境目の物語

(ry

烈火の炎、食らう魔人

 火山の中腹、破壊行動が行われたその地点で、2人の男は醜悪な魔人と対峙する。

 先の説明であった通りの体色をした、それでいて丸々と太った魔人。今までラグが見てきた人型の中では、群を抜いた巨大さである。
 それが双眸を光らせながら、ちっぽけな2人を見下す。


 場には息が詰まるような恐怖感が渦巻いている。火山の暑さとも重なり、汗がどっと溢れる。
 そんな状況の中でも、勇気を示すのはやはりレッカだった。


『竜人族をさらってるのはあんたかい?』

 別に緊張した様子もなく、青年は問う。すると魔人は吹き出すように笑い、


『ぶぁっはっは! それ以外に何があるんや。ワイが善良な魔物にでも見えとんのか!』

 憤激の声と共に、左腕が振り下ろされる。その脂肪込みの超質量が、容赦なく青年を押しつぶす。
 しかし、その拳は地面スレスレで静止した。いや、地面スレスレで受け止められた。


『そう思いたいだけだよ。お前が本当に、俺と同じ転生者なら、ねッ!』

 青年が巨腕を弾き返す。その動きを成した左腕の盾、それはアブソーブシールドを思わせる、さらにその上をいく光の防壁をまとっていた。

 ただ、そこに視線が集まることはない。青年の発言に、他の2人は目を丸くした。


「レッカまで転生者だったのか!?」

 件の相手のみを転生者だと錯覚していたラグは、意表を突かれてたじろぐ。
 そして醜悪な魔人はというと、驚いた表情から一変。ニヤリと無気味な笑みを浮かべて、舌舐めずりをした。


『そうかそうか、おんしもワイと同じなんか。なら……サラウンドフォークッ!!!』

 左腕を突き出す。同時に地面から戟が飛び出す。

「なにっ!?」

 それは予想外にも、手を向けられたレッカではなく、ラグを取り囲んだ。丁寧にも天井まで用意された様は、まさに牢屋であった。


『おんしの女、もろたで。返して欲しけりゃ、ワイの昼飯になりい』

「は? こいつ何言っ」

 訳のわからぬ物言いに、ラグは反抗して剣を振りかぶる。だが振り抜く直前に、動きを止めた。
 牢の外側にいるレッカが、ピンと伸ばした人差し指を口に当てていた。まるで「余計な口出しはせずに、そこで見ていな」という風だ。

 その様子は、しっかり魔人の目にも入る。


『その女はおんしの宝ではないんか?』

 口元を引き攣らせて、魔人は聞き返す。すると青年は大げさなくらいニヤリと笑い、圧倒させてから口を開く。


『彼が俺の宝だって? はっはっは! 実質的に俺を一ヶ月出禁に追いやった奴が宝なんて、そんな冗談があるわけないだろ』

 彼はジェスチャーを混ぜながらも、高らかに笑って否定の言葉を返す。その内容は少年への不満がほとんどだったが、牢の中にいる彼に苛立ちの様子はなかった。
 むしろ、その立ち回りに驚かされていた。青年は大げさな演技に紛れて、魔人とラグの間、ちょうど彼を守れる位置に移動していた。


『さあ始めようじゃないか。俺とお前、転生者同士の殺し合いだ』

 青年は堂々と魔人を指差す。魔人の意識が、そこ一点に集中する。血管が浮き出るほどの怒りが湧いていた。


『ふん、ワイを怒らせたこと、後悔させたるわっ!!!』

 雄叫びを上げて、身の丈にあう戟を呼び出した。蚊帳の外にあるラグは、今から起こることに息を呑むばかり。見守ることしかできない。

 そして、


『いざ尋常に!!!』
『勝負じゃぁー!!!』

 彼らの知る文化にあるらしき掛け声と共に、戦いの幕は切って落とされた。





 宣言をしたからには、容赦しない。里を救うために、このイカれた野郎を始末する。
 俺は心に誓い、霊術を始動させる。


纏霊術てんれいじゅつ狂狼バーサーカー

 瞬間的に、右足に霊獣の魂が集まり、狼の足が形成される。

 そして跳び、蹴り上げる。

『ぐほっ!?』

 顔面に狼脚が直撃し、魔人の体が跳ね上がる。

 反応などできない。狂狼の能力は、初速をいきなり最高速度まで持っていく。
 負荷が非常に大きいし、そこまでしても皐ちゃんのスピードには勝てない。でもまあ、このスピードに反応できるほど、魔法の詠唱は早くない。
 ただ……、

