境目の物語

(ry

地下街と集結

 長い旅路の果て、トンネルをくぐり抜け辿り着く。彼らに待ち受けていた最初のインパクトは、その広大さときらめきだった。

 地下とは思えないほどの、広々とした空間。20メートルほどの高さを有する天井から照明の光が降り注ぐ。
 遺跡タイルで続く地面は商人たちが商う屋台とともにどこまでも続き、所々で大黒柱のように天井と繋がった建物が立ち並んでいた。

「支柱?……えっ、嘘!? あれお店だわ!」
「おっあの店、街を散策してるときに見たことがある。この形、あの通りそっくりだ」

 リティが驚きの声を上げるのも無理はない。数自体は少ないその建物は、すべてが保存を必要とする食品を扱う店だった。建物は地上と地下を結ぶ、貯蔵庫だったのだ。
 それにラグの言う通り、地下街は地上の街そっくりの構造になっている。ここは建物の多くが屋台に変わっただけで、街並みと人々の賑やかさは交易街そのものだ。


 2人が興奮して辺りを見渡していると、ふと呼び声が上がった。

「おーいナンバー4〜6!」

 軽装を身にまとった高身長の男が呼ぶと、方向音痴の門番たちは「リーダー!」と泣き叫びながら抱きついた。

「お前たち、無事だったか!?」
「はい、恐ろしいネズミに襲われたけど」
「ひっぐ、親切な旅人さんのおかげで」
「えぐっ、なんとか生きて帰れました」
「ネズミって、あの墓守のか!? ああよく生還した。お前たちはよくやったよ」

 リーダーが抱き抱えるその様は、まるで親と子供たちだ。
 高身長の彼は3人の背中をさすりながら、ラグに目を向ける。それから感謝の言葉を述べるのだが、何か気づいた事があったらしい。

「本当にすまない。俺の部下たちがこうして生還できたのは、すべて君たちの……おや? 君もしかして、アギトと槍の修練をしていた少年かい?」

 何も知らないリティは首を傾げるが、ラグからすれば驚きものだ。ラグとこの男は初対面のはずだった。

「そうだけど、俺とあんたってどこかで会ってたか?」
「いや、たしかに俺は君と面を合わせたことはない。だけど今の君、門番の中じゃちょっとした有名人なんだよ」
「「ゆ、有名人!?」」

 今度はリティも合わせて目を丸くした。

「ちょうど4日前に竜人の山里から救助要請があってね。なんでも青髪の少年が事件の解決に貢献したんだって。すぐにアギトが声を上げたよ。『ラグだ! 俺と槍を交わしてたあの子だよ!』ってね。そこから先は君の活躍話がひっきりなしに上がってるよ」

 あんまり気分良く語られるものだから、ラグの顔は真っ赤になる。リティは「その話もっと聞かせて!」と言わんばかりの大興奮だった。
 しかし門番の彼は続きを語り始める前に、「あっそうだ」と一言。

「君のお仲間さんが、首を長くして帰りを待っていたよ。彼らも先日のお祭り騒動で活躍していたんだ」
「6人隊のみんなのことか! 早くリティを紹介したいって思ってたとこだ」

 ラグはハッと思い出し、すぐにリティの手を取った。そして走り出す。

「彼らはギルドにいるよ」
「ああ、ありがとう門番さん! よしリティ、行こう!!!」
「えっと……ええ!」

 2人は門番からおおよその場所を聞くと、人集りで賑わう屋台を突き進んでいった。





 2人はあっという間に目的地のギルド【トレーダーズレスト】の辺りにたどり着く。飲食の場を兼ね備えていたこのギルドは、この地下街でも変わらず大きな建物を有していた。

 だがもちろん、その光景は地上のものとは大きく異なる。
 建物の周辺には多くの人がシートを引いて場所を確保し、ピクニックさながらにくつろいでいる。商人や冒険者に限らず、街の民など様々だ。
 それにギルドの建物では食料の配給も行っていた。商人の休息地という憩いの地は、たとえ地下であっても、むしろ地下であるからこそ、地下街生活のサポートに徹しているのだ。

……と、こう語りはしたものの、地下街に移った彼らは不安を感じてはいなかった。皆が平常通り、なんて事ない言葉を交わす。ただその場所が、地下に移っただけである。
 彼らにとってこの状況は、言うなれば季節だ。今はこういう時期なんだと割り切る様は、ラグ達には不思議に感じられた。



 気を取り直してラグは周囲を見渡し、6人隊を探す。

「さてと、みんなはどこだー?」

 ヘキサの持つ砲剣や大柄なゴルド、逆に小柄なアルなど彼らには目立つ特徴が多い。それなのにラグの観察眼に、彼らの姿は映らない。ということは……

「建物の裏だよな」
「そうよね」

 2人は軽快な足取りでヒョイと、死角となっていた裏手に回り込む。ちょうどその時、オレンジ髪の少年が同様に飛び出していた。

「あっ、ランド!」
「えっ、ラグさん? ラグさんっす!!!」

 驚くのもつかの間、ランドは喜びの顔を浮かべていた。
 リティは微笑み、膝を曲げてお辞儀する。たわわな胸が少年の目前で弾む。

「あなたがランドね。私はリティ、よろしくね」
「あえっ!? よ、よろしく……っす」

 ランドは思わず顔を赤くして視線をそらし、声を籠らせた。リティはその意味に気づいていないが、隣でラグは苦笑いしていた。

 そこへさらに1人やってくる。ラフな服装とヘッドホンが特徴的な青年だった。

「ギルドマスター、ラグレス。……ようやくお出ましだな」
「ん、あんたは?」

 問いかけられた青年は、頭のヘッドホンを肩に垂らして身だしなみを整える。かと思うと次にはランドと肩を組み、気軽に紹介を始めた。

「どーも、俺はジャズ・エトランゼ。見ての通り、ランド少年の新しい友達だ。よろしく!」
「ちょっとジャズさん!? あの事は言わなくていいんすか?」
「いいってそんなこと。知らない方がいいもの見れるんだから」

