境目の物語

(ry

仲間としての自己紹介

 ラグとリティは絶句していた。


 ヘキサやランドに連れられた場所には、3つのブルーシートが広がっていた。ほかの6人隊グループやザイルの鞄が陣取っているのである。
 しかしラグとリティにとって見過ごせない光景が、そこにはあった。

 彼らの向かって右、横になった大男ゴルドは、左腕に包帯を巻いている。二人の脳裏には、門番の「お祭り騒動」という言葉が浮かび、多少は驚きも緩和されていた。
 しかし左側、なぜかカイとアルが伸びているシート。そこには、氷製のメカメカしい物体……厳密には等身大の車両があったのだ。

 初対面のリティはおろか、少しは付き合いのあるラグですら、この様には理解が追いつかない。
 リティは口をぽかんと開けたまま棒立ちし、ラグは機械に対する条件反射で少し青ざめていたのである。

「な、なあアルさん、それは何だ?」
「ん? 君か。これはクシナの後継機、氷製小型魔導戦車さ」

 ラグの質問に答えながら、アルはふらふらと立ち上がって車両に手をつく。周囲に白い霧を漂わせるそれは、二重の要素でラグを恐怖させていた。
 一方のリティは対照的に目を輝かせながら、

「すごい、外の世界にはこんな物もあるのね! それに魔導って事は……魔法で動かしてるの?」

 と心躍らせていた。おそらく初めてであろうメカに興味津々の少女を前にして、アルもご満悦である。

「そうさ、君なかなかいい目してるじゃないか。でも残念だったね。これを動かせるのは、6属性全ての魔法を扱える魔法使いだけさ」
「そんなー、私炎魔法しか使えないよ」

 アルにいじわる気に言われて、リティは肩を落とす。そこに質問を投げつけたのは、今しがた恐怖を拭い去ったラグだ。

「ちょっと待て! えっ、カイは氷魔法だけだったよな。じゃあ誰が動かすんだ?」
「誰って……僕に決まってるじゃないか。もしかして君、ミーティア出身で天才技術者の僕が魔法を使えないとでも思ってんの?」
「ミ、ミーティア出身だってーッ!?!?」

 ラグに衝撃が走った。ミーティアとは、【魔導科学の国】のことを指す。そこは一時的とは言え、ラグがお世話になった国なのだ。
 そんな事を知れば、ラグも興味が尽きない。少年少女ふたりが、アルにがっつこうとした所へ、ヘキサが割って入った。

「3人とも、続きはこの後にしましょう。今は自己紹介が先、でしょう?」
「あ、ああ……そうだったな」

 本来の目的を思い出し、ラグは胸に手を当てて心を鎮める。一度湧き上がった興奮を落ち着けるには、深呼吸すら必要だった。
 その後に呼びかけて、全員は自己紹介の準備に入った。





 まだ名のないギルドの仲間たちは、一番広い中央のシートで輪になって座った。荷物の影から這い出たグルはラグの膝に乗り、我道さんたち3人は外野で見物人となっていた。

 ザイルは商談で席を外しており、メンバー勢揃いとは言い切れない。ハヤテマルによると、彼の商談は談の数すら定かではないようだ。
 さすがにいつ戻るかも分からないザイルを待っていられるほど、彼らは我慢強くない。なので話はすぐに始まっていた。

「まずはギルドマスター(暫定)の俺からだな。俺はラグレス・モニターズ、13歳の冒険者だ。能力【境目を歩む者】の効果どころか自分が何者かも分かってないけど……まあこれからもよろしく!」

 筆頭のラグは自らを包む謎の存在を再確認しつつ、曖昧に自身を紹介した。周りから拍手が上がり、流れにはリティが続く。

「私はリティ・ヴァルム。ヴァルム属の竜人で、棍術と格闘が得意で、ええっと……今はラグと一緒に旅をしてます」

 少女は緊張で顔を強張らせながらも、手を胸に置いて本心を前面に出した。周りは華やかさに頬を緩ませ、ラグはほんの少し照れて頭をさすった。
 ところが次の、リティとしては補足程度の気持ちで放たれたひとこと。

「それとあと、能力は【千載一遇せんざいいちぐう-追影ついえい】です!」
『『『え“っ!?!?』』』

 その時輪の外側で、3人が揃って口をあんぐり開けた。
 当然、内側の視線は彼らに注がれる。特にリティは、反応の意図を気にしていた。

「私……何か変なこと言いましたか?」
『い、いや何も。それがお嬢さんの能力であるのなら、私は受け入れよう。だ、だからほら、話を続けるといい』
「でも我道さん、声が震えてませんか?」
『うっ!?』

