境目の物語
6人隊の大仕事その3
鐘の音につられて、人の流れはオークション会場の中心部へと向かう。
扇状に席が配置されたその場所は、数多くの人を収容できるほどの大きさを持っている。しかし今、この状況での会場は、溢れ出さんばかりの人々を抱えていた。
移動が進んできても、喧騒が止むことはない。会場の外で売買していた先ほどとは違い、これから始まる競売に心を踊らせているのだ。
しかしその声を止めることのできる者が、ステージの上に立っていた。
「お静かに!!!」
いかにも豪商といった煌びやかな装束を身にまとった老人、代表取締役とは別の顔で姿を現した男ディル。
彼はハッキリとした声と共に、両手を合わせる。その音は驚くほどくっきりと、会場全体に鳴り響き、程なくして祭りの参加者たちは静まり返った。
ディルは人々の意識がステージただ一点に注がれたことを確認すると、舞台裏へと引いていく。
そして彼と入れ替わるように、3人が躍り出る。その中でもマイクを握った、金髪の可憐な少女がとくに大きく前に出た。
「ようこそ、競売祭へ! 今年も司会を務めさせてもらう、常夏ヴァンパイアのシャイナだよ!」
黄と白を基調としたアイドル服を着た彼女は、元気よくあいさつで始める。セリフを言い終えると、同時にマイクを隣に放り投げた。
それを受け取ったのは、液状化した水色の腕。紺色のレインコートを着た青年は、腕もろともマイクを口元に。
「みなさん、ここからはさらに暑くなりますから水分をお忘れなく。運営および表示を務めさせていただきますは、深淵ガイドのスライム、核人族のアビスと」
彼は自己紹介の繋ぎ目に合わせて、マイクを投げ渡す。受け取った少年、スーツで身だしなみを整えた朱色の鬼は、続けざまに声を張り上げる。
「同じく運営を務めます! 賽王の子分がひとり、朱鬼の獄卒カーマインだ!」
彼らは簡潔に自己紹介を終えた。そのてぎわは続く説明にも存分に発揮され、聴衆に時の流れを感じさせない。
そしてそこにいる誰もが気づいた頃には、競売祭のメインが幕を開ける。大競売が、始まったのだ。
「はじめは匿名さん出品。砂漠が誇る高級水、世界樹の原水ッ! 10,000.cから!」
カーマインが商品の水甕を乗せた手押し車を運び込み、シャイナは初期値とともに商品を紹介する。その直後、参加者の声が一斉に湧き上がった。
「12,000!」
「15,000!」
「20,000!」
客席から次々に買値が上がる。その中でも最高額は、アビスが液状化した右腕を変形させて、どの席からでも見えるように表示していく。
しかし一方のシャイナは、表示を見ることもなく実況感覚で声を張り上げていた。
当然ながら飛び交う買値の声も、永遠のものではない。最高額の上昇に反比例して、声の圧も下がり…………そして、一点に収束するのだ。
「87,000!」
「出ました87,000ッ! これ以上の額を出せる方は、ここにいるのでしょうか!?」
アビスの表示がピタッと止まり、シャイナは参加者に煽りをかける。しかし次の声が上がることはなかった。
これ以上出せる金がない、これ以上出すほどの価値がない。境遇は様々であり、これがゆえに永遠ではないのだ。
それから10秒間。次の声を待つための時間は短く、しかし緊張感ゆえに長く感じてしまう。
それが経過した今、カーマインがゴングを鳴らした。
「決まったーッ! 87,000、世界樹の原水を手にしたのは、そこのあなたです!」
シャイナは落札者を右手全体で指して声を上げる。続いてそこにいる人たちからは、暖かい拍手が送られた。
見事落札を果たした者には、商品を落札した証が送られる。それらの流れで、この競売は成り立っているのだ。
もちろん、これは競売の一番槍に過ぎない。出品されたモノはまだまだ、舞台の奥に控えているのだ。
「さあみなさん、次の商品に行ってみましょう!」
シャイナの合図と共に、次の品物が運び込まれてくる。参加者の熱気は再び強まり、競売の続きが始まる。
テンポにして10分未満。かなり短いスパンで現れる品々に、参加者の興奮が収まることはない。
熱く、狂い、酔いしれて、大金を賭ける。
