境目の物語

(ry

悪夢と目覚め

 俺は動けない身体で、恐ろしき光景を見ていた。それは四天王達や賢王、針縫さんすらもを惨殺していく人の姿。黒き外套を纏う者が、その刀でみんなを斬り裂き、突き刺し、掻き回す光景。
 最後に残された俺もまた、その刀で惨殺されるのだろうか。

 思い浮かべていると、思い描いた通りに奴がこちらを向く。仮面で隠されたその口もとが、喜びに歪む。
 そしてその刀をまっすぐこちらに向け、俺の右目に向けて突き出され……





「…………はっ!!!」

 パッと目が覚める。どういうわけか額には大量の汗が浮かび、心臓が倍近くのスピードで脈打っている。なぜそうなっているのかはわからない。夢が原因だってことは何となくわかるが、肝心なその内容を思い出せない。
 ともかく俺は一度深呼吸をして、荒れた心を落ち着かせて、それから今の状況を確認することにした。




 ……ざっと周囲を見渡してみると、整った木板の床や壁の様子が見て取れ、ここが木製の建物の一室だという事がわかった。だが、作業台や裁ちバサミ、それからミシンというふうに、家具が修繕道具に偏っている事には違和感を覚えた。
 理由は単純に、この部屋が寝室であるから。しかもどういうわけか、屋外の音が全く聞こえてこない。何が言いたいかというと、外の様子が想像できない。


 それと明らかに見る順番が逆だったが、俺の身なりが大きく変わっているのにも気づいた。
 いつも羽織っているはずのギルドの制服が見当たらず、服とズボンは青色のもこもこしたパジャマになっている。そして何よりも、ウエストポーチと短剣の鞘、並びにベルト類が一つも見当たらない。もしかして、この建物の主に取られたんだろうか?


 と、このように俺は少々不安がっていた。だってあれらは全て貰い物、あるいは形見のような物なのだから。

 するとそのとき、ふと左手にあったドアが、軋む音を立てながら開かれる。俺は反射的に身構える。
 が、そこから顔を出したのは、明らかにダルそうな様子でいる朱色髪の女の子。針縫さんである。


「おや、起きていたか」

 彼女は少しきょとんとした表情をして呟く。それだけ見れば、かわいらしいものだ。

 だが今思い返せば、この人は淫魔族。淫らな技と見た目によらぬ怪力を持ち合わせ、ギルドで4段階目の階級に当たる【フローライト級】冒険者ですら実力は互角とされるほどの強者である。針縫さんともなればなおさら……なおさら?

 ふと疑問を抱く。それは、なぜ俺が彼女を恐れているのか? という事だ。もちろんギルドでも悪名高いってのはいい影響になっている。
 だがそれだけでここまでの恐怖を抱くものだとは思えない。何か勇者以上に恐れを抱くようなものがあった気がするが……、何だっただろうか?


「どうした?私が怖いのか?」

 彼女が喋り始める。が、その口調はなんというか……、お城で聞いた時のような優しさが一切ないというか……。ともかくそれは全くの別物だった。


「怖いだろうな。なにせ私は魔物だ、淫魔だ、サキュバスだ。人間の天敵なのだから、怖がるのは当然だろう」

…当然なのか?


「だが同時に私は商売人でもある。客は殺さない、安心するといい」

「お、おう……」

 俺はもはや困惑するしかなかった。だってセリフの考え込まれた感が強かったのだから。それ以上に、俺が気にしているところと関係ないことを言われたのだから。

 だが、今そんな事はどうだっていい。とにかく俺は今の状況を知りたい。ここはどこなのか、あれからどれくらいの日数が経ったのか、そういったことが知りたい。
 だから俺は聞こうとする。が、俺の言葉は彼女の言葉に遮られてしまう。


