境目の物語

(ry

危険を省みず突き抜けて…

その翌日

 俺はすでに、湿地帯までの移動を済ませていた。暗闇の中、休むことなく10ミルス以上の距離を進んできたのだ。しかし、これにも理由があった。


 昨日……大剣を引き抜いたあと、盾は重すぎたため回収せずに、俺は湿地帯を目指して歩いていた。
 だがそれも数十分のこと。ほとんど進むことなく日が完全に落ちてしまったので、俺はいつものように野宿をしていた。

 ところがさらにその数十分後、どこからともなく不気味な駆動音が聴こえてきた。のどかな平原にあってはならない音だった。
 そこで思い当たったのは、ツネさんの遺した手紙にあった駆動音の主。確証はつかないが、とりあえず狙われたらおしまいだと思った。


 だから今、俺はこうして湿地帯の丘まで足を進めて、豊かな自然を眺めながらのんびりと朝食休憩をとっていた。
 ちなみにメシはそこら辺にいたサギの丸焼き。短剣がないが故にこうするしかなかったのだが、これはこれで美味かった。


「にしてもここは空気がうまいなぁ。湿気はあるけど風は気持ちいいし、なによりも動植物が豊かだ。本当に、なんで暮らす人がいないんだろうな。」

 サギや水牛の群れを見ながら、ふと疑問に思う。というのも湿地帯との境界線までであれば、人里離れて暮らす人の家々を見かけることも少なくなかった。
 だがここに入ってからは、それがまるっきりなくなった。環境自体はそこまで差があるわけでもないのに、なぜこんなに差ができるのだろうか……


 俺は肉を食べ終えた後もその考え事をしながら、仰向けにねっ転がった。旅を始めた日の夜にも経験した、草地の心地よさが背中を包み込む。
 俺はこの心地よさに身を任せたまま伸びをして、そのまま後方へと視線を向けてみた。視界の中に、延々と続く豊かな草原が広がっている。

 だが不意にその中央に、黒い塊が映り込む。一瞬肝が冷えた。表現しようもないほどの恐怖が、心の底から這い上がってきた。

 そうしているうちに、その塊から伸びた一本の筒が赤熱していく。

 かと思ったその瞬間、そこから強烈な光が放たれた。


 俺はとっさに両腕を出して目を塞ぐ。

 横から鳴り響く破壊の音が頭の芯まで貫き、激しい頭痛と耳鳴りを引き起こす。だが今はこらえる事しかできない。


 数秒後、ようやくその光が和らぐとすぐに、俺は腕をどかせて目を見開く。視界の中央にはその塊が映り込み、筒の軌道に沿うように草地が抉り取られ、ぬかるんだ土層がむき出しになっていた。
 抉られた地面に合わせて視線をずらしていくと、俺のいる場所から一つとなりの小高い丘が、完全に消しとばされていることに気づく。


『ラグレス・モニターズ、私の声は聞こえているな!!!私は第六部隊隊長ヘキサである』

 ちょうどあの塊の方向から、マイクを通した時のような濁った大声が聞こえてくる。それから少し咳き込むような音がして、

『我ら第六部隊は貴殿の処分のためここに参上した。そしてこの砲撃は警告である』

と、言葉が続けられる。

『今から30秒だけ時間を渡す。大人しく我らに投降するのなら、その身柄は丁重に扱うと約束する。だがもし逃げ出すのであれば、次に魔導戦車が吹き飛ばすのは貴殿だ。理解はできたな!!!』

 彼がそこまで言うと一気に場が静まり、代わりにその筒先がこちらに向けられる。だが投降しろだって? そんなことしても処分することには変わりないんだろ。なら逃げるで決まりだ。
 俺はすぐに判断を済ませ、大きく息を吸い込む。そして、

「お前らなんかに従うもんかぁーー!!」

 と、一言挑発混じりの返答をしたところで、すぐに向きを変えて走り出した。
 後ろから駆動音が聞こえてくるが、もう立ち止まらない。それに戦闘用の高速移動をすれば、目の前の林までなら不安なく逃げられる。あとは目的地に着くまで逃げ切れるか……

 とにかく今は不安がってる場合じゃない。俺は一度安全を確保するために全速力で走る。そして林の中に潜り込み、なるべく止まらないようにかつ木々を盾にすることに注意を払って進んでいったのであった。




……約2時間後


「はあ、はあ、まだ音は止まらな……
くっ、こいつらも邪魔しやがって」

 俺は不意に横から飛び出した虎の魔物を、ツネさんの大剣でなぎ払う。
 驚異的な切れ味を持ったそれは容易に骨をも切断し、たったの一撃で虎を葬り去った。

反対側からも同様の虎が現れるが、そちらは握らされている鎖鎌で対処する。


 相変わらず俺は走っていた。駆動音は未だ止むことなく鳴り響いている。最低限、撒くことはできていない。

 それに遠目からではわからなかったが、この林には何本もの川が流れていた。おかげでそれを跳び越える必要があるし、川に落ちれば凶暴な魚に咬まれる。木の支幹に近づけばサルっぽい魔物か何かが首を狩りにくる。
 なら地上を行けばいいって話なのだが、木の根っこが露出して広がっているため躓きそうになるし、さっきの虎みたいな奴らが襲いかかってくる。

