境目の物語
生死の境目を繋ぐ希望
〜翌朝〜
昨晩の暗闇は嘘のように、晴天の空に昇る朝日が眩いほどに岩壁を照らす。それはまるで今日という日を祝福するかのように、浴びた者すべてを優しく包み込む。
岩壁に囚われた者は例外なく目を覚まし、その光を一身に受ける。その瞬間だけは、表情も明るく柔らかいものとなる。
だがやはり現状を痛感すると、すぐもとの暗さに逆戻りしてしまう。その光景は、彼らと同時に起きた魔人も、よく見知ったものだった。
『ん〜、よう寝たわい。こんな強い日差しを見たんは、ここやと初めてや』
魔人は大口を上げてあくびをしながら、両手を空高くグイーッと伸ばす。いつも通りの目覚め、しかしいつも以上に清々しい気分。
ゆっくりと体を持ち上げると、魔人はいつもの流れで目覚めたばかりの竜人達を眺めた。
『今日はどれに〜っと、ん? なんか忘れとらんか?』
壁一面を眺めながら、ふと思い当たって首を傾げる。やはりこの魔人、一晩で決めたことを忘れていた。
だが今日は珍しく、ひらめた様子で手をポンと叩き、
『せや、朝一番にお嬢ちゃんと話をしようとしとったんや! ちゃ〜んと覚えとったわ』
思い出せた自分自身に対して、極端なほどの喜びを表していた。
さっそく魔人は足を運び、少年の真正面へと移動する。
青髮の少年ラグが反応を見せることはなく、ただじっとして動きを見せない。だが昨晩とは違って小さく呼吸をしており、単に目を瞑っているだけであることも確認できた。
だからこそ魔人は何の気兼ねもなく、少年に声を掛けようとした。
だがその口が、不意に止まる。
『……ん? んんんッ!?』
魔人は最初、唸り声を上げる。しかし直後、それは驚きの声へと変わった。
『なんやこれ!? こんなのありえるんか!!!?』
魔人が目を丸くしてそれを見つめる。その視線が捉えたのは少年の真上、赤髪の少女リティだった。
彼女も少年と同じく、じっとしたまま動かない。だがこの魔人の目に映る彼女は、もっと特別なものに見えていた。
『昨日はなんともなかったはずや。それが一晩でこんなにも……』
言いながら顔をしかめる魔人。だがその拳に力む様子が現れ、
『こんなにも美味そうに仕上がるもんなんかァッ!!!??』
感動するような声と共に、力のこもった拳を突き上げた。そう、この魔人にとって彼女は、絶品に値するものだったのだ。
もはや魔人の眼中に、少年の姿はない。
まるで秘宝を見つけた賊のように、吸い寄せられるように右手がフォークを掴む。そしてすぐに引き抜き、顔の前へ持っていく。
『こ、これは今までんとはまるで格が違うわい。たわわで柔らかそうやし、何よりも絶望がこうも圧縮されて……』
魔人は目を輝かせながら、少女を見つめる。口からはよだれまで垂らし、理性も歯止めが効かない状態。そして遂には、
『こんなん我慢せんでええやん。ほな、いただくわい!』
その一言と共に醜悪な口を大きく開き、少女を一口で飲み込んでし
「いまっ、お願い鰐尾竜ッ!!!」
『なん』
バチィーンッッッ!!!!!
『ぐびゃっ!?』
それはあまりにも一瞬の出来事だった。つい先ほどまでぐったりしていた彼女が、飲み込まれるその瞬間に鋭い尾撃を繰り出した。
それだけであれば、避けることは容易いだろう。だが振り下ろされたそれは、禍々しいほどに暴力的な力を宿して、衝撃波を生み出す。
直撃など必要ない。それに触れさせればいい。
ただでさえ油断していた魔人は、なんの防御もせず顔面に直撃する。そして事を理解するよりも先に、後頭部から硬い大地に叩きつけられた。
同時に鳴り響く衝突音、飛び散る岩石、そして深々と刻まれた大地の亀裂。そのすべてが、この一撃の異常な破壊力を物語った。
しかし、結界の中にいる魔人が外傷を負うことはない。どれだけその力が強かろうと、魔人には決して届かない。そのはずだった。
だが、今まさに起き上がった魔人は、理想とは違う反応をとる。
『な、なんでや……?』
フォークを掴む手はそのままだが、かぼそい声でそれを呟く。瞳はがたがたと震えて焦点が合わず、顔は血の気が引いて真っ青に染まる。
『封印は機能しとる。魔法も能力も封じとるし、竜の力なんて論外のレベルや。なのに……なんでや?』
震えは全身にも広がり、譫言を並べる魔人。その様子を表すには、たった一言で十分。
「……それが恐怖だ。」
『ひっ!?』
わざと圧を強めて放った、無力でちっぽけな私の一言。対するこの怪物の反応は、正直なところ可哀想なほどだった。
本当に怖いのは私たちの方。でもだからこそ、その恐ろしさを知っている。この感情を植え付けられた者の感覚を知っている。
「今は勇気を振り絞って」。そう言い聞かせながら私は、この身に宿す竜の覇気を、本当は封印のせいで力すら発揮できない覇者の威厳をまねる。
そして全力で言い放つ。
「貴様の相手を誰だと存じる! 吾輩は神話に紡がれし覇者、神々をも滅せし【暴君】であるぞッ!!!」
『なっ、暴君……やて!?』
聞いた魔人は真に受け、腰を抜かせる。
本当に効いてる、でも怖い。いえ、私が怯えちゃダメ!ネコさんが考えてくれた作戦を、こんな感情で捨てるわけにはいかない!
