境目の物語

(ry

深夜、鈴の音と贈り物

 地下街の深夜。

 消灯時間を過ぎても明かりが失われる事はなく、軽装の門番さんたちがせわしく駆け回る。自身の持ち時間など関係なく、全ての門番が兵装を整える。
 街の住人はこれ以上避難する事も、避難する場所もなかった。ただこの領内で、事の顛末てんまつを傍観するばかりである。

 そんな地下街の一角。街の片隅で、鈴の音を鳴らす。純白な鈴の、美しい音色。
 次に吹きつける、一輪の風の華。その中心から真っ黒な人面猫、ネコ師範が姿を現した。

『けっ、今俺様を呼び出すとは随分余裕そうじゃねえか』

 俺たちふたりの前で、ネコ師範は吐き捨てる。思わず苦笑いしてしまったが、俺の心に余裕なんてものはなかった。

「今はディルさんたちIBCが精査してるとこだから、冒険者各位は明日の早朝まで待機だって。ギルドのみんなは戦いの準備に取り掛かってるけど、俺たちにはそういうのないからさ」
「とくに何もする事がないし、先に寝ちゃうわけにもいかなかったから。なら今、契約分の代金をお渡ししようと思って、ネコ師範さんを呼んだんです」
『ああ、俺様だってそんぐらいわかってる。こう見えてIBCあいつらとは付き合いが長いんだ』

 ネコ師範はすでに知っているという具合に話を進めるが、しかし……と、ため息のあとに肩をすくめる。

『まさかお前たちが本当に用意してくるとはな』
「えっ、それって……意外って事?」
『違えよ』

 リティの言葉に率直な批判が返された。

『俺様はただお前らが、あれ以降二度と頼ろうとしないよう、脅しをかけたつもりだったんだ。相棒あいつなら『支払う必要なんてない』と言ってくれると思ってもいた。
 それなのにこう、本当に用意して来るんだもんな。しかも1週間程度で。おおよそ稼ぎにててたんだろ、馬鹿らしい』

 荒々しく言ってはいるが、表情にあるのは怒りではなかった。二度目のため息はどんよりと、遺跡調の床に流れ込む。
 ネコ師範は俺たちに向けて、手のひらを突き出した。大福のような肉球が、返済額の貯まった俺のギルドカードを拒絶する。

『そんなもの、俺様はいらない。お前たちが自身のために使え』
「えっ、でも頑張って稼いだのに。それにあの時の感謝の気持ちだって」
『いらねえっつってんだろ!!! そんな端た金なんか貰っても、俺様にとっちゃ邪魔なだけなんだよ!』

 今度は純粋な苛立ちが乗せられていた。リティも俺も、何も言えなくなって俯いた。

 本当に伝えたいのは感謝の気持ちなのに。口にしてもネコ師範には無意味、これだけが感謝を伝える方法だと思っていたのに。
 なにをしても伝える事ができずにいる自分たちに、胸が重くなる。

 その時、

『なら少年、その金を俺によこせ』

 背後から男の声、遅れてスタッと着地音が響く。ネコ師範が先に意外そうな顔を浮かべて、俺たちも振り向いた。

 視線の先にとまった人物。やや小柄な身体に対して大きすぎる外套と、狐面が特徴の人。
 他でもない、2日目からは俺たちギルドの側から姿を消していた男、鍛冶師ヤンだった。

『よぉ、ヴァルカン。あんたがここにいるなんて珍しいじゃねえか』
『はぁ、俺だってあいつらのガチ捜索が入らなければ、墓所構内に隠れてやり過ごすつもりだったんだ。あとヴァルカン言うな』
『クッヒッヒ! まあいいじねえか。何だっけか? 確かへファイ……』
『それもやめろ。何度も言っているはずだ、俺も兄者も、ただ古株の鍛冶師というだけで、鍛冶神などではないと』

 2人は口争いを繰り広げるが、しかしやはりというべきか、彼は雑談のために現れたのではない。鍛冶師ヤンは話を断ち切るとすぐに、ぶかぶかな外套の袖で俺を指差した。

『少年、お前がその10,000.cを俺によこしてくれるのならば、俺が鍛えた武器をやろう』
「えっ、ヤンさんの作った武器を!?」
『そうだ。お前らが喜ぶのはもちろんのこと、きっと我道のやつも嬉しくなる。そうなれば、実質そこのクソネコへの感謝にもなるだろう』
『けっ、言ってろ。べつに相棒あいつが喜んだところで、俺様はそんなに嬉しくはならねえよ!』

 ネコ師範はフンッとそっぽを向いた。しかしその言い回しといい、パタパタ振る尻尾といい、本意は隠せていないようである。

 いや、そんなことよりも、だ。

 俺はすぐにリティと見合わせた。満面の笑み、俺もきっと同じ顔をしている。議論の必要もなく「うん!」と、ただその一言で頷いた。
 そうして俺は彼の狐面と目を合わせて、

