境目の物語
雷猫と渡り合う激闘の午後
そこは文字通りの資材庫だった。
加工されたアドベ建材と木材、門番用の軽鎧や盾に長槍、さらには防衛兵器用の予備弾薬など。他にも様々な物資がラックに収められたこの空間はまるでホームセンターであり、無性に好奇心をかき立てるのだ。
依頼の猫たちもそこにいた。燭台が灯っていない暗闇の中で、瞳を光らせるこの怪異たちは、もちろんただの子猫などではない。
全長1メートルほどで黒い肌の身体は、しなやかな肉体が美しい曲線を描く。毛皮は薄く、しかしピンと伸びた髭はわずかに電気を迸らせていた。
10数匹の猫は資材やラックに乗り、身体を伸ばしてあくびする。
その時だ。不意に強力な風が吹き荒れた。
「「閃裂斬ッ!!!」」
同名でありながら、性質が全く異なる2つ。
荒れ狂う嵐は群れの数匹をまとめて食い千切り、一閃の突風は1匹を確実に斬り刻む。どちらも即死の一撃だった。
「お見事……だが主よ、それは裂風斬ではあるまいか?」
「えっ、これ閃裂斬じゃないのか!?」
「然り。閃裂斬は閃風と裂風を掛け合わせた、私のオリジナル剣技である。あの日の説明のみで裂風の習得に至るとは驚きだが、これは閃裂も正しく伝授せねばならぬな」
ラグとハヤテマルの2人は会話を挟みながら、資材庫の開けた中央部に躍り出た。
猫たちの視線が鋭くなる。すぐに資材の影に隠れて、暗闇に紛れようとした。しかしその最中、尾を持つ人影が跳び上がる。
「火炎壁!」
リティと、お得意の炎魔法だ。
うねる軌跡にそって噴き上がる火炎は猫の退路を奪う。さらに炎の一部は天井のシャンデリアを灯して廻り、資材庫の暗闇を照らしてみせた。
「リティ殿、お見事! こちらも……はあっ!」
そばに着地したリティを称賛するのも束の間、炎壁の突破を試みる1匹に風帯の一枚を放つ。猫はたやすく切り飛ばされた。
ここに逃げ延びる術はない。猫の群れは悟らずにはいられなかった。
だからこそリーダーが前に飛び出す。群れの中でも特に上質な曲線美を描く、屈強かつしなやかな一匹だ。
『やな連中ね、あんたら』
女性的な、もっと言えば姉貴的な口調で、猫が喋った。
3人は驚かなかった。なにもこれが初ではない。特にハヤテマルは四天王という立場上慣れており、むしろ和解を試みる。
「ほう。怪異の種でありながら言葉を話すとは、勤勉なお方であられるようだ。ここはひとつ、交渉を願いたい」
『ふん、断る。どうせ「ここから立ち去れ害獣」とか言う気なんでしょ。でも残念、鼠連の連中に絡まれない上に人間の生活圏に近いこの優良物件を、そう易々と譲るわけにはいかないのよ』
単純かつ爽快感すら感じさせるほど、きっぱり断られた。
当然である。猫たちからすれば、意地と誇りと縄張りをかけた戦いなのだ。そこに和解など、ありえない話だった。
おかげで戦いは免れない。3人が武器を構え直したのと同時に、猫のリーダーが指示を出す。
『さあ野郎ども、やっておしまい!』
