境目の物語

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人違いと巻き添え

 彼は名を告げたあとに止水と話し始め、俺への疑惑を解消させてなおかつその手を引かせ、ついでに門番さんに指示を出し、預けていた短剣も返すように取り計らってくれた。
 しかもその間なんと30秒。俺なら数十分はかかりそうなほどの情報量であることを踏まえると、恐ろしく早い。そういうことに慣れているのだろうか、それとも能力か何かだろうか?

 ともかく俺は返してもらった短剣を腰のベルトに取り付けて、普段どおりの身だしなみに整え直す。そしてあの件について尋ねてみた。


「俺は我道さんに言われて、魔王のあんたに【例の森】ってのについて聞きにきんだが……」

 だがそれを伝えた途端、賢王は大きく首を傾げ、「例の……森?」と呟いた。だけどそのあとすぐにハッとして、


「ああ!これは魔王違いですね」

と返してくれた。
……いや待て待て、魔王違いってなんだよ!あんた以外にも魔王がいるのか!?というか魔王って何人もいるようなものなのか!?


「もしかして君、魔導王を知らないのかい?」

「……魔導王?」

 止水にそれを聞かれた俺は、純粋に疑問を抱いて首を傾げた。そのため外見からでも知らないことが丸分かりだったのだろう。そこで止水が、

「どうやらそのようだね。なら私から話そう」

 それについて話し始める。




「魔導王というのは、ここから北西に位置する国【魔導科学の国】を治めている王様だよ。元の名前が長いから、人はみな彼を魔王と呼んでいるんだ」

「へえ〜そうなのか、すごい略し方だな。でも確かにそれなら魔王違いも起こるってわけか」

「はい。私が知っている森はこのお城の裏手にある小さな森だけなので、間違いなくそうでしょう。それにあの方は知識王とも呼ばれるほどの博識なお方です。もし彼でなかったとしても、きっと役立つ知識を与えてくださいますよ」

 ふーむなるほど……。どうやら次の目的地が【魔導科学の国】ってとこに決まったようだ。なら行動するのは早いに越したことはない。
 というわけで早速そこに向かおうとする俺だったが、その前に賢王に呼び止められる。


「あの……お詫びと言ってはなんですが、【言語理解】の加護をお渡ししたいのです」

「言語理解の加護?なんだそりゃ?」

「人の言語と魔物の言語を同時に聞き分けられるようになる加護です」

「マジでっ!!!?」

 そんなものが手に入ったら言語シフトなんてする必要がなくなるぞ!それに、わざわざ他言語翻訳をする必要もなくなる…………、それって最高じゃないか!

 それはあまりに魅力的だった。断る理由も見つからなかった。
 なので俺はすぐに頼み入れ、その加護ってやつをかけてもらうことにした。その気の動転様には賢王も驚いていたが、それもすぐに朗らかな笑顔に変わっていた。


 彼は左腕を俺に向けてから目を瞑り、小声で詠唱を開始する。するとその手のひらになんらかの文字が浮かび始め、俺から見て反時計回りに字が綴られていく。高位の魔法ともなれば、こんな感じにもなるのだろうか…。
 ともかく時間とともに綴られていくそれは十数秒後には完全な形になったようで、一瞬光が強く感じられた。そして、


「…!!行きますよ。【幻呪げんじゅ-人魔両道じんまりょうどう】!!!」

 ひときわ強いその言葉と共に賢王の手のひらから強大な力が放出され、俺の身体を包み込む。その力は俺の身体に溶け込み、じっくりと沁み渡り、最後には完全に俺と同化していた。





 しかしこんな時、こんなタイミングで、俺が通ってきた扉の向こうから雷が迸るような音が響く。そして次の瞬間、その扉が木っ端微塵に破壊される。また、それによって生じた土煙が、そこの辺りを覆い隠す。


『やけに楽しそうじゃねえか……クソ雑魚どもがっ!!』

「……っ!! この声は!?」

 俺は目を凝らしてそこを観察し、声の主を探る。観察眼だからこそ見える人影。僅かに見える特徴的な髪型、風になびくマント、そして異形の……あれは剣なのか?
 ともかくそれはこちらに向かって歩き、煙の中から姿を見せ……、


