境目の物語

(ry

開始の鐘

 その後、気絶した少女はレッカにより、彼女の実家でもあるという宿屋に運び込まれた。そして闘鶏様も事態の急変によりすべき事が増えたようで、

《ひとまずこれを渡しておく。身につけておけば、里の者も安心して接してくれるじゃろう》

 とだけ言って白い羽付きのペンダントを手渡すと、そそくさと立ち去っていった。そしてラグもそれを身につけると、心身ともに疲れた身体とよろよろと引きずりながら宿へ泊まりに行った。


所持金【1,400.c】→【1,200.c】



そして翌朝……

 宿での充実した休養を経たラグは、早速の呼び出しに応じて霊堂……石像の立ち並ぶあの広間に来ていた。
 溶岩の光に照らされたこの空間は、外の光に左右されず一様な風景を保ち続ける。ラグの観察眼をもっても変化を感じる事がなく、強いて言えば、最初から白い老鳥が佇んでいた。

 里の長は腰にを当て、首を伸ばして偉そうにしている。が、


《早急な集合、御苦労じゃ。その態度は、大いに評価しよう》

「あ、はい。ありがとうございます」

 その口から言い放たれたのは非難の言葉ではなく、むしろ褒め称えるものだった。無論、ラグにはその言葉を予測することなどできず、感謝の意も口から溢れた無感情な言い方になってしまった。
 が、里長はそれを咎めもせず、話を本題に切り替えた。


《さて、お主の処遇についてじゃが……》

 わざとらしく長い溜めを入れて、顔もいっそう険しくさせる。ただでさえ表情の読めない鶏顔でそれをされるから、少年も息を呑まずにはいられない。
 しかし、その緊張感を確かめたように、一息ため息をつくと、

《火山の調査を認める》

嫌そうに、でもはっきりとそれを言い放つ。


「それって……!」

 少年はその言葉を理解した途端、喜びに目を輝かせずにはいられなかった。
 その純粋無垢な子供の仕草を見て、思うところがあったのだろう。里長は虚勢を張るのをやめて、頼み込むように頭を下げる。


《民に危害を加えぬ限りは、儂らも出し惜しみなくサポートすると約束しよう。じゃから、お主には件の解決を任せたい。儂らの里を、竜人族を救ってくれい!》

 昨日のそれからは考えられないほど、里の長は必死に頼み込んだ。少年は当然その様子に困惑する。が、ようやく定まった目的に、確固たる決意を抱く。


「ああ、やってやる。この依頼を達成して、俺が怪物なんかじゃないって認めさせてやるよ!」

 気持ちの高まりを感じながら、少年は胸を張って言ってやった。そして身の勢いに任せたまま、この場をあとにす

《待て待て、どこへ行く気じゃ? まだ説明が済んでおらんぞ。》

 まだ終わりではなかったようだ。ならその説明とやらは何なのかと、ラグは足を止めて話を聞くことにした。






《まずはこれを見い》

 言いながら、床に一枚の巨大な紙を広げる。切株に見られる年輪のような形状が記された、恐らくこの火山の地図だ。
 よく見てみると里の部分は細かく書き込まれており、里より少し標高が高い場所に印がつけられていた。


《ここが昨晩、件の相手とみられる者が破壊行動を起こした場所じゃ。ギルドにはすでにミッションを発動させておるぞ》

 里長は印の地点を指しながら、現状をささっと説明した。ギルドという単語には、俺も強く反応した。


「ギルドでミッションの発動を、か。なら俺はそこに同行すれば良いのか?」

 状況から導き出した答えを伝える。しかし里長は首を横に振りながら、


《違う。主には単独で調査を進めてもらう》

と添えた。

 理由はなんとなくわかる。部隊を分けた方が調査も手早く進められるし、そもそも俺を竜人のそばに置きたくないのだろう。
 だから俺は否定せず、その命令を承ることにした。


