境目の物語
連携と力の翻弄
視線はまっすぐ前、取り囲むライオンの動きを耳で追い、背中合わせの俺たちは腰を落とす。獲物が前後の目で追うなら、狩人の狙い目は左右同時だ。
ザザッ!!!
来た、予想は的中。左右を位置取った獣が、飛びかかりで挟み撃ちを仕掛けた。
「左は任せた!」
「ええ!」
予測から素早く指示を出し、俺たちは即座に身を屈める。迫る爪は武器の柄で受け流してみせた。
直後に頭上を交差する2匹の牙は、歯車のような絶妙さで衝突することなくすれ違う。その連携力には思わず、見惚れてしまいそうになる。
それでも俺たちの意識は揺らがない。
「せいっ!」
「せやぁッ!」
槍の穂先による素早い切り返し。
足のバネも生かした拳の振り上げ。
最小限の動きで繰り出す反撃は、2匹の腹部を切り裂き、殴り飛ばす。
致命傷には程遠いが、それでも十分。なにせ今は強撃を喰らわせる余裕すらない。
「ラグ、2匹ずつ来るよ!」
「わかった!」
巨体ゆえに袋叩きはなく、代わりに襲いかかる波状攻撃。
集中すれば受け流しは間に合うが、2匹ずつ3度の連撃には反撃の隙がない。いまは攻撃が途切れるまで、防戦一方のいなしで好機を伺う。
「……っ! ここか?」
最後の組みを受け流した直後、ちょうど攻撃の波が落ち着いた瞬間。その獣の背後に好機を見出し、俺は大きく踏み込む。しかし、
「待ってラグ、上っ!!!」
リティの声でハッとなる。意識を頭上に向けると、すでに最初の2匹が急襲を仕掛けていた。
「くそっ!」
体勢を戻すにはもう遅い。俺は大きく前に飛び出して、急襲の回避に専念した。
だがリティと分断されたことはやはり裏目に出てしまう。
受け流しの体勢が崩れた俺に、獣たちの視線が集中する。そして直後、6匹が一斉に襲い掛かった。
「やべっ!?」
俺は街道の壁側へと飛び退き、何とか囲まれないよう立ち回る。しかしこの数、さすがに1人では捌き切れない。
意識が危機感に支配される、ゾクゾクする感覚。こういう時こそ俺の集中力は本領を発揮できる。
今は時間がない分、直感で打開策を打たなければならない。そんな時、
ダーンッッ!!!
獣たちの後ろで豪快な打撃音が響き渡った。
「ヘヴィスマッシュ!!!」
リティだ。獣の意識が俺に集中している隙に、棍での一撃を喰らわせたのだ。
棍の振り下ろしを額に受けた獣は、頭から地に叩きつけられる。
さらに流れるように続く踵落としを受けて、あっという間に失神に追い込まれた。
「ナイスリティ! 俺もやってやる!!!」
称賛の言葉を叫びながら、俺にもやる気が沸き上がる。今なら何でもできる、そんな気持ちが胸から指先に伝わり、穂先まで勇気で満たされた。
だからこその行動。
「閃風斬ッ!!!」
俺は思い切って飛び退きながら、斬撃波を放つ。その刃が1匹の頬を撫で切ると同時に、俺の両足が街道の壁に張り付いた。
「いくぞッ!」
掛け声とともに壁を蹴る。急激な方向転換に合わせて矢のように放たれた身体は地面すれすれを飛び、獣の意表を突くと共にその懐に潜り込んだ。
「せいやッ!」
今度の一撃は勢いを乗せた、自信満々のひと振り。
それは腹部を深く抉り裂き、臓腑をぶち撒けさせる。すなわち即死だ。
「決まった!」
「すごいラグ!」
翡翠斬りの派生を思わせる技の達成とリティの称賛を受けて、気分はさらに高揚する。
思わずガッツポーズを決めたくなる俺だったが、そこはグッと堪えて合流。リティを狙っていたもう1匹は、彼女の殴り飛ばしに合わせた槍の連撃で即座に撃破してみせた。
「あと5匹、攻勢で行こう!」
「ええ! 支援は私に任せて!」
今度は(俺の低身長ゆえに)気持ち肩を並べて、攻めの姿勢を取る。