気合十分な叫び声。群れが散り、ラックや建材など地形を活用した機動力で迫る。
3人はすぐに斬撃波と火球で応戦した。
だが奇襲ならともかく、臨戦体勢を整えた猫たちはすべて躱してみせる。彼らは回避の達人なのだ。
「速すぎて当たらねえ! くっ!」
次いでなだれ込む猫の引っ掻き、噛み付き。
慎重な回避と受け流して捌きつつ、ハヤテマルの狙い澄ました蹴りが1匹を打ち上げる。
しかし追撃の閃風斬は、他の猫が打ち払った。
攻防どちらも隙を見せない、洗練された連携術。短時間とはいえ嵐のような接戦を繰り広げていながら、誰一人として継戦能力を欠かないほどの腕前である。
「くそっ、こうなりゃ閃裂、いや裂風斬でまとめて……!」
「待てラグ殿、それは隙が」
ここでついにラグが、しびれを切らした。静止を呼びかけるハヤテマルの声も間に合わず、裂風が飛び出す。
猫たちはあいも変わらず余裕の表情で躱した。それどころか裂風斬の隙を突いて、リーダーが懐に潜り込む。
「な、しまっ」
『肉球奥義、ハイボルトブロウ!』
瞬間、電撃迸る猫パンチ。
叩き込まれた腹部で雷が爆ぜて、轟音を掻き鳴らす。ラグは直撃をくらい、吹き飛ばされてしまった。
「ぐぁああっ!?」
『野郎ども、ボルトブロウをお見舞いしてやりな!』
指示に合わせて、群れが一斉に飛び出す。
宙に放り投げられたラグは、雷の直撃により身体を痙攣させていた。絶体絶命のピンチである。
「ラグ!」
リティは頭で考えるよりも先に飛び込んだ。
すかさず放った迅撃で猫を薙ぎ払い、捌ききれない数匹の雷撃は自らを盾にした。すべてラグを守るためだ。
「うっ!?」
爆ぜる雷を受けるのは、リティも例外ではない。尻尾を盾にしつつも背中で数発が破裂し、顔を苦痛に歪めて吹き飛ばされる。
それでも宙でラグを抱き留めて、2人はきりもみ回転しながら資材の山に激突した。
「ううぅ、ラグ大丈夫?」
「ああ、だいぶ効いたし……全身が痺れて動かねえ。けどおかげで……!」
転がって倒れたリティの腕の内。ラグは今もなお痙攣する腕を掲げ、リペアと酷似したエネルギーの力を解放した。
すると震えていた体が、スッと動きを止めた。痺れを打ち消したのである。
「ショックリペア。単なる荒療治だけど、これで行ける。助かったよリティ!」
感謝と起立。
手を取って立ち上がる2人は同時に隙だらけだが、集中攻撃に臨む群れは強固な風が障壁となる。風帯を盾状に展開して防ぐハヤテマルは、軽快な足運びで2人の前に出た。
「主ら、大事ないか?」
「ああ、むしろこれからだ。それにリティのおかげで、あいつらとの戦い方もわかった。迎撃なんて無し、俺たち3人も接近戦だ。あのリーダーを最優先で倒そう!」
「承知!」
「わかったわ!」
それは安否の確認でありながら、同時にごく短いミーティングでもある。
けれども理解するには充分。以心伝心で少年少女が肩を並べ、狼人は5本の帯を一本に束ねた。
そして両者ともが踏み出す。
相対速度も最高潮の迫り合いだ。悠長に狙いを定める余裕はない。人も、猫も!