 我道さんはどうにかはぐらかすが、その程度で引き下がるリティではない。
 参ったなあ。そう言いたげに頭を掻く我道さんは次に、グルに目配せする。大トカゲはコクリと頷くと、どこからともなく巻物を引っ張り出して、自らの正面に広げていた。

〔次は僕の番、それでいいですよねリティさん。
 僕はグールドモニターのグル。人のように喋る事はできませんが、能力を使うことで、こうして文字で意思疎通ができます。
 以前ギルドと共にあった身として、僕もご助力いたしますから、どうぞよろしくお願いします〕

 人の目で追える速さで順に文字を浮き上がらせて、最後にはペコリとお辞儀。
 その動物らしからぬ礼儀正しさには思わず賞賛の声が上がり、さしものリティも目を惹かれる。我道さんはホッと息をついていた。

「では私が続こう。私は風の四天王、閃風のハヤテマルである。【風帯】からなる閃風の刃をもって、主らにご助力致そう」

 グルに続いて名乗りを上げた青白き狼人は、背負った刀を引き抜いて誓った。なびく6枚の刃はまさに逸品、誰もが目をうっとりさせるほどである。

「ええ、それと……私は素材商でもあり、革細工も心得る。何か依頼があるならば、任せて頂きたい」

 最後はきっちりと、今の自身を売っていく。決して巧みとは言えずとも商人らしさを見せた彼は、ジャズに番を移した。

「じゃあ次は俺がいこう。6人隊は最後に取っておきたいからなあ」
「ええジャズさん、お願いします」

 続いて名乗り上げるジャズはまず、配慮の言葉を送った。これにはヘキサもにっこりである。

「どーも、俺はジャズ・エトランゼ。ランドの友達であり、悪意のかたまりだ」
「「「悪意だって!?」」」
「ふっふっふ」

 ジャズは悪役っぽいポーズと共に不敵に笑い、青少年からは驚きの声が上がる。
 まさに思惑通り。「はっはっは!」と高らかに笑うジャズはその時点で、いつものラフさを取り戻していた。

「いいリアクションをありがとう、でもこれは冗談で言ってるわけじゃないのさ。なんたって悪意は『知っている』って意味を持つからな。せっかくだし覚えて帰るといい」
「へーそうなのか。つまりジャズには、何か隠し事があると?」
Exactlyイグザクトリー! その通り、君はなかなかいい勘の持ち主のようだ。
 何はともあれ俺は【律動領域りつどうりょういき】と豊富な知識で、あんたらに最大限のサポートを約束しよう。よろしく!」

 最後にニカッと笑顔を送ったジャズは、拍手が上がる中でランドに目配せしていた。
 橙色髪の少年は察して、ジャズからのバトンを受け取る。そして元気よく口を開くのだ。

「俺の名前はランド・アレス! 能力は知っての通り【ランドエスケープ】で、それと父さんが3期前の勇者パーティで戦士をやってたっす!」
「「勇者パーティの戦士っ!?」」

 ラグとリティはそれぞれ別の意味合いで驚いた。特にラグからすれば、あの勇者の先入観が阻害して、悪者のように思えてしまう。
 そこでヘキサは、ラグの観点をいち早く補足を入れる。

「まずここから先に話すべきでしたね。我々第六部隊は変わり者たちの集まり。特に勇者パーティとゆかりのある者が多く集う部隊でした」
「ゆかりのある……って、えっ!?」

 驚くラグの視線は、ランドの横に座るカイに向けられた。腰に魔法剣を携えた青年は、バトンを受け取って口を開く。

「はい、カイ・ミディアと申します。私の場合は母上、氷の魔女ミディアが2期前に魔法使いとして活躍していました。きっと私は、その性質を受け継いだのでしょうね」

 青年は微笑み、隣のゴルドにバトンを受け渡す。以心伝心、この順番は2人が望んだものでもあった。

「私はゴルド・イージス。この腕の怪我では信憑性もないでしょうが、私はかつて4期前にパラディンとして、勇者パーティに従事していました」
「ゴルドがか!?」

 ゴルドは自信なさげでいるが、ラグはまさに驚きの頂点に立たされていた。
 ランドとカイは親だったが、ゴルドは自身が一員であったと言うのだ。これに驚かないなど、よほどの前知識がなければ無理だろう。

