境目の物語

(ry

彼らの目覚め

 音もなく、風も吹かず、全身の感覚すらも曖昧。目は開いているのか、どこまでも続く闇が視界に入っている。

ここはどこだ? いま俺はどうなっている?

《まだ理解していないのかい?》
「えっ、ロト?」

 ずいぶん久しぶりに聞いた、指を弾く音。そして、ロトの声。
 そのはずなのに、懐かしい感覚がまったくない。まるで昨日も、その前も、毎日会っているかのような感覚だ。

「なあロト、どこにいるんだ? なんで最近は黙ってたんだ?」

 俺は訴えるように、虚空へと声を張り上げた。しかし次に聞こえる彼の声は、深い深いため息だった。

《はぁ……
 もう7回は言ったよ
 あの日、ちぎれた腕から
 もうひとりの君が生まれた》
「もうひとりの……俺?」

 言われたことに、首を傾げる。何を言っているのか、よくわからない。
 だが俺の反応を見た彼は、今度はキレ気味に言葉を続けた。

《……説明するのもうんざりだ
 聞いても理解できないのなら、
 体感してもらう方が早い
 彼はもう目を覚ましているはずだ》

 最後にそう言うと、さらに指を弾く音が鳴り響く。するとどうだろう、どこまでも続く暗闇に明るさが宿り始めた。

「ここは……?」

 見えるようになったそこは、なぜか能力を使ったときのようにモノクロ。どこか森の中にぽつんと開けた場所のようだが、見覚えはまったくない。

その時不意に、背後から声が聞こえた。

『お前、誰だ?』
「っ!?」

 ロトではない、少し掠れた声。俺は驚き、猫のように飛び退いた。
 瞬時に向きを変えて臨戦態勢を取ろうとする。しかしなぜか武器が、レイピア一本しかない。

 客観的に見て、ひどく動揺しているのがわかった。俺は胸に手を当てて、なるべく心を落ち着ける。
そこでようやく、この目で声の主を捉えた。

「……なっ!」
『お前、その顔っ』

 たぶん、互いが同じことを思ったのだろう。俺とそいつで、反応は何も変わらなかった。

そいつは、俺と瓜二つの顔をしていた。

 魔人との戦いの中で見た、糸が切れた人形のようになった俺とは違う。自分の意思で動き、驚きと動揺が動きに表れていた。

ところが、見た目が違う。
 絹糸で作られた衣を纏い、ポニーテールはない。力なく垂れ下がった右腕は朱色の大剣を、反対の手は鎖鎌を握りしめている。

『……そうか。お前が、彼女の言っていたホンモノか』
「え、ホンモノ?」

 言われたことに驚き戸惑う。すると彼は笑いながら、左手に握った鎖鎌を向けてきた。
 大剣といい、武器だけは見覚えがある。あの日、ほんの僅かな時間だけ、俺が握っていた得物。本来はツネさんが持っていた……

『ははは……お前はホンモノ。ならお前が死ねば、俺がホンモノを名乗っても悪くないよな?』
「は? なに言って」

言葉を返そうとした瞬間、彼が踏み込む。
 驚くほど早い、対応が間に合わない。振り抜かれる手鎌に、レイピアを合わせることしかできない。

「くっ!?」

 受け流す間もなく、剛力が叩きつけられる。気づくと俺は宙を舞っていた。

「ぐっ……」

対処の猶予も与えてくれない。
 彼は掛け声と共に鎖鎌を放つ。それは空中にいる無防備な俺を正確に捉え、瞬時に取り巻いていく。

気づくと俺は、鎖の縄に拘束されていた。

『まだエネルギーは使ってないんだが、それがホンモノの力なのか?』
「なんの話だ……ぐぁっ!」

 言い返そうとした瞬間、地に叩きつけられた。そのまま締め上げる力も強まり、身体どころか口すら満足に動かせない。
 認めたくないが、力の差がありすぎる。どんなに力を振り絞っても、縄を振りほどくことすらできない。