前方に見える5匹の獣は、明らかに逃げ腰だ。ここで一気に攻めれば、俺たちの勝利に間違いない。
「始めるぞ!」
開始の合図とともに、俺は横振りで閃風斬を繰り出す。風の刃そのものは散開で躱されてしまうが、散り散りにするのが今の狙いだ。
「リティ!」
「任せて! 火炎壁!!!」
意図を伝えるまでもなく、リティが展開する火炎の壁。獣の1匹を取り囲み、俺はその中を割って入る。
「おらこいっ!」
『グ……ガッ!!』
逃げ場のない状況で気迫をぶつけられ、目前の獣は後に引けない。フットワークを生かすスペースもないこの状況で、奴が繰り出せるのは爪での一撃のみ。
それはフェンリルの鋭利な爪ですでにいなし慣れている。
俺は危なげなく受け流し、強力な反撃で前脚を斬り落として無力化。さらに炎壁を飛び越えて、次の1匹に矛先を向けた。
『『『……ッ!?』』』
「翡翠刺しッ!!!」
驚く様子の獣たちに、俺は躊躇しない。
瞬間的な急襲は1匹の胴を用意に貫き、続く大振りな連撃で命を奪う。さらに踏み込みからなる一振りで、直近の1匹の首を斬り飛ばした。
『ガァッッッ!!!』
こうなればさすがのもう1匹も、黙ってはいられない。敵討ちと言わんばかりの力任せな踏み込みは、今まで以上のスピードを生むが、
「えいっ!!!」
ドコォッッ!!!
そこへ割り込むリティの飛び膝蹴りは、まさに意表を突いた一撃。頭蓋骨がぱっと見でわかるほどに砕かれ、獣は呆気なく力尽きていた。
「すげえなリティ!」
「えへへ。これくらい任せてよね」
称賛に合わせてリティは親指を立てて、サムズアップを返す。
「私って魔法より格闘の方が得意なのよね。尾闘流も棍術も、しっかり鍛えてきたから」
道中で彼女自身が言っていた事を思い出す。今見る限りでも、その実力は明らかだ。
俺は魔法と格闘を両立できるリティの凄さに驚きつつ、再度リティと肩を並べる。そしてニカッと口元を緩ませながら、残る1匹に目を合わせた。
俺たちの正面に見えるのは、ライオン最後の1匹。腹部の傷からは血が滴り、俺が最初に斬りつけた個体であることが伺えた。
しかしどう言うわけか、先ほどまでの怯えがない。むしろその息遣いは、戦い初めよりも落ち着いている。
「手負いの獣……ってやつかな?」
「さあな。でも俺たちの相手じゃないだろ」
「そうだね!」
少し不安を感じるが、それも小話で拭い去る。終わると同時に俺たちは左右に分かれ、警戒姿勢の獣に立ち向かった。
「火球!」
左を駆けるリティが火の球を投げつける。それは飛び上がって躱されるが、その隙を俺は逃さない。
「閃裂斬ッ!!!」
全力の一振り。放たれた刃の嵐は上空に無防備でいる獣を食い荒らし、ズタズタにして打ち落とした。
そして2人同時に飛び込む。
「「これで終わりッ!」」
俺は思い切り槍を振り下ろす。リティは尻尾も合わせた回し蹴りをお見舞いする。
この挟撃を避ける術など、ズタボロの獣にはもうない。ついにはそれぞれの一撃が肉に食い込み、そして
サァッ…………
「「えっ!?」」
霧のように散った。
「倒したの?」
「いや、手応えがなさすぎる……」
リティは肩の力を抜きながら呟くが、俺はまだ危険を感じていた。この不吉な感じを疑わず、リティと背中合わせにして武器を構える。
周囲を見渡すと、街道にはわずかに白い霧がかかっていた。この乾いた大地で霧なんてありえない、そう思い注意深く観察を行う。
「リティ、ライオンって霧にはならないよな?」
「ええ、少なくとも他のはちゃんと倒せてるよ」
「なら今のやつは、能力で……」
周囲に倒れ伏している7匹の骸に目を向けながら、敵の情報を推測していく。思い当たる節としては、やはり能力だけだった。
その時、空気に大きな乱れを感じる。俺たちの左だ!