「ハヤテマルさん!」
「承った、床式風刃!」
右手は刀の柄、獣の左手で放つ風魔法が狙うは群れの足元。風刃が踊る危険なトラップだ。
猫たちは早々に察して飛び上がる。ラグはレイピアを構え、ハヤテマルを続く魔法の詠唱に臨んだ。
「閃風斬!」
「スピードアップ」
鋭き斬撃波がトラップを両断し、補助魔法はほんの一瞬の足取りを軽くする。
3人は猫の下を潜り、急襲をすり抜けて突き進んだ。その奥で指揮を取るリーダーに向けて、一直線に駆けたのだ。
『ほんっとにやな連中ね!』
リーダーが踏み込んだ。
逃げるためではなく、攻めるため。雷をまとったその拳を叩き込むためである。
しかし3人は退かない。
「衝盾!」
「飛んでけッ!」
「一太刀見舞おうッ!!!」
雷撃を相殺する衝盾。
横に飛び退くラグと入れ替わりで、力強く投擲される双頭棍。
紙一重で身躱す猫の、わずかな隙を狩る風の太刀。
まさに刹那に瞬く連携。それをもかろうじて致命傷を避けるリーダーの力量には、流石としか言いようがない。
しかしまだだ。まだ終わっていない。
「武器吸引!」
『あぐぅッ!?』
リティの吸引魔法で引き戻された双頭棍が、道すがらのリーダーを殴り飛ばしたのである。しかも左目を潰した。
「よし! これでッ!」
「決めようッ!」
ラグとハヤテマルの2人が踏み込み、狙うは殴り飛ばされたリーダーへの追撃。間に合わせた結果の切っ先のみが、その胴体を浅く斬りつけた。
リーダーは地を転がり、左目と胴から血を垂らした。けれどもまだ、その闘志は消えていない。
『いいや……まださ。雷猫秘術、電光石火ッ!』
叫ぶその身体に、金色の紋様が浮かび上がる。そして閃光を放ち、消えた……いや、違う。
「えっ、うおっ!?」
「きゃっ!?」
「くっ!!」
次の瞬間、3人の武器が打ち上げられた。
リーダーは消えたと錯覚させるほどの速度……まさに電光石火の早業で、武器を狙って弾き飛ばしたのだ。
武器それぞれが、ラックの隙間にもぐり込んでしまった。
手負いの猫は資材庫の中央に姿を現すなり、大きくよろめいた。常識離れの回避と秘術の代償が、持久力を使い果てさせたのだろう。
それでもまだ、倒れない。リーダーとして、彼女は闘志を燃やし続ける。
『ふーっ、ふーっ……野郎ども、これが最後さ。存分に暴れな!』
満身創痍の中での指示。3人の背後、一度は無視していた群れが一斉に地を蹴った。
今度はハヤテマルが、いち早く前に出た。即座に手に取れる刀はないが、彼には風魔法がある。
「こちらはお任せあれ。ラグ殿、その十字槍で勝利を!」
「……拝承!」
覚悟の一声。
少年少女と狼人、双方が飛び出す。ハヤテマルは魔法で猫の群れを足止めし、ラグとリティはすぐにリーダーの前に出た。
リーダーの身体が再び金色に包まれる。
電光石火の構え、喘ぐのみで語られずとも2人にはわかる。だからこそ彼らは、発動に向かうのだ。
「認識眼ッ!」
「召霊術……!」
青い瞳を白黒に変え、背の十文字槍を手に取り、力強く踏み込む。
そして次の刹那。
『雷猫秘術、電光石火ッ!!!』
「……見切った、ここだッ!!!」
実際に口を開く余裕はなかった。心の声すらも、相手に通じ合ったとは到底思えない。
その場で交わされたのは、すれ違いざまに見舞われる渾身の刺突のみ。秘術の閃光とともに、大量の鮮血が飛び散った。
カランッと音を立てて槍が落ち、ラグが右胸を押さえて膝をつく。
ドタッと音を立てて壁に激突し、リーダーの身体が落ちる。
猫の群れは驚き戸惑い、すぐにリーダーの元に駆けつけた。
血溜まりをつくって横たわるその様子を確認し、次には低い鳴き声を一つ。群れは彼女の身体を咥えて、すぐにその場を去っていった。
「ラグ殿、ご無事か!?」
ハヤテマルは戦闘の終わりを見届けてすぐ、血相を変えて少年の元に駆けつける。
ところがラグが返したのは、元気いっぱいのピースサインだ。よく見るとラグの血を滲ませた胸、そこには淡い光を放つ鶏の姿があった。