 戦車と入れ替わりで入って来た別の脅威。幸いにもそれらのレベルは高くても推定30、そこまで強くはない。だがそれでも深手を負えば逃走が困難になるし、存在そのものが集中力を分散させてくる。

 つまり俺は戦車に撃たれないように、なおかつ原生生物からの脅威にも注意を払わなければならないという、まったく安心できない逃走法を取ってしまったのである。

 だがそれもここまで。ようやく林の終わりが見えてきたのだ。


「体感7ミルスは走った。もうこれで終わりにしてくれ!」

 俺は叫びながらスパートをかけ、一気に林の外へと飛び出す。

 暗がりだった視界が、一気に明るさを取り戻す。

 俺の視界に、緩やかな上り坂と一面に広がる緑の大地が飛び込んでくる。
 そしてその奥には、全面を白い霧で覆われた、俺の知る森とはあまりに規模が違った大森林が広がっていた。傾斜に阻まれて根元は見えないが、それでも幹が隠れない木々が、その広大さを物語っている。


「王さまの言っていた通りだ、間違いない!」

 俺は期待に胸を膨らませる。
 だが忘れちゃいけない。後ろからはあの戦車が迫っているのだ。悠々と足を止めてなどいられない。

 それを肝に銘じつつ、俺は一気に傾斜を駆け上がる。
 そしてさらなる広がりを見せる草原に、心地よさを感じ……る余裕はないな。


 俺の視界に映ったのはそれだけではない。どういうわけか、あの忌々しい巨大ワニ………歴戦のクロコダイルが、こちらを見据えた状態で立ちはだかっていた。


「チッ、レベルが200と出る以上、別人ではなさそうだが……なぜ生きたいる!?」

 ただ、今は疑問を抱く時間も惜しい。背後から迫る戦車がさっきの林を抜けたのか、その駆動音がより鮮明になる。
 ここは正面突破で切り抜けるしかない!


 俺は引き返せぬこの状況に臆することなく、一直線に向かっていく。

 対する奴も、四足を運んで一気に迫ってくる。

 そして互いの距離がある程度詰まったその時、奴が尻尾を地に叩きつけ、その身を大きく飛び上がらせた。


「チャンスは今しかないっ!!!」

 俺は思い切り踏み込み、一気に加速する。

 そして奴が落ちてくるより先に、その下を潜り抜けようと試みる。



 奴の顎下に入り、視界が一気に暗くなる。

 互いにすれ違い、歪むスピード感の中、胸下を通過する。

 互いの勢いにより凄まじい風が吹き込む中、下腹部を抜ける。



 そしてついに、長き尻尾までもを潜り抜けることに成功した!

 頭上の障害物がなくなったことで、また日の光に照らされるようになる。まさに達成感を象徴するまぶしい光だった。






 俺は全力を出し尽くしたことで休息を欲し、一気に勢いを落とす。そして膝に手をついて、ぜえぜえと荒い呼吸をする。


 しかしそれもつかの間。今度は背後で、金属でできた骨組みがバキバキと砕かれる音が響く。振り返れば、奴が魔導戦車を噛み砕いていた。

「(だがなぜ?まさか最初からそれが狙いで?いやそんなはずは………)」

 俺には奴の意図が読めなかった。奴はぺちゃんこになった戦車を放り投げて、そのあと瞳だけをこちらに向ける。そして大きく口を開けて、


『◇◇◇、◇◇◇◇◇◇◇!!!』

咆哮をするのではなく、何かを語りかけてきた。

 俺はもちろん驚いた。だがそれは奴が喋ったことだけではなく、その言語が人のものでも魔物のものでもなかったからだ。

 無論そんな言語は知らないし、何を伝えたいのかもわからなかった。
 けどその答えであろう者の敵意が、こちらに向けられた。

 出処はクロコダイルの背中後方。たしかにそこにはひとつ人影があり、剣のような何かを構えている。


『……【ヘキサ・ブースト】!!!』

 そいつが一声上げる。その瞬間、俺の本能が危険を察知し、ほとんど反射的に大剣を前に構えた。

 次に思考が回ってきた時、凄まじい勢いの斬撃を大剣に受け、俺の体が斜め下方向にぶっ飛ばされる。

 一度地面に叩きつけられ、バウンドした上でまだ吹き飛ばされる。


 そしてさらに思考が回ってきた時、俺はちょうど森と湿地帯の境目にいた。
 そのとき先行していた右腕に強い痛みが走った気がしたが、それが何を意味するのかまではわからなかった。

 ただ今は、激しい痛みにさいなまれながら、ぶっ飛ばされ続けるだけだった。



(ryトピック〜蟷螂騎士の大剣〜

 ツネさんが使っていた、出処不明でクレイモアに似た形状の大剣。朱色の刀身を持ち、また骨をも切断するほどの、異常なまでの切れ味も持つ。

 この刀身に使われている素材は今のところ不明であり、金属とは思えないほどの軽さを持っている。そのため場合によっては片手剣よりも軽く取り回しやすいが、その代償としてか重みはほとんど乗らない。
 またどういうわけか、利き手とは逆の手に鎖鎌を装備してしまう性質も持ち合わせている。外そうとすれば外せるのだが………

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品