「防御バフでも盛ってるのか?」

 愚痴をこぼす。脂肪に守られたわけでもないのに、妙に手答えがなかった。


『おんし、やりおったな!』

 しかも動きに衰える様子すらなく、手に持ったフォークが投擲される。おまけにあれだけ不安定な体勢でありながら、信じられないほど正確に俺を狙う。

「チッ、必中か」

 主人公補正の掟その3、必中。当たるべき技なら当たる。
 それを保持する可能性を考慮すれば、躱せる気がしない。だが幸いにもあれは魔法、対処の方は問題ない。

 狂狼の加速で正面から突っ込み、剣を直接フォークにぶつける。当然、俺の体は力負けして弾き飛ばされる。
……が、それでも触れ合った瞬間、魔法のフォークは掻き消えた。

『なんでワイのフォークが!?』

 驚かれるのも無理はない。この鈍色の剣は、特殊な素材でできている。

 絶縁石……、この世界だけに存在する物質。触れたモノのエネルギーを殺し、魔法であれば崩壊させる。
 自前の技まで殺すのは困りものだが、魔法が相手ならメリットの方が大きい。俺はこいつのおかげで、安心して戦いに臨める。


「さすがにこれくらいで終わったりはしないよね?クソデブ」

 着地しながら、さらに煽り入れる。

『なんやと!? もう許さんわい! 昼飯になんてやめや! 殺す、殺す、絶対に殺す!!!』

狙い通りに、憤激に燃えてくれる。
 それでいい。来いこい、燃えろ、怒れ!そして俺に隙を晒せ!!!


 『バラージフォークッ!!!』

 魔人が叫び、空に無数の煌めきが走った。
 全てが魔法で作られた、金色のフォーク。回避は不可能、撃ち落とす他ない。

 冷や汗が流れる。だが冷静さは失わない。いや、失えない。


召霊術しょうれいじゅつ玉鋼虫たまはがねむし

 魔人の腕を受け止める際に盾に纏っていた鉄壁の虫を、淡い光を放つ霊獣として召喚する。俺のためではない、彼を守るためだ。

「任せた!」

 玉虫は背後の牢屋へ、俺は生身で正面へ。降り注ぐ戟の雨に立ち向かう。



「そいやぁっ!!!」

 上半身で武器を振り、無数の戟を打ち壊す。下半身で疾風が如きスピードを出し、近く、しかし遥かに遠く感じられる魔人へと迫る。

 足を止めれば即終了。だがこの緊張感は、ギルドマスターの稽古には勝らない。そう決め込めば、恐怖なんてない。

「……くっ!?」

 背後から追尾する戟が徐々にスピードを増している?

 振り返っている余裕はない。だが危機が迫るこの感覚、俺の勘は間違っていない。
 予想、戟が合体して推進力に力を集中させている。対処……背後への迎撃。


「やるしかない。装纏霊術そうてんれいじゅつ、蜜壺!!!」

 剣に魂の光が集中し、8本のゲソが形成される。

 闘鶏様が一番好き好んで使ってる霊獣。だが俺は嫌いだ。あんな18禁の塊みたいなエロ蛸の力なんて借りたくもない。

でもこれ以外に策はない。


「絶縁八刀!」

 重量を増した剣でなぎ払う。触手がそれ以上の範囲で、全方位の戟を破壊する。

 蜜壺の能力は、魔法や特技を最大八つに同威力で分化させる。
 本来は単体用の魔法を同時に8発撃ち出すためのもの。だが唯一、絶縁鉱の減衰効果を受け付けず、むしろその性質を乗せられる。劣悪なコスパはこの際気にしちゃ負けだ。