「リティのおかげでこの通り。俺の勝ちだ!」
そう、リティの霊術だ。咄嗟に発動した召霊術-闘鶏様が身代わりとなり、致命傷を防いでくれたのである。
ハヤテマルはほっと息をつく。リティは内心、勘が当たってよかったと、安堵の息をはいたのだった。
どちらにしろ、勝利なのは間違いない。
物陰から見守っていた我道さんも、いつも通り頬を緩ませて駆け寄る。真っ黒スレンダーの彼は3人に、弾き飛ばされていた武器を拾って渡し、最後にラグの手を取って立ち上がらせた。
『お疲れ様、ラグ。あれほどの雷猫いることには驚いたが、よく電光石火を見切ったな。
しかし……ひどく身体がボロボロだ。そうとう疲れているだろう。さあ帰ろうか』
「ああ……」
ラグは一度、名残惜しそうに後ろを見た。
引きずられてできた血痕。くっきり塗り広げられたそれは、彼女の結末を告げるには充分だった。
「うん、帰ろう」
区切りをつけて、再び前を向く。4人は最低限の務めを済ませると、地下街への帰路につくのだった。
(ryトピック〜ハヤテマルのギルドカード〜
【名前】ハヤテマル
種族:【亜人間族-狼人種】Lv.21
能力:特能系【風帯】Lv.6
種族能力:【フットワーカー】Lv.8
流派:【商人】Lv.2
フィジカルランク:Lv.80
耐久力:【C-】
精神力:【D-】
筋力 :【C】
機動力:【B+】
持久力:【C】
思考力:【C+】
風の四天王であり孤高の1匹狼。生まれてこの方とあるコンプレックスを抱えてきたが、そんな自分を全く別のものに変えるべく、現在は素材商を目指して【目利き派生】の習熟に熱中している。
冒険者階級は【カルサイト級】。ラグと同じ階級にある彼は、砂漠で初めて冒険者となった。
戦闘面でも能力による刀とフットワークを活かした戦法を好み、風属性の上級魔法までを習得済み。ただし後者は精神力が低すぎて、実戦では使い物にならないらしい。
加工されたアドベ建材と木材、門番用の軽鎧や盾に長槍、さらには防衛兵器用の予備弾薬など。他にも様々な物資がラックに収められたこの空間はまるでホームセンターであり、無性に好奇心をかき立てるのだ。
依頼の猫たちもそこにいた。燭台が灯っていない暗闇の中で、瞳を光らせるこの怪異たちは、もちろんただの子猫などではない。
全長1メートルほどで黒い肌の身体は、しなやかな肉体が美しい曲線を描く。毛皮は薄く、しかしピンと伸びた髭はわずかに電気を迸らせていた。
10数匹の猫は資材やラックに乗り、身体を伸ばしてあくびする。
その時だ。不意に強力な風が吹き荒れた。
「「閃裂斬ッ!!!」」
同名でありながら、性質が全く異なる2つ。
荒れ狂う嵐は群れの数匹をまとめて食い千切り、一閃の突風は1匹を確実に斬り刻む。どちらも即死の一撃だった。
「お見事……だが主よ、それは裂風斬ではあるまいか?」
「えっ、これ閃裂斬じゃないのか!?」
「然り。閃裂斬は閃風と裂風を掛け合わせた、私のオリジナル剣技である。あの日の説明のみで裂風の習得に至るとは驚きだが、これは閃裂も正しく伝授せねばならぬな」
ラグとハヤテマルの2人は会話を挟みながら、資材庫の開けた中央部に躍り出た。
猫たちの視線が鋭くなる。すぐに資材の影に隠れて、暗闇に紛れようとした。しかしその最中、尾を持つ人影が跳び上がる。
「火炎壁!」
リティと、お得意の炎魔法だ。
うねる軌跡にそって噴き上がる火炎は猫の退路を奪う。さらに炎の一部は天井のシャンデリアを灯して廻り、資材庫の暗闇を照らしてみせた。
「リティ殿、お見事! こちらも……はあっ!」
そばに着地したリティを称賛するのも束の間、炎壁の突破を試みる1匹に風帯の一枚を放つ。猫はたやすく切り飛ばされた。
ここに逃げ延びる術はない。猫の群れは悟らずにはいられなかった。
だからこそリーダーが前に飛び出す。群れの中でも特に上質な曲線美を描く、屈強かつしなやかな一匹だ。
