境目の物語
最後のあがき
『いやだ! 死にたくない! なんで、なんでこんな!? ワイがなにをしたって言うんや!』
《ふむ……、なにをした……か》
『……っ! その声おんし、ワイを転生させた神さまか! 頼む、助けてくれ。こんなところで死にとうない!』
《……まあいいだろう。契約を守るのも、役目だろうからな》
…………
俺の目の前で、竜人たちの奥義が炸裂した。
空気すらも引き裂きそうなほどの衝撃音と、あの勇者の獄雷撃をも上回るであろう破壊力。それは魔人ただひとりを呑み込み、火山灰の混ざる砂煙を残して消滅した。
俺たちは闘鶏様に守られたので、巻き添えは免れた。でも、あれに直撃していたらと考えると、寒気が止まらない。
立場が敵対でなかったことに、俺は強い安心感を覚えた。
「やっと終わったのか…………ゲホッ」
安堵していると、喉の奥から血がむせ返った。
今の破壊力の規模が大きすぎて忘れていたが、俺はまだ戟に貫かれたままだ。幸い腹部の傷口は埋まっているので流血は控えめだが、抜かなければ確実に死が近づく。
俺はすぐに、勝利の喜びに浸っている竜たちに、手助けを求めようとした。その瞬間だった。
『アニマディスペア』
聞こえるはずのない声。直後、空が黒く染まる。なにが起きたのかもわからず、竜たちはみな空を仰いだ。
漆黒のフォーク。
宙に浮かぶ大量の戟は、すでに貫かれている俺とリティ以外、竜たちすべてに向けて撃ち込まれた。
あまりの早さに、行動を起こす間もない。恐らく彼らは、それを認識するとほぼ同時に、胴体を深々と貫かれた。
「ぐあぁっ」
「なに……この武器」
「力が……吸われる!」
「どうなってやがる……っ」
「あ、頭が……割れそうじゃッ!」
竜たちは声を上げながら、苦しそうに身体をくねらせる。
傷口からは血がどっと溢れているが、タフさゆえか死には至っていない。しかし戟に付与された効果に、尋常ではないほどの苦しみを与えられている。
そんな中、ただひとり戟に貫かれていない者がいた。人でも竜でもない…………闘鶏様だ。
《くっ、なぜその技を……そもそもなぜ死んでおらんッ!》
彼は憤激の声を上げながら、触手を召喚した。それは間髪入れず、砂煙を払い除ける。
そして俺たちは、ヤツの姿を見た。
「なんだ……あれ」
唖然として、声も出なかった。
払い除けた先に、魔人の姿はなかった。代わりにそれが……浮遊していた。
直径3メートルほどで、漆黒の体表をもつ巨大な球体。全身にはドス黒い粘液がまとわりつき、滴らせる。
左にはちぎってくっつけたとしか言いようのない左手。そして中心には大きさ相応の、充血しきった目玉が埋め込まれている。
はっきり言って、理解できない。
その球体は、犬や狼の枠を外れたヴァルフや、そもそもの生態がわからない砂獣とも違う。生物としての枠を外れた、ただの異形だった。
『やっぱ雑魚や、竜なんでただの雑魚や! ぶわっはっは!!!!!』
異形は俺たちを指差しながら、狂ったように笑う。口もないのに響く声は、直接脳内を蝕んできた。
《ぐ、見通す密告眼じゃと……?なぜここに厄災が》
『だまれ鳥類』
驚きに口を開く闘鶏様に、まるで弱者を黙らせるように言う。
異形が視線を向けた瞬間、無数の戟が彼を貫いた。
まるで工程を飛ばしたかのような攻撃。淡い光の闘鶏様は抵抗もできず、散っていった。
『ああ……これが変生によって得た、ワイの新しい体。この身体は実に心地ええ。身も心もかるいし、竜すらももはや敵じゃないわい』
異形は目元を緩ませて、ありのままの感想を述べる。ヤツを止められる者は、もうここにはいない。
『そうは思わんかお嬢ちゃん?』
「っ!?」
不意にその視線が、俺ただひとりに注がれる。同時に奇妙な感覚が、全身にまとわりついた。
続けて襲いかかる脱力感と頭痛、視界が歪む。湧き上がる絶望感と合わさり、正気でいられない。
『あひゃひゃ! せや、そういう顔や。絶望に満ちた人間を殺してやるのが、ワイに与えられた目的や』
苦痛に歪んだ俺の顔を指差して、異形が笑っている。しかしその背後に現れる漆黒の戟を、観察眼は見逃せなかった。
異形は最後、俺たちを指差しながら、告げた。
『今度こそ終わりや。そのまま死ね』
そして無数に思える数の戟が、寸分のズレもなく同時に放たれた。
精神力が底をついた。助けてくれる人もいない。奇跡的に射し込んだ、ほんの僅かな希望の光も、すべて……潰えた。
「これが……終わりか」
