境目の物語

(ry

体験談と転機の話

 深い眠りについていた俺だったが、周囲の賑わいを感じて、徐々に意識が戻ってくる。まぶたの上から部屋の光が照らされ、賑わいの声も大きさを増していく。そして、


「……ん、覚めた」

 その言葉とともに、まぶたがパッチリと開く。その流れで大きく伸びをして、意識も完全に回復させる。
……けど、なんだかふらふらする。よく考えたら熱っぽい感覚もある。風邪だろうか……


『ようラグ、起きたようでなによりだ』

「あっ、この声は我道さん!!!」

 突然の声掛けに驚くよりも先に、俺は声の主に反応してその方向を向こうとする。ところがその動きは両肩を抑える事で阻止され、代わりに俺の正面に、我道さんが姿を現わす。


『動かずとも、今から治療し』

「エネルギーリペア!」

『おや?』

 彼の言葉を遮るようにリペアを発動する。言うまでもないが、リペアの効力で身体から熱が飛んでいき、ふらふらしたような感覚もさっぱり消え失せる。
 そして治療する気満々だった我道さんはというと、この展開が予想外だったのか……。ぽかんと口を開けて、唖然とした表情をしている。


「どうかしたか我道さん?」

『…………ああ、いや何、回復技を持っていることはわかっていたが、その性能が予想の数倍あるものだからな』

 彼は言いながら、恥ずかしそうに頭をさする。なんというか、意外だった。
 クールな印象が強い我道さんだが、ここまで普通な反応を見せることもあるんだなと思った。


『おっとそうだ、体調がいいのなら外に出よう』

「外にって……今から?」

『ああそうだ。行きたい場所があってな』

 彼は提案をしながら立ち上がる。そして次に、呆然とした様子の老人を見る。


『年寄りにいい迷惑をかけた。お詫びとしてはなんだが………こいつで手を打たせてくれ』

 彼はそういいながらポケットを漁り、木の板のようなものを取り出す。もちろんそれを老人に渡すのだが、どういうわけか受け取った途端に老人が目を丸くする。


『行くぞラグ』

「え、ああ」

 その正体が気になる俺であったが、我道さんの呼びかけに応じる方を優先する。俺はすぐにベットを飛び出して、彼の後を追いかける。
 その際、見知らぬ5人に囲まれて賑わうヘキサの姿も目に入ってはいたが、俺はその横を素通りして我道さんを追いかけていった。





………それから少しあと………

『この席にするか。座れラグ』

「うう………寒い」

 我道さんに指示されて席についた俺は、寒さにガクガクと震えていた。知らなかったのだが、昼間はかなり暑かった砂漠の夜は、とてつもなく寒かった。それも、今まで経験した中で一番の寒さ。
 今でこそ我道さんから貰った予備のニット帽をかぶっているが、それでも完全に震えが止むことはなかった。


『そうだな………店主さん、ブレンドコーヒーを2つ頼む。ああ、もちろんホットで』

 我道の、慣れた手順で店主に注文する声が聞こえる。そういえば凍えて下ばかり見ていたため、ここがどこかわからない。でも特徴的な階段を上っていたような気がする。もしかして………

 俺はひと息ついてから、視線をあげる。それなりに広い間取りに、カーテンのかけられた吹き抜けの壁。素敵な木材を素材に作られたテーブルや椅子に、酒やワインを交わす大勢の人たち。そのほとんどは大きな鞄を持っており、自慢気に中の物品を見せびらかす物もいる。
 やはりここは昼……それとも夕方?に見たあのギルド、トレーダーズ・レスト。我道さんはその場所へと案内していたのだ。


「お客様、ブレンドコーヒーを二つお持ちしました。砂糖やミルクなどは……」

『結構だ。コーヒーはブラックそのままに限る』

「承知致しました。ではどうぞ、ごゆっくり」

 2人の会話のあとに、カップが二つ置かれる音がする。次にそれがテーブルを滑る音が聞こえ、俺の前にそれが寄越される。
 だが中の水が、黒い。いい香りはしているが、正直それが飲み物なのかは判断できない。だから俺は、じっくりそれを観察する。


『そんな顔をするな。センターフォレ………あ、いや、森の内側には原料がなかったコーヒーだ。この通り、非常に旨いものだ』

 我道さんは言いながら、彼のそれを飲んで見せる。相変わらず口角が上がったままだが、飲める物であることは確かなようだ。


「それじゃあ………いただきます」

 俺は凍えた手で、取っ手を掴む。溶液の暖かさがゆっくり伝わり、手の震えが軽くなる。安心して飲めよと言われているような感覚を受けて、カップを口元へと運ぶ。そして、

 ゴクリと一口、喉を通す。

 少し熱く、甘さは一切なく、苦さのみが口に広がる。だがそれは不味いような苦さではなく、どちらかといえばコクのあるような………いや!


「これは………!」


 旨い!!!


