境目の物語

(ry

宙を駆ける戦い


「へえ〜、その鍵にそんな秘密が。俺が言うのもなんだけど、君は幸運だね〜」
「まあな。我道さんたちからのプレゼントは、ちょっと手厚すぎる気がするけど」
『ははは。ラグには常連の愛盾、テントの盾も返さねばならないからな。それに倉庫なんだから、物品は多いほうが映えていいだろう』

 依頼をうけて浅層を進む道中、俺たちは例の歪な鍵の話題で盛り上がっていた。脳裏には昨晩の光景が浮かぶ。

 鍵のことを教えるなり、我道さんからは武具道具の収納と直剣5本が、番亂さんからは鍋と30枚の皿が、それぞれ贈られた。
 やはり貰いすぎだとは思うが、2人からの押しが強くて断れなかったというわけである。……とは言うものの、いつもの十文字槍を収納してきたあたり、受け入れているのが今の俺なのだろう。

「皆さん、到着しましたよ。あれが今回の標的です」

 そうこうしていると、先頭にいたメアリから声がかかった。彼女の指差しに、俺たち5人の視線が向かう。

 特に大きなゲートをくぐった先に見える、巨大な下り階段。この広間は第二層と第三層とを繋ぐ場所だと聞いている。
 ただし、今重要なのはそこではない。メアリが指差しているのは広間の天井、こちらを覗く10の眼光。依頼の標的であり、討伐対象でもある、コウモリの怪異だ。

「へー、天井にぶら下がってるあれが飛鼠とびねずみか」
「たしかにあの視線、けっこう精神にくる。早く駆除しないとだね」

 観察眼で標的を確認して、俺はレイピアを引き抜く。リティも棍棒を構えて、肩を並べる。戦闘準備は万全だ。





 そうして俺の閃裂斬で開戦と行く。
 しかし放たれた刃は、マントのような翼膜で防がれてしまう。至近距離の閃裂を受けてなお傷口すら開かない、これまでに見ないほどの強靭さだった。

「ごめんごめん、言い忘れてた。飛鼠には基本、飛び道具が効かないんだよ」
「飛鼠の翼膜は非常に強靭で、刺突(水属性)以外ならギガ級の魔法にも耐えるくらいの質で……あ、でも飛鼠そのものは攻撃的ではないので、実害は精神力の摩耗まもうくらいなんです」

 ホグドは両手を合わせて謝り、ニュートからはやたら早口の補足説明が入った。飛鼠は今も天井にぶら下がったまま、こちらに鋭い眼光を向けている。

 しかしどうすればそんな相手を倒せるのだろうか。となりで首を傾げるリティも、きっと同じ気持ちだろう。
 そこでドーンと胸を張るのが、魔法使いのメアリである。そう、俺たちの真の目的は、新魔法のテストプレイなのだ。

「はい、ここで出番です。まずはこれをどうぞ」

 メアリが魔法を詠唱し、手のひらからは青白い光が放たれる。不思議な事にそれは、宙に留まって板状に変形した。

「これが俺の発見した、2つ目の新魔法だ。ざっと浮遊台と呼ぼうか。昨日見せた魔法と同じで抽出を使ってるんだけど、ご覧の通り」

 スピーチしながら歩み寄ったホグドは、魔法の板をノックしてみる。カツンッと心地よい音、板は静止して動かない。

「カッチカチの板ってわけ。打撃武器で砕かない限りは、踏み台にも申し分ない強度さ。で、これをこうすると……頼んだメアリ! ニュートヨゾラ!」
「構えて、ニュートアカツキ!」
「はいっ!」

 ホグドの合図に合わせて、メアリとニュートが同時に魔法を発動した。計4枚の板が浮遊する。
 ただ浮いているだけではない。俺の観察眼が捉えるそれはまるで、コウモリの元へと続くアスレチックコースだ。

「よしっ!」

 そのことに気づくや否や、ホグドが飛び上がる。素早い壁蹴り、もとい板蹴りの三角飛びで急接近を図る。
 対する飛鼠は、反応が間に合っていない。かなり遅れて翼を広げたところで、