《(そうだ。吾輩に見せてみろ、そして楽しませろ! ただひとり吾輩の暴力に臆せぬ、貴様の力をなぁ!)》
心の中から鰐尾竜の、そんな声が聞こえた気がした。
そうだよね、私を信じてくれるひとは、ラグやネコさんだけじゃない。里の人たちだってきっと、今だけは信じてくれる。
だから、やれ。
「そうだ、この力を見よ! 貴様の封印をものともせぬ、吾輩の暴力を!!!」
口で勇気を振り絞り、身体には全身の力を込める。そして心の中ではこう叫ぶ。
「(ネコさん、お願いします!)」
《ケッ、仕方ねえな。いくぜフィアー、ならびにギガウインド!!!》
服のポケットから聞こえるネコさんの声。同時に周囲を取り巻く、黒い風の渦。
本質的にはさっきの尾撃で使い果たした、鰐尾竜ちゃんの覇気とは違う。魔法で作り出しただけの、単純なダミーだ。でも今の魔人を欺くにはそれで十分。
そして計画通り、その表情にさらなる恐怖が滲み出た。
『ま、まさか!? そんな、嘘や! この女が、あっ、あの予言の……怪物!?』
その一言で、私は作戦の成功を確信した。あとはたった一言で、状況の全てがひっくり返る。
責任の重さに息が詰まる。緊張で喉が乾いて仕方がない。すぐにでもやめたい、深呼吸をしたい。
でも余裕を作っちゃダメ。それは私たちも、魔人も同じ。
言い切れば勝ち。だから言い切れ!言い切れぇー!!!
「甘ぁあいッ!!! いつ敵が1人だけだと決まったァッ! 今だ! お前の力を見せつけてやれ! リャグゥッ!!!!!」
「うぉおおぉォォッッッ!!!!!」
リティの呼びかけに応じ、俺は精いっぱいの声を張り上げる。なんか名前だけ噛んでた気もするが、んなことはどうだっていい。
自らを含めて大勢の命が懸かった上で、立ち止まることすら許されず勇気を示し続ける。そんな、よほどの勇気がなければこなせないであろう重役を、リティは完璧にやり遂げてくれた。それだけで大満足だ。
俺は両目をかっ開く。視界に映る魔人は、完全に俺へと意識を向けている。恐怖からなる鋭い視線が、俺ただひとりに向けられる。
胸が張り裂けそうなほどに苦しい。でもそれでいい、むしろそれがいい。
ここまではネコ師範が立ててくれた計画通り。目的の〔恐怖の味を刻み込む〕は、問題無く達成された。
バトンを受け取った俺が今すべきは、最後の過程を成功させる、すなわち閉ざされた道を切り開くことだ!