『やな連中ね、あんたら』
女性的な、もっと言えば姉貴的な口調で、猫が喋った。
3人は驚かなかった。なにもこれが初ではない。特にハヤテマルは四天王という立場上慣れており、むしろ和解を試みる。
「ほう。怪異の種でありながら言葉を話すとは、勤勉なお方であられるようだ。ここはひとつ、交渉を願いたい」
『ふん、断る。どうせ「ここから立ち去れ害獣」とか言う気なんでしょ。でも残念、鼠連の連中に絡まれない上に人間の生活圏に近いこの優良物件を、そう易々と譲るわけにはいかないのよ』
単純かつ爽快感すら感じさせるほど、きっぱり断られた。
当然である。猫たちからすれば、意地と誇りと縄張りをかけた戦いなのだ。そこに和解など、ありえない話だった。
おかげで戦いは免れない。3人が武器を構え直したのと同時に、猫のリーダーが指示を出す。
『さあ野郎ども、やっておしまい!』
気合十分な叫び声。群れが散り、ラックや建材など地形を活用した機動力で迫る。
3人はすぐに斬撃波と火球で応戦した。
だが奇襲ならともかく、臨戦体勢を整えた猫たちはすべて躱してみせる。彼らは回避の達人なのだ。
「速すぎて当たらねえ! くっ!」
次いでなだれ込む猫の引っ掻き、噛み付き。
慎重な回避と受け流して捌きつつ、ハヤテマルの狙い澄ました蹴りが1匹を打ち上げる。
しかし追撃の閃風斬は、他の猫が打ち払った。
攻防どちらも隙を見せない、洗練された連携術。短時間とはいえ嵐のような接戦を繰り広げていながら、誰一人として継戦能力を欠かないほどの腕前である。
「くそっ、こうなりゃ閃裂、いや裂風斬でまとめて……!」
「待てラグ殿、それは隙が」
ここでついにラグが、しびれを切らした。静止を呼びかけるハヤテマルの声も間に合わず、裂風が飛び出す。
猫たちはあいも変わらず余裕の表情で躱した。それどころか裂風斬の隙を突いて、リーダーが懐に潜り込む。
「な、しまっ」
『肉球奥義、ハイボルトブロウ!』
瞬間、電撃迸る猫パンチ。
叩き込まれた腹部で雷が爆ぜて、轟音を掻き鳴らす。ラグは直撃をくらい、吹き飛ばされてしまった。
「ぐぁああっ!?」
『野郎ども、ボルトブロウをお見舞いしてやりな!』
指示に合わせて、群れが一斉に飛び出す。
宙に放り投げられたラグは、雷の直撃により身体を痙攣させていた。絶体絶命のピンチである。
「ラグ!」
リティは頭で考えるよりも先に飛び込んだ。
すかさず放った迅撃で猫を薙ぎ払い、捌ききれない数匹の雷撃は自らを盾にした。すべてラグを守るためだ。
「うっ!?」
爆ぜる雷を受けるのは、リティも例外ではない。尻尾を盾にしつつも背中で数発が破裂し、顔を苦痛に歪めて吹き飛ばされる。
それでも宙でラグを抱き留めて、2人はきりもみ回転しながら資材の山に激突した。
「ううぅ、ラグ大丈夫?」
「ああ、だいぶ効いたし……全身が痺れて動かねえ。けどおかげで……!」
転がって倒れたリティの腕の内。ラグは今もなお痙攣する腕を掲げ、リペアと酷似したエネルギーの力を解放した。
すると震えていた体が、スッと動きを止めた。痺れを打ち消したのである。
「ショックリペア。単なる荒療治だけど、これで行ける。助かったよリティ!」
感謝と起立。
手を取って立ち上がる2人は同時に隙だらけだが、集中攻撃に臨む群れは強固な風が障壁となる。風帯を盾状に展開して防ぐハヤテマルは、軽快な足運びで2人の前に出た。
「主ら、大事ないか?」
「ああ、むしろこれからだ。それにリティのおかげで、あいつらとの戦い方もわかった。迎撃なんて無し、俺たち3人も接近戦だ。あのリーダーを最優先で倒そう!」
「承知!」
「わかったわ!」
それは安否の確認でありながら、同時にごく短いミーティングでもある。
けれども理解するには充分。以心伝心で少年少女が肩を並べ、狼人は5本の帯を一本に束ねた。
そして両者ともが踏み出す。
相対速度も最高潮の迫り合いだ。悠長に狙いを定める余裕はない。人も、猫も!
