境目の物語
彼らの出発
互いに抱き合ったまま、しばらく背中をさすって数分。ようやくリティの様子も落ち着き、俺たちは体を起こす。
ここは先日泊まった宿だった。後々聞いたところ、ここは病院代わりに使っていたらしい。
俺たちはベッドに腰掛けて、ひと息つく。その時ようやく、俺は今まで何をしてたのかを自覚した。
「……なあリティ、思いきり抱き締めてたけど、よかったか?」
「よかったって、なんのこと?」
「ああいや、気にしてないならいけど」
謝る気で聞いてみたのに、リティは首を傾げながら髪のインテークな触角を揺らすばかりだ。常識知らずなのであまり人のことは言えないが、こうも気にしないものなのだろうか。
ひとりで疑問を巡らせていると、今度はリティの方から聞いてきた。
「ねえラグ、依頼も終わったし……やっぱり帰っちゃうんだよね」
「ん? まあそりゃあ。交易街でみんな待ってるだろうし」
「そうだよね……」
平然と答えるが、リティは顔を顰めてしまう。気を損ねてしまっただろうか。
と思ったが、それも少し違うらしい。観察眼が捉えた彼女は、もじもじと指を擦り合わせて、僅かながら尻尾も揺れていた。
「ラグってギルドを作るために、人を集めてるんだよね?」
「ああ。……でも今思うと、信頼をおける仲間がメンバーにいないんだよな。知り合った人は基本、森の内にいるし。6人隊のみんなは仲間だけど、お互いの話はほとんどしてないし。
そもそもちゃんと話したのって、ブレイブとリティだけなんだよな。どっちとも、一緒にいて楽しかったし」
ん、楽しかった?
思い返して、ふとその言葉が浮かんだ。6人隊のみんなといる時も楽しいことには変わらないはずなのに、なんでだろう……
妙な引っかかりを感じた時だ。もじもじしていたリティが、何か覚悟を決めたように、顔を上げて俺と目を合わせた。
「ねえラグ、お願いがあるんだけど、いい?」
「ああ、もちろん」
「私もラグのギル」
言いかけたちょうどその時だ。部屋の外からドタバタと足音がし始める。
『ええっと3階で右側、4つ奥の部屋。……ここだここ。君たち、入るよ!』
ゴンッ!!!
『痛ったぁッ!? ドア閉まってたぁッ!』
壁越しに激突音が響き、木製のドアが少しへこむ。その後にドアがゆっくりと開き、青年が入ってきた。
「レッカさん!?」
「レッカ!?」
俺たちを驚かせたレッカは、額に大きなタンコブを作っていた。痛そうにコブを手で押さえているが、それでも調子はいつも通り……いや、たぶんそれ以上だ。
『ラグ君、生きてるね?』
「見りゃわかるだろ。さすがに慌てすぎじゃ……って、その目どうした!?」
彼の猪突猛進な行動には、呆れるのも当然だと思った。しかし光の灯らない両目を見て、ようやくその動作に合点がいく。
ところが彼は、わりと平然とした顔で、
『いや〜ちょっと無理しすぎて失明した。ああでも限界超えすぎるといつもこうなるから、別に気にしなくていいよ』
などと、こちらとしては全く信用できないようなことを言い始める。
「気にしなくていいって……失明って時間で癒えるものじゃないと思うが」
『自然治癒術でどうにかなるから大丈夫。それに頼れる医者だっているし』
そんな感じで楽観的にものを言っていた時だ。
『そう思えるなら安静にしていろ』
突如彼の後ろに、白衣で暗い雰囲気を漂わせた少年が現れた。
彼はそれを言うなり魔法を放ち、回避させぬ間に直撃させる。するとレッカは、すぐさま気を失ってしまった。
少年はレッカが床に倒れ込む前に体を掴み、肩にかけるようにして抱える。それから俺たちの方を向いて、ため息をついた。
『はぁ……まだ起きたばかりだろうに、すまない。共闘したのなら知っているだろうが、東道 烈火とはこういう人間だ。許してやってくれ』
「えっ、ああ……わかった。ていうかあんたは何者だ?」
いきなりの流れるような説明に戸惑うも、そこだけは質問する。
彼は少し黙り込むと、服のポケットから小さな紙を取り出す。差し出されたそれは、彼の名刺だ。
『望月 蚰蜒、12歳……レッカと同じギルド所属の医者見習いだ。専門は解毒治療、毒殺を主とする姉と違って戦闘能力はない』
ゲジの言葉通りで、彼から感じられる脅威は魔法の力のみ。その大きさも魔人やあの勇者と比べれば、些細なものだ。
仮に彼が敵だとして、それがどれほどの強さなのかはわからない。でも最低限、転生者みたいな無茶苦茶な強さにはなり得ないのだろう。