『おっ、お嬢ちゃん!? さっきまで目え瞑っとったんは、まさか……!?』
「そのまさかと言えば満足か? いや違うだろ! このクソデブが!!!」
『くうぅっ!?』
本心を思い切りぶつけて、魔人を怯ませる。それができれば次に集中。
瞳を閉じ、言葉を紡ぐ。
「これが俺の……真なる力の根源……」
『な、何を……』
ネコ師範に言われた通りの、なんか詠唱っぽい言葉を並べながら、俺は全身に力を込める。無論、そんな事をしても湧いてくる力なんて何一つない。
言われた時は、こんな見せかけが効くとは思えなかった。だが今の魔人の動揺を前にすれば、その力もうなずける。
だから続けろ。
「仇敵と対峙する力……仇敵を滅するための力……」
『は、ハッタリやろ?そうなんやろ? な?』
目を瞑っていても、しっかり聴こえる怯えた声。その加速度的に増す焦りも、嫌というほど鮮明に伝わってくる。
「その力を……今ここに……」
『や、やめい……やめろ……』
震える声を前に、詠唱をやめるわけがない。むしろ次のひとことがこの詠唱の、ただ一つの本体だ。
状況を打開するのは、俺の本来の能力。ネコ師範いわく、カマキリの腕に囚われた時や平地竜に足で押さえつけられていた時に、無意識のうちに使っていたという、正体不明の能力。
ネコ師範はこの力が、今回の作戦の鍵だと言った。しかし俺自身、詳しい効果がわからなければ、どうやって発動するのかもわからない。だが、これがダメなら何も変わらない。
そう、これがダメならみんな死ぬんだ。せっかく知り合えたリティも死んで、俺の旅もここで終わってしまう。そんなの認めるはずがない。俺はこの戦いに勝って、我道さんや6人隊、ザイルさん……、ギルドのみんなの元へと帰るんだ。
その思いは、集中力へと置き換えられる。
今考えれば、この思いはただのエゴだ。依頼を受けて来たというのに、結局は竜人たちよりも自分が優先になっている。
ハヤテマルさんはなんて言うだろうか。やっぱり求められていたことに背いてるから、失望されてしまうのかな。
……やっぱり何を考えても、俺にできることは一つしかない。後のことなど知らない。いま俺にできる事を、全力でやり通せ。
覚悟は直後、強大な自信、そして力を生む。
頭の中で、何か強固な鎖がプツンと切れた。同時に、不確定なそれが、確信に変化する。
今ならやれる、やれッ!
「俺によこせ! 今このひと時だけでもッ!!!」
『や、やめろぉーっ!!!』
ほぼ同時に響き渡る、双方の叫び声。俺の全身に満ち溢れる、まったく不思議な活力。
それを実感するのと同時に、俺の視界は……不意に暗転した。
(ryトピック〜竜人族についてその3〜
外見には表れていないが、彼らは太古の松果体、つまるところ頭頂眼を潜在的に持っている。
彼らは日光やそれに類する光とともに目覚め、日が沈むとともに眠る。そのサイクルが崩されぬ限り、彼らが日中に眠ることはない。そして余程の努力がなければ、徹夜で活動し続けることもできない。
昨晩の暗闇は嘘のように、晴天の空に昇る朝日が眩いほどに岩壁を照らす。それはまるで今日という日を祝福するかのように、浴びた者すべてを優しく包み込む。
岩壁に囚われた者は例外なく目を覚まし、その光を一身に受ける。その瞬間だけは、表情も明るく柔らかいものとなる。
だがやはり現状を痛感すると、すぐもとの暗さに逆戻りしてしまう。その光景は、彼らと同時に起きた魔人も、よく見知ったものだった。
『ん〜、よう寝たわい。こんな強い日差しを見たんは、ここやと初めてや』
魔人は大口を上げてあくびをしながら、両手を空高くグイーッと伸ばす。いつも通りの目覚め、しかしいつも以上に清々しい気分。
ゆっくりと体を持ち上げると、魔人はいつもの流れで目覚めたばかりの竜人達を眺めた。
『今日はどれに〜っと、ん? なんか忘れとらんか?』
壁一面を眺めながら、ふと思い当たって首を傾げる。やはりこの魔人、一晩で決めたことを忘れていた。
だが今日は珍しく、ひらめた様子で手をポンと叩き、
『せや、朝一番にお嬢ちゃんと話をしようとしとったんや! ちゃ〜んと覚えとったわ』
思い出せた自分自身に対して、極端なほどの喜びを表していた。
さっそく魔人は足を運び、少年の真正面へと移動する。
青髮の少年ラグが反応を見せることはなく、ただじっとして動きを見せない。だが昨晩とは違って小さく呼吸をしており、単に目を瞑っているだけであることも確認できた。
だからこそ魔人は何の気兼ねもなく、少年に声を掛けようとした。
だがその口が、不意に止まる。
『……ん? んんんッ!?』
魔人は最初、唸り声を上げる。しかし直後、それは驚きの声へと変わった。
『なんやこれ!? こんなのありえるんか!!!?』
魔人が目を丸くしてそれを見つめる。その視線が捉えたのは少年の真上、赤髪の少女リティだった。
彼女も少年と同じく、じっとしたまま動かない。だがこの魔人の目に映る彼女は、もっと特別なものに見えていた。
『昨日はなんともなかったはずや。それが一晩でこんなにも……』
言いながら顔をしかめる魔人。だがその拳に力む様子が現れ、
『こんなにも美味そうに仕上がるもんなんかァッ!!!??』
感動するような声と共に、力のこもった拳を突き上げた。そう、この魔人にとって彼女は、絶品に値するものだったのだ。
もはや魔人の眼中に、少年の姿はない。
まるで秘宝を見つけた賊のように、吸い寄せられるように右手がフォークを掴む。そしてすぐに引き抜き、顔の前へ持っていく。
『こ、これは今までんとはまるで格が違うわい。たわわで柔らかそうやし、何よりも絶望がこうも圧縮されて……』
魔人は目を輝かせながら、少女を見つめる。口からはよだれまで垂らし、理性も歯止めが効かない状態。そして遂には、
『こんなん我慢せんでええやん。ほな、いただくわい!』
その一言と共に醜悪な口を大きく開き、少女を一口で飲み込んでし
「いまっ、お願い鰐尾竜ッ!!!」
『なん』
バチィーンッッッ!!!!!