 困惑の表情を浮かべるランドだったが、肩を組まれてる事に関してははまんざらでもない様子だ。ラグのわずかな警戒心は、いとも容易く取り除かれた。

「なんだ新しい仲間か、よろしくジャズ。にしてもランドもやるなぁ。まさかリティ以外にも仲間が増えてるなんて思わなかったよ」
「なにもランドの力だけではないさ。今の君たちは注目を集めつつある。それにほら、俺たちには仲間がもうひとり」
「えっ、もうひとり?……あっ!」

 ジャズの指差し、ラグの疑問。解決に導いたのは、指された方から歩み寄る狼の男だ。

「「ハヤテマルさん!」」

 ラグとリティはふたりして叫び、すぐに駆け寄る。青白い毛並みの狼人は一瞬目を見開き、すぐに平常時のクールな雰囲気に戻った。

「リティ殿、お顔がすぐれたようでなにより。まさか彼と同行されているとは思いませんでしたが、これが本来の貴方なのですね」
「ええ。でもこうなれたのは全部、ラグに依頼を届けてくれたハヤテマルさんのおかげなんです。本当にありがとうございました」

 リティの心からのお礼も、ハヤテマルは「いえいえ」と首を横にふって謙遜気味に受け取る。でも臀部でんぶから伸びる狼の尻尾は跳ね回り、クールな表情に隠された内心を抑えられずにいた。

「そして少年よ、主の活躍は風の噂に聞かせていただいた。山里の竜人族を救ったこと、本当に感謝する」

 ハヤテマルは向きを変えると、まず最初に一礼した。
 もちろんラグは喜んだ。けれどやはり、ラグには気にすることがあった。

「でも俺、あの時は自分を守るために戦ってた。結果的に何百人もの竜人を見殺しにしたし、これじゃハヤテマルさんは認めてくれないよな。ははは……」

 空笑いして、残念そうにうつむく。ラグの意識にはまだ、無力な自身の前で食い殺される、彼らの姿があった。
 しかしハヤテマルは軽く鼻で笑って、ラグの罪悪を否定した。

「確かに主は、彼らを見殺しにしたのかもしれない。だがそれはある意味では当然のこと。たったひとりの力が、なんの犠牲もなく強大な敵を討つなどありえないのだ。私はその非力さを知っていただきたかった」
「……えっ、そうだったのか?」
「はい。それに主は見事に彼らを救い、今ではリティ殿と共にしている。その躍進を認めない私など、今のこの私が斬り伏せましょう。ですから」

 そう言うとハヤテマルは、右手を差し出した。美しい毛並みであり、丁寧に爪を引っ込めた獣の手だ。

「このハヤテマル、魔王さまの元に帰るその日まで、主らの一員としてこの刃を振るわせていただく」
「……っ!!! ありがとうハヤテマルさん!」

 ラグはあまりの事にぱあっと明るくなり、獣の手を両手で握り返していた。
 ハヤテマルは無邪気な少年に微笑み、同時にリティにも頭を下げる。リティも同じように、コクリと頷いた。



 メンバーは火山へ出発したあの日から、3人も増えていた。
 ラグの両手がハヤテマルから離れた時、6人隊の隊長も遅れて現れる。白髪の青年ヘキサは、〔Ⅵ+〕の字が彫られたピカピカのシリンダを数本握っていた。

「火山での依頼、おつかれさまでした、ラグレスさん」
「ああヘキサ、そっちの方も活躍してたって聞いたよ」

 暫定的ざんていてきではあるが、ふたりはグループのリーダーとして互いの活躍を褒め称えた。お互いが、互いの変化を感じ取っていた。

「我々は避難する際に聞かされましたが、あの火竜が飛び去り外の温度が平常に戻るまで、最低でも3日ほどかかるそうです。時間の猶予はたっぷりありますので、一度腰を落ち着けてから語り合いましょう」
「そうだな。タイとの攻防も結構きてるし。ああでもちょっと待ってくれ」

 まったりとした雰囲気に浸かろうとしたラグは、その前にと、真っ先にリティからの提案の話を切り出す。

「なあヘキサ、俺たちってまだ自己紹介してないよな。まあ俺のことは知ってるんだろうけど」
「ん? そう言えばそうでしたね。あなたにはまだ、我々の話をしていなかった」

 ラグがそうだったように、ヘキサら6人隊も自らを語っていない事に気づいていなかった。2人は納得の頷きを交わす。

「だからさ、しようぜ、自己紹介。新しい仲間も加わった事だし!」
「ええ、そうですね。姫さまたちはこちらです」

 それからヘキサの案内で、彼らは仲間たちの元へ集結するのだった。




(ryトピック〜門番について〜

 砂の交易街にて外壁に構えて、街の守護をしている衛兵団体。【門番】は役職の名ではなく、古くから存在する組織及び所属する者たちの名前である。

 部隊は12時の方向をさらに朝昼夜に区切った36に分けられ、それぞれの所属人数は100人前後。全員が槍術と防衛兵器の訓練を経ており、集団での防衛戦では砂獣すら押しのけるとされている。(ただし砂獣そのものは街を襲わない)
 さらには上記戦闘員の他にも、事務や観察を主体とする者も多い。この街は彼らの総力と努力により、安全が保たれているのだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品