「ハヤテマルさん!」
「承った、床式風刃!」
右手は刀の柄、獣の左手で放つ風魔法が狙うは群れの足元。風刃が踊る危険なトラップだ。
猫たちは早々に察して飛び上がる。ラグはレイピアを構え、ハヤテマルを続く魔法の詠唱に臨んだ。
「閃風斬!」
「スピードアップ」
鋭き斬撃波がトラップを両断し、補助魔法はほんの一瞬の足取りを軽くする。
3人は猫の下を潜り、急襲をすり抜けて突き進んだ。その奥で指揮を取るリーダーに向けて、一直線に駆けたのだ。
『ほんっとにやな連中ね!』
リーダーが踏み込んだ。
逃げるためではなく、攻めるため。雷をまとったその拳を叩き込むためである。
しかし3人は退かない。
「衝盾!」
「飛んでけッ!」
「一太刀見舞おうッ!!!」
雷撃を相殺する衝盾。
横に飛び退くラグと入れ替わりで、力強く投擲される双頭棍。
紙一重で身躱す猫の、わずかな隙を狩る風の太刀。
まさに刹那に瞬く連携。それをもかろうじて致命傷を避けるリーダーの力量には、流石としか言いようがない。
しかしまだだ。まだ終わっていない。
「武器吸引!」
『あぐぅッ!?』
リティの吸引魔法で引き戻された双頭棍が、道すがらのリーダーを殴り飛ばしたのである。しかも左目を潰した。
「よし! これでッ!」
「決めようッ!」
ラグとハヤテマルの2人が踏み込み、狙うは殴り飛ばされたリーダーへの追撃。間に合わせた結果の切っ先のみが、その胴体を浅く斬りつけた。
リーダーは地を転がり、左目と胴から血を垂らした。けれどもまだ、その闘志は消えていない。
『いいや……まださ。雷猫秘術、電光石火ッ!』
叫ぶその身体に、金色の紋様が浮かび上がる。そして閃光を放ち、消えた……いや、違う。
「えっ、うおっ!?」
「きゃっ!?」
「くっ!!」
次の瞬間、3人の武器が打ち上げられた。
リーダーは消えたと錯覚させるほどの速度……まさに電光石火の早業で、武器を狙って弾き飛ばしたのだ。
武器それぞれが、ラックの隙間にもぐり込んでしまった。
手負いの猫は資材庫の中央に姿を現すなり、大きくよろめいた。常識離れの回避と秘術の代償が、持久力を使い果てさせたのだろう。
それでもまだ、倒れない。リーダーとして、彼女は闘志を燃やし続ける。
『ふーっ、ふーっ……野郎ども、これが最後さ。存分に暴れな!』
満身創痍の中での指示。3人の背後、一度は無視していた群れが一斉に地を蹴った。
今度はハヤテマルが、いち早く前に出た。即座に手に取れる刀はないが、彼には風魔法がある。
「こちらはお任せあれ。ラグ殿、その十字槍で勝利を!」
「……拝承!」
覚悟の一声。
少年少女と狼人、双方が飛び出す。ハヤテマルは魔法で猫の群れを足止めし、ラグとリティはすぐにリーダーの前に出た。
リーダーの身体が再び金色に包まれる。
電光石火の構え、喘ぐのみで語られずとも2人にはわかる。だからこそ彼らは、発動に向かうのだ。
「認識眼ッ!」
「召霊術……!」
青い瞳を白黒に変え、背の十文字槍を手に取り、力強く踏み込む。