『……失望した。ホンモノを殺すことが、こんなに簡単だとは思わなかった』

 呆れながら、彼はゆっくり近づいてくる。その時彼の右袖から、ツタが下りてきた。
 ツタは右腕に巻きつき、腕に力が宿る。間違いない、大剣を使う気だ。

『んじゃ、死ね』
「っ!!!」

 慈悲もない一声に続く、踏み込みと手繰り寄せ。互いの距離が、一気に縮まる。
 朱色の刃が首に迫る。動けない、躱せない、防げない、受け流せない。


 殺される。


「そんなことない!!!」

「!!?」
『なにっ!?』

 突如、響く声。上からひとりの影が、俺たちの間に割って入る。
 赤い髪と緑鱗の尻尾が目立つ少女、リティだ。

「えいッ!!!」

 彼女は握り込んだ棍を振り下ろし、朱の刀身に打ち付けた。

凄まじい金属音が鳴り響く。
 しなる棍棒の一撃は、真っ直ぐ伸びる刀身すらも軽く歪ませた。

『重い……っ!』

 彼は回避を優先し、すかさず飛び退く。その隙をついて、リティは俺を拘束する鎖を叩き壊した。
 そして手を差し伸べて、

「ほらラグ、起きて!」

にっこり笑って言った。

さっきから、戸惑いが隠せない。
 俺に似たやつがいることも、不思議でたまらない。だがこうしてリティが来てくれた状況は、夢現ゆめうつつの区別を曖昧にしてしまう。
 何が本当なのかがわからない。このリティが、本当にリティなのかも判断がつかない。

……でも、彼女は俺を助けてくれた。ここがどっちだろうと、それは変わらない。
 なら俺は、彼女の気持ちに応えるべき。差し伸べてくれた手を、握り返すべきだ。

「ありがとう、リティ」

 俺は心から感謝の気持ちを告げた。そして彼女の暖かい手を握り締めて…………





意識が浮上する。

「はっ!!!」

 強引に引き上げられたためか、目覚めと同時に身体が軽く跳ねる。全身がびっしょり濡れるくらい、激しく汗をかいていた。

「ラグ!!!」

 直後に聞こえる声。同時に覆いかぶさる彼女に、強く抱き締められた。

 現実のリティだ。どうやらさっきのは、夢ということで間違いないらしい。
……でも、どちらも同じくらい、暖かい。

「大丈夫だよね? 生きてるんだよね!?」

 リティは必死に確認するように聞いてくる。今度もちゃんと答えようと、俺は口を開こうとした。
 でもその時、ポツンと頬に雫が落ちてきた。見上げると、納戸色の瞳から、涙が溢れていた。

「リティ? なんで涙なんか……」

言いかけた途端、彼女の目が丸くなる。
 彼女の口元がグッと締まる。そして次の瞬間、握り締められた両手が振り上がった。

「……っ! ラグのバカっ!」

振り下ろされる。
 幸いにもその両拳は、頭の横に叩きつけられた。当たらなかったからいいものの、バキッと壊れるような音がするほどの剛力が込められていた。

「ひどいよラグ……。3日間息もせずに寝たままで、ついさっきまではうなされて苦しそうにしてたのよ!
 生きてるか死んでるかもわかんないのに、必死に看病してたんだから……」

 その体勢のままに手をついて言うリティの声は、だんだんとか細くなっていく。その様子に俺は、申し訳なさを感じずにはいられなかった。

「……ごめんリティ、気持ちに気づいてやれなくて」

 言いはするが、やはりこういう時どうすればいいのかわかんない。こういう事に不器用なのは、自覚している。
 だから俺はされた事と同じように、リティを抱き寄せていた。

「不器用でごめん。でもリティがいなければ、あのまま死んでたと思う。本当に、助かったよ」
「うぅ……ぐすんっ。違う、そうじゃないよ。本当に感謝すべきは、私の方なのに……」
「そ、そうなのか……?」

……やっぱりわからない。

 結局のところ、すべきことの答えは出ない。俺たちはしばらくの間、こうして抱き合っていたのだった。




(ryトピック〜怒鉱の鉱脈について〜

 怒鉱の大火山内部に存在する、上質な鉱石が眠っている鉱脈。ここで採れた鉱石は、主に商人を経由して世界各地へ売り捌かれる。

 各地に点在する鉱脈と比較すると、熱量と鉱毒の時点で環境が劣悪。さらには深い層には土地の主の配下にあたる危険な魔物が棲息するため、一歩間違えば簡単に死へとつながる。
 なのでここで働けるのは、熱に影響されにくく、浅い層の魔物と対等に戦える程度の実力を持った者だけ。つまるところ、竜人である。あとは参加者の自己責任で。

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