 急いで崩れた体勢を整える。大きく回転した分、走りながら整えるにはもう一回転必要だった。
 しかし次に魔人を捉えたとき、

『そこや、これで終いや!!!』

「なにっ!?」

 やはり隙がデカすぎた。そこを文字通り突いた、魔人の戟による手動のひと刺し。躱せるはずもない。

 胴体を貫かれる。

 だが次の瞬間に残るのは、舞い散る烏羽。召霊術、霧烏きりガラスが本領を発揮する。
 そして俺の体は、魔人の背後へ。


「終わりだ。召霊術、歴戦の覇者」

 消耗しきった精神力の中、最後に繰り出すのは、あの少年も従えていた巨大なワニ。
 今まで使用した霊獣とは桁違いの規模を誇るそれは、瞬時に姿を形成し、首に食らいつく。

 そして慈悲もなく、喰いちぎった。





…………はずだった。

「ぐあぁぁ!!?」

 響き渡る青年の声。その胴体を、巨大なフォークが貫いた。


「レッカ!?」

ラグは驚きに、彼の名を叫んだ。
 光のワニは確かに、魔人の首を喰いちぎった。だが目に映っているそれは、まったくの無傷。


『ぶぁっはっは! ここをどこやと思っとる? ワイの結界内やぞ。この中でのワイは無敵の王様や!』

「なん……だって?」

 勝ち誇った様に、醜悪な笑い声を上げる魔人。もがく余力も残されていない青年は、掠れた声を出し、直後に大量の血を吐き出した。


『フォークに刺されるのは気持ちええやろ? 追加や』

「……っ!?」

 残酷な言葉と共に、左腕を振りかざす。現れた10本の戟は、雑な狙いで青年の身を貫く。
 腕や足、胴や首……。戟が突き刺さるたびに、血と苦悶の声が飛び散った。


「…………」

 もはや口すら開けない。計11本の戟に貫かれた彼は、血を垂れ流す肉塊に成り下がっていた。

 全身から力が抜け、鈍色の剣が力なく落下する。地に堕ち、烏羽に運ばれ、牢の格子をくぐり抜け、少年の元にたどり着く。


「……レッカ。」

『おん?』

 少年は剣を拾い上げる。魔人は興味もなさそうな声で反応した。


「なんで一人で戦ったんだ!」

 剣で牢屋の格子を断ち切る。驚くほど簡単に、彼を縛っていたそれは崩壊した。


「俺はこいつを倒すために来たんだ! あんたの死に様を見に来たんじゃねえ!!!」

 ラグは怒り、しかし極限の集中力をもって憎悪の魔人に臨んだ。しかし、


『そう言えばおんし、まだワイのコレクションにしとらんな。スリープフォーク」

 忘れたような物言いと共にフォークが放たれ、容易くその身を貫かれた。

「かはっ、なん……だ?ねむ…………」

 傷も痛みもなく、刺さったフォークも塵のように消える。代わりに急激な眠気が、ラグを襲う。抗おうとも抗えない、強制された眠りへいざなわれる。

 結果、ラグは何もできず、深い眠りについてしまった。
 その無抵抗な体を、魔人は摘み上げる。そして顔の前まで持っていき、じっくりと眺めた。


『もっちもちの上玉や。これは今晩が楽しみだわい。ぶぁっはっは!!!』

 不敵な笑みと共に、醜悪なタラコ唇から笑い声を上げる。その言葉を最後に、醜悪な魔人は虚空に姿を消した。


 ただの中継地点出会ったはずの地点。そこには滅多刺しにされたされた青年と鈍色の剣、ただそれだけが取り残されていた。




(ryトピック〜特能系○○フレームについて〜

 簡単に言うと、専用の形をした魔法や特技を発動できるようになるタイプの特殊技能。一から組み立てなければならず、高コストになる事が強いられる形も、この能力でスパッと解決できる。
 またレベルが上がると追加効果を得られる場合があり、コスト軽減や専用技の発現など、役に立つものが多い。

 ただし、型の形や効果は人それぞれ。武器や防具の時もあれば、本や家具なんてこともあり得る。
 モノの数だけ効果があるため、この能力を持つ人はそれなりに多い。当たりを引くかハズレを引いてしまうか、運の要素が強いのが、この能力である。

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