「危ないリティ!!!」
「うわっ!?」
判断するや否や俺は手のひらでリティを突き飛ばし、槍の柄を盾にして構えた。その直後、霧から獣の実体が姿を表し、俺を強引に押し倒した。
「ぐっ!」
仰向けに倒され、背中に痛みが走る。とっさの判断でリティを守れたはいいが、俺にのしかかる獣が捕食者の眼差しを向けていた。
それに奴の口元からは鋭い牙が覗かせている。あれで拘束した俺に噛み付く気なのだろう。
「でもこの状況、あの地竜の時と同じ……」
俺の脳裏には、平地竜に押さえ込まれたあの光景がよぎる。なら今回も同じように能力で抜け出せば、どうにかできるはず。
『ガァッッッ!!!』
「一瞬だけ発動だ!」
獣が唾液を散らしながら食らいつく。その牙が身体を貫いてしまう前に、俺は能力の発動を宣言した。
世界がモノクロに染まり、俺の身体は押さえ込む獣の前足をすり抜ける。原理はよくわからないが、その性質を生かして俺は地を蹴り、その場から離脱した。
しかし次の瞬間、大きな疑問が襲い掛かる。目の前に残された人形が、獣に踏み潰されそうになっていたのだ。踏まれた槍の柄が、明らかに胸を圧迫していた。
「これまで見たことなかったけど、あれが受けたダメージはどこへ行くんだ?」
疑問を呟き終えると、視界が一瞬真っ暗になる。それから順を追って視界に色が戻り、能力は終了した。
のだが、
ピキィッッッ!!!
「……っ!?!?!?」
いきなり胸周りの骨が悲鳴を上げる。喉の奥から血が込み上がり、凄まじい激痛が襲い掛かった。
「痛ってえぇッ!!!?」
骨は折れていない。折れてはいないが、これには叫ばずにいられない。むしろその程度で済んでることが、成長の一つと見ていいくらいだ。
痛みのあまり着地に失敗して地を転がり、口から血を吐き出す。苦しさに明滅する視界を前に向けると、獣がトドメとばかりに飛びかかってきていた。
『ガァァッッ!!!!!』
「させない!!!」
そこへリティが立ち塞がってくれる。
彼女は棍の先端で思いきり突き飛ばす。その先端でど突かれた獣は、またも霧散してしまった。
しかし、それでもリティは手を止めず、尻尾に黒い渦を纏わせる。そして繰り出す。
「鰐尾竜行くよ、迅撃ッ!!!」
サマーソルトに続く、恐ろしく速い尻尾の振り上げ。それは霧の中心を払い、さらに渦の嵐を解き放った。
するとどう言うわけか、獣が再び実体に戻る。その時奴の身体は大きくフラつき、自重を支えきれない様子だ。
その隙にリティは駆け寄り、手を差し伸べてくれた。
「ラグ、大丈夫!?」
「ああ、これくらいならすぐ治せる」
返事をしてリペアを使いながら、その手を掴む。リティに身を引き揚げてもらいながら起き上がり、大きなひと呼吸。
胸の痛みが軽くなるのを感じながら、俺は武器を構え直した。
……が、これ以上はもう必要ないようだ。負わせた傷は十二分なほど、奴の体力を奪っていた。
ドサッ……!
最後のライオンはよろめき、ついに地べたに倒れ込む。そのまま目を閉じて、静かに息を引き取った。
その後に、奴の体は再び霧となる。しかしそれは場に漂うことなく、空気と同化して跡形も残さない。
これが霧の能力者の最期なのだろう。快く結論付けた俺たちは、ホッと胸を撫で下ろした。
「何とか大事なく勝利、だな」
「いや……まあラグが大丈夫なら、それでいっか」
2人で呟きながら、座り込んで一息つく。
獣の能力に冷や汗をかかされた分、疲れた身体は休憩を欲していた。次の歩みが進められるのはきっと、この一服が終わった時なのだろう。
(ryトピック〜ナップについて〜
第6部隊の一員にして、小王国ゼト唯一のシノビ。明らかに異色の空気感を放つ彼は、ただそれだけの理由で第6部隊に配属させられた。
過去経歴を一切語らない彼だが、その実力は折り紙つき。夢の中でも現実同等の感覚が養える能力【夢想現実】を持ち、体術の腕だけならウェイを凌ぐほどだ。
しかし能力の代償として、彼は空想の世界を見ることができず、また人一倍おねむである。2時間動けば4時間は眠るその性質は、最期の時まで眠ったままという悲惨な状況を生んでしまった。
これにて第6部隊の犠牲者は紹介完了だ。6人隊が彼らの死を乗り越えて、再び輝ける日が来ることを願うばかりである。
ザザッ!!!