『ぐびゃっ!?』
それはあまりにも一瞬の出来事だった。つい先ほどまでぐったりしていた彼女が、飲み込まれるその瞬間に鋭い尾撃を繰り出した。
それだけであれば、避けることは容易いだろう。だが振り下ろされたそれは、禍々しいほどに暴力的な力を宿して、衝撃波を生み出す。
直撃など必要ない。それに触れさせればいい。
ただでさえ油断していた魔人は、なんの防御もせず顔面に直撃する。そして事を理解するよりも先に、後頭部から硬い大地に叩きつけられた。
同時に鳴り響く衝突音、飛び散る岩石、そして深々と刻まれた大地の亀裂。そのすべてが、この一撃の異常な破壊力を物語った。
しかし、結界の中にいる魔人が外傷を負うことはない。どれだけその力が強かろうと、魔人には決して届かない。そのはずだった。
だが、今まさに起き上がった魔人は、理想とは違う反応をとる。
『な、なんでや……?』
フォークを掴む手はそのままだが、かぼそい声でそれを呟く。瞳はがたがたと震えて焦点が合わず、顔は血の気が引いて真っ青に染まる。
『封印は機能しとる。魔法も能力も封じとるし、竜の力なんて論外のレベルや。なのに……なんでや?』
震えは全身にも広がり、譫言を並べる魔人。その様子を表すには、たった一言で十分。
「……それが恐怖だ。」
『ひっ!?』
わざと圧を強めて放った、無力でちっぽけな私の一言。対するこの怪物の反応は、正直なところ可哀想なほどだった。
本当に怖いのは私たちの方。でもだからこそ、その恐ろしさを知っている。この感情を植え付けられた者の感覚を知っている。
「今は勇気を振り絞って」。そう言い聞かせながら私は、この身に宿す竜の覇気を、本当は封印のせいで力すら発揮できない覇者の威厳をまねる。
そして全力で言い放つ。
「貴様の相手を誰だと存じる! 吾輩は神話に紡がれし覇者、神々をも滅せし【暴君】であるぞッ!!!」
『なっ、暴君……やて!?』
聞いた魔人は真に受け、腰を抜かせる。
本当に効いてる、でも怖い。いえ、私が怯えちゃダメ!ネコさんが考えてくれた作戦を、こんな感情で捨てるわけにはいかない!
《(そうだ。吾輩に見せてみろ、そして楽しませろ! ただひとり吾輩の暴力に臆せぬ、貴様の力をなぁ!)》
心の中から鰐尾竜の、そんな声が聞こえた気がした。
そうだよね、私を信じてくれるひとは、ラグやネコさんだけじゃない。里の人たちだってきっと、今だけは信じてくれる。
だから、やれ。
「そうだ、この力を見よ! 貴様の封印をものともせぬ、吾輩の暴力を!!!」
口で勇気を振り絞り、身体には全身の力を込める。そして心の中ではこう叫ぶ。
「(ネコさん、お願いします!)」
《ケッ、仕方ねえな。いくぜフィアー、ならびにギガウインド!!!》
服のポケットから聞こえるネコさんの声。同時に周囲を取り巻く、黒い風の渦。
本質的にはさっきの尾撃で使い果たした、鰐尾竜ちゃんの覇気とは違う。魔法で作り出しただけの、単純なダミーだ。でも今の魔人を欺くにはそれで十分。
そして計画通り、その表情にさらなる恐怖が滲み出た。
『ま、まさか!? そんな、嘘や! この女が、あっ、あの予言の……怪物!?』
その一言で、私は作戦の成功を確信した。あとはたった一言で、状況の全てがひっくり返る。
責任の重さに息が詰まる。緊張で喉が乾いて仕方がない。すぐにでもやめたい、深呼吸をしたい。
でも余裕を作っちゃダメ。それは私たちも、魔人も同じ。
言い切れば勝ち。だから言い切れ!言い切れぇー!!!