『やっぱりそちら側だったのか…、ラグ!!!』

「おお、魔物の言語がシフトなしで聞けてる!
……じゃなくて、おまえは勇者様か!!」

そう、それは紛れもなく勇者だった。

 だがその姿は以前の旅人装備と違い、豪華な鎧を着込んだ騎士そのもの。そして利き手には、得体の知れない、生物のような生々しさを持った、気味の悪い直剣が握られている。


「その装備……、宝物庫から奪い取ったものですね、勇者さん」

『その通りだ!これはてめえら雑魚どもが俺に倒されるためだけに用意した代物だ!!』

 賢王と勇者が会話を進める。でもよく見ると、賢王の膝がガクガクと震えている。間違いなく怖がっている。だがそんな彼の視線は、勇者ではなく気味の悪い剣に向けられている。


「となればやはり、その剣は兄さんが対自分用に作った剣…【魔王絶対殺すソード】ですか……。」

『ププッ、なんだそのダッセぇネーミングは。だがその通りよ、これはかの邪神の膨大な力を宿した神剣だ!!!』

いやその見た目で神剣はないだろ。
 心の中でツッコミを入れる俺だったが、邪神の力ってのが気になってレベルを確認した事で、その恐ろしさに気づかされる。


「……う、うそだろっ!?推定レベル180だって!!?」

 ありえない、あのクロコダイルとほぼ同格じゃないか!!
 しかも俺の観察では勇者のメインウエポンである魔法分が含まれない。その状態でこれなら、魔法分を含めてどこまで上がるかは見当もつかない。ていうかそれ以前に、俺たちが敵う相手じゃない!!


『そういうわけだ。もはやてめえらなんて俺の脅威にすらなり得ない、たとえ束になったとしてもな!!!』

 勇者は力強く言葉を締めつつ、左腕を俺たちに向けてから詠唱を開始する。するとその腕に、かつてないほどの膨大な力が湧き上がっていくのが感じられた。魔法に適性のない俺ですら。
 階級的に言えば【轟雷撃ギガサンダー】よりも上……、ヴァルフを消し炭にしたあれよりも上……。となれば、一発で俺たち塵になるじゃねえか!!


「あれは兄さんのと同格……!! みなさん、逃げてください!!!」

『いいやもう遅いっ!!』

 賢王が指示を出すのとほぼ同時に勇者が告げる。喋れているということは、すでに詠唱を終えているということ。それだけの力を持った魔法なのにも関わらず、勇者はわずか5秒ほどで詠唱を終えてしまったのだ。


『終わりだ!【獄雷撃テラサンダー】ッ!!!』

「くっ!!」

 勇者の手のひらから、何時間も圧縮し続けたかのような重々しい雷撃放たれる。俺はとっさに防御態勢をとるが、意味がないのは嫌でも分かっていた。もうここでお終いだ。ここにいる誰もがそう思っただろう。
 だがそんな時に、横から割って入る大きな影があった。


「魔王様は俺が守る!!【キャッチ】!!」

 それはあのミノタウロス、スロウスだ。彼は滑り込みながらそう叫び、その巨大な掌で雷撃を包み込み、受け止める。そして、

「……アンド【リリース】!!!」

 の掛け声と共に身体を一回転させ、その雷撃を勇者の方へと投げ返した。無論、そんなこと俺にも勇者にも予想できない。なので勇者は一瞬目を丸くしていた。
 だがその雷撃は冷静に躱される。標的を失ったそれはそのまま壁に衝突し、跡形残らぬほど粉々に砕いたのちに消え去った。


「大丈夫ですか、先輩!」

 遅れて駆け込むのはブレイブ。どうやら能力を発動しているようだが……と、彼の腕が指す方向を見ると、そこには雷に触れて黒焦げになったスロウスの両腕があった。一旦熱を冷まして回復を図ろうってわけか。