来た、予想は的中。左右を位置取った獣が、飛びかかりで挟み撃ちを仕掛けた。
「左は任せた!」
「ええ!」
予測から素早く指示を出し、俺たちは即座に身を屈める。迫る爪は武器の柄で受け流してみせた。
直後に頭上を交差する2匹の牙は、歯車のような絶妙さで衝突することなくすれ違う。その連携力には思わず、見惚れてしまいそうになる。
それでも俺たちの意識は揺らがない。
「せいっ!」
「せやぁッ!」
槍の穂先による素早い切り返し。
足のバネも生かした拳の振り上げ。
最小限の動きで繰り出す反撃は、2匹の腹部を切り裂き、殴り飛ばす。
致命傷には程遠いが、それでも十分。なにせ今は強撃を喰らわせる余裕すらない。
「ラグ、2匹ずつ来るよ!」
「わかった!」
巨体ゆえに袋叩きはなく、代わりに襲いかかる波状攻撃。
集中すれば受け流しは間に合うが、2匹ずつ3度の連撃には反撃の隙がない。いまは攻撃が途切れるまで、防戦一方のいなしで好機を伺う。
「……っ! ここか?」
最後の組みを受け流した直後、ちょうど攻撃の波が落ち着いた瞬間。その獣の背後に好機を見出し、俺は大きく踏み込む。しかし、
「待ってラグ、上っ!!!」
リティの声でハッとなる。意識を頭上に向けると、すでに最初の2匹が急襲を仕掛けていた。
「くそっ!」
体勢を戻すにはもう遅い。俺は大きく前に飛び出して、急襲の回避に専念した。
だがリティと分断されたことはやはり裏目に出てしまう。
受け流しの体勢が崩れた俺に、獣たちの視線が集中する。そして直後、6匹が一斉に襲い掛かった。
「やべっ!?」
俺は街道の壁側へと飛び退き、何とか囲まれないよう立ち回る。しかしこの数、さすがに1人では捌き切れない。
意識が危機感に支配される、ゾクゾクする感覚。こういう時こそ俺の集中力は本領を発揮できる。
今は時間がない分、直感で打開策を打たなければならない。そんな時、
ダーンッッ!!!
獣たちの後ろで豪快な打撃音が響き渡った。
「ヘヴィスマッシュ!!!」
リティだ。獣の意識が俺に集中している隙に、棍での一撃を喰らわせたのだ。
棍の振り下ろしを額に受けた獣は、頭から地に叩きつけられる。
さらに流れるように続く踵落としを受けて、あっという間に失神に追い込まれた。
「ナイスリティ! 俺もやってやる!!!」
称賛の言葉を叫びながら、俺にもやる気が沸き上がる。今なら何でもできる、そんな気持ちが胸から指先に伝わり、穂先まで勇気で満たされた。
だからこその行動。
「閃風斬ッ!!!」
俺は思い切って飛び退きながら、斬撃波を放つ。その刃が1匹の頬を撫で切ると同時に、俺の両足が街道の壁に張り付いた。
「いくぞッ!」
掛け声とともに壁を蹴る。急激な方向転換に合わせて矢のように放たれた身体は地面すれすれを飛び、獣の意表を突くと共にその懐に潜り込んだ。
「せいやッ!」
今度の一撃は勢いを乗せた、自信満々のひと振り。
それは腹部を深く抉り裂き、臓腑をぶち撒けさせる。すなわち即死だ。
「決まった!」
「すごいラグ!」
翡翠斬りの派生を思わせる技の達成とリティの称賛を受けて、気分はさらに高揚する。
思わずガッツポーズを決めたくなる俺だったが、そこはグッと堪えて合流。リティを狙っていたもう1匹は、彼女の殴り飛ばしに合わせた槍の連撃で即座に撃破してみせた。
「あと5匹、攻勢で行こう!」
「ええ! 支援は私に任せて!」
今度は(俺の低身長ゆえに)気持ち肩を並べて、攻めの姿勢を取る。
前方に見える5匹の獣は、明らかに逃げ腰だ。ここで一気に攻めれば、俺たちの勝利に間違いない。
「始めるぞ!」