「ヤンさん、お願いします!」

 即答した。



 ヤンさんは代金を受け取って、外套の中に手を入れる。ガサゴソと、すぐに取り出されたのは、ズバリ斧だった。
 子供の手にも収まる握りと、光を反射してきらめく金属の柄。50cmほどのその先端には可動性の機構が備わったネジ式の留め具があり、鋭く幅広で重量感のある片刃の斧頭が取り付けられていた。

『オルタナティブ・トライ、名付けるとすれば【メカニカルトマホーク】だ。コンセプトは多才で器用なロマンアクス。基本は手斧だが、柄に仕込んだ中棒を調整することで折りたたみ傘のごとく伸びて、全長1メートル超の戦斧にもなる。通常の戦斧が苦手とする精密な戦術にもある程度は対応できる。大が兼ねない小も、こいつなら補ってくれるだろう。
 とはいえ、扱い方は人それぞれ。多才なこいつはどんな局面にも対応してくれるだろう』

 少々高めの声で自信満々に繰り広げるヤンさんの解説は、俺には正直よくわからなかった。でもこの斧の凄さだけは、十二分に伝わってくる。

 それから丁寧に、両手で手渡される。脳裏には先日の、新調されたギルドカードを受け取る時の光景がよぎる。
 俺も慎重に、手に取った。最初に感じたのは、ずっしりと来る重さだった。ヤンさんが手を離すと、想像以上の重みで腕が沈んだ。

「これが、斧の感触」

 俺の身の丈にすっぽり収まるサイズ感だが、その重量はいつもの十文字槍と同等、いやそれ以上かもしれない。重心が傾いているのがわかる。

「……せいっ!」

 試しに振ってみる。鈍重な塊が腕を引き伸ばし、それでなお空気を叩き切った。

 想像通り、今の俺では制御はできない。
 しかしこの力、この重さ、今までの俺にはまったくなかった。意のままに操れるならばきっと、平地竜の鎧のような皮膚だって断ち切れるに違いない。
 それは俺にとって、まったく新しいスタイルだった。先の姿を想像するだけで、俺の頬は上がりっぱなしだった。

「ありがとうございます!」

 俺は深く頭を下げて、心からお礼を言った。

『よしよし、いい礼だ。その言葉があるだけで、俺たちの界隈は賑やかになる。こちらこそご購入いただき、ありがとうございます』

 ヤンさんも丁寧なお辞儀で返した。お面で素顔は見えないが、おんぷ混じりの調子になっているのは確かだった。


 そして彼は身を翻す。

『……少年少女よ、決して屈するな』
「「えっ?」」

 ボソッと、ヤンさんが言った。聞き返すが、彼はそれ以上こちらを振り向くこともなく、

『怖じることなく、無謀でもなく、ただ信念のままに戦え。さすれば……』

 そこで口籠り、ヤンさんは首を横に振る。気づくと彼は、地下街の通りに姿を消した。
 ネコ師範もすでに立ち去っていた。ここにいる理由はもう何もない。

「リティ、明日は俺たちの力を見せてやろう。俺たち境目……いや、これを言うのは宣言の時か」
「うん、そうね。ともかく明日は、頑張ろう!」
「ああ、任せてくれ!」

 今はその名を轟かせず、俺たちは決意を新たに意気込んだ。
 それは妙な胸騒ぎを落ち着けるためだろうか? いや、理由はなんだっていい。明日何があったとしても、俺たちの道は変わらない。

 俺はリティと手を繋いで、ギルドへと帰るのだった。




(ryトピック〜カイのギルドカード〜

【名前】カイ・ミディア

種族:【ヒト族-純人種】Lv.17

能力:特能系【氷属性適性】Lv.6
種族能力:【スタンダード】Lv.1
流派:【魔導師】Lv.6


フィジカルランク:Lv.65

耐久力:【D+】
精神力:【C-】
筋力 :【D+】
機動力:【C-】
持久力:【D+】
思考力:【C+】


 6人隊の一員にして、部隊では数少ない魔法適性を持った青年。氷の魔女ミディアの子である彼は、奇しくも母と同じ能力を持っていた。
 戦闘面でも言わずもがな、氷魔法を主軸とした魔法戦法を得意とする。魔法剣による近接戦もでき、物理要素の強い氷属性で遠距離でも相応の力を発揮するが、彼自身は後衛職として補助に徹したいと考えている。

 なお能力【氷属性適性】は、氷属性に関する技術の才覚を示し、同時にある程度の氷耐性も獲得できる。他の属性でも同系統のものがあるため、世界的に見ればありふれた能力だと言える。もちろんそこは、彼らの腕の見せどころと言えるが。

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