そう呟くしかなかった。脱力感はついに、どうにか握り続けていた剣すら落とさせた。残されたのは、絶望感に包まれた体だけだった。
ここにいる誰もが、そう思っていた。
「いや、まだ終っちゃいない!」
聞き覚えのある声に、閉じかけていたまぶたが持ち上がる。最前線に、青年が飛び出した。
その身は自らの血で赤く染まり、いくつもの傷痕が剥き出している。けれど右手に握られた鈍色の剣を、力強く構える。
「装纏霊技……【真・絶縁八刀】ッ!!!」
全身全霊の掛け声、ともに振るう。
戟を迎え撃つ剣は、8本の触手を刀身に宿らせる。
触手は燃え盛る炎のように肥大化し、戟すべてとの衝突を可能にした。
そしてぶつかり合う。続いて、掻き消す。
異形が放った戟は絶縁の力にさらされて、無力にも霧散していった。
『バカな!? いや……その技、貴様はァッ!!』
眼球が真っ赤に染まる勢いで、異形が怒号を上げる。
視線の先にいる青年……レッカは、ぜえぜえと息を切らし、剣を杖のようにして身体を支える。それでも、清々しい表情で笑みを浮かべていた。
『なんで貴様が! 確かに殺したはずや!』
「へへっ、普通はそうなるよな。あれだけ串刺しにすりゃ、真竜でもくたばる」
『なら……なんで貴様は』
「チッチッチ」
問い出そうとする異形の口を遮るように、顔の前で立てた人差し指を振る。
「俺たちの師匠……まあうちのギルドマスターなんだけど、死神を自称するほどの実力者でね。稽古中に何度も半殺しにされるから…………もう慣れちゃったよ、殺されることに」
『殺されることに……慣れたやと!?』
レッカの発言に、異形は目をかっ開いて驚きの声を上げる。当然俺も、驚かないわけがない。
ヤツの思い通りな反応に、レッカはニヤリと笑う。そしてさらに、付け加えるように煽る。
「別に俺が不死身になったわけじゃない。このしぶとさは流派由来だ。ただ言うなれば、あんたの攻撃は、師匠の準備運動にも満たない。転生したてのイキリ野郎ってのは、どいつもこいつも詰めが甘いよねえ〜」
その言葉は、ヤツの心に深く突き刺さった。
『だまれ! 殺せてなかったんなら、今ここで殺すまでや!!!』
怒り、ストレス、そして恐怖。それだけで済むはずはないが、感情が体を突き動かしたのは間違いない。俺が見てもわかる。
もう何度も見たように、ヤツは左手をかざして魔法を唱えた。だが、
「しかし、なにもおこらなかった」
レッカが堂々と、言い放つ。
その言葉の通り、ほんとうに何も起こらなかった。戟が現れることも、魔方陣が描かれることもなかった。
『な、なんで魔法が……使えんのや!? 貴様の仕業か!』
瞳を震わせて動揺する異形は、レッカに問い詰めた。その声を聞いて彼は、空いた手をやれやれと言いたげに動かした。
「俺は何もしちゃいない。ただのMP切れさ」
『MP切れ……やと? くぉ!?』
事実を突きつけられた異形は、呟いた直後、その浮遊力も失った。当然そのまま、落下する。
地に落ちた黒い眼球は、残された左手で体を支えることしかできなくなっていた。
「神に頼るやつの最後は、決まってこれだ。まったく、これだから転生者は長期戦にむいてない……」
言うだけ言うとレッカも、膝から崩れ落ちるように倒れた。かろうじて上半身は支えていたが、息切れは明らかにひどくなっていた。
それでも彼は振り返り、俺の方を指差して言った。
「ラグ君、そこにいるんだよね? 最後の希望を……君に託す。回復される前に、トドメを…………」
喋り終えたレッカの指先から、小さな光が放たれる。そのまま彼は気を失って倒れた。
代わりに俺の心に、希望の火が灯された。ほんの僅かな力が、闘志とともに湧き上がる。
「……拝承した。このひと時で、終わらせる」
ぼそっと呟いて、能力を発動する。
視界はモノクロに染まり、戟から外れて露出した傷口が風にあおられて痛む。それでも体は、丁寧に着地を終える。
ほんのひと時で、視界は元に戻った。
「リティ、槍を」
「お願いラグ……」
すでに半分意識を失っているリティに頼み、十文字槍を手放してもらう。受け取った俺は、槍を構えた。
意識がチカチカする。でもこれで……最後だ。
レッカから……いや、ここにいるみんなから託された力。そのすべてを込めて、俺は叫ぶ。
「閃風斬」
能力を使った直後の、不思議な出力向上。そこに託された力が合わさり、技の発動を許す。
放たれた斬撃波は、ここまで繋げてきた要素全部を乗せて、異形に迫った。
『や、やめ』
異形は怯えた呻きを上げながら、這いつくばって逃走をはかる。だがもう遅い。
バザッッ!!!!!