「甘ぁあいッ!!! いつ敵が1人だけだと決まったァッ! 今だ! お前の力を見せつけてやれ! リャグゥッ!!!!!」
「うぉおおぉォォッッッ!!!!!」
リティの呼びかけに応じ、俺は精いっぱいの声を張り上げる。なんか名前だけ噛んでた気もするが、んなことはどうだっていい。
自らを含めて大勢の命が懸かった上で、立ち止まることすら許されず勇気を示し続ける。そんな、よほどの勇気がなければこなせないであろう重役を、リティは完璧にやり遂げてくれた。それだけで大満足だ。
俺は両目をかっ開く。視界に映る魔人は、完全に俺へと意識を向けている。恐怖からなる鋭い視線が、俺ただひとりに向けられる。
胸が張り裂けそうなほどに苦しい。でもそれでいい、むしろそれがいい。
ここまではネコ師範が立ててくれた計画通り。目的の〔恐怖の味を刻み込む〕は、問題無く達成された。
バトンを受け取った俺が今すべきは、最後の過程を成功させる、すなわち閉ざされた道を切り開くことだ!
『おっ、お嬢ちゃん!? さっきまで目え瞑っとったんは、まさか……!?』
「そのまさかと言えば満足か? いや違うだろ! このクソデブが!!!」
『くうぅっ!?』
本心を思い切りぶつけて、魔人を怯ませる。それができれば次に集中。
瞳を閉じ、言葉を紡ぐ。
「これが俺の……真なる力の根源……」
『な、何を……』
ネコ師範に言われた通りの、なんか詠唱っぽい言葉を並べながら、俺は全身に力を込める。無論、そんな事をしても湧いてくる力なんて何一つない。
言われた時は、こんな見せかけが効くとは思えなかった。だが今の魔人の動揺を前にすれば、その力もうなずける。
だから続けろ。
「仇敵と対峙する力……仇敵を滅するための力……」
『は、ハッタリやろ?そうなんやろ? な?』
目を瞑っていても、しっかり聴こえる怯えた声。その加速度的に増す焦りも、嫌というほど鮮明に伝わってくる。
「その力を……今ここに……」
『や、やめい……やめろ……』
震える声を前に、詠唱をやめるわけがない。むしろ次のひとことがこの詠唱の、ただ一つの本体だ。
状況を打開するのは、俺の本来の能力。ネコ師範いわく、カマキリの腕に囚われた時や平地竜に足で押さえつけられていた時に、無意識のうちに使っていたという、正体不明の能力。
ネコ師範はこの力が、今回の作戦の鍵だと言った。しかし俺自身、詳しい効果がわからなければ、どうやって発動するのかもわからない。だが、これがダメなら何も変わらない。
そう、これがダメならみんな死ぬんだ。せっかく知り合えたリティも死んで、俺の旅もここで終わってしまう。そんなの認めるはずがない。俺はこの戦いに勝って、我道さんや6人隊、ザイルさん……、ギルドのみんなの元へと帰るんだ。
その思いは、集中力へと置き換えられる。
今考えれば、この思いはただのエゴだ。依頼を受けて来たというのに、結局は竜人たちよりも自分が優先になっている。
ハヤテマルさんはなんて言うだろうか。やっぱり求められていたことに背いてるから、失望されてしまうのかな。
……やっぱり何を考えても、俺にできることは一つしかない。後のことなど知らない。いま俺にできる事を、全力でやり通せ。
覚悟は直後、強大な自信、そして力を生む。
頭の中で、何か強固な鎖がプツンと切れた。同時に、不確定なそれが、確信に変化する。
今ならやれる、やれッ!
「俺によこせ! 今このひと時だけでもッ!!!」
『や、やめろぉーっ!!!』
ほぼ同時に響き渡る、双方の叫び声。俺の全身に満ち溢れる、まったく不思議な活力。
それを実感するのと同時に、俺の視界は……不意に暗転した。
(ryトピック〜竜人族についてその3〜
外見には表れていないが、彼らは太古の松果体、つまるところ頭頂眼を潜在的に持っている。
彼らは日光やそれに類する光とともに目覚め、日が沈むとともに眠る。そのサイクルが崩されぬ限り、彼らが日中に眠ることはない。そして余程の努力がなければ、徹夜で活動し続けることもできない。
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