 だがそれは勇者が黙っちゃいない。スロウスの腕が冷まされるよりも先に、勇者が斬りかかる。もちろんスロウスは身を守るために、レンさんが使ってた【アブソーブシールド】と同じような、エネルギー体の盾を発生させる。
 しかしそれは、たった一振りで砕かれてしまう。それどころか続く足に蹴り飛ばされて、壁を数枚破って城の外まで吹っ飛ばされていった。


「よくも先輩をっ!!!」

「よすんだ、ブレイブ!!」

 先輩をやられたブレイブが、怒りに身を任せて飛び出す。それを止めようとして止水も飛び出す。だが、


『無駄だっ!!!』

 叫ぶ勇者はすぐさまブレイブに近づき、剣を振るう。ブレイブは石剣をぶつけてどうにかいなすが、続く蹴り上げに直撃して真上にぶっ飛ばされ、天井に埋められてしまう。

 その隙をついて止水が水刃を放つ。しかしそれも剣を振るって相殺される。ところが止水はさらにその隙をついて剣撃を繰り出し、みごと勇者の左腕を切り落とした。
 だが攻勢もここまで。突っ込み過ぎた止水は勇者が無理やり繰り出した蹴りを受けきれず、柱の元までぶっ飛ばされ、衝突し、気を失ってしまった。


『チッ、無駄な事を……。【フローレス・リカバー】!』

 勇者はなんらかの魔法を唱える。すると失われた左腕が、瞬時に再生した。つまり四天王3人分によるダメージはゼロ。
……あれ?そういえば俺に炎の刃を放ってきた黒いやつが残っているはずだが……。


「賢王さん、あとの一人は?」

「すみません。風の四天王である【ハヤテマル】さんは行方不明でして……」

「なんでだよ!さっきまでいただろ!!」

「……えっ?」

 そう会話してる間にも、勇者が俺たちに狙いを合わせてくる。そしてすぐさま雷魔法の詠唱に移る。だが今いるのは俺たちだけ。賢王は絶対当てにならないから、実質俺一人だけ。
 一応勇者の視線を伺ってみるが、やはりそれは俺に向けられている。魔王を最後にいたぶる気なのが見て取れるが、お陰で逃げようにも逃げられない。なら一か八か、衝盾で止めにかかるしか……。

 しかしあれで雷撃を止められるのか?いや、あれは魔法でなくても物理的な障壁にはなる。もしかしたら勢いを削ぐぐらいならできるかもしれない。なら俺はこれに賭ける!

 俺はすぐに短剣を引き抜き、ありったけの風のイメージを作り出す。より大きく、より分厚く、そして雷を受け止められるように……。


『さあ終わりだ!【轟雷撃ギガサンダー】!!』

「【衝盾】!!! 止っまれーっ!!」

 勇者が詠唱を終え、雷撃を放つ。そして俺は風の刃を放ち、膨張させ、強固な盾とする。もちろん俺のは魔法ではないので、ぶつかり合うことはない。だが確実に雷撃の勢いを削いでいく。
 そして雷撃が、衝撃波の盾を突き抜けてくる。だがその勢いは、出始めに比べれば微々たるものだ。あとは短剣を盾にして防げば!

 俺はその一心で短剣を合わせ、雷撃を受け止めようと試みる。幅広な刃が雷撃の行く手を完全に塞ぐ。雷撃が曲がる気配もない。
 なんとかなった。俺はそう確信した。

 だがそんなとき、互いが触れ合ったその瞬間、衝突した雷撃が急激に勢いを増し……、そして俺の超至近距離で容赦なくぜた。



(ryトピック〜【魔王絶対殺すソード】について〜

 遥か昔、勇者の力だけでは手も足も出ないほどの絶対的な力を持った邪神が、自身と対等に渡り合える勇者を生むために作った(邪)神剣。ネーミングセンスがないのは邪神が名前を付けたから。

 冗談はさておきこの神剣には、死ぬまで手放せなくなる呪いがかかっている代わり、持ち主に邪神の力をそのまま宿らせる効果がある。なのでそれさえあれば、どんな者でも天下無双。そんなチート武器である。
 しかしこの神剣は、邪神が倒されるその最後の瞬間まで、勇者の手に渡る事はなかった。

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