斬撃は漆黒の球体を、両断した。
異形は真っ二つに断ち切られ、ドス黒い血を撒き散らす。それでも最後まで、助けを求める声を止めなかった。
『神さま……助……け…………』
その言葉を最後に、やつの声は途絶える。異形となった体も、チリとなって消滅した。
続くように、そこら一帯に突き刺さっていたフォークの群も消失する。
フォークに持ち上げられていた少女は、気を失ったまま落下した。もがき苦しんでいた竜たちは、気絶してぐったりとした後に、自然と人の姿に戻った。
そして異形にトドメを刺した少年も、同じだった。
『やった……ぜ…………』
声に合わせて拳を持ち上げようとする。けれど先に意識が途切れて、うつ伏せに倒れた。
長いようで短い、朝方の戦い。決め手となった両者のあがきは、結果として立ち続ける者を残さなかった。
そこにいる全員が、気を失って倒れている。その光景が、何より一帯に刻まれた戦いの傷痕が、その激しさを如実に表していた。
(ryトピック〜【ユニオンブレス】について〜
神話として竜人族に伝わる奥義であり、竜人族にしか為せない大技。竜の姿となった彼らが、息吹を一点に集中させる事で力を蓄積。形成されたエネルギー体は、弾けることで膨大な破壊力を放出する。
技の発動に協力した竜人が多いほど、また長時間力を蓄積するほど、さらには息吹の種類が多いほど、その威力は加速度的に上昇する。
……のだが、個人の雑念ひとつで発現に失敗してしまうという、致命的な弱点を持つ。
別のことを考えながらでは当然ダメ。弱音を吐くのもダメ。なんなら発動中の疲労を気にするだけですらダメ。
それくらい、発動条件に現実味がない。共通の意志で倒さねばならない、絶対的な悪に向けての発動以外、成功例はひとつも挙がっていない。
《ふむ……、なにをした……か》
『……っ! その声おんし、ワイを転生させた神さまか! 頼む、助けてくれ。こんなところで死にとうない!』
《……まあいいだろう。契約を守るのも、役目だろうからな》
…………
俺の目の前で、竜人たちの奥義が炸裂した。
空気すらも引き裂きそうなほどの衝撃音と、あの勇者の獄雷撃をも上回るであろう破壊力。それは魔人ただひとりを呑み込み、火山灰の混ざる砂煙を残して消滅した。
俺たちは闘鶏様に守られたので、巻き添えは免れた。でも、あれに直撃していたらと考えると、寒気が止まらない。
立場が敵対でなかったことに、俺は強い安心感を覚えた。
「やっと終わったのか…………ゲホッ」
安堵していると、喉の奥から血がむせ返った。
今の破壊力の規模が大きすぎて忘れていたが、俺はまだ戟に貫かれたままだ。幸い腹部の傷口は埋まっているので流血は控えめだが、抜かなければ確実に死が近づく。
俺はすぐに、勝利の喜びに浸っている竜たちに、手助けを求めようとした。その瞬間だった。
『アニマディスペア』
聞こえるはずのない声。直後、空が黒く染まる。なにが起きたのかもわからず、竜たちはみな空を仰いだ。
漆黒のフォーク。
宙に浮かぶ大量の戟は、すでに貫かれている俺とリティ以外、竜たちすべてに向けて撃ち込まれた。
あまりの早さに、行動を起こす間もない。恐らく彼らは、それを認識するとほぼ同時に、胴体を深々と貫かれた。
「ぐあぁっ」
「なに……この武器」
「力が……吸われる!」
「どうなってやがる……っ」
「あ、頭が……割れそうじゃッ!」
竜たちは声を上げながら、苦しそうに身体をくねらせる。
傷口からは血がどっと溢れているが、タフさゆえか死には至っていない。しかし戟に付与された効果に、尋常ではないほどの苦しみを与えられている。
そんな中、ただひとり戟に貫かれていない者がいた。人でも竜でもない…………闘鶏様だ。
《くっ、なぜその技を……そもそもなぜ死んでおらんッ!》
彼は憤激の声を上げながら、触手を召喚した。それは間髪入れず、砂煙を払い除ける。
そして俺たちは、ヤツの姿を見た。
「なんだ……あれ」
唖然として、声も出なかった。
払い除けた先に、魔人の姿はなかった。代わりにそれが……浮遊していた。
直径3メートルほどで、漆黒の体表をもつ巨大な球体。全身にはドス黒い粘液がまとわりつき、滴らせる。