「……拝承した。まずは印の地点を目指せばいいよな」

《その通りじゃ。そこまで行けば、先に出かけたレッカに会えるじゃろう。細かい指示はせんから、協力して調査に当たるがよい》

「ああ。じゃあ行って」

《それともう一つ》

「まだあるのかよ!?」

 さすがに終わったのかと思えば、さらに新しい説明が飛び出す。早く調査に出かけたい俺は、イライラをつのらせる。だがその態度を改めさせるように、


《これは一番大事な事じゃ! 心して聞けィッ!」

 と、闘鶏様は一際大きな声で言った。


《この火山にはいくつかの戒めがある。お主が守るべきは今から言う3つじゃ》

 里長は翼を向けて、3本指を示しながら言う。どう見てもそうは見えないが、そうだと信じ込む事にしよう。うん、それがいい。


《一つ、意図的に生態系を破壊せぬこと。
 二つ、横穴には絶対入らぬこと。
 三つ、溶岩流を飛び越えぬこと、じゃ!》

 里長はひとつひとつを区切って、はっきり伝わるように告げた。だが一つ目はわかるとして、二つ目はなんだ?


「横穴ってのは、山にある空洞のことだよな」

《そうじゃ。この里以外の横穴には絶対入ってはならん》

「でも、もし件の相手が横穴に隠れてたらどうするんだ?」

 と、一番の疑問を告げた時。


《絶対にそんなことはありえんッ!!!》

 闘鶏様は大気を震われるほどの大声で言った。不意打ちだったので、鼓膜が破れるかと思った。
 里長はいちど深呼吸を入れると、落ち着いて、それでいて気を落とした様子で話を再開した。


《火山の横穴は、ほぼ全てが中心部につながっておる。いや、中心部からの爆発的な力で空けられたと言うのが妥当じゃな》

「空けられたって……、この規模の火山に!?」

《そうじゃ。そもそもこの火山は、1匹の竜が怒りを爆発させた際に、痕跡として形成されたものじゃ》

「は? たった1匹の竜が、この火山を創っただって!?」

 そんなもの信じられるわけがない。……けど、闘鶏様の落ち込んだ姿は、とても嘘をついているようには見えなかった。


《やつは今もその中心部で眠っておる。それどころか数100年に一度外に出ては、破壊の限りを尽くしておる。
 そして今の時期は目覚めが近い。変に手を出せば、儂の力をもってしても里を守りきれんかもしれん。》

「…………」

 思っていたのと規模がまったく違っていた。もはや俺も、物を言えなくなっていた。


《そうなっておらんのは、件の相手がそれを理解しておるからじゃ。お主も里を救いたいと願うのであれば、決して横穴に入ってはならぬぞ。》

「……はい。厳守します」

 恐怖に声が震えるようだった。これが、爆弾を握らされる感覚なんだろうなと、記憶の底に沈んでいた正体不明の言葉で感想を述べる俺がいた。



《ともかく三つ目じゃ。これは戒めとは関係ない、お主への配慮じゃ》

「配慮? 溶岩風呂に落ちないようにするための?」

《それもあるが、あの池には【溶岩獣】なる核族が潜んでおる。火に耐性を持つ竜人ならともかく、お主があやつらの頭上を飛び越えようとするものなれば、丸こげ人肉の完成じゃ》

「怖っ!?」

 そりゃ知らなければ命に関わる話だ。いくら熱いのには慣れているとはいえ、溶岩に抱かれれば問答無用でさよならだ。
 これを伝えてくれた里長の配慮に、最大限の感謝をするべきだろう。


「……で、もう終わりだよな」

 俺は一応、それを聞いた。もうこれ以上話を増やされるのはうんざりだ。


《いやまだもう一つ》

「まだあるのかよ!?」

《案ずるな、これで最後じゃ》

 増えたことには頭痛がするようだったが、最後だと太鼓判を押されて、辛うじて安心はできた。


《お主、いかにして歴戦を従えたのじゃ? 儂はそれが不思議でならん》

「いやそもそも従えるって何だ?」

《……そうか。ならこの件を見事達成して、戻ってきた時にでも説明しよう。もちろん、儂の霊術についてもな》

「はあ……?」


 最後の言葉の意味は、俺にはよくわからなかった。とはいえ話が終わったので、ようやくここから依頼の、本当の戦いが始まる。

 この後どれだけ熾烈な戦いが待っていようと、それだけは確かだった。




(ryトピック〜竜人族についてその2〜

 彼らには姿すがたかたちに大きな違いがあれど、共通している部分もある。それは【炎属性】に高い耐性を持っていることだ。
 日常的に溶岩の川を遊泳する彼らは、その程度の熱に影響を受ける事がない。

 その常識のせいで他の種族を溶岩風呂に誘うこともある。危険なので、絶対に断ろう。

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