境目の物語

(ry

空の国のマーダーヌーン

 俺の頰に、何かひんやりしたものが浴びせられるような感覚が走った。それは水気を含んでいるのにも関わらず、鉄のような匂いを漂わせる。俺はこれを知っている。まだ未熟にしても、何度も鼻腔を駆け巡った匂い。
 それは血。戦の道を行く者には避けて通れぬ死の液体。そして最大限の危険を知らせる死のサイン。

 それに勘づいてからは早かった。俺はまどろみの底から一気に浮上して、即座に後方へと足を運ぼうとする。するとほぼ同時に誰かに蹴り飛ばされ、さらに目前を冷たい突風が通り過ぎていく。
 俺はすぐに視界内の情報をかき集め、今の状況を把握する。そのあと後方に意識を集中させ、壁で受け身をとることで、自身にかかっていた推進力を打ち消した。


「あんたは大丈夫!?」

 針縫さんの声が響く。だがその右腕が切断されており、傷口からは紫がかった血がポタポタと垂れている。そして切り飛ばされた方の腕は瞬く間に黒ずんでいき、チリとなってしまう。
 やっぱりさっきの血は針縫さんの……


「何で俺を庇ったんだ!」

 俺にはその行動が理解しがたく、なぜそうしたのかを聞く。だが彼女は一切表情を歪めることなく、

「私は商人だと言ったはずだ。なら品物優先なことぐらい察しろ!」

 と返し、その身を大きく躱す。その場に一筋の軌跡が走り、直後、刀を握った人物が姿を見せる。
 やはりそれは黒い外套の奴、恐らくは賢王を毒殺した張本人。多分針縫さんの右腕をチリに変えた張本人。


「あんた! 聞こえてるならこいつに構わず城に向かえ! 今すぐに!!」

 針縫さんは瞬時に床から長針を作り出し、奴の刀を防ぎながら叫ぶ。だがそんなことをしたら針縫さんが……


《その女の言う通りだラグ!》

「で、でも……!」

《あれはそう簡単に負けはしない
だから行くんだ!!》

 突如響くロトの声は、彼女を信じろというものだった。二人の必死な訴えを聞いた俺は、刹那の判断が全てを決めるということを直感する。


「……ぐっ、クソッ!!」

 俺は悔しさに一瞬拳を握りしめるも、すぐに足を動かしてここを去ることに決める。針縫さんなら負けたりしない、その一心を胸に。


『逃しは……しない!』

 奴が少女の声でボソッと呟き、俺の背に近づくのを感じる。だがその直後、空から何か鋭いもの……恐らく魔王城で見たあれが強襲し、奴の進行を阻止する。


「あいつを取りたいのなら私を倒してからにしな!!」

『チッ、邪魔……!』

 その声とともに、争いの音はさらに激しいものになっていく。だけど俺は振り返らない。今は目的を遂行するためだけに動く。
 その一心をただただ胸に抱きながら、俺はこの大通りを真っ直ぐに進んでいった。





 俺がお城のすぐ近くまでたどり着くと、そのタイミングで何かの警報が鳴り響いた。直後、爆撃音とともに地面が揺れ、整った石畳にいくつもの亀裂が走る。そして近くにいた住民から、いくつもの悲鳴が上がる。


「いったい何なんだよ!」

 相変わらず状況はわからない。だがそれで目的が変わるわけではない。
 俺は再び足を動かし、その城門に向かって走り……、ついには門の前に立っているひとりの衛兵の元へとたどり着いた。


「おっとどうしたお嬢ちゃん?ここは避難所じゃあねえぜ。」

 衛兵が話しかけてくる。だが何でそんな話題が飛び出したのかはわからない。さっきの警報が関係しているのだろうか……?ていうか今、お嬢ちゃんって言わなかったか?
 ともかく俺は事情を説明し、王様に会いに来たことを伝えた。すると衛兵は、


「おっともしかしてあんた、指名手配中の【ラグレス・モニターズ】って奴かい?」

 と返し、同時に「もしそうなら身分を証明できるものを見せてくれよな」と言って、ギルドカードの提示を要求してきた。
 もちろんそれは難しいことじゃない。ただポーチに入れてあるギルドカードを見せるだけだ。だから俺は何のためらいもなくそれを取り出す。だが……


 俺の取り出したそれには、正確にはその表面には、何も書いてなかった。以前はギルドのロゴが入っていた。だが今は何もない、まっさらな白紙になっていた。

「えっ……?」

 自然とその声が漏れ出る。だが今それは後回し。俺はすぐに面を裏にして、ステータス確認のために見ていたそれを提示する。




【名前】ラグレス•モニターズ

種族:【他世界種(不明)】Lv.13

能力:概念系【慣れ/進歩 上手】Lv.3
流派:【観察者】Lv.6


フィジカルランク:Lv.52

耐久力:【C】
精神力:【C】
筋力 :【D+】
機動力:【C】
持久力:【C+】
思考力:【C】

                     250.c





 結構レベル上がってるな。いやそんな事よりも………。
 俺は衛兵の様子を伺う。すると彼の表情に明るさが宿り、


「よしよし! 君がそのラグレス・モニターズって奴で間違いないみたいだ。ちょっとまってな、今門を開けるように……」

 彼はそう言いながら右回りにくるりと向きを変え

バキッッッ!!