「正拳突き!」

 ホグドの拳が的確に胴を砕いて瞬殺。墜落した飛鼠の横に着地するホグドは、余裕の表情で俺たちにウインクした。

「ほら、簡単だろ。武闘家ルーキーの俺でもできる。君たちにはこれを試してもらいたいんだ。それじゃ、あとはよろしく!」

 ホグドが下がって、代わりに魔法使いの2人が出た。すぐに新魔法の浮遊台が展開される。

「よし、行こうリティ!」
「ええ、任せて!」

 俺たちは一緒に飛び上がった。

 3日前に天井で試したように、自身の体を撃ち出すように飛ぶ。となりではリティが、慣れた手つきで身体を弾ませる。

 前方のコウモリ2匹は動かない。
 動けないのではなく、不動の構え。翼膜で受け流す、的確な防御姿勢で待ち構えている、という事だ。

「隙は見せてくれない……けどな!」

 最寄りの浮遊台で急加速。俺はレイピアを突き出して、飛鼠の膜を突き破った。
 これが本当の使い方。俺は得意じゃないけど、斬撃を凌ぐ刺突こそが尖剣の真骨頂。弱点を突けるならなお良しだ。

「せやぁっ!」

 すぐ横でリティの掛け声。接近を図ろうとした飛鼠への回し蹴りが、バチンッと轟く。
 当然のように翼膜の防護を貫通するその破壊力には、うらやましさを覚えずにいられない。とても憧れるし、それに頼りになる。

『おーいラグ、あと2匹も逃がさないようにな』
「ああ、わかった。メアリさんお願いします!」
「任せなさい!」
「お助けします!」

 討伐という形式上、逃しては意味がない。のちの冒険者が被害に遭わないように、討ち倒すのがこの依頼だ。

 突き刺したコウモリを払い落とし、逃げ行く先を魔法の浮遊台が切り拓く。
 飛び乗り、踏み出し、天井付近を渡りついでコウモリを目指す。今回は真下を行くリティが先行した。

「飛んでけッ! プルⅡブーメラン!!!」

 双頭棍の鋭い投擲、続く武器吸引のブーメラン。俺には見覚えがあるコンボを、2匹は紙一重で躱す。だがさらに差し込む打撃が片方を崩した。

「お願いラグ!」
「任せろリティ!……よし決めた、こいつの名前は跳翡翠とびひすいだ!」

 掛け声に合わせて身を撃ち出し、放つ。直感で命名したこの新技で、飛鼠の身体を撃ち抜いた。
 俺たちの連携もだいぶ格好がついてきたようである。リティとなら歩調が合うし、もっと極めていきたい。
 けど今は最後の1匹に集中だ。

 一瞬とは言えマークが外れたコウモリ。俺とリティが挑む4匹目の飛鼠は、広間のゲートから飛び出した。
 すぐに真下の浮遊台を蹴り出して、俺は追撃を急ぐ。しかしその時である。

「待ったラグ! それ以上は魔法の射程圏外だ!」
「えっ?」




 メアリに代わるホグドの声で、ラグの顔が固まった。
 すでに最後の浮遊台を蹴り出して、広間の外へ飛び出していた。そして運の悪い事に、この先は吹き抜けになっている。

 つまり奈落へ真っ逆さま。

「嘘だろ!?」

 青髪の少年は顔まで真っ青にして悲鳴を上げた。
 翡翠系の空中戦法を経ているからか姿勢は崩れず、両足はなお次の足場を求める。もう一つ浮遊台があれば、高度を保ちつつ壁面に向かえる上、追撃も決められる状況。なのに、足りない。

 そんな時、少年の背後で鞭打つ音が響いた。

 リティだった。少年を追う少女は前に飛び出し、左手を突き出して、

「…………」

 直後その掌から放たれる、青白い光。ラグの足元に、魔法の浮遊台が形成される。
 誰もが目を丸くする。最初の発現者であるホグドたち、ラグ救出の出番を窺っていた我道さん、そしてリティ本人まで。

 彼らの中では、ラグが一番冷静だった。
 即座に浮遊台で踏み込み、奈落のそらにその身を撃ち出し、方向調整された跳翡翠で飛鼠を斬り倒す。
 それから正面方向の壁面に着いて、力強い三角飛び。脚力を生かした強引な返しで、どうにか足場への帰還を果たすのだった。





 スタッと、着地したラグの顔はいまだに固まっていた。
 なんとか足だけは動かして、リティの元へと駆け寄る。彼女もまた、左手を突き出した体勢のままだった。

「今の、リティがやったのか?」
「ええっと……うん」

 少女は腕を下ろし、こくりと頷く。目は泳ぎ、頬は赤みを帯びていた。

「凄いな」
「えっ」

 ボソッと呟き、呆気にとられたリティの手を、次の瞬間、ラグの両手が取った。少年の瞳に輝きが満ち溢れる。

「凄いなリティ! 俺なにが起きたのかよく分かんなかったけど、足場の配置もぴったりで、おかげで助かったよ。ありがとう!」
「えっあ、うん。えっと、どういたし……まして?」