『強さは十分理解できただろう。こちらとお前のギルドが衝突することになっても、僕は関与しない。だからお前らも、僕と戦おうなどと考えるな』
彼は念を押すように、戦いへの拒否を叫ぶ。
そこは正直どうでもいい。だがその前の言い分は、頭にカチンときた。
「ちょっと待て。なんでまだ出来上がってもない俺たちのギルドが、あんたらと衝突することになってんだ? ギルド同士が戦う必要なんてないだろ」
「そうよ。ラグは賑やかなギルドを目指すんだから!」
『違うッ!!!』
「「っ!?」」
俺たちが反論を口にした途端、ゲジは一際大きな声で異を唱えた。
そのインパクトは見かけから想像できず、俺たちは驚いてビクッとなる。その様子を見てなのか、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
『……取り乱した、すまない。別にお前らは悪くない。衝突を生み出すのは、どちらかと言えばうちのギルドマスターだろうな。
ただ僕は……殺されることが嫌いなんだ。医者だからではなく、僕自身の意思として』
言いながらも、声のトーンは徐々に下がっていく。最後にひとつ大きなため息をつくと、彼は肩からずり落ちそうになったレッカを抱えなおした。
『そういえばあの鳥からお前らに、伝言を預かっている。《目が覚めたら霊堂に来い。話がある》……だそうだ。
僕はもう持ち場に戻る。医者としては休養を推奨するが、無視してくれて構わない。お前の身体は、正当な治療を施せない』
最後に意味深な言葉を吐くと、彼はレッカを抱えて部屋を出て行った。現れるのも去るのも、あっという間な人物だった。
部屋に残された俺たちだが、もちろんここでゆっくりするつもりはない。すぐに起き上がり、身だしなみを整えにかかる。
部屋のテーブルに置かれたウエストポーチを腰に巻き、ベルトにレイピアを挿し入れる。
いつも背中にかけている十文字槍を探していると、リティが手渡してくれた。
「はい、あの時は勝手に使っちゃってごめんね」
「別に気にしなくていいって。適当にぶん投げたつもりだったのに、リティが受け取るなんて思ってなかったから」
「いやぁ……あれは魔法を使って回収したから、槍自体は明後日の方向に飛んでたんだよ」
「あ、そうだったのか」
事実を知って、ちょっとがっかりする。
なんたってあの時は、奇跡的にリティの方に飛んで行ったのかと思ってたから。やはり理想と現実はかけ離れるものなんだなあ〜っと。
まあ今となっては、どうだっていいか。
俺は手に取った十文字槍を、いつも通り背中にかける。あとは剣だけなのだが……どうにも見当たらない。
「なあリティ、俺の剣知らないか?」
「あの時使ってたの? そういえば戻ってきてないね」
「やっぱりか」
納得をつけながら、肩を落とす。
なんとなく分かってはいたが、あの時剣だけは手元から離れていた。俺たちを回収してくれた人が気づかなくても、まったく不思議ではない。
「すこし締まんないけど、まあいっか」
すぐに諦めをつけて、腰に手を当てる。少し軽くなってしまったが、身体の調子は問題なさそうだ。
そうと決まれば、さっそく出発だ。
「よし、いくぞリティ!」
「えっ? 私なんかがついて行っていいの?」
「いいの?って、ゲジが『お前ら』って言ってただろ。
それにリティがいてくれた方が、気が楽だし。さすがに闘鶏様と1対1で話すのは、もう勘弁してほしい……」
「……! ええ!!!」
少し本音を漏らしつつも、俺はリティに手を差し伸べる。それを受け取ってくれた彼女は、共闘した時よりも遥かに、輝かしい笑顔をしていた。
(ryトピック〜スクラマサクス、その後〜
我道さんからプレゼントされた剣、その名をスクラマサクス。魔人に絶望を叩きつけられたラグレスが、脱力と共に手放した。
自由落下のまま地面と衝突したそれは、突き刺さることなく、大きく跳ね返りながら斜面を落ちる。そして最後、それは平地竜の頭部に刺さり、あろうことか即死させてしまった。
後に、火山へ調査に向かった冒険者が発見。「これは伝説に匹敵する代物」だと言い張り、高値で商人に売りつける。
そして商人も、その切れ味に業物の気配を感じ取り、これまた高値で別の商人に売る。その繰り返しで世界を回り、最終的には豪邸の一角に飾られるほどの値になったしまったという。
もちろん、ラグが知ることも、知る必要もない話である。