「……なっ!!!」

 突然鳴り響くその音とともに彼の首だけが左にねじ曲がり、大量の血が噴き出る。同時に左から強い殺意を感じた俺は、反射的にレイピアを合わせる。
 すると相手の剣とそれがぶつかり合い、力負けした俺は少し後ろに吹き飛ばされる。


『いい反応するね、君!』

「くっ、誰だ!!」

 俺は声のする方を向く。するとそこにいたのは、薄茶色の髪をして、黒いコートを着込んだ青年。歳にして17ぐらいか?その右手には鈍色の直剣が握られている。
 俺はレベルを確かめると同時に警戒の姿勢を強める。なぜならこの青年の推定レベルは130。勝てないのはほぼ確定だとしても、抵抗もできずに殺されるなんてゴメンだからだ。


『いいねえその目。俺もちょっとやる気出てきた!』


 青年は元気いっぱいの声で言うと同時に、なんらかの術を唱える。すると右肩の上にぼんやりとした光が集まっていき、次の瞬間、その光がニワトリの形へと具象化された。
……なんでニワトリ?


『んじゃ行くぜ、闘鶏さま!」

「(くっ、来る!!)」

 俺は身構える。するとそのニワトリがコケーッ!と鳴き声を上げ、俺へと飛びかかってくる。だがこれくらいならどうってことはない。

「そんなの効くかよッ!!」

 俺は力いっぱいレイピアを振り抜く。ところがレイピアがニワトリに当たると、そいつは光の粒子となって消え去った。罠か……ッ!

 俺はこの隙に青年が斬りかかって来るものだと予想していた。だがそう思った刹那、別のニワトリの鳴き声が聞こえてきた。しかも1匹2匹じゃない。


「……おい、嘘だろ!!」

 次の瞬間おれの視界に映ったのは、20を超えた数の飛来するニワトリ。とても数えられるものではないし、最低限俺一人で捌ける数じゃない。
……でもやらなきゃ死ぬ。やるしかない!


「おーりゃぁぁーーー!!!」

 俺は掛け声とともに、先頭のニワトリに斬りかかる。だがうまく斬れない。なぜってそれは簡単なこと、このレイピアには刃先がついていないのだ。
……というかこれ、レイピアじゃなくてフルーレだろ!という疑問も持ちたいところ。だが今の状況ではそんな暇もない。

 斬れない以上は突くしかないが、それでは止まってくれないし、そもそも一羽仕留めている間に他のニワトリにやられては元も子もない。

 だから俺は防戦一方になってしまう。しかも、それでさえ次々と隙を突かれ、爪で引き裂かれ、嘴で突かれる。
 1発のダメージではフェンリルの引っ掻きの足元にも及ばない。だが痛いことには変わりないし、いつあの青年が手を出してくるかがわからない以上、気を抜くこともできない。


『脇がガラ空きだぜ!!』

「(…来たッ!!)」

 親切なことに、あちらが攻撃タイミングを教えてくれる。だから俺は、その攻撃に意識を集中させて、上手に受け流そうとした。

 だが青年の剣が襲いかかるその直前、俺の右腕に重い突撃が喰らわされる。そう、ニワトリたちが一斉に、俺の腕に突撃したのだ。
 お陰で俺の体勢は完全に崩され、剣の軌道上に身を投げ出される形になってしまった。

「まずい!間に合わな」

  あまりの危機感に、心の声が漏れ出てしまう。だが何故か彼は攻撃の手を止め、急速に飛び退いていく。そして俺が疑問を抱くよりも先に、それは起こる。


「【床式流水砲アルコーブメガウォーター】!!!」

 最初に、そう言う女性の声が聞こえてくる。そしてそのあとすぐに、俺の周囲からいくつもの流水が噴出され、瞬く間にニワトリたちを貫き倒していく。青年はうまく躱してしまったが、十分に距離を取ることができた。


「【浮遊化フロート】!!」

 さらに声が聞こえる。すると、

「……うおっと!」

 なんと俺の体が宙に浮き始めた。その魔法のせいか自分で動くことはできないが、俺の身体はお城の三階めがけて運ばれていく。


『させるかーッ!!!』

 青年の声が響く。そちらの方向を見てみると、彼は地を蹴って急速に接近してきていた。


「諦めなさい。【範囲型流水砲ラウンドメガウォーター】!!!」

 またも彼女の声が聞こえてくる。すると今度は大量の水が現れて、青年の体を飲み込んでいく。
 もちろん青年がそんなもので諦めたりするはずはない。……はずなのだが、俺の視界に映る彼は、明らかに水の流れに負けていた。


『ちくしょう、やっぱり水には勝てねー!!』

 彼は最後にそう言うと、そこからは完全に押し流されていき、大通りを真っ直ぐに、見えなくなるほど遠くまで行ってしまった。


「なんだったんだあいつ……」

 そう思わざるを得なかった。と言うよりも、魔法のせいで動けないので、それしかできなかった。



……いつになったら降ろしてくれるんだ?




(ryトピック〜ラグのレイピアについて〜

 これは第52話【鋭き針の淫魔】にて針縫さんが変形させた針。それに色々と手を加えることで、強引にレイピアの形を取らせたものである。よって名前はない。

 元が針である性質上、刃先がついておらず、先端での刺突以外では致命打を与えるには足らず、重量に関しても短剣の時と一切変わっていないので、そもそもが武器に向いていない。
 ただし、元の素材が硬いことと幅広な刃を収めることのできるつばを持っていることから、剣を受け止める武器としてならそれなりに活躍できる………かもしれない。

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