 その一言が、脳裏をよぎる。なんとも不思議な味ではあるが、それが清々しい感覚として全身に沁み渡る。脳を刺激されるようで、自然と活力も湧き上がる。なのにリラックスするような感覚もある。
 これがコーヒーか。俺はそう思いながら、さらに一口喉を通す。


『どうだ、旨いだろ?』

 我道さんが聞いてくる。俺は「はぁー」とホッと一息つき、それに答える。


「ああ、これは旨い。疲れが吹っ飛ぶみたいだ」

 言い終えるとまた、コーヒーを口に運ぶ。一口で飲み干すようなタイプの味ではないため、少しずつ飲んでいく。そのたびに心が安らぎ、幸福感に浸ることができるようだ。


『気に入ったようでなにより。体の震えも止んだな』

「え?あ、ほんとだ」

 彼の言う通り、体の震えが止んでいた。温かいコーヒーに部屋の中という事もあり、寒さもだいぶマシになっていた。


『ではそろそろ、旅の話を聞かせてほしい。コーヒーを飲みながら、ゆっくりとな』

 話しながら、我道さんもコーヒーを飲む。そういった落ち着いた空気感の中で、これはあれからの旅路を語り始めた。





………さらに30分後………


『機械人形はびこる森を抜け、かの強敵ヴァルフを討ち、勇者と戦い殺し屋に命を狙われた。それからヘキサら第六部隊に襲われたのちに、迷いの森で再開したわけか……』

 俺が体験談を話し終えると、我道さんはざっくりと口にしながら感銘に浸る。俺だって正直、ここまでの話がたった2週間の出来事だなんて信じれない。本当に、充実した旅だったなと思った。


『まったく素晴らしいものだ。あの日の私なら余裕で500は死んでいただろうな』

 我道さんは感銘に浸る中、口から漏れ出るようにそれを言う。


「あの日ってどういう……」

 気になる俺は、躊躇なく尋ねる。


『まだ私が弱かった頃の話、というべきか。だいぶ昔の話ではあるがな』

 彼は少し暗いトーンの声で、思い出にふけるように言う。


『…………いや、今のは忘れてくれ。いつだって私は私だ。そこに過去も未来もない』

 最後に皮肉の意を込めて言った我道さんは、何かを思い出したように手をポンとたたく。そしてあの日のようにテーブルの下に手を入れて、何かゴソゴソとし始めた。


『それではここまでの功績を祝って、私からプレゼントを贈るとしよう』

「プレゼント!?」

 その言葉を聞いた途端、俺の心が跳ね上がる。期待でワクワクした感情が、心の淵まで満たしていった。


『いい反応だ、それでこそ渡しがいがある。一つ目は………これだな』

 言葉の言い切りに合わせて、我道さんが武器を取り出す。あの短剣ほどの刃幅はなかったが、それは長くない剣だった。


『スクラマサクス………名称はどうであれ、普通の金属で鍛えられた刀剣だ。さきの短剣みたいに、魔法を弾こうとしてドカンッ………なんてことはないはずだ。』

 我道さんは俺の体験談をもとに解説しながら、それを鞘から引き抜く。全長40センチほどで片刃の刀身が、鈍色の輝きを見せる。切れ味も、相変わらず良さそうだ。

 そして俺の観察が終わったところを見計らって、鞘に戻して手渡す我道さん。俺はそれをありがたく頂き、腰に括り付ける。剣とレイピア、二つの武器が並び、強者感が増すのを感じた。


「ありがとう我道さん」

 俺は頭を下げてお礼を言う。すると彼は笑って見せて、さらに言葉を続ける。


『お礼を言うにはまだ早い。すごい武器がもう一つ……っとその前に、本題を忘れていた』

 話す中、何かを思い出したように立ち上がる我道さん。彼は少しあたりを見回すと、特に商人が密集した場所を向いて息を吸いこむ。そして、


『出番だザイルさん!!』

 大声で名前を呼ぶ。するとその人混みの中から、

「おうおうバラさん、いま行くぞ!!」

 と、低音だがはっきりとした声が響く。そしてそこから抜け出した彼は、年季の入った布装束と笠が特徴的なおじさんだった。

 彼はこちらに来て俺の顔を見ると、なぜかピクッと動きを止める。


「青髪に尾を引いた人ならざる少年……いやまさかな。」

 ボソッと言うが、耳を尖らせた俺は聞き取ることに成功する。何か意味でもありそうな物言いであったが、本来の意味を解すより先に、彼の方から喋り始める。


「君がバラさんの言う、ラグ君だね。私は竜人族のベテラン商人、ザイル・ドランだよ。これからよろしく」

 彼は軽い自己紹介をして、右手を差し出し握手を求める。もちろん俺はそれに答え、互いに握手が交わされる。
 目と目を合わせた時に気づいたが、彼は隻眼で青い目を持ち、瞳は猫の目みたいに縦長な形をしていた。


 そのあと手を離したところで、我道さんが口を開く。


『では二人とも一度席についてくれ』

「ああ」
「おう」

 彼の指示に合わせて声で返事をした俺は、そのままの席につく。ザイルさんは背中の荷物を床に置き、3人で三角形を作れるような位置に腰掛ける。


『それでは新ギルド設立について、最初の会議を始める』

 いきなり我道さんが、会議の開始を宣言した。が、


「……はいぃっ!? 新ギルドって何!!?」

 ただ、思った通りの疑問が出る。するとザイルさんが顔色を変えることなく口を開き、


「そりゃあんたたちのギルドに決まっておろう、期待のギルドマスター君」

 とんでもないことを言い放ったのだった。




(ryトピック〜トレーダーズ・レストについて1〜

 このギルドは一階に酒場があり、数多くの商人が休憩がてらに酒を交わす。そうして疲れを癒しながら、商談飛び交うのがここの特徴である。
 なお頼めばコーヒーも出してはくれるが、本来なら喫茶店で頼むもの。それを酒場で頼むものなら、店員からは不思議がられ、ほとんどの客から笑われる。だが稀に、無類のコーヒー好きが寄ってくることも………

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