「喋るのは後だ。今すぐ風呂に入って体をキレイにしてこい」

「えっ?お風呂?何で?」

 俺は聞き返すが、彼女は何も言わず黙り込んだまま、右手のドアを指差している。多分そこが風呂場なのだろう。
 俺はこれを無視しようとも考えた。が、最低でも1週間以上お風呂に入っていないので、これに従うのも全然ありだという気持ちの方が強かった。

 というわけで俺は、針縫さんの命令通りにお風呂に入り、疲れと汚れをとる事にしたのだった。



それから十分後……。

 風呂場に入ったものの、その光景がギルドの風呂場と全然違っていたことに驚くラグ。その造形の美しさは良かったのだが、ギルドにいたとき薪で湯を沸かしていた彼にとって、その使用方はまったく見当のつかない状態となっていた。
 一応水を出すことはできたのだが、肝心のお湯の出し方が分からず、結局ラグが楽しんだのはひんやりとした水風呂であった。

……とは言うものの、煤汚れは落とせたので、ラグにとっては十分満足いくものだった。



 俺が風呂場から出ると、針縫さんがベットに座って待っていた。彼女は俺に気づくと横にあった棚を漁り始め、そこから一通りの着物を揃えて俺に渡してきた。が、


「……これ俺のじゃないと思うんだが?」

 俺は聞き返す。だって寄越されたそれは、以前着ていたものとそっくりではあるものの、全て違うものであったから。
 すると彼女は深いため息をついて、


「あの形もない布切れがいいのならそうするけど?」

 と、返してくれる。そう言えば忘れていたが、あの時俺は一時的とはいえ、原型が崩れるぐらいの雷撃を受けたんだった。体はなんとか治せたけど、服については一切何もできていない。
 元から戦いでぼろぼろになっていたとは言え、さすがにそこまでなると着ることはできない。だから針縫さんは新しいのを用意してくれたのだろう。なんて優しいんだ。

 俺はその優しさに感謝の意をいだき、すぐにそれを着てみることにした。
 最初にズボンを履き、次に服を着る。そしてウエストポーチを腰に巻いて、最後にギルドの制服を……、


「……ってこれ、ギルドの制服!?
何で針縫さんが持ってるんだ!??」

「何でって……、それあんたらのギルドが私の店に依頼したものでしょ。自分で作ったものくらい、簡単に繕えるわよ。」

「えええぇーー!!!?? 針縫さんが作ったものだったのか!?」

 まさかそんな事実があったとは思いもしなかった。そう言えばここには裁縫道具が取り揃えてある。つまりはそういう事だったってわけか。

 あまりにびっくりな事だったが、それなら信用性も一気に跳ね上がる。そのありがたみに最上級の感謝を込めながら、俺はその深緑色のコートを羽織い、袖に腕を通して………、こうしていつもの身だしなみに戻ったのだった。



「準備は整った?」

「ああ、あとは短剣だけだ。」

 俺は針縫さんの問いかけに、身なりを確認しながら答える。すると彼女はベットから立ち上がり、左手のドア………ちょうど彼女がここに入ってきたドアの前へと移動した。


「それじゃあ、王様のところにいくわよ。」

「へ?王様のところ?短剣は?」

「それは歩きながら話す。今すぐにここから出るわよ。」

 説明がなさすぎて理解が追いつかない俺は、なんとかそこを聞き出そうとする。だがついには手首を掴まれ、引っ張るようにしてこの場を後にすることになってしまう。
 そうして俺は半ば強引に、外の光の先へと足を踏み入れるのであった。





(ryトピック〜風呂場について〜

 ここで登場した風呂場は、いわゆる【ユニットバス】の構造となっており、マンションやホテル、はたまた一般家庭でもよく見るタイプの風呂場である。
 対してギルドにあった風呂場、はいわゆる【木桶風呂】の構造となっており、薪を燃やして湯を沸かしていた。

 そのおかげでラグは、最新式のガスで湯を出す仕組みを知らなかったのである。もちろんまだ聞いていないので、最低あと一回はこのやり取りをすると予想される。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品