ここは先日泊まった宿だった。後々聞いたところ、ここは病院代わりに使っていたらしい。
俺たちはベッドに腰掛けて、ひと息つく。その時ようやく、俺は今まで何をしてたのかを自覚した。
「……なあリティ、思いきり抱き締めてたけど、よかったか?」
「よかったって、なんのこと?」
「ああいや、気にしてないならいけど」
謝る気で聞いてみたのに、リティは首を傾げながら髪のインテークな触角を揺らすばかりだ。常識知らずなのであまり人のことは言えないが、こうも気にしないものなのだろうか。
ひとりで疑問を巡らせていると、今度はリティの方から聞いてきた。
「ねえラグ、依頼も終わったし……やっぱり帰っちゃうんだよね」
「ん? まあそりゃあ。交易街でみんな待ってるだろうし」
「そうだよね……」
平然と答えるが、リティは顔を顰めてしまう。気を損ねてしまっただろうか。
と思ったが、それも少し違うらしい。観察眼が捉えた彼女は、もじもじと指を擦り合わせて、僅かながら尻尾も揺れていた。
「ラグってギルドを作るために、人を集めてるんだよね?」
「ああ。……でも今思うと、信頼をおける仲間がメンバーにいないんだよな。知り合った人は基本、森の内にいるし。6人隊のみんなは仲間だけど、お互いの話はほとんどしてないし。
そもそもちゃんと話したのって、ブレイブとリティだけなんだよな。どっちとも、一緒にいて楽しかったし」
ん、楽しかった?
思い返して、ふとその言葉が浮かんだ。6人隊のみんなといる時も楽しいことには変わらないはずなのに、なんでだろう……
妙な引っかかりを感じた時だ。もじもじしていたリティが、何か覚悟を決めたように、顔を上げて俺と目を合わせた。
「ねえラグ、お願いがあるんだけど、いい?」
「ああ、もちろん」
「私もラグのギル」
言いかけたちょうどその時だ。部屋の外からドタバタと足音がし始める。
『ええっと3階で右側、4つ奥の部屋。……ここだここ。君たち、入るよ!』
ゴンッ!!!
『痛ったぁッ!? ドア閉まってたぁッ!』
壁越しに激突音が響き、木製のドアが少しへこむ。その後にドアがゆっくりと開き、青年が入ってきた。
「レッカさん!?」
「レッカ!?」
俺たちを驚かせたレッカは、額に大きなタンコブを作っていた。痛そうにコブを手で押さえているが、それでも調子はいつも通り……いや、たぶんそれ以上だ。
『ラグ君、生きてるね?』
「見りゃわかるだろ。さすがに慌てすぎじゃ……って、その目どうした!?」
彼の猪突猛進な行動には、呆れるのも当然だと思った。しかし光の灯らない両目を見て、ようやくその動作に合点がいく。
ところが彼は、わりと平然とした顔で、
『いや〜ちょっと無理しすぎて失明した。ああでも限界超えすぎるといつもこうなるから、別に気にしなくていいよ』
などと、こちらとしては全く信用できないようなことを言い始める。
「気にしなくていいって……失明って時間で癒えるものじゃないと思うが」
『自然治癒術でどうにかなるから大丈夫。それに頼れる医者だっているし』
そんな感じで楽観的にものを言っていた時だ。
『そう思えるなら安静にしていろ』
突如彼の後ろに、白衣で暗い雰囲気を漂わせた少年が現れた。
彼はそれを言うなり魔法を放ち、回避させぬ間に直撃させる。するとレッカは、すぐさま気を失ってしまった。
少年はレッカが床に倒れ込む前に体を掴み、肩にかけるようにして抱える。それから俺たちの方を向いて、ため息をついた。
『はぁ……まだ起きたばかりだろうに、すまない。共闘したのなら知っているだろうが、東道 烈火とはこういう人間だ。許してやってくれ』
「えっ、ああ……わかった。ていうかあんたは何者だ?」
いきなりの流れるような説明に戸惑うも、そこだけは質問する。
彼は少し黙り込むと、服のポケットから小さな紙を取り出す。差し出されたそれは、彼の名刺だ。
『望月 蚰蜒、12歳……レッカと同じギルド所属の医者見習いだ。専門は解毒治療、毒殺を主とする姉と違って戦闘能力はない』
ゲジの言葉通りで、彼から感じられる脅威は魔法の力のみ。その大きさも魔人やあの勇者と比べれば、些細なものだ。
仮に彼が敵だとして、それがどれほどの強さなのかはわからない。でも最低限、転生者みたいな無茶苦茶な強さにはなり得ないのだろう。
『強さは十分理解できただろう。こちらとお前のギルドが衝突することになっても、僕は関与しない。だからお前らも、僕と戦おうなどと考えるな』