 リティは今成した事への実感が持てず、戸惑って、舌が回らなくなっていた。
 そのあたりで、後方の4人が駆けつけた。内ホグドとメアリは、興奮しきった様子である。

「なあ君、いったい何者なんだ? どうやってあの新魔法を、まさか見様見真似みようみまねで使ったとか!?」
「もしそうなら、あなた逸材すぎない!?」
「あっ、落ち着いてください。リティさんが困ってしまいますよ!」

 2人に平静を取り戻してもらおうと励む、ニュートの働きかけだ。
 リティも一度落ち着くために、胸いっぱいに息を吸い込む。鼓動の激しさは全員の共通事項だが少女は順序立てて、ありのままに言葉を紡ぐ。

「えっと……そう、なのかな。ラグを助けたいって思ってたら、出来ちゃった」
「ま、マジかよ。そういえば君、武器吸引も使ってたよな。あれ難易度高い魔法だと思うんだけど、もしかしてそれも?」
「……ええ、そうね。あの時は火口に落とした鶴嘴つるはしに手を伸ばしたら使えちゃったけど、今のもそんな感じ、なのかな?」

 そこまで聞くと、ホグドは腕組みして考え耽る。
 口には出さないが、元大魔道士だという彼は目に見えるほど冷や汗をかいていた。メアリに至ってはめまいを起こして、ニュートに支えてもらっている様子だ。

 次にホグドが喋り出そうとした時、我道さんが肩をたたく。

『まあまあ、この件は後回しだ。とりあえず先に依頼の報告、そのあとよろしければ、私から情報提供をしてあげよう』
「ああ……すまない。本当はあなたの手を借りたくはないけど、今回は甘えさせてもらおうか」

 我道さんの言い回しで、ホグドは我に返った様子だった。迫る対象をリティから我道さんに変更してから、

「なあ君、もし良ければ俺たちの学会に入らない? 君の力があれば学会も賑やかになるだろうし、もっと上位の魔法も教えてあげられるよ」
「えっ、いらない。それに私は、ラグと一緒にギルドをつくるから」
「そ、そっか……なんかごめん。今のは忘れてくれていいよ」

 聞くだけ聞いたホグドは身を翻す。6人はそれぞれ別の気持ちを抱えて帰路につくのだった。





ーーークエストリザルトーーー

○返済残額-【900.c】→【目標額到達!】
○評判-主に魔法使いの面々から向上

自己評価-【90点】

 今でもあの時の感覚が忘れられない。俺は確かに空を飛んでいたんだ。奈落を見た時はひやっとしたけど、でも楽しかった。
 適性のない俺にはよくわからないけど、リティのあの新魔法は一時のものではなく、ちゃんと使えるっぽい。今はまだ使いこなせないと思うけど、あれを連携に組み込めたらと、想像するだけでもワクワクが止まらない。

 ところで第二回命名会議は、この後しばらくしてから始まる。新しい技をひらめいた今の調子で、みんなが納得できる案を出したいところだ。




(ryトピック〜砂漠の魔物その6〜

雷猫ボルトキャット】平均Lv.40(稀に80)

 砂の交易街の地下、浅層に潜む黒毛の猫。鼠連から敵視されており、雷猫らいびょうと呼ばれることも。
 闇に紛れて音もなく盗みを働くその器量には、地下街の多くの人が悩まされている。

 戦闘能力に関しては、甘い攻撃を捌く機動力と、ヒゲや肉球から放つ雷が最大の特徴。致命傷とまではいかないものの、無力化し辛いその対処に悩む冒険者が大勢いる。
 またごく稀に、通常個体の倍ほどのレベルを持ったリーダー格が率いていることもある。こちらは【電光石火】なる捨て身の奥義を所有しており、特に危険視されている。


飛鼠とびねずみ】平均Lv.50

 地下の迷宮にて、天井から鋭い視線を送ってくる等身大のコウモリ。鼠連の一員であり、飛鼠ひそと呼ばれることも。
 本人たちは隠れているつもりだが、その眼光を当てられ続けて違和感を覚えない者はいない。

 基本的に身体能力は低く、視線でじわじわと精神力と持久力を削ってくる生粋の弱体補助役デバッファー。そのうえ煩わしさに駆られて反撃しようものなら、全ステータスを防御に振ったような強靭な翼膜でいなしてくるデコイも兼ねている。
 冒険者の継戦能力を削ぐために存在しているとしか言えない性能だが、本人たちはまだバレていないと思っている。むしろ翼膜目当てだと勘違いして、無意味な攻撃をあざ笑っているのである。

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