境目の物語

(ry

勇敢なる者

 半日後……

 夜更けの真っ黒な空とは対照的に、竜人の山里は溶岩に明るく照らされる。それでもほとんどの竜人は眠りにつき、ふつふつと川の煮えたぎる音のみが里の全域に響き続ける。
 その一角に広がる切り開かれた平らな土地。下からの溶岩に妖しく照らされた正方形の舞台の上に、2人の男は距離を取って向かい合っていた。


『こんな短時間で回復できてんの?』

「俺のリペアを舐めんじゃねえぜ。6時間もあれば充分だ!」

 殺し屋の問いかけに、少年は気合十分の返事をする。彼らは今から、小細工なしの真剣勝負をするのだ。
 こうなったのにも、もちろん理由がある。青年が現れてから、あの話し合いは大きく発展することになった。





《邪魔をするでない!》

 ラグの肩を持って身体を支える青年を前に、獣は翼を広げながら声を上げる。


『まあまあ落ち着いて。彼は今回の件に協力すると言っているんだ』

 青年はなだめるように、柔らかな口調で言う。だがそれをしたところでこの長が止まるはずもなく、


《じゃがあやつは魄の怪物じゃぞ!》

『だからさ!』

《ッ!?》

 先ほどとは対照的な強い言葉が、目上の長様すらたじろがせる。
 青年はラグのバランスが崩れないようにして両手を離し、長と向き合ったのち、フーッと一息ついた。


『今回の件はすでに多くの民が巻き込まれている。捜索隊も帰ってこないし、里の精鋭達も消息を絶った。おまけに俺たちの捜索をもってしても、痕跡すら見つけられなかった』

 青年は演説をするように左右にゆっくり歩きながら、手の動きも合わせてこれまでの経緯を語る。


『たぶん、相手は主人公補正をもつ転生者だ。』

「なんじゃと!?」
「(なんだって!?)」

 言い放たれた〔主人公補正〕と〔転生者〕の言葉。ラグは心の中で驚きの声を上げ、そして勇者のそれが思い出される。





 これは砂漠で一つ目の依頼を終わらせたあとの話だが、我道さんは日記帳を渡しながら言っていた。

『この日記帳にクエストの結果と感想、それと〔主人公補正〕とか〔転生者〕とか言ってる奴らに出会ったら、それについても書いてもらいたい』

「それってあの勇者みたいな?」

『そうだな。彼らは何かしら使命を請け負っている。彼らをこの世界に転生させた、狂った神からのな』

「勇者なら魔王を倒してこい、とか?」

『いや、彼の使命は恐らく、【バカに洗脳能力を持たせたらどう悪用するのか?】だな。あれは使い方次第だが、ハーレム作るだとか世界征服するだとかも造作もない代物だ。彼があそこまでバカでなければ、今ごろ世界はどうだっただろうな』

「ははは……笑えないな」

『バカの話は置いておくとして、彼らの請け負った使命は、意識せずとも行動に出る。それを客観的に観察して、分かる範囲で書いてくれると助かる』

「ああ分かった」






 その指示を今一度肝に命じたラグは、ボロボロな状態であったとしても注意深く話を聞く。一方で里長は憤激した様子を見せて、

《何故それを黙っておった!》

 と怒鳴る。だがレッカに動揺する様子はなく、逆に鼻で笑って見せる。


『闘鶏様の大っ嫌いなさつきちゃんの予測術だよ。先の依頼での重傷で寝込んでるやつの話なんて、あなたは信じないでしょ』

 その軽い態度は、誰が見ても目上の人への対応ではない。しかし里長はまたもたじろぐ。レッカの的を射た発言は、どう言う形であれ長を圧倒していた。


『ただ俺が言いたいのは、里の力だけじゃ絶対に解決できない。相手は竜人を無力化する術を持っている。でなけりゃ里の精鋭が負けるはずがない』

 表裏を変えるかのように、青年は真剣な雰囲気で言う。


《……それで、よそ者の怪物を頼れじゃと?》

『そこまでは言わない。彼を利用すると考えればいいんだ』

「(え、利用?)」

 しれっと聞き流せない言葉が耳に入るが、どうしようもできないラグは変わらず黙ったまま話を聞く。里長は、その言い方にも納得していないようだった。


『そもそもあなたは魄の怪物の何を恐れている?
 力か? いや違う。もしそうなら、彼が里に立ち入った時点で殺している。
 民を喰われることか? それも違う。竜人の底力はあなたが一番知っている。たった1匹の怪物に負けるほど軟弱ではないってな。』

《何が言いたいッ! レッカ!!!》

 あまりの毒舌ように、ついに闘鶏様は怒りを露わにする。ラグに対してしたように、空気が真っ赤に燃えるようだ。
 しかし、それで青年……レッカが見せたのは、苦しげな表情ではなく、清々しい表情だった。


『単純なことだよ。あなたは魄の怪物という存在概念そのものを恐れている。竜という名を与えられたトガゲにすら恐れを感じる臆病な人間共と同じだよ。』

 毒でしかない、相手の深傷を抉るような物言い。それは普通の里民であれば自殺行為に等しく、一度殺されかけたラグも同じだ。
 もはや闘鶏様も黙ってはいない。翼を一際大きく広げ、重々しい殺気を放ちながら、


《いい加減にせいッ! 儂を誰だと思っておる!》

 大気を揺らすほどの声で怒鳴る。それはラグの修復中の骨にも強く響く。耳を塞ぐ腕もなかったため、その直撃は軽い脳震盪を起こすようだった。

しかしレッカはどうだ?