開始の合図とともに、俺は横振りで閃風斬を繰り出す。風の刃そのものは散開で躱されてしまうが、散り散りにするのが今の狙いだ。
「リティ!」
「任せて! 火炎壁!!!」
意図を伝えるまでもなく、リティが展開する火炎の壁。獣の1匹を取り囲み、俺はその中を割って入る。
「おらこいっ!」
『グ……ガッ!!』
逃げ場のない状況で気迫をぶつけられ、目前の獣は後に引けない。フットワークを生かすスペースもないこの状況で、奴が繰り出せるのは爪での一撃のみ。
それはフェンリルの鋭利な爪ですでにいなし慣れている。
俺は危なげなく受け流し、強力な反撃で前脚を斬り落として無力化。さらに炎壁を飛び越えて、次の1匹に矛先を向けた。
『『『……ッ!?』』』
「翡翠刺しッ!!!」
驚く様子の獣たちに、俺は躊躇しない。
瞬間的な急襲は1匹の胴を用意に貫き、続く大振りな連撃で命を奪う。さらに踏み込みからなる一振りで、直近の1匹の首を斬り飛ばした。
『ガァッッッ!!!』
こうなればさすがのもう1匹も、黙ってはいられない。敵討ちと言わんばかりの力任せな踏み込みは、今まで以上のスピードを生むが、
「えいっ!!!」
ドコォッッ!!!
そこへ割り込むリティの飛び膝蹴りは、まさに意表を突いた一撃。頭蓋骨がぱっと見でわかるほどに砕かれ、獣は呆気なく力尽きていた。
「すげえなリティ!」
「えへへ。これくらい任せてよね」
称賛に合わせてリティは親指を立てて、サムズアップを返す。
「私って魔法より格闘の方が得意なのよね。尾闘流も棍術も、しっかり鍛えてきたから」
道中で彼女自身が言っていた事を思い出す。今見る限りでも、その実力は明らかだ。
俺は魔法と格闘を両立できるリティの凄さに驚きつつ、再度リティと肩を並べる。そしてニカッと口元を緩ませながら、残る1匹に目を合わせた。
俺たちの正面に見えるのは、ライオン最後の1匹。腹部の傷からは血が滴り、俺が最初に斬りつけた個体であることが伺えた。
しかしどう言うわけか、先ほどまでの怯えがない。むしろその息遣いは、戦い初めよりも落ち着いている。
「手負いの獣……ってやつかな?」
「さあな。でも俺たちの相手じゃないだろ」
「そうだね!」
少し不安を感じるが、それも小話で拭い去る。終わると同時に俺たちは左右に分かれ、警戒姿勢の獣に立ち向かった。
「火球!」
左を駆けるリティが火の球を投げつける。それは飛び上がって躱されるが、その隙を俺は逃さない。
「閃裂斬ッ!!!」
全力の一振り。放たれた刃の嵐は上空に無防備でいる獣を食い荒らし、ズタズタにして打ち落とした。
そして2人同時に飛び込む。
「「これで終わりッ!」」
俺は思い切り槍を振り下ろす。リティは尻尾も合わせた回し蹴りをお見舞いする。
この挟撃を避ける術など、ズタボロの獣にはもうない。ついにはそれぞれの一撃が肉に食い込み、そして
サァッ…………
「「えっ!?」」
霧のように散った。
「倒したの?」
「いや、手応えがなさすぎる……」
リティは肩の力を抜きながら呟くが、俺はまだ危険を感じていた。この不吉な感じを疑わず、リティと背中合わせにして武器を構える。
周囲を見渡すと、街道にはわずかに白い霧がかかっていた。この乾いた大地で霧なんてありえない、そう思い注意深く観察を行う。
「リティ、ライオンって霧にはならないよな?」
「ええ、少なくとも他のはちゃんと倒せてるよ」
「なら今のやつは、能力で……」
周囲に倒れ伏している7匹の骸に目を向けながら、敵の情報を推測していく。思い当たる節としては、やはり能力だけだった。
その時、空気に大きな乱れを感じる。俺たちの左だ!