左にはちぎってくっつけたとしか言いようのない左手。そして中心には大きさ相応の、充血しきった目玉が埋め込まれている。
はっきり言って、理解できない。
その球体は、犬や狼の枠を外れたヴァルフや、そもそもの生態がわからない砂獣とも違う。生物としての枠を外れた、ただの異形だった。
『やっぱ雑魚や、竜なんでただの雑魚や! ぶわっはっは!!!!!』
異形は俺たちを指差しながら、狂ったように笑う。口もないのに響く声は、直接脳内を蝕んできた。
《ぐ、見通す密告眼じゃと……?なぜここに厄災が》
『だまれ鳥類』
驚きに口を開く闘鶏様に、まるで弱者を黙らせるように言う。
異形が視線を向けた瞬間、無数の戟が彼を貫いた。
まるで工程を飛ばしたかのような攻撃。淡い光の闘鶏様は抵抗もできず、散っていった。
『ああ……これが変生によって得た、ワイの新しい体。この身体は実に心地ええ。身も心もかるいし、竜すらももはや敵じゃないわい』
異形は目元を緩ませて、ありのままの感想を述べる。ヤツを止められる者は、もうここにはいない。
『そうは思わんかお嬢ちゃん?』
「っ!?」
不意にその視線が、俺ただひとりに注がれる。同時に奇妙な感覚が、全身にまとわりついた。
続けて襲いかかる脱力感と頭痛、視界が歪む。湧き上がる絶望感と合わさり、正気でいられない。
『あひゃひゃ! せや、そういう顔や。絶望に満ちた人間を殺してやるのが、ワイに与えられた目的や』
苦痛に歪んだ俺の顔を指差して、異形が笑っている。しかしその背後に現れる漆黒の戟を、観察眼は見逃せなかった。
異形は最後、俺たちを指差しながら、告げた。
『今度こそ終わりや。そのまま死ね』
そして無数に思える数の戟が、寸分のズレもなく同時に放たれた。
精神力が底をついた。助けてくれる人もいない。奇跡的に射し込んだ、ほんの僅かな希望の光も、すべて……潰えた。
「これが……終わりか」
そう呟くしかなかった。脱力感はついに、どうにか握り続けていた剣すら落とさせた。残されたのは、絶望感に包まれた体だけだった。
ここにいる誰もが、そう思っていた。
「いや、まだ終っちゃいない!」
聞き覚えのある声に、閉じかけていたまぶたが持ち上がる。最前線に、青年が飛び出した。
その身は自らの血で赤く染まり、いくつもの傷痕が剥き出している。けれど右手に握られた鈍色の剣を、力強く構える。
「装纏霊技……【真・絶縁八刀】ッ!!!」
全身全霊の掛け声、ともに振るう。
戟を迎え撃つ剣は、8本の触手を刀身に宿らせる。
触手は燃え盛る炎のように肥大化し、戟すべてとの衝突を可能にした。
そしてぶつかり合う。続いて、掻き消す。
異形が放った戟は絶縁の力にさらされて、無力にも霧散していった。
『バカな!? いや……その技、貴様はァッ!!』
眼球が真っ赤に染まる勢いで、異形が怒号を上げる。
視線の先にいる青年……レッカは、ぜえぜえと息を切らし、剣を杖のようにして身体を支える。それでも、清々しい表情で笑みを浮かべていた。
『なんで貴様が! 確かに殺したはずや!』
「へへっ、普通はそうなるよな。あれだけ串刺しにすりゃ、真竜でもくたばる」
『なら……なんで貴様は』
「チッチッチ」
問い出そうとする異形の口を遮るように、顔の前で立てた人差し指を振る。
「俺たちの師匠……まあうちのギルドマスターなんだけど、死神を自称するほどの実力者でね。稽古中に何度も半殺しにされるから…………もう慣れちゃったよ、殺されることに」
『殺されることに……慣れたやと!?』
レッカの発言に、異形は目をかっ開いて驚きの声を上げる。当然俺も、驚かないわけがない。
ヤツの思い通りな反応に、レッカはニヤリと笑う。そしてさらに、付け加えるように煽る。
「別に俺が不死身になったわけじゃない。このしぶとさは流派由来だ。ただ言うなれば、あんたの攻撃は、師匠の準備運動にも満たない。転生したてのイキリ野郎ってのは、どいつもこいつも詰めが甘いよねえ〜」
その言葉は、ヤツの心に深く突き刺さった。
『だまれ! 殺せてなかったんなら、今ここで殺すまでや!!!』
怒り、ストレス、そして恐怖。それだけで済むはずはないが、感情が体を突き動かしたのは間違いない。俺が見てもわかる。
