境目の物語

(ry

旅路で出会った彼ら

 翌日、ラグは早朝から動き出し、南門から街を発った。

 地図によると、怒鉱の大火山は街から遥か南にあるようで、距離にして110ミルス。1,100kmというあまりにも長い距離。あれだけ歩き回った焦土での武者修行ですら1日でその距離を動くことはなかったため、ただ歩くだけでは日が暮れる程度じゃ済まない。
 それを危機感と捉えたラグは、疲れない程度に駆け足をしていた。

……そう、疲れない程度に。

 ラグは魔物との闘いのみならず、これまでの旅や砂砂漠エルグでの活動により、それなりの体力をつけてきた。ギルドカードを見れば一目瞭然だが、その身体能力はただの人間を凌駕する。
 ゆえに、疲れない程度のその走りも、すれ違う旅商人ただの人間から見れば風を切るようなもの。街道であるからいいものの、砂漠地帯なら砂塵が飛び散っているところだろう。



 それからおおよそ半日。順調に街道を走っていたラグは、二手の分岐路にさしかかる。詳しい地図がないので分からないが、多分どちらかは火山への道。

「どっちだ……あ、看板」

 左右の道を見渡していたラグは、壁面上部に取り付けられた2つの看板に目をつける。
 右側の黒い看板には傾斜の激しい山と鳥が描かれ、左の白い看板にはなだらかな山とその下に広がる町が描かれている。見た感じは右が正解だが、鳥なのがすごく気になる。


「とりあえず右に行くべきか……、それとも最悪確認が取れそうな左に行くべきか……」

 ラグは悩む。分かりにくい看板に悩む。そんな時、右手の街道からやってくる2人の男女がいた。


「君ー! こんなところでどうしたのー?」

 緑基調のドレスをきた黒髪のお姉さんに呼びかけられ、ラグは彼女たちの方へ行く。


「ここらでは見ない服装ですね。どこか行きたい場所でもあるんですか?」

 赤基調の軽鎧を着た金髪のお兄さんが、赤熱した剣を石床の隙間にカツンと突き立てて言う。


「憤怒の大火山ってところに行こうとしてるんだ。ていうかあんたら何者だ?」

 ラグはそれに答えながら質問をする。彼らもラグの事を言えないくらい、特徴的な装備をしていた。そもそも、ここで商人以外を見ること自体が、ラグにとってはじめてだった。


「私はネスラ、彼はカリバー。君もそうだと思うけれど、私たち冒険者なの。」

「でも先日の依頼を失敗して、今の俺たちは一時出禁。あと2週間は依頼を受けられないので、久々に火山まで観光に行っていたのです」

 ネスラとカリバーを名乗った2人は、意外にも自分たちが何者かを語ってくれた。依頼に失敗しただけで一時出禁とは驚きだが、きっと厳しいギルドに所属しているのだろう。
 そんな風にうんうんと頷くラグは、とりあえず次に聞くべきことを尋ねる。


「ならそっちが火山なんだな」

「ええ、そうだけど……、今はあんまり行かない方がいいかな」

 ネスラは答えはした。が、なぜか目を泳がせながら言葉を添える。どうにも気になる素振りではあったが、対称的にカリバーはやれやれとした素振りを取った。


「隠すことではないですよスラ姉。俺から言うと、今あの里は民の行方不明者の数が酷くて、治安も保てない状況にあるんです」

「だから今あの場所に行っても、追い返されるだけだと思う」

 2人は少し残念そうに、俺の目的地について語る。依頼書から状況を察したつもりだったラグは、予想以上の事態に陥っていることを悲しく思う。


「でも、それなら尚更早く取り掛からなくちゃならない。それを解決するために、俺は来たんだから」

 いま一度、ラグは決意を漲らせる。その表情は2人にも覚悟を訴えるようで、彼らの表情がわずかに緩む。


「迷いのない、綺麗な目ですね」

「それがあるなら、私たちは止めない。あ、そうだ! 君にいい魔法を掛けてあげよう」

 ラグの覚悟を認めると、ネスラは思いついたように人差し指をぴんと伸ばす。そしてラグに断りを入れるよりも先に、両掌をラグの顔に向けた。


「ちょっ!?」
「あっスラ姉!?」

 それはあまりにも一瞬のことだった。2人の男が驚きを感じるよりも先に、彼女の手から不思議な光が放たれる。その粉のような光はラグの顔を中心に包む。
 もちろんラグは反射的に目を瞑り、振り払おうとした。だが両手ともが虚空を掻くばかりで、粉には当たる気配すらない。そうしてる間にも、それはラグの瞳に集中していく。

 そして光の粉が十分に浸透したその瞬間、ラグの中の何かがプツン、と音を立てて千切れた。


「お、これは……ッ!!!」

 何かを察し、双眼を開く。鮮明な街道の遺跡風景が飛び込んでくる。

 それだけじゃない。

 正面に見える街道の壁面、その表面を這う小さなトカゲ。ついさっきまでは気づきすらしなかったそれだが、ラグの脳は他のことも意識していた。
 それは挙動。トカゲが静止し、突発的に動き出す様が、肉体構造からわずかに予測できるようになっていた。


「やっぱりこの感覚はあの時の……いや、あの時以上の!!!」

 興奮が更なる興奮を呼び、意識せずともギルドカードに手が伸びる。


流派:【観測者】Lv.1


 やはりその記述は、いままでのそれから変化していた。
 流派を習熟し終え、次なる派生へ進む感覚。ヴァルフと戦っていた時のもついさっきのも、やはりそれを示唆していた。


「ありがとうございます! ネスラさん!!!」

 ラグはありったけの感謝を込めてお礼を言う。当の本人はあまりの喜び様に首を傾げていたが、あまり深く考えるのはやめて、まっすぐにお礼を受け取った。





 そこから数分程度、里での注意点を聞かせてもらったラグは、別れの時に差し掛かっていた。


「それじゃあ気をつけてね」

「また会うことがあれば、その時はよろしくお願いします」

 ネスラは手を振りながら、カリバーは頭を下げながら別れの言葉を言う。


「あんたらも元気でなー!」

 ラグも元気に手を振って別れを告げる。

 そして互いの道が交差した時、それぞれの旅路が動き出す。彼らは恐らく観光の続きを、ラグは火山へ向かうために。
 彼らの道行きには光明が差し、また少年の旅路には徐々に不穏な空気が立ち込めてくるようであった。




(ryトピック〜流派【観察者】について〜

 とある傍観者の少年が、立場を変える覚悟をした事から始まった流派。【傍観者】自体はそこら辺の傍観人でも使っている事があるが、この派生をモノにする者はそう多くない。彼らは覚悟のある人なのだ。

 この流派での最大の特徴は、標的を観察することに長けていること。攻撃でもなく、防御でもないこの性質を好む者は少なく、元より戦闘寄りではないため冒険者でこれを使う者は滅多にいない。
 しかしこの流派を習得した者は、共通して観察の重要性を知ることになる。標的の動きを観察し、回避と反撃の隙を見出す。頭で考えていたことは徐々に体に染み込み、無意識のうちにこなすようになる。

 ラグのような機動力を主とする戦法において、これほど重要なことはない。それを見込んで、あの男もそうさせたのだろう。

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