出てくる品々もあまりに多種多様。入手困難な珍品に、技巧の凝らされた装飾品、中には生命すらも、品として成り立つ。
そして後半に進むにつれて、出品者が開示された品も増えてくる。彼らは品物とともにステージに上がるため、参加者の熱はさらに増していくのだ。
「続いては狼人の商人、ハヤテマルさんの出品!」
「あ、隊長!」
「はい、あれは……」
知らない著名人が多く会場の熱気に置いて行かれ、すこし飽きがきていたランドとヘキサ。そんな彼らに、よく知る名が飛び込む。
屋上から身を乗り出すようにしてステージを眺めると、青白い毛並みの狼人が現れた。
「みなさん初めまして。つい先日商人を始めました、閃風のハヤテマルです」
マイクを手にした彼は、礼儀正しく自己紹介を行う。司会のシャイナは彼に、意気込みを尋ねてみた。
「ハヤテマルさん、今回の意気込みをお願いします!」
「はい。今回はお近づきの印として、こちらの品を出品させていただく事にしました。どうぞ!」
謙遜の言葉に続けて、彼は舞台裏へと手を向ける。合わせて幕をかぎ分けて、カーマインが品物と共に現れた。
彼が出品したもの。それは単刀直入に言って、皮の鎧だった。もちろんただの皮ではない。
「こちらはこの砂漠ならではの怪異、砂獣の皮を元に私自身が手掛けた逸品。俗に言う【サンドレザーアーマー】です」
「お値段は5,000.cから! 行ってみましょう!」
彼の商品紹介に合わせて、すぐにシャイナは開始を告げた。その時の会場は、いつも以上の熱気にさらされるのだった。
頂点に至った日は、少しずつ落ちていく。だが地平に没するには、まだまだ早い。
(ryトピック〜世界樹の原水について〜
世界樹と呼ばれている超巨大な樹の、根元に形成される泉の原水。
どういうわけか汚れひとつないこの水は、世界最高級の調理水とされている。実際に、スープのダシをより一層味わい深くする効果があるらしい。
しかしこの水は、砂漠のど真ん中と言えど採取に大きな障害はないように思える。なのにあれほどの値を出してまで手に入れようとするとは、どういうことなのだろうか……
扇状に席が配置されたその場所は、数多くの人を収容できるほどの大きさを持っている。しかし今、この状況での会場は、溢れ出さんばかりの人々を抱えていた。
移動が進んできても、喧騒が止むことはない。会場の外で売買していた先ほどとは違い、これから始まる競売に心を踊らせているのだ。
しかしその声を止めることのできる者が、ステージの上に立っていた。
「お静かに!!!」
いかにも豪商といった煌びやかな装束を身にまとった老人、代表取締役とは別の顔で姿を現した男ディル。
彼はハッキリとした声と共に、両手を合わせる。その音は驚くほどくっきりと、会場全体に鳴り響き、程なくして祭りの参加者たちは静まり返った。
ディルは人々の意識がステージただ一点に注がれたことを確認すると、舞台裏へと引いていく。
そして彼と入れ替わるように、3人が躍り出る。その中でもマイクを握った、金髪の可憐な少女がとくに大きく前に出た。
「ようこそ、競売祭へ! 今年も司会を務めさせてもらう、常夏ヴァンパイアのシャイナだよ!」
黄と白を基調としたアイドル服を着た彼女は、元気よくあいさつで始める。セリフを言い終えると、同時にマイクを隣に放り投げた。
それを受け取ったのは、液状化した水色の腕。紺色のレインコートを着た青年は、腕もろともマイクを口元に。
「みなさん、ここからはさらに暑くなりますから水分をお忘れなく。運営および表示を務めさせていただきますは、深淵ガイドのスライム、核人族のアビスと」
彼は自己紹介の繋ぎ目に合わせて、マイクを投げ渡す。受け取った少年、スーツで身だしなみを整えた朱色の鬼は、続けざまに声を張り上げる。
「同じく運営を務めます! 賽王の子分がひとり、朱鬼の獄卒カーマインだ!」
彼らは簡潔に自己紹介を終えた。そのてぎわは続く説明にも存分に発揮され、聴衆に時の流れを感じさせない。
そしてそこにいる誰もが気づいた頃には、競売祭のメインが幕を開ける。大競売が、始まったのだ。
「はじめは匿名さん出品。砂漠が誇る高級水、世界樹の原水ッ! 10,000.cから!」