「危ないリティ!!!」
「うわっ!?」
判断するや否や俺は手のひらでリティを突き飛ばし、槍の柄を盾にして構えた。その直後、霧から獣の実体が姿を表し、俺を強引に押し倒した。
「ぐっ!」
仰向けに倒され、背中に痛みが走る。とっさの判断でリティを守れたはいいが、俺にのしかかる獣が捕食者の眼差しを向けていた。
それに奴の口元からは鋭い牙が覗かせている。あれで拘束した俺に噛み付く気なのだろう。
「でもこの状況、あの地竜の時と同じ……」
俺の脳裏には、平地竜に押さえ込まれたあの光景がよぎる。なら今回も同じように能力で抜け出せば、どうにかできるはず。
『ガァッッッ!!!』
「一瞬だけ発動だ!」
獣が唾液を散らしながら食らいつく。その牙が身体を貫いてしまう前に、俺は能力の発動を宣言した。
世界がモノクロに染まり、俺の身体は押さえ込む獣の前足をすり抜ける。原理はよくわからないが、その性質を生かして俺は地を蹴り、その場から離脱した。
しかし次の瞬間、大きな疑問が襲い掛かる。目の前に残された人形が、獣に踏み潰されそうになっていたのだ。踏まれた槍の柄が、明らかに胸を圧迫していた。
「これまで見たことなかったけど、あれが受けたダメージはどこへ行くんだ?」
疑問を呟き終えると、視界が一瞬真っ暗になる。それから順を追って視界に色が戻り、能力は終了した。
のだが、
ピキィッッッ!!!
「……っ!?!?!?」
いきなり胸周りの骨が悲鳴を上げる。喉の奥から血が込み上がり、凄まじい激痛が襲い掛かった。
「痛ってえぇッ!!!?」
骨は折れていない。折れてはいないが、これには叫ばずにいられない。むしろその程度で済んでることが、成長の一つと見ていいくらいだ。
痛みのあまり着地に失敗して地を転がり、口から血を吐き出す。苦しさに明滅する視界を前に向けると、獣がトドメとばかりに飛びかかってきていた。
『ガァァッッ!!!!!』
「させない!!!」
そこへリティが立ち塞がってくれる。
彼女は棍の先端で思いきり突き飛ばす。その先端でど突かれた獣は、またも霧散してしまった。
しかし、それでもリティは手を止めず、尻尾に黒い渦を纏わせる。そして繰り出す。
「鰐尾竜行くよ、迅撃ッ!!!」
サマーソルトに続く、恐ろしく速い尻尾の振り上げ。それは霧の中心を払い、さらに渦の嵐を解き放った。
するとどう言うわけか、獣が再び実体に戻る。その時奴の身体は大きくフラつき、自重を支えきれない様子だ。
その隙にリティは駆け寄り、手を差し伸べてくれた。
「ラグ、大丈夫!?」
「ああ、これくらいならすぐ治せる」
返事をしてリペアを使いながら、その手を掴む。リティに身を引き揚げてもらいながら起き上がり、大きなひと呼吸。
胸の痛みが軽くなるのを感じながら、俺は武器を構え直した。
……が、これ以上はもう必要ないようだ。負わせた傷は十二分なほど、奴の体力を奪っていた。
ドサッ……!
最後のライオンはよろめき、ついに地べたに倒れ込む。そのまま目を閉じて、静かに息を引き取った。
その後に、奴の体は再び霧となる。しかしそれは場に漂うことなく、空気と同化して跡形も残さない。
これが霧の能力者の最期なのだろう。快く結論付けた俺たちは、ホッと胸を撫で下ろした。
「何とか大事なく勝利、だな」
「いや……まあラグが大丈夫なら、それでいっか」
2人で呟きながら、座り込んで一息つく。
獣の能力に冷や汗をかかされた分、疲れた身体は休憩を欲していた。次の歩みが進められるのはきっと、この一服が終わった時なのだろう。
(ryトピック〜ナップについて〜
第6部隊の一員にして、小王国ゼト唯一のシノビ。明らかに異色の空気感を放つ彼は、ただそれだけの理由で第6部隊に配属させられた。
過去経歴を一切語らない彼だが、その実力は折り紙つき。夢の中でも現実同等の感覚が養える能力【夢想現実】を持ち、体術の腕だけならウェイを凌ぐほどだ。
しかし能力の代償として、彼は空想の世界を見ることができず、また人一倍おねむである。2時間動けば4時間は眠るその性質は、最期の時まで眠ったままという悲惨な状況を生んでしまった。
これにて第6部隊の犠牲者は紹介完了だ。6人隊が彼らの死を乗り越えて、再び輝ける日が来ることを願うばかりである。
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