 青年は初め、目を丸くしていた。だが次の瞬間、怒る闘鶏を指差して意地悪気に笑って見せる。


『ほら、そういうところ。いつもならとっくに獣拳飛ばしてくるのに、怪物を恐れるあまり、口でしかものを言えなくなってるじゃん』

《くぉっ》

 その青年はあまりにも勇敢すぎた。毅然きぜんとして吐かれる毒突いた言葉の数々には、さすがの里長も怒りを通り越して、一歩引かされていた。

 そこでようやく、レッカは猛攻を止める。彼は大きく深呼吸をすると、落ち着いた朗らかな表情見せた。


『だからさ、俺思ったんだ。怪物が怖いなら、その力の内を見せてもらえばいいんだ。今みたいに互いを恐れて本領を発揮できない状態じゃなくて、ちゃんと全身全霊を発揮できる場を設けてさ』

 普段なら聞きもしないのだろう里長は、険しい顔を見せながらも青年の提案を聞いた。いや、聞かざるおえないほどに屈服させられていた。


《……それで儂が納得出来なければどうするつもりじゃ?》

 怒りの冷めた気迫のない声で、それでも反論は返す。でもレッカは先ほどの毒は一切捨てて、

『大丈夫、そんな心配しなくていいよ。闘鶏様は絶対に認めてくれる。君もそういうことでいいよな』

 闘鶏様への信用を言葉にして返す。と同時に、提案への同意をラグに求めた。


「……ぁぁ。」

 喋れはせず、呻き声のみを上げるが、頷くことで同意の意志を示した。依頼の続行不可を恐れて下手に動けなかったラグにとって、全力を発揮できるこの提案には断る理由など一つもなかった。




 全員の合意を得たレッカは、堂々とした言葉のために大きく息を吸い込んだ。そして、


『よし、それじゃあ決闘を申し込む。タイミングは君が万全の状態になってから。小細工なしの、真剣勝負をしよう!』

 確かな決闘を申し込まれた事から、6時間の修復時間を経た今。本来は里の民たちが己が力を競い合うために、そして竜人が真なる力を授かるために用意された舞台。
 広さや足場の状態、耐久性において非の打ち所がない最高の戦場の中に、たった2人で立っている。


 青髪の少年は、深緑のギルド制服を身にまとい、万全な状態の身体を強調する様に胸を張る。懐には二本の得物が差し込まれ、背中の十文字槍は赤い光を受けて輝いている。

 対する薄茶髪の青年は、夜の闇に溶け込むような黒さのコートを身にまとい、しかし存在感は誰よりも強い。左腕には竜皮製の円盾が装備され、右手に握られた鈍色の直剣はそのままの色で輝いている。


『開始のタイミングは問題ないよな』

「ああ、あれが鳴ってからだな」

 少年は青年の確認を聞くと、瞳を横に向けて理解を示す。視線の先には台の上で、石を咥えた闘鶏様が立っている。


《では始めるぞぃ。両者構えィッ!!!》

 二人の脳内にその声が響き渡り、駆け出すための踏み込みを取る。青年は直剣も同時に構え、少年は細い得物に手を掛けていた。

《開始じゃ、ほれィッ!!!》

 一応の合図に合わせて、咥えた石を放り投げる。鉛直投げ上げな動きは10数メートルに達するまで続き、次の自由落下で地を目指す。

 そして、カツンッ。音が鳴った時、二つの力が空気を揺るがした。




(ryトピック〜異邦人の区別について〜

 他の世界から現れた者には、大きく3つの区別ができる。今回はそれを紹介するとしよう。


【転移者】

 魔法や能力によって、半ば強制的に呼ばれた者たち。悪いのは呼んだ奴であり、呼ばれた彼らに罪はない。
 転移時に非科学的な力を強く浴びる為か、魔法に適性を持つ者がほとんど。また元いた世界での才能や潜在意識が昇華されて、強力な能力を手にすることもあるのが特徴。


【旅行者】

 なんらかの手段を経て、自分の意志でやってきた者たち。過酷な環境を知る者がほとんどな為、割とすぐ順応する。
 能力に補正が入ることはないので、他二つと比べて危険性はかなり低い。場合によっては住み着くこともあるので、知らず知らずの内に関わっている可能性もある。

 なお、立場上はラグもこの区分に入る。


【転生者】

 この世界の神と呼ばれる存在により、何かの目的を与えられて生まれ変わった者たち。神から直接チート級の能力を与えられるため、例外なく規格外。バカも多い。
 チートの力と一度だけ手にする主人公補正の力で世界を掻き乱し、弄ぶ者が多いが、それも神に請け負わされた使命によるもの。弄んでいるつもりでも、一番弄ばれているのは彼らなのである。

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