カーマインが商品の水甕を乗せた手押し車を運び込み、シャイナは初期値とともに商品を紹介する。その直後、参加者の声が一斉に湧き上がった。
「12,000!」
「15,000!」
「20,000!」
客席から次々に買値が上がる。その中でも最高額は、アビスが液状化した右腕を変形させて、どの席からでも見えるように表示していく。
しかし一方のシャイナは、表示を見ることもなく実況感覚で声を張り上げていた。
当然ながら飛び交う買値の声も、永遠のものではない。最高額の上昇に反比例して、声の圧も下がり…………そして、一点に収束するのだ。
「87,000!」
「出ました87,000ッ! これ以上の額を出せる方は、ここにいるのでしょうか!?」
アビスの表示がピタッと止まり、シャイナは参加者に煽りをかける。しかし次の声が上がることはなかった。
これ以上出せる金がない、これ以上出すほどの価値がない。境遇は様々であり、これがゆえに永遠ではないのだ。
それから10秒間。次の声を待つための時間は短く、しかし緊張感ゆえに長く感じてしまう。
それが経過した今、カーマインがゴングを鳴らした。
「決まったーッ! 87,000、世界樹の原水を手にしたのは、そこのあなたです!」
シャイナは落札者を右手全体で指して声を上げる。続いてそこにいる人たちからは、暖かい拍手が送られた。
見事落札を果たした者には、商品を落札した証が送られる。それらの流れで、この競売は成り立っているのだ。
もちろん、これは競売の一番槍に過ぎない。出品されたモノはまだまだ、舞台の奥に控えているのだ。
「さあみなさん、次の商品に行ってみましょう!」
シャイナの合図と共に、次の品物が運び込まれてくる。参加者の熱気は再び強まり、競売の続きが始まる。
テンポにして10分未満。かなり短いスパンで現れる品々に、参加者の興奮が収まることはない。
熱く、狂い、酔いしれて、大金を賭ける。
出てくる品々もあまりに多種多様。入手困難な珍品に、技巧の凝らされた装飾品、中には生命すらも、品として成り立つ。
そして後半に進むにつれて、出品者が開示された品も増えてくる。彼らは品物とともにステージに上がるため、参加者の熱はさらに増していくのだ。
「続いては狼人の商人、ハヤテマルさんの出品!」
「あ、隊長!」
「はい、あれは……」
知らない著名人が多く会場の熱気に置いて行かれ、すこし飽きがきていたランドとヘキサ。そんな彼らに、よく知る名が飛び込む。
屋上から身を乗り出すようにしてステージを眺めると、青白い毛並みの狼人が現れた。
「みなさん初めまして。つい先日商人を始めました、閃風のハヤテマルです」
マイクを手にした彼は、礼儀正しく自己紹介を行う。司会のシャイナは彼に、意気込みを尋ねてみた。
「ハヤテマルさん、今回の意気込みをお願いします!」
「はい。今回はお近づきの印として、こちらの品を出品させていただく事にしました。どうぞ!」
謙遜の言葉に続けて、彼は舞台裏へと手を向ける。合わせて幕をかぎ分けて、カーマインが品物と共に現れた。
彼が出品したもの。それは単刀直入に言って、皮の鎧だった。もちろんただの皮ではない。
「こちらはこの砂漠ならではの怪異、砂獣の皮を元に私自身が手掛けた逸品。俗に言う【サンドレザーアーマー】です」
「お値段は5,000.cから! 行ってみましょう!」
彼の商品紹介に合わせて、すぐにシャイナは開始を告げた。その時の会場は、いつも以上の熱気にさらされるのだった。
頂点に至った日は、少しずつ落ちていく。だが地平に没するには、まだまだ早い。
(ryトピック〜世界樹の原水について〜
世界樹と呼ばれている超巨大な樹の、根元に形成される泉の原水。
どういうわけか汚れひとつないこの水は、世界最高級の調理水とされている。実際に、スープのダシをより一層味わい深くする効果があるらしい。
しかしこの水は、砂漠のど真ん中と言えど採取に大きな障害はないように思える。なのにあれほどの値を出してまで手に入れようとするとは、どういうことなのだろうか……
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