彼は念を押すように、戦いへの拒否を叫ぶ。
そこは正直どうでもいい。だがその前の言い分は、頭にカチンときた。
「ちょっと待て。なんでまだ出来上がってもない俺たちのギルドが、あんたらと衝突することになってんだ? ギルド同士が戦う必要なんてないだろ」
「そうよ。ラグは賑やかなギルドを目指すんだから!」
『違うッ!!!』
「「っ!?」」
俺たちが反論を口にした途端、ゲジは一際大きな声で異を唱えた。
そのインパクトは見かけから想像できず、俺たちは驚いてビクッとなる。その様子を見てなのか、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
『……取り乱した、すまない。別にお前らは悪くない。衝突を生み出すのは、どちらかと言えばうちのギルドマスターだろうな。
ただ僕は……殺されることが嫌いなんだ。医者だからではなく、僕自身の意思として』
言いながらも、声のトーンは徐々に下がっていく。最後にひとつ大きなため息をつくと、彼は肩からずり落ちそうになったレッカを抱えなおした。
『そういえばあの鳥からお前らに、伝言を預かっている。《目が覚めたら霊堂に来い。話がある》……だそうだ。
僕はもう持ち場に戻る。医者としては休養を推奨するが、無視してくれて構わない。お前の身体は、正当な治療を施せない』
最後に意味深な言葉を吐くと、彼はレッカを抱えて部屋を出て行った。現れるのも去るのも、あっという間な人物だった。
部屋に残された俺たちだが、もちろんここでゆっくりするつもりはない。すぐに起き上がり、身だしなみを整えにかかる。
部屋のテーブルに置かれたウエストポーチを腰に巻き、ベルトにレイピアを挿し入れる。
いつも背中にかけている十文字槍を探していると、リティが手渡してくれた。
「はい、あの時は勝手に使っちゃってごめんね」
「別に気にしなくていいって。適当にぶん投げたつもりだったのに、リティが受け取るなんて思ってなかったから」
「いやぁ……あれは魔法を使って回収したから、槍自体は明後日の方向に飛んでたんだよ」
「あ、そうだったのか」
事実を知って、ちょっとがっかりする。
なんたってあの時は、奇跡的にリティの方に飛んで行ったのかと思ってたから。やはり理想と現実はかけ離れるものなんだなあ〜っと。
まあ今となっては、どうだっていいか。
俺は手に取った十文字槍を、いつも通り背中にかける。あとは剣だけなのだが……どうにも見当たらない。
「なあリティ、俺の剣知らないか?」
「あの時使ってたの? そういえば戻ってきてないね」
「やっぱりか」
納得をつけながら、肩を落とす。
なんとなく分かってはいたが、あの時剣だけは手元から離れていた。俺たちを回収してくれた人が気づかなくても、まったく不思議ではない。
「すこし締まんないけど、まあいっか」
すぐに諦めをつけて、腰に手を当てる。少し軽くなってしまったが、身体の調子は問題なさそうだ。
そうと決まれば、さっそく出発だ。
「よし、いくぞリティ!」
「えっ? 私なんかがついて行っていいの?」
「いいの?って、ゲジが『お前ら』って言ってただろ。
それにリティがいてくれた方が、気が楽だし。さすがに闘鶏様と1対1で話すのは、もう勘弁してほしい……」
「……! ええ!!!」
少し本音を漏らしつつも、俺はリティに手を差し伸べる。それを受け取ってくれた彼女は、共闘した時よりも遥かに、輝かしい笑顔をしていた。
(ryトピック〜スクラマサクス、その後〜
我道さんからプレゼントされた剣、その名をスクラマサクス。魔人に絶望を叩きつけられたラグレスが、脱力と共に手放した。
自由落下のまま地面と衝突したそれは、突き刺さることなく、大きく跳ね返りながら斜面を落ちる。そして最後、それは平地竜の頭部に刺さり、あろうことか即死させてしまった。
後に、火山へ調査に向かった冒険者が発見。「これは伝説に匹敵する代物」だと言い張り、高値で商人に売りつける。
そして商人も、その切れ味に業物の気配を感じ取り、これまた高値で別の商人に売る。その繰り返しで世界を回り、最終的には豪邸の一角に飾られるほどの値になったしまったという。
もちろん、ラグが知ることも、知る必要もない話である。
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