 そうなると少年少女の視線は、自ずと小柄な技師の方へ。一見するとランド以上に子供のアルだが、断る態度は大人らしく毅然としていた。

「僕は違うよ。そもそもミーティア出身だって、さっき言ったよね?」

 強く言われて、二人は肩身を狭くする。その光景はさながら、親に叱られる子たちである。

「改めて、僕はアル・シャルナーク。27歳、能力は【重力転換】。ミーティアでは稀代の天才技術者と呼ばれた技師さ」
「えっとつまりそれは……魔導王にも認めるくらいの?」
「そんなの当たり前だ。彼の推薦を受けたからこそ、第六部隊の一員となっているのさ」

 自己を語るアルは、手掛けた戦車を語る時と同様に堂々と胸を張る。だがそれも許されるほど、彼女の実力は優れていた。

「まあでも、僕の目的はあくまで研究所の再建だ。君たちと仲良くしたいから加入したってわけじゃないから、そこんとこ

 アルは最後口を鋭くして告げると、輪から席を外してまた伸びてしまった。
 あまり友好的な印象はない。だが目的が合致している間なら、協力を期待できる……それが今の技師アルだ。

「では最後に、我々ですね」
「そうですね、ヘキサ兄さま」

 締めくくりを担うヘキサは、ノナと共に立ち上がる。さらに起立のジェスチャーで、負傷者のゴルドを除く全員を立たせた。

「私は6人隊の隊長、ヘキサ・グリン」
「その妹の、ノナ・グリンです」

 2人は名乗り上げながら、それぞれの武器を誇示した。
 白髪の青年が携える、重厚な砲剣。オレンジ髪の少女が抱きかかえる、ハンドバリスタの名を持つ兵器。どちらも共通して、極めて特殊な武器だと言えるだろう。

「我々グリンの血筋は代々より砲術士にあり、シリンダと呼ばれる火薬技術を受け継いできました。姫さまの兵器は、異例ですが……」
「もう、兄さまったら。いつまでも伝承に引っ張られてちゃ駄目なんです。それにジャズさんから頂いたこれがあれば、私も兄さまと共に戦えるんですから」
「むしろそれが不安で……いえ、私は姫さまの意志を尊重します」

 自らの兵器を誇るノナとは対照に、ヘキサは複雑な表情を浮かべていた。それでも妹の意志を優先するのが、ヘキサという兄なのである。
 周囲に彼らの関係が伝わったところで、隊長の彼はキリッと態度を改めた。

「能力については伏せさせてもらいますが、これが私と姫さまです。では6人隊、整列!」
「「はい!」」

 ヘキサの呼びかけに応じて、ランドとカイが横並びに続く。(アルは無視しているが)6人隊は同じギルドの仲間たちと向かい合った。

「ジャズさん、ハヤテマルさん、グルさん、リティさん、そしてラグレスさん。我々6人隊は姫さまの安息の日々を取り戻すため、これからも共に歩みます。全員、礼!」

 ヘキサが指示を送ると、全員が寸分のズレもなく礼をする。部隊としての誠意は、圧巻ものである。
 でもラグが求めているのは、少し違う。ギルドマスターの少年が欲する仲間は、誠意だけで動く駒なんかじゃない。

「なあみんな、そうじゃなくてさ、もっと仲間らしく振る舞わないか? ほら、こうして」

 ラグは手を仰向けに差し出した。
 いち早く意図を理解したリティが、その上に手を乗せる。ハヤテマルは察しながらも敬遠しようとしたが、ジャズに乗せられて手を合わせた。

 ヘキサはふっと、微笑んだ。そして皆まで言わず、6人隊全員で同じく手を合わせる。

「アルさん、あなたもご一緒に」
「……わかったよ。今回だけだからね」

 ヘキサに呼ばれて、アルも仕方なーく手を合わせてくれた。
 ラグは我道さんにも呼びかけようと振り向く。真っ黒スレンダーの彼は頬を緩ませたまま、しかし首を横に振っていた。

「はは、これが我道さんか」
「どうしたのラグ……?」
「いや、なんでもない」

 彼らの姿が眼中にあるのはラグのみ。少年は割り切って、仲間を見た。

 全員がいい笑顔をしていた。きっと変なわだかまりも拭えただろう。
 ギルドマスターの少年は輝かしい笑顔を浮かべて、高らかに、こう宣言したのだった。

「これからもみんなで力を合わせて、最高のギルドを作ろうぜ!!!」




(ryトピック〜シリンダについて〜

 グリンの家系が有する謎の技術の産物。メタリックな筒の内部には文明の叡智とエネルギーが詰まっているらしい。
 しかしその仕組みや製法は、彼ら以外知る者がいない。そもそも砲術士というスタイル自体、彼らにしか扱えない。

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