そして次の刹那。
『雷猫秘術、電光石火ッ!!!』
「……見切った、ここだッ!!!」
実際に口を開く余裕はなかった。心の声すらも、相手に通じ合ったとは到底思えない。
その場で交わされたのは、すれ違いざまに見舞われる渾身の刺突のみ。秘術の閃光とともに、大量の鮮血が飛び散った。
カランッと音を立てて槍が落ち、ラグが右胸を押さえて膝をつく。
ドタッと音を立てて壁に激突し、リーダーの身体が落ちる。
猫の群れは驚き戸惑い、すぐにリーダーの元に駆けつけた。
血溜まりをつくって横たわるその様子を確認し、次には低い鳴き声を一つ。群れは彼女の身体を咥えて、すぐにその場を去っていった。
「ラグ殿、ご無事か!?」
ハヤテマルは戦闘の終わりを見届けてすぐ、血相を変えて少年の元に駆けつける。
ところがラグが返したのは、元気いっぱいのピースサインだ。よく見るとラグの血を滲ませた胸、そこには淡い光を放つ鶏の姿があった。
「リティのおかげでこの通り。俺の勝ちだ!」
そう、リティの霊術だ。咄嗟に発動した召霊術-闘鶏様が身代わりとなり、致命傷を防いでくれたのである。
ハヤテマルはほっと息をつく。リティは内心、勘が当たってよかったと、安堵の息をはいたのだった。
どちらにしろ、勝利なのは間違いない。
物陰から見守っていた我道さんも、いつも通り頬を緩ませて駆け寄る。真っ黒スレンダーの彼は3人に、弾き飛ばされていた武器を拾って渡し、最後にラグの手を取って立ち上がらせた。
『お疲れ様、ラグ。あれほどの雷猫いることには驚いたが、よく電光石火を見切ったな。
しかし……ひどく身体がボロボロだ。そうとう疲れているだろう。さあ帰ろうか』
「ああ……」
ラグは一度、名残惜しそうに後ろを見た。
引きずられてできた血痕。くっきり塗り広げられたそれは、彼女の結末を告げるには充分だった。
「うん、帰ろう」
区切りをつけて、再び前を向く。4人は最低限の務めを済ませると、地下街への帰路につくのだった。
(ryトピック〜ハヤテマルのギルドカード〜
【名前】ハヤテマル
種族:【亜人間族-狼人種】Lv.21
能力:特能系【風帯】Lv.6
種族能力:【フットワーカー】Lv.8
流派:【商人】Lv.2
フィジカルランク:Lv.80
耐久力:【C-】
精神力:【D-】
筋力 :【C】
機動力:【B+】
持久力:【C】
思考力:【C+】
風の四天王であり孤高の1匹狼。生まれてこの方とあるコンプレックスを抱えてきたが、そんな自分を全く別のものに変えるべく、現在は素材商を目指して【目利き派生】の習熟に熱中している。
冒険者階級は【カルサイト級】。ラグと同じ階級にある彼は、砂漠で初めて冒険者となった。
戦闘面でも能力による刀とフットワークを活かした戦法を好み、風属性の上級魔法までを習得済み。ただし後者は精神力が低すぎて、実戦では使い物にならないらしい。
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