もう何度も見たように、ヤツは左手をかざして魔法を唱えた。だが、
「しかし、なにもおこらなかった」
レッカが堂々と、言い放つ。
その言葉の通り、ほんとうに何も起こらなかった。戟が現れることも、魔方陣が描かれることもなかった。
『な、なんで魔法が……使えんのや!? 貴様の仕業か!』
瞳を震わせて動揺する異形は、レッカに問い詰めた。その声を聞いて彼は、空いた手をやれやれと言いたげに動かした。
「俺は何もしちゃいない。ただのMP切れさ」
『MP切れ……やと? くぉ!?』
事実を突きつけられた異形は、呟いた直後、その浮遊力も失った。当然そのまま、落下する。
地に落ちた黒い眼球は、残された左手で体を支えることしかできなくなっていた。
「神に頼るやつの最後は、決まってこれだ。まったく、これだから転生者は長期戦にむいてない……」
言うだけ言うとレッカも、膝から崩れ落ちるように倒れた。かろうじて上半身は支えていたが、息切れは明らかにひどくなっていた。
それでも彼は振り返り、俺の方を指差して言った。
「ラグ君、そこにいるんだよね? 最後の希望を……君に託す。回復される前に、トドメを…………」
喋り終えたレッカの指先から、小さな光が放たれる。そのまま彼は気を失って倒れた。
代わりに俺の心に、希望の火が灯された。ほんの僅かな力が、闘志とともに湧き上がる。
「……拝承した。このひと時で、終わらせる」
ぼそっと呟いて、能力を発動する。
視界はモノクロに染まり、戟から外れて露出した傷口が風にあおられて痛む。それでも体は、丁寧に着地を終える。
ほんのひと時で、視界は元に戻った。
「リティ、槍を」
「お願いラグ……」
すでに半分意識を失っているリティに頼み、十文字槍を手放してもらう。受け取った俺は、槍を構えた。
意識がチカチカする。でもこれで……最後だ。
レッカから……いや、ここにいるみんなから託された力。そのすべてを込めて、俺は叫ぶ。
「閃風斬」
能力を使った直後の、不思議な出力向上。そこに託された力が合わさり、技の発動を許す。
放たれた斬撃波は、ここまで繋げてきた要素全部を乗せて、異形に迫った。
『や、やめ』
異形は怯えた呻きを上げながら、這いつくばって逃走をはかる。だがもう遅い。
バザッッ!!!!!
斬撃は漆黒の球体を、両断した。
異形は真っ二つに断ち切られ、ドス黒い血を撒き散らす。それでも最後まで、助けを求める声を止めなかった。
『神さま……助……け…………』
その言葉を最後に、やつの声は途絶える。異形となった体も、チリとなって消滅した。
続くように、そこら一帯に突き刺さっていたフォークの群も消失する。
フォークに持ち上げられていた少女は、気を失ったまま落下した。もがき苦しんでいた竜たちは、気絶してぐったりとした後に、自然と人の姿に戻った。
そして異形にトドメを刺した少年も、同じだった。
『やった……ぜ…………』
声に合わせて拳を持ち上げようとする。けれど先に意識が途切れて、うつ伏せに倒れた。
長いようで短い、朝方の戦い。決め手となった両者のあがきは、結果として立ち続ける者を残さなかった。
そこにいる全員が、気を失って倒れている。その光景が、何より一帯に刻まれた戦いの傷痕が、その激しさを如実に表していた。
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神話として竜人族に伝わる奥義であり、竜人族にしか為せない大技。竜の姿となった彼らが、息吹を一点に集中させる事で力を蓄積。形成されたエネルギー体は、弾けることで膨大な破壊力を放出する。
技の発動に協力した竜人が多いほど、また長時間力を蓄積するほど、さらには息吹の種類が多いほど、その威力は加速度的に上昇する。
……のだが、個人の雑念ひとつで発現に失敗してしまうという、致命的な弱点を持つ。
別のことを考えながらでは当然ダメ。弱音を吐くのもダメ。なんなら発動中の疲労を気にするだけですらダメ。
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