を開けて、吐き出される火炎。壁は妨げるだけでなく、火炎の吐息を弾き返し、竜の顔を襲わせる。

『グギャァッッ!!!?』

 悲鳴をあげて、首を振り回して悶える。いくら耐性があっても、鼻や目に直接入り込まれては堪らなかった。

 その隙を、最大の好機を、逃さない。

「うぉおおらあッッ!!!」
『……!?』

 大声で、大斧を構えて。毛皮組の大将が、天井から飛び込む。
 竜は初めて、その4人目に気づいた。天井から迫り来る未知の存在に恐怖し、本能的に逃れようとした。

 しかし、それを赦さない、ラクーンの強撃。

「チェインスタブ!」

 とびきり殺傷能力に長けたナイフで、チェインで繋いだ両肘の腱を、全力で突き刺す。
 威力の分割はあれど、急所は急所。意識外からの攻撃ということも併せて、その刺突は竜の脚を一瞬でも痺れさせた。

 踏ん張る力が抜けて、竜は体勢を崩して倒れる。
 もはや逃げられない。ウィーゼルは竜の頭めがけて、大斧を振り下ろす。

「兜割りィッ!!!」

 叫びと、轟音。
 大斧が頭蓋を叩き割り、大量の血が噴き上がる。大力を直接伝えた、致命の一撃。

 それでも竜は、首を持ち上げた。
 俺はまだ終わっていないと、意地を張るように、身を奮い立たせながら。しかし、

『グルル…………ガフッ』

 ついに地に伏して、白目を剥き、横たわった顔から血を吐き出す。その地竜……灰の守護竜シルドフレアは、力尽きたのだった。



 ウィーゼルは竜の額から斧を引き抜いて、肩にかける。身を翻して3人の方を向くと、ホッとした一息の後に、宣言する。

「Lv.180、守護竜シルドフレア、撃破だ!」

 ムートンは拳を掲げて、ゆるくガッツポーズをとる。
 ラクーンは当然だと言わんばかりに、フンっとそっぽを向く。

 対照的な反応を見せる2人だったが、カシミアだけはまた別だった。何やらソワソワしている彼女に、ウィーゼルは歩み寄る。

「どうしたカシミア?」
「あっ、いえ。あの人たちのパーティがまだ見えず聴こえずなので。ちょっと心配で……」
「へっ、おまえは優しいなあカシミア。けどよ、ああも地下が変動した以上、無事かどうかなんて分かりはしねえ」

 大男は上を、構内の変動で空洞のできた天井を指して、さらに言う。

「俺たちの足元が動いて、ここまでの直通ルートが出てきたのにゃあ驚いたが、ありゃどう考えてもただの偶然、幸運だ。運が悪けりゃ壁に挟まれてペチャンコ、なんて事もあるかもな」
「や、やめてくださいウィーゼルさま! そんなこと考えたら私、眠れなくなってしまいますよう……」

 ウィーゼルがわざとらしく拳をガッチリ合わせるものだから、カシミアは顔を青くして身を震わせてしまう。
 だが次にへへっと笑ってみせる彼の様子からは、それもただの冗談だとわかる。

「ま、あいつらがそんなドジ踏むとは思えねえ。んなことよりも、最深部だ」

 カシミアの肩を叩いてから、ウィーゼルは歩み出た。先の道を指して、大男は高らかに言う。

「これまでの探索で俺たちは、双鼠・怪猫・機兵を、そして今日ついに守護竜をも打ち破った。あと残すは最深部のみ。おまえら、気合い入れて行くぞ!」
「「「おう!」」」

 鬨の声を揃えて、毛皮組は先を急いだ。





第?層、地点不明

 ひどい耳鳴り、じんじんと痺れる身体。何か柔らかい感触の上に、俺は転がっている。

 気絶していたのだろうか。
 記憶も曖昧だが、確か俺たちは…………そうだ。床が開いて、奈落に落ちたんだ。周囲からは、水が流れ落ちる音が聞こえる。

「ん、んん……」

 ゆっくりと目を開ける。
 何も見えない……いや、うつ伏せの状態で視界が塞がれている。体の表裏すらわからないほど、混乱しているらしい。

 一度深呼吸して、気を落ち着かせて、よし。

 転がって仰向けになる。
 視界に小さな光が差し込んだ。自然光ではない、ひとつの照明器具の光だった。
 誰かがカンテラを下げている。革製の服を着込んだ、どこか見覚えのある人物。

 俺はゆっくりと体を起こした。その人もこちらに気づいて、駆け寄ってくる。

 真っ白な長髪に、白くて美しい肌。そして極めつきの赤い瞳。
 全てが合致した、彼女は砂漠の救世主、そう。

「フゥさん?」

 記憶に深く刻まれたその名を呼ぶと、彼女はニコッと笑って頷いた。

「こんにちは、ラグ君。無事そうで何より、だね」




(ryトピック〜【スケープゴート】について〜

 身に降りかかる災いを察知し、また引き寄せることができる能力。概念系ではないので、好みのタイミングで発動できる。

 この能力による災いの引き寄せは強制力が高く、たとえ対象が攻撃中であったとしても、強引に引き寄せる。効果範囲を指定できず、中途半端なタイミングでは解除すらできないことから、安全かつ効果的に使用するにはかなりの練度、そして協力者の存在が不可欠となる。
 また能力が成長すれば、合意の下で仲間に引き寄せの効果を付与することも可能。あくまでも合